【一話完結】パッパの秘密
前略。
捕まりました。
「ねえ~おじさ~ん。こんなことしてもなんにもならないよ~? すぐ警察来るよ~」
落ち着かないようにうろうろしたりコンクリの床をトントンしているおじさん。何をそんなに苛々しているのか。じゃあやめればいいのに。
「うるせえぞ黙ってろ。それと、俺はまだおじさんじゃない」
そこ気にするんだ。子供からしたら大人の男の人はみんなおじさんだよ。
「こんないたいけな女の子をさらっても、何も出てこないよ?」
身代金とか要求するつもりだろうけど、あたしは見ての通りどこにでもいる小学生。誘拐しようが何もない。監禁しても換金できない。
「寝ぼけたことを言うな。引き渡しに十億と既に確約されてる」
「はあ~十億ぅ~? あたしにそんな価値あると思ってんのぉ? バカじゃん♪」
何故十億の価値と思ってしまうのか。働いたことない……いや、社会のシステムそのものを知らない可能性?
椅子に縛られたままたっぷりと煽ってやると、おじさんは怒ってこっちに歩いてきた。手に持っているのはあたしのスマホ。女の子のスマホ握りしめるとかきんもー☆
「いつまでそうしているつもりか知らんが、聞かせてもらうぞ。お前の開発した例の技術について」
小学生女子の技術? リコーダーとか縄跳びとか?
「先に言っておくが、とぼけても無駄だぞ。お前のこの端末に全て入っている。不用心なことだ」
「は~? 大事なものは自分の手元に持っておくものでしょ~?」
本当に大切なものは自分の手で守る。世界の常識だよねえ。
「『歪曲性過去視』……他人の記憶を覗き見て、都合のいいように書き換える。恐ろしいことを考えるものだ」
とうとう無視し始めたよこのおじさん。かわいい女の子の声を無視とかありえなくない?
「Past Peek Paradox.通称『PAPPA』。自分だけの能力だけにしておけばいいものを……まさか技術化するとはな」
「…………」
脳細胞が腐ったおじさんにはわかんないか~。探求心は人間を成長させるエネルギーなんだけどなあ。人さらいなんかでお金を稼ごうとする人には永遠に理解できないかもね~。
そう。あたしの作った装置で、人間の過去を書き換えることができる。あくまでも書き換えるだけ。全然違うものを入れることはできない。テニスで勝ったことを負けたことにするのはできても、やってもいないテニスをやっていたことにはできない。
今はその装置を携帯型にする研究をやっている。おじさんが欲しがっているのはそれだろう。まだ試作の段階だけど。
ていうか、ちゃんと『パッパ』って言ってよね。歪曲なんちゃらとかピーピーなんとかよりもその方がかわいいでしょ?
「痛い目に遭いたくなければ、正直に答えることだ。……これを見ろ」
おじさんがあたしのスマホを指で操作している。手袋をしているとはいえ、おじさんに触られるとか最悪なんだけど。
おじさんがやがて手を止め、画面をあたしに見せつけてきた。画面に映っているのは電話帳……つまり、連絡先の一覧。
「『PAPPA』は……この中のどれだ」
は行にずらりと並ぶ『パッパ』の文字。どれと言われましても。
「自分で探せばいいじゃん。電話帳まで開いてるんだから」
「開いてもわからないから聞いている」
はー情弱。おまけに頭も悪いとか擁護しようがないわ。小学生に義務教育で負けるとか、みっともないと思わないのかなあ?
とはいえ、ここで悪態をついたら何をされるかわかったものじゃない。技術の結晶であるあたしを殺すなんてできるはずないだろうけど、触られるだけでもキモい。
「しょうがないなあ。何から教えてほしいの?」
「この状況で何を偉そうに……まあいい。まず……」
おじさんが不機嫌そうに言い、すうっと息を吸い込んだ。
「パッパ多すぎだろ! 何人いるんだよ!?」
なんか大声で叫び始めた。さっきまでの冷静な口調はどうしたんだろうか。
「そんなのあたしが知るわけないじゃん。数えなよ」
は行は登録している数が多すぎて、何人かなんて覚えていない。
「数えられる量じゃねえだろ! いくらスクロールしても終わらねえんだけど!?」
そりゃそうでしょ。フェイクもいっぱい入ってるんだから。フェイクの数が多すぎて覚えてないのよあたしも。ちなみに、フェイクの番号にかけたら変な音が聞こえてきて脳やられるからね。
「うるさいなあ……じゃあ一個ずつ聞いてみれば? いつかは当たるよ」
当たる頃……いえ当たる前には警察が来るだろうけど。
「パッパの後ろについてるアルファベットはなんだ」
「いろいろ意味あるよ、もちろん」
名前をつけている以上、意味はある。そうしないと本当に見分けがつかないし。
「パッパHってのは?」
「パッパハズバンド」
「意味わかんねえだろ」
わかるでしょ。パパのようであり旦那さんのような人。おじさんにはわかんないか。
「パッパSは?」
「パパ鈴木」
「今にも踊り出しそう」
この鈴木さんは踊らないけどね。働きすぎで変な動きしてたことはあるけど。
「パッパVはなんだ」
「あ、それあたしのVtuberのイラスト描いてくれてる人」
それは本当の意味でのパッパ。あたしがVtuberとして活動できているのはパッパVのおかげである。
「お前Vtuberかよ」
「そうだよ。……そうだ、これ配信していい? 今チャンネル登録者88万人なんだけど、これで100万いけるかも」
100万人耐久人質って斬新じゃない? すぐ達成できそう。
「やるわけねえだろ。ていうか、やったら俺に顔バレするだろ」
「おじさんは殺すから大丈夫」
「殺すの!?」
当たり前でしょ。人類の宝と呼ばれる頭脳を持つあたしを人質に取るような人間が、無事でいられるとでも? あと、顔バレは誘拐犯おじさんも同じだよ。
「……じゃあこっちの、ピッピってのはなんだ」
「ピッ〇のことだけど?」
ピッ〇知らないかー。おじさんのくせに。
「馬鹿か。現実にいない生き物の連絡先なんてあるわけないだろ」
「は? いるし。知らないの? この近くの月望山っていう山」
「知ってるが、それがどうした」
ここから東に進むと、月望山という山がある。トンネルになっていて隣町とつながっている。いわくつきの山。
「あそこ、満月の夜になると山頂に〇ッピがいるんだよ。地元の人たちにはおつきみやまって呼ばれてるんだけど」
「……マ?」
「信じるマ?」
なんで信じたの? ゲームのキャラクターが現実にいるわけないじゃん。どこまで馬鹿なのかなこのおじさんは。
「どこまでも大人をなめやがって……さっさと教えろ。ガキを痛めつけるくらい簡単にできるんだぞこっちは」
ふん。本性現したわね。薄汚い誘拐犯め。
「あたしも、おじさんを法で裁くくらい簡単にできるよ? 賄賂とか買収で死刑にだってできるし?」
拉致や傷害であっても死刑にすることくらい、あたしには造作もない。人類の宝は伊達じゃない。
「とんでもねえガキだぜ……」
「今頃気付いたの? ばーか」
このあたしを誘拐するということがどういうことか、想像できないはずないよね? 世界を敵に回したのと同じだよ?
「そもそも、こんな普通の誘拐でうまくいくわけないじゃん。お金も十億とかしょっぼいしさ。そりゃあっさりOKされるよ。安すぎるもん」
あたしからむしり取るならゼロが二個足りない。十億なんてあたし個人でもポンと払える。これは交渉になってない。ドブネズミがチーズに飛びついただけ。
「動画のネタにもならないし、このへんでいいかな。撃って」
あたしが指示をした直後、窓を貫通した弾丸が誘拐犯の頭をも貫いた。頭が吹っ飛んだので当然即死。あたしのスマホが固い床に落ちちゃったけど、大丈夫かな。
「あたしのスマホ、常に音声認識あるんだよね。電話してなくてもつながってんの」
操作して認識を切らない限り、声が全部向こうに届く。こういう場合に犯人がべらべら喋ったことも筒抜けだし、あたしが撃てと命令すれば撃つし。
犯人の死亡が確認されたので、警察が突入してくる。縄をほどかれ、あたしは自由に。
スマホを拾い上げる。どうやら無事のようだ。特殊な外装だから大丈夫だとは思ってたけど、帰ったら念のため点検をしておこう。
「ご苦労様。現場検証は入念にね。終わったら研究所に来るのよ」
どんな状況であっても、どんな捜査であっても。この場を片付けたという事実があればいくらでも書き換えられる。嘘の犯人や証拠を出すことだってできる。再調査なんてされない。
まさか、今更こんなチンケな犯罪者に目をつけられるとは。これからもっと増えるのかもしれないわね。もう少しセキュリティを固くしようか。GPSと音声認識だけでは足りないかもしれない。
あるいは、こういった連中も利用できるのかしら? あたしをさらった記憶を上手く書き換えて……これも研究の余地がありそう。次は生け捕りにしよっか。
さてと、帰ろっかな。でもその前に。
「……あ、パパ? 今から帰るね。うん、大丈夫。警察の人が助けてくれたから。迎え? それも大丈夫。心配しないで。うん。はーい、じゃあねー」
無事に帰れることを連絡。こうしないとパパは心配するからね。ま、それも今だけなんだけど。本当の意味で、いらぬ心配。
さあ帰ろう。あたしの家に。
『何も知らない』パパのところに。
完