5 騒ぎになりました
「そろそろ、出られた方が良いでしょう。こちらはお一人で来るような場所ではありませんから」
「あなたもお一人のようですけれど?」
「……見たところ、あなたは楽しんでいるように思えないので、早めに帰られた方が良いですよ」
確かに目的は為さなそうだ。良い出会いがあればと思ったが、誰も彼も仮面を被り表情は見えず、一人でいる男性も少なく、女性たちに囲まれて談笑する男性は多かった。
ふと、隣にいる男をじっと見て、いやいやとかぶりを振る。瞳は濃い青色で、印象的な目をしていた。力強いというか、意志のある瞳だ。
歴代の元婚約者たちは騎士ではなかったので気にしなかったが、強い力を持つ瞳は好ましく感じる。
(剣を持つ方であれば、相手をしていただけますもの。それでなんだか気になるのかしら?)
「あれは……」
ふと黒髪の男が呟いた。舞台に向ける視線に気付いてエルヴィールもそちらを見遣る。次に運ばれてきた商品には赤い布がかけられており、聴衆たちが期待の眼差しを向けた。
「本日の目玉。ドラゴンの卵です!」
布が取られて、淡い赤銀色をした大きな卵があらわになった。
珍しい品に皆が声を上げた。希少なドラゴンの卵だ。
「生まれたら、ドラゴンの仲間が襲ってくるんじゃ?」
「仲間意識が強いんだろ? 鳴き声で寄ってくるって言うじゃないか」
「問題ありません。ドラゴンの気配を消すアクセサリーをお付けします。では、千から始めさせていただきます」
「二千!」
「二千五百!」
「ダンベル種か。よく気付かれずにここまで運んだものだ。気付かれたらドラゴンが都を襲うぞ。……レディ?」
「よくも、大それた真似を!」
エルヴィールは怒りに震えると立ち上がった。男の止める声も聞かず、太ももに隠した剣を取り出すと、靴を脱ぎ捨て裸足で一気に舞台へ駆け降りる。
「許せません! ドラゴンの隙を狙い、卵を奪うなど!」
「なんだ!?」
「女騎士!?」
重力を感じさせぬ跳躍で舞台に飛び降りると、エルヴィールは舞台にいた司会から卵を離すために両手の短剣を突き立てようとした。気付いた司会の男は驚きながらもそれを避けて、卵を後ろにしながら忍ばせていた剣を手にする。
一瞬見合わせたが、すぐに警備の男たちが集まりエルヴィールは囲まれた。
警備の振り下ろした剣を跳ねるように避け、背後に周り回し蹴りを食らわす。別の警備が何度も突き刺そうとしてくれば、素早く避けて剣を握る手を狙った。
「くそっ。なんて女だ!」
「観念なさい!」
「騎士たちだ! 逃げろ!!」
「王宮の騎士だ!!」
警備の男たちをのしていれば、赤いマントを羽織った騎士たちが、大勢勢いよく部屋に入ってきた。逃げようとする参加者や関係者を包囲する。
「この、邪魔なやつらめ!!」
「逃しません! ドラゴンを盗んだ罪。身をもって償いなさい!!」
舞台から袖に逃げようと、司会の男が卵を抱えて走り出す。その後を追うエルヴィールに、再び剣が振り下ろされる。警備たちの剣を避けては背後に周り、短剣で逸らしては切り付けて、ドラゴンの卵を追おうとした。
「邪魔だ!!」
卵を持ったまま司会の男が、立ちはだかる黒髪の男に怒鳴りつけてすれ違おうとした。しかし、黒髪の男はどこからか出した短剣を手にして、一瞬で司会の男を倒す。
「卵が!!」
エルヴィールの叫びに黒髪の男が手を伸ばした。司会の男が放り投げた卵を当たり前に片手にして、地面に落ちるのを防いだ。
「卵は無事ですか!?」
「無事です。ヒビも入っていない」
「良かった。淡い赤色を伴った卵はもうすぐ孵るんです。ドラゴンの卵は通常地面に落としたくらいで割れたりしませんが、この時期はカラが弱くなっているので、一番慎重に扱わなければならなくて。早く親元に返さなければ。ダンベル種ですから南の地に住まうドラゴンですけれど」
「密猟の報告が出ています。ドラゴンたちの怒りは凄まじいとか」
「まあ、なんてこと! では、早く戻してあげないと。卵に高温の熱がこもっています。そろそろ孵る可能性がありますわ」
すぐにでも返してあげたい。先ほどかぶされていた赤い布で覆ってやると、黒髪の男が仮面の下で緩やかに目を眇めた。
「腕が良いのは分かりましたが、今はこれを守っていてもらえますか。まだ捕り物が残っているので」
黒髪の男はエルヴィールにドラゴンの卵を渡して、まだ戦っている者たちの方へと走った。警備の男が持っていた剣を手にして、あっという間に抵抗する者たちをのしてしまう。マントを羽織った騎士たちも相当な腕のように見受けられるが、それ以上の強さだ。
「素敵だわ。なんてお強いのかしら! お兄様以外にあんな強い方がいらっしゃるのね」
ほう、と見惚れていると、女性の叫び声が届いた。婚約破棄をした女性の声だ。マントの騎士たちに捕らえられたか、相手の男と一緒に縄で縛られて座らせられている。騒ぎに逃げ出す人は多かったが、逃げられなかったようだ。
仮面を付けたままだったが、周囲の騎士たちを睨んでいるのだろう。金切り声が響いた。
「離しなさい! なんなの!? 私が何をしたというの! 私を誰だと思って!?」