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4 声をかけられました

(はあっ!? このような場所でなんてこと!!)


 端の方にあるソファーの上で抱き合い、口付けをしている者たちがいる。エルヴィールは咄嗟に見えないように自分の目を隠したが、興味本位で隙間からこっそり見やると、まだ深い口付けを続けているのが見えた。


(見てはいけないわ。私にはとっても早いと思います!!)


 誰に言うでもなく思って、そそくさとその場を去る。


(一体どういった趣旨の夜会なのかしら。そもそもどなたが開いているの?)


 顔を隠しているとはいえ、とても高貴な者たちが人前で行う真似ではない。

 元婚約者は誰から招待状をもらったのだろう。そんなこと聞きもしなかった。婚約が決まってエルヴィールも浮かれていたのだ。

 数度婚約破棄されて、気持ちに焦りがあったのかもしれない。兄のオーバンもエルヴィールも何度となく破棄されてきたため、両親のことを考えると申し訳なく思った。両親も頭を悩ませ、胃が痛いことだろう。

 それでやっとまとまったエルヴィールの婚約話だったため、相手のことは深く知らなかった。

 お互いを知るために領土に連れてくれば、逃げられたのである。


(いただいた招待状で期待してなんだけれど、ここでお相手を見つけるのは難しいですわね。お衣装の参考にでもさせていただきましょう)


 人によってはとても品のあるドレスを着ている。人によっては、だが。斜めにカットされたスカートから足が見え隠れしたり、背中に布地のない大胆なドレスを着ている人もいるので、そちらは眺めるだけにしておく。


(すごいわあ。とっても斬新。あのようなドレス、領土では絶対手に入らないですわね。都会の流行なのかしら。お店で見たことないけれども)


「皆様、お待たせしました。どうぞ、お集まりください」

「あら、なにかしら」


 人々を集める声が聞こえて、そちらへ移動する。同じように声に誘われて人々が部屋へ入っていった。劇場のような大部屋で、座席があり、奥に舞台が見える。


「今日は良い品が入っているそうですよ」

「何が出るのかしら。楽しみだわ」


 耳を大きくして聞いていると、競売が始まるようで、人々が集まり椅子に座り始める。気になって後ろの方に座りキョロキョロしていると、そうこうしている間に司会の口上が始まって、早速商品が運ばれてきた。まずは宝石だと、壇上で掲げられる。


「あんな宝石が出るんだね。なんて大きな宝石なんだ」

「特別に得られた宝石らしいわ。一千万はくだらないのではないかしら?」


 斜め前の方に座る男女が大きな声で品物の話をしている。女性の方が関係者なのか、知ったような話し方だ。

 どこかで聞いたことのある声に、エルヴィールはじっとその二人を見つめた。


(もしかして、婚約破棄の?)


 仮面はしているが目元だけのもので、顔の半分は出ている。髪の毛は男女とも金髪だ。口元や顔の形、体型を見る限り、女性の方は間違いなく婚約破棄を言い渡した人だ。

 男の顔は見えないが、肩の形や首の太さ、顎の形から、あのパーティにいた相手の男のようだった。


「三百から始めます!」

「六百!」

「七百五十!」


 競りが始まるとどんどん高値が言い渡される。飛び交う金額に目が回りそうだ。宝石ひとつにどれだけの値段を付ける気なのだろう。


「一千二百万!」

「他におりませんか? この宝石はそちらのお客様に決まりました!」

「はあ。すごいわあ」

「珍しい品を競売する場所です。相当な金額が飛びますから、手を出すのも難しいでしょう」


 不意に、いつの間にか隣に座っていた男が口を開いた。身長が高そうながっしりとした体格の男性で、黒髪が顔全体の仮面に少しだけ掛かっている。


「欲しかったのですか?」

「いえ。お高いなと聞いていただけです」

「お高い、ですか」


 男性はエルヴィールの言葉に苦笑する。おかしなことを言っただろうか。宝石一つに高額を出すのはあまり理解できない。

 剣であれば話は別だが。


「こちらにはお一人で?」

「招待状が一枚だったもので」

「大抵は二枚もらえるはずですが」

「元婚約者が持っているんです」


 見知らぬ人に話す必要はないのだが、隠す気もなくさらりと口にしてしまった。顔全体の仮面を被っているので、人形に話しかけているように感じるのか、少々気が軽くなってしまったようだ。気を付けなければと咳払いをしながら前に向き直す。

 壇上では次の商品が出されている。宝石ではなく、レンガのような硬い石のようだった。


「あの品は、なんでしょうか?」

「遺跡の一部ですね。魔窟で得たようです。不思議な力を発するとか。本当かどうかは知りませんが」

「それでもとってもお高いですね」

「ここで競りをする者は珍しいものが好きなんでしょう」


 男の言う通り、次々に出てくるものは不可思議なものばかりだ。呪われた鎧が出されて、今は怪しげな薬が出されている。それにせっせと高値を言い渡して、お互い譲らず競っている。

 この場所からでは遠目であまりよく見えないので、本物かどうかも分からない。少し飽きてきて、エルヴィールは隣にいる男に視線をやった。


「どこかでお会いしました?」

「会っていたら、忘れるはずはないですよ」

「そうですね。私、筋肉のある方は忘れないんです」


 エルヴィールは本気で言っているのだが、男はいきなりプッと吹き出した。


「なんで笑われるんですか??」

「いえ、どういった意味でおっしゃっているのかと思いまして」


(そのままの意味なのだけれど?)


 筋肉があれば剣を持つ者が多数だ。騎士であればその人がどんな攻撃をしてくるのか想定する。ドラゴンを密猟する愚か者の中には騎士がいることもあるからだ。突如攻撃を受けても、すぐに反応できるようにする必要があった。


「どれだけ腕の立つ方なのか、気になるでしょう? あなたも騎士ならば考えませんか?」

「……私が騎士だと思われるのですか?」

「思いますわ。首すじから肩甲骨。腕の膨らみ、胸板、腹筋。太もも、足首、は見えませんけれども、体の形で想定できます。それに、剣を手にしたまま入場はできずとも、小型の獲物でしたら隠して持ち運べますでしょう?」


 招待状を渡す際に、警備が武器の確認をしていた。エルヴィールは剣を持っていないと思われたので身体検査はなかったが、人によっては腰などを触れられて検査されていたのである。

 この男は、その検査を掻い潜ったようだが。


「令嬢は、どうにも素人とは思えない心眼をお持ちですね」

「そうでしょうか? 騎士たるもの、身を守るための武器は必ず身につけておくものですわ。ですから気付くのです。同じ匂いがする者は、一度でも見れば忘れない。はずなんですけれども。どこでお会いしたかしら」

「さて、どうでしょうか。しかしその言い分では、あなたも何かをお持ちのようだが」

「発言を差し控えさせていただきますわ」

「ククッ」


 男は顔を背けつつも堪えるように笑う。

 気配を消して隣に座った割に、随分と和やかな雰囲気を出してくる。

 一瞬警戒したが、それをすぐに解いた。どうやらこちらを害する気はないようだ。


(誘拐犯か何かと思ってしまったわ。お兄様が警戒するように言うから、つい)


 気取った風ではないのに、洒落ているように見えるのは服装のせいだろうか。話していると妙にくすぐったい気持ちになって、エルヴィールは男との会話を楽しんでいることに気が付いた。

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