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2 婚約破棄されてました

「お兄様ったら、すぐどこかに行ってしまうのですから。お相手を見付けるのに忙しいのはお互い様ですけれど」


 周囲を見回せば夫婦やら婚約者同士やら、男女のカップルが楽しそうに一緒にいる。壁にくっつきながらその様を見ていると、なんだか無性に寂しくなってきた。


 パーティに参加して、しばらくは兄が一緒だったのだが、離れ離れになってしまった。まだ婚約の決まっていない令嬢たちを紹介してもらえると聞いて、ほいほい上司についていったのだ。おかげでエルヴィールはすぐに一人になってしまった。


(ここで良い出会いはあるかしら)


 エルヴィールはひっそりと壁の花になったまま、若干諦め顔でぼうっとしながらそんなことを考える。

 ドラゴンは畏怖する存在だが、礼儀をわきまえれば怒ったりしない。なでてやれば喜んでくれるし、機嫌が良ければ背中に乗せて飛んでくれたりする。


(あんなに愛らしいのに、どうして皆さん怖がってしまうのかしら)


 やはりそこは慣れなのではないだろうか。慣れてくれれば恐れることなどなくなるだろうか。


(私からすれば、お嫁に行ってドラゴンに会えなくなることを考えると、淋しいほどですのに)


 ドラゴンが恐ろしいと婚約破棄されてはいるが、実のところ自分が問題ではないかと思い始める。

 エルヴィールからすれば、ドラゴンを恐れる必要などないからだ。


 エルヴィールは、長くまっすぐで氷のような青の入った銀色の髪をしており、瞳はドラゴンと同じ空色をしていた。雪山にドラゴンと一緒にいると、まるで雪女のようだと言われる容姿である。

 趣味はドラゴンと遊ぶこと。寒空で凍りそうな中でも彼らの背に乗って飛ぶ時は高揚を隠せない。彼らと狩りに行くことは度々。剣や弓も得意なので、兄と同じドラゴン騎士団に入れたら良いのにと考えたこともある。


 昨今女性の騎士も増えていた。ドラゴン騎士団に女性はいないが、最初のそれが自分でも問題ないだろう。理解ある夫がいればそうしたいところだが、その夫が見つからない。

 入団試験を受けたことはない。兄からはお前ならば入団できるとお墨付きをもらっているが。


(このまま婚約者が見つからなければ、入団してしまうのも手なのかもしれないわ)


 壁の花に飽きて気晴らしに庭園を歩いていると、どこからか人の声がした。


「婚約破棄よ!!」


 突然聞こえた心臓に突き刺さる言葉。


(わ、私はもう、婚約破棄されましたが!?)


 エルヴィールはうっと胸を押さえたが、聞こえたその声は女性のものだった。自分に言われたわけではないとその声の主を探すと、噴水の前で寄り添っている男女と、離れて立っている猫背の男が見えた。


「騎士でありながら、そのようにおどおどとした態度。一緒にいると陰鬱な気分になりますわ。あなたとの婚約は破棄し、この方と婚約します!」

「日陰の騎士には彼女のような明るい人は似合わないよ。彼女は僕の女神だ。幸せにするから、安心したまえ」


 金髪の男女が黒髪の男を罵っている。黒髪の男は反論もせずに黙ってそれを聞いていた。


「あなたは私には不似合いだったんですわ。騎士とはいえ特別な方だとは聞いていましたのに、とんだ肩透かし。あなたのような方が、私に合うわけがないでしょう?」

「まったくだよ。騎士といいながら、王宮でなにをしているやら。ペンより重いものは持ったことがないのではないかい?」

「まあ、それで騎士? 考えられませんわ。騎士でなくとも、剣を持つ逞しい姿を見せるべきでしょう?」


 くすくすと金髪の女が嘲笑する。それに同調して金髪の男も肩で笑った。

 一通りの文句が終わると、金髪の男が黒髪の男の肩を押して女を連れていき、側を離れていった。黒髪の男はその背を見送って、うねったその黒髪をくしゃりとなでると、うなだれるように小さくため息をついた。


「そこにいるのは誰ですか?」

「も、申し訳ありません。盗み聞きをしてしまい」


 気配を消していたつもりだったが気付かれていたようだ。エルヴィールはそろりと木陰から姿を現し、男に頭を下げる。


「夜風にあたろうと、ふらふら散歩をしていたところ、声が聞こえまして。何事かと聞き耳を立ててしまいました」

「いえ、構いません。大声でしたから何事かと思ったでしょう」


 そう言って、もう一度ため息を吐く。

 男は身長は高めだが、猫背のせいで先ほどの金髪の男より身長が低く見えた。背筋を伸ばせばもっと高く見えるだろうに。着ている服は少しきつそうで、太っているようにも見られるだろう。うねった黒髪は目元まで垂れて、眉毛は完全に隠れ、なるほど陰鬱そうな雰囲気があった。


「わ、私も、先ごろ婚約破棄になりましたのよ! 気を落とさず、お互い頑張りましょう!」


 暗い雰囲気に耐え切れず、エルヴィールは男の手をとりぎゅっと握る。だから元気を出してと言いつつ、握った手に違和感を感じて首を傾げた。


「鍛えてらっしゃるのですね。騎士と仰っていたのだから、当然でしょうけれど。とても大きな手ですわ」


 手袋をしていても分かる、ごつごつとした手。長い指と大きな手のひら。その膨らみは硬く、剣を握る手だとすぐに気付く。騎士なのだから当然だが、鬱々とした雰囲気からこの手は想像していなかったので、興味津々でぎゅっと握った。


「あの、」

「は、失礼いたしました! 私、エルヴィール・ペルグランと申す者で。私と同じところに肉刺がありましたので、つい」

「剣を握るのですか?」

「私の住む場所にはドラゴンがおりまして、彼らとご一緒するには、狩りができなければなりませんの。ですから、剣や弓を持つんですわ」

「ドラゴンに乗られるのですか?」

「もちろんですわ! 北の国境に住むドラゴンたちは、私を背に乗せてくれますのよ」


 その背中は逞しく、美しさは言葉にはできない。興奮しながら話し続けようとして、ハッとした。


「お兄様の声が……」

「お相手の方が探しに来られたようですね」

「そのようです。あの、お話を盗み聞きして申し訳ありませんでした。誰にも申しませんので! では、私はこれで」


 エルヴィールは頭を下げて男を背にする。ドラゴンについて問われたのでもっと話したかったが、婚約破棄された人の話を盗み聞きしていたなど、兄に話すことではない。早めに離れて、兄に気付かれないようにした。





「エルヴィール。こんなところにいたのか。探したぞ」

「ごめんなさい。会場にいる人たちの楽しそうな雰囲気が、辛くて……」

「ううっ。俺も辛くて出てきた……」


 兄妹揃って肩を下ろす。兄に出会いはなかったようで、もう帰ろうとお互い頷く。


(先ほどの方、もういらっしゃらないわよね)


「どうした?」

「いえ、なんでもないです。ねえ、お兄様。日陰の騎士ってなんですの?」

「うーん。騎士の中に、特別任務というか、表立って動かない管理部がいるんだよ。基本的に事務仕事で、警備を行うわけでも戦闘に加わるわけではないから、それを揶揄されることがあるんだ」

「事務方ということですか」

「騎士とは言い難いと言って馬鹿にする者は多いって感じだな。まあ、そんな文句を言うのは下っ端の警備や騎士でもなんでもない奴らだよ。何をしているかなんて、よそからは分かりづらいから」


 確かに、先ほどの金髪の男は騎士などには見えなかった。細身でひょろっとしており、剣を握ったことがあるのかというところだ。握ったことはあっても、真剣に戦ったことなどないだろう。

 剣を握り続けて手のひらを固くした黒髪の男を小馬鹿にしていたが、さすがに騎士である黒髪の男の方が強いはずだ。太っているように見える服を着ていたが、おそらく筋肉質なのだと思う。


(暗い印象だったけれど、話し方ははっきりされていたし、見た目ほど陰鬱さはなかったように思えたけれど)


「どうしてそんなことを?」

「いえ。ちょっと小耳に挟んだだけですわ。さ、もうさくさく帰りましょう」


 人様の婚約破棄話を盗み聞きしたので、自分のことのように胸が痛む。つい、黒髪の男を擁護したくなってしまった。どんな理由があろうと、あのように一方的に告げられるのは悲しいものだ。


 つい自分に重ねて、遠い目をする。人様の心配をしている余裕は、自分にはなかった。

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