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10 結果です

 客人のために玄関へ迎えに行く。誰が来るのか知らないが、兄のお友達でも来るのかと身なりを整える。


 しかし、両親も迎えに出て、メイドたちも玄関前で並んでいた。随分大仰な迎えに、この格好のままで良いのかと少し気にする。先ほどソファーに頭を擦り付けたので、少々乱れているだろうか。

 重要人物ならば先に教えてくれるだろう。まあ良いかと開き直る。


(それよりも、私は心の傷を癒すために領地に戻り、ドラゴンたちと戯れたいです)


 そう思っていたのに、扉を開けば、花束を抱えた見覚えのある男性が佇んでいた。


「エルヴィール令嬢。あなたとの婚約させていただきたく、参りました。どうか受け取っていただけますか?」


 突然すぎる訪問に、エルヴィールは呆然としてしまった。

 目の前にいるのは、失恋したばかりの相手。断られたはずの初恋の相手が、花束を持って床に膝を突いている。


「名乗るのが遅れました。アレクサンドル・ルドバイヤンと申します。先日の告白は、まだ有効ですか? まさか、冗談だとは言いませんよね?」

「申しません!」


 間髪入れずな返答に、アレクサンドルが小さく笑う。

 その顔が可愛らしくて、胸がギュンと高鳴るのを感じた。


「では、受け取ってください」


 大輪の花を受け取ると、後から出した小さな箱を開けてくる。そこには空色の、まるでエルヴィールの瞳のような宝石がはめられた指輪があった。

 側で見守る兄と両親、集まっているメイドたちや剣の相手をしてくれる騎士たちが祝ってくれる。

 おそるおそる手を差し出し、指輪をはめてもらうが、なんだか夢を見ているようだ。


「はっ!? 私ったら、こんなひどい格好で!!」

「だからいい加減にしとけと言ったんだ」


 涙に濡れて腫れぼったくなっている顔をしているうえ、髪の毛もボサボサ気味。衣装も愛する人の前に出るような姿ではないと今さら気付くと、兄がぼそりと呟く。


(先に教えてくださらないと!)


「す、すぐに着替えて参ります!!」

「大丈夫ですよ。どのような衣装を着ても美しさは変わりません」


 そんな歯の浮く言葉なのに、アレクサンドルが言うと本気にしてしまう。兄が横で砂を吐きそうな顔をしていたが、エルヴィールはポッと顔を赤くした。


「エルと呼んでも良いですか? 私のことはアレクと呼んでください」

「もちろんです。アレク様! よろしくお願いしますわ!」


 浮かれて飛びそうな気分のまま、エルヴィールは大きく返事をした。

 そうして、二人は急遽婚約する運びとなったのだ。






 そんなことがあったなど、未だに信じられない。

 エルヴィールはアレクサンドルにふと問いかけた。


「どうして婚約を受けてくれたのでしょう」


 素朴な疑問である。


「我が家は悪いことはしておりませんよ!!」


 ぶはっと吹き出すアレクサンドル。


「当然です。兄君からあなたのことは良く聞いていました。実際にお会いするのとは印象は違いましたが」


 どこか違うところがあっただろうか。兄は一体何を話したのか。とても気になる。

 口にはしていないのに、アレクサンドルには何を考えているかすぐに分かると、小さく笑った。


「とてもお強いと聞いていたので、もう少し、体の大きい方だと思っていました」

「では、もっと筋肉をつけますわね!」

「十分ですよ」


 つけろと言われれば、体が重くならない程度につけられるのだが。動きが緩慢になっても困るので、その言葉を信じておく。


「ああ、皆が待っていてくれているようですね」


 アレクサンドルの声にエルヴィールは空を見上げる。

 新緑に彩られた山の入り口。ペルグラン領土にアレクサンドルを連れてきた時点で、ドラゴンたちはその気配を察していた。なにせ、アレクサンドルの相棒と一緒にやってきたからだ。

 いつも通り、すぐに婚約破棄にはならないと、自信を持ってドラゴンたちに紹介したい。


「私の婚約者です! 逃げも隠れもしませんわよ!」


 その言葉に、アレクサンドルが再び吹き出した。

 ドラゴンたちが羽ばたきながら降りてくる。大小多くのドラゴンたちだ。その迫力はいっそ清々しく、彼らを見ていると気持ちが高まるのを感じる。アレクサンドルはどうだろう。

 ちらりと見た矢先。アレクサンドルはその形のいい唇に笑みを湛えていた。


「あの、一つお聞きしたいのですが」

「なんでしょう?」

「ドラゴンが好きだから、このお話に乗ってくださったんですか?」


 こちらは一目惚れだったが、夜会では一度遠慮されてしまった。婚約が決まり浮かれていたがそれを思い出して、もう一度聞いてみる。婚約破棄になるのではと不安があるわけではないが、知っておきたい。

 アレクサンドルはふっと微笑み、ドラゴンたちの集まる前でエルヴィールの手を取った。


「不安がらせて申し訳ありません」


 そうではないと言いたかったが、やはり不安だったのかもしれない。アレクサンドルの声音は優しいものだったが、胃の中が重くなってくる。

 しかし、アレクサンドルはゆっくりとかぶりを振ってエルヴィールを見つめた。


「話せばころころと表情を変え、ハキハキとした発言に嫌味はなく、好ましい明るさがありました。話すうちに、あなたに惹かれたのです」

「そんなこと、初めて言われましたわ。お兄様にはドラゴンの話ばかりするなと、嗜められたほどですのに。もう諦めて、ドラゴン騎士団に入団すればよいと言われています。私もそのつもりだったくらいで」

「入りたいのですか?」


(ここで入団したいと言って良いのかしら?)


 女性に戦いを望まない男性は多い。妻となり家を守るべきだとは思うが、その希望は捨てきれない。

 黙っていると、アレクサンドルはキュッとエルヴィールの手を握った。


「私もあなたの戦いぶりに目を奪われました。そして初めて会った時からあなたに興味があったのです。告白されて驚きましたが、先を越されたと」

「まあ!」

「ここで、もう一度お伝えします。私とこれからを共に過ごしてほしい」


 瞳に力強い熱を持ちながら、触れていた手に優しく口付ける。その温もりがエルヴィールの身体中を溶かすようだった。


(はあっ! どうしましょう。どうしましょう! アレク様の威力がありすぎます!!)


 胸のドキドキが止まらない。

 立ち上がったアレクサンドルが、エルヴィールの頬にゆっくりと顔を寄せて、静かに口付ける。ほんのりと温かな熱が残り、エルヴィールは顔が火照るのが分かった。


「愛しています。エル」

「私もです。アレク様」


 ドラゴンたちが、ぎゃっぎゃと鳴き、羽ばたき始める。ドラゴンたちが祝福してくれているようだ。空に舞うように広がっていくドラゴンを眺めて、二人はもう一度口付けた。







おまけ 〜アレクサンドルの呟き〜




「アレク様! お昼、ご一緒しましょう!」


 王宮で、エルヴィールが大きな包みを持って管理部の部屋にやってきた。休憩用の部屋に案内すれば、その包みを広げる。本日の昼食である。


「私、こうやってお昼ご飯をご一緒できるとは思いませんでしたわ」


 サンドイッチやボリュームたっぷりの肉料理、彩りよく飾られたサラダやフルーツなどが入ったバスケットを並べ、エルヴィールは「よろしければ皆様もどうぞ」と他の騎士たちに勧め始める。

 エルヴィールの微笑みに鼻の下を伸ばした男たちがほいほいと寄ってくるが、アレクサンドルがギロリと睨みを利かせれば、顔を青くして遠慮の声を出した。


「まあ、皆様体調が悪いのでしょうか」

「腹でも痛めているのかもしれませんね」


 言いながら、アレクサンドルはサンドイッチを手にする。エルヴィールが料理を学んでわざわざ作ってくれたものだ。他の者たちに渡すつもりはない。

 並べられた皿やカトラリーもエルヴィールが用意して、アレクサンドルのいる管理部までやってくるのだから、婚約者以外の者が食べるべきではない。

 それに、エルヴィールが昼食を持ってきてくれるという、その貴重な機会を渡すつもりもなかった。


「とてもおいしいです」

「ありがとうございます。あ、そのソテー、この間の狩りで私が得たもので。しっかり味付けできていると思うんですが」


 その言葉に周囲はざわつくが、エルヴィールは狩りぐらいお手の物である。ついでに獲物を捌くのもうまかった。


(先日の狩りは鮮やかだったからな。さすがペルグラン家の娘と言うべきか)


 ペルグランの家系は代々ドラゴンを守る役目を担っているが、誰もが剣の腕があると聞いている。ペルグラン夫人もその一人だ。兄のオーバンもかなりの腕で、その兄と良く剣の相手をしているのがエルヴィールである。


 オーバンは妹自慢が激しく、周囲からは盛りすぎではないかと囁かれていた。なんと言っても、男顔負けの強さを自慢していたからだ。

 極寒の嵐に負けぬ体力。凶暴なクマを一筋の剣で倒し、我が物顔でドラゴンを操る。それを鼻高々に話されては、余程筋力があり体躯もある令嬢だと、誰もが考えたことだろう。


 しかし、実際本人を目の前にして、オーバンの妹自慢がまったく別の方向でしか表現されていないこと知った。雪の精霊の化身のような美しさと、春の暖かな陽気を思い出させる笑顔。話せば心の澄んだ純粋な女性だと分かり、すぐに惹かれた。


(いきなりの告白には驚いたが)


 一瞬耳を疑ったが、冷静に対応するために、今は事件を治める為屋敷に戻ってほしいと言えば、この世の終わりのような顔をした。申し訳ないと思いつつも、その顔すら愛しく思ってしまうほど、すでに彼女に惹かれていたのである。


 エルヴィールがこれほど美しく魅力的な女性だと皆が知っていれば、婚約は殺到したことだろう。オーバンのせいでエルヴィールに興味を持つ男はおらず、婚約を打診されても断った者は何人もいたはずだ。断らないのは何かしら問題を持っている男たちばかりだったようだ。


(パーティに参加していても誰も声を掛けなかったのは、掛ける勇気がなかったのだろうな)


 エルヴィールのパートナーはいつもオーバンだ。図らずもエルヴィールの婚約の邪魔をしていたわけである。オーバンはオーバンでどんなドラゴンも乗りこなし、剣の腕も王に認められた規格外の騎士である。良い壁代わりになったことだろう。


 エルヴィールがオーバンと同じドラゴン騎士団に入団し、妹だと知れると、オーバンの吹聴に男たちは怒りを露わにした。だが、嘘は言っていなかったので、男たちは歯噛みをするしかない。


(それに関してはオーバンに礼を言いたいな)


「どうかされましたか?」

「いえ、とてもおいしかったです。礼をしなければ」

「まあ、そんな。私が作りたくて作ってきているだけですわ」

「それでも、なにか礼をさせてください。よろしければ、次の休み、お時間をいただけないですか? 街へ行くのはいかがでしょう」

「はい! 是非! 休みを空けておきます! 一緒にお出かけしたいですもの!」


 エルヴィールはキラキラと空色の瞳を輝かせて大きく頷く。この素直さが惹かれる理由の一つかもしれない。


「早めに、結婚したいな」

「え、何かおっしゃいました?」

「いえ。楽しみにしていますね」

「はい! 私も楽しみにしています!」


 婚約者との楽しい昼食もすぐに終わり、ドラゴン騎士団の集まる部屋へ一緒に戻れば、ドラゴン騎士団の男たちが嫌そうな顔をして迎えてくれた。それを無視して、アレクサンドルはエルヴィールの手の甲に口付ける。


「では、また」

「はい。また!」


 こちらを見ている男たちに睨みを利かせ、アレクサンドルは部屋に戻る。

 周囲の男たちに牽制する。これが日課になっているとは、エルヴィールは気付きもしないだろう。


「心配の種が増えたな」


 そう小さく呟きながら、いつも通り前髪を垂らしながら存在を隠すように気配を消して、アレクサンドルは管理部の道を戻った。




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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公ちゃん可愛い お兄ちゃんに婚約者ができる話も見たい
[一言] 面白かったです。もっと話の続きぐ見たいと思う位。
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