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1 婚約破棄されました

「ぼ、僕は、君とは結婚できない!!」

「あ、お待ちになって!!」


 婚約が決まり、領土に連れてきた婚約者が脱兎のごとく逃げていった。


「どうして、皆様ここに来ると逃げてしまいますの?」


 エルヴィールはがくりと脱力する。ちょっと田舎で、ちょっと都から遠い土地なだけなのに。この場所を紹介すれば、真っ青な顔になってしっぽを巻くように逃げ出してしまうのだ。

 これで通算何度目の婚約破棄になるのか。考えたくない。


 見上げれば大きな口から嘲笑うような鳴き声が届く。長いしっぽを大きく振ると、もう帰っていいよねと言わんばかりに巨体をくねらせて踵を返した。

 ばさり、と羽音がし、ドラゴンが去っていく。ついでに、ぎゃぎゃっ、とドラゴン特有の笑い声を発して仲間に知らせると、待っていた他のドラゴンたちと共に飛び去っていった。

 遠吠えのように長い鳴き声が山に響く。あれは他のドラゴンにも今あったことを教えている声に違いない。


「はあ、また婚約破棄ですわ」

「お前の魅力が分からぬやつに、お前をやるわけにはいかない。相手にしなくて良かったな。あんな気弱な男だとは思わなかった。次を探すぞ。次を!」


 エルヴィールの父親は、逃げた婚約者はもう忘れたかのように、次の新しい婚約者を探すのだと息巻いて馬で屋敷に戻っていく。エルヴィールも仕方なく馬にまたがると、とぼとぼとその後を追った。


 エルヴィール・ペルグラン。ペルグラン家の長女で、今年二十一歳。

 周囲の令嬢が結婚していく中、未だ婚約者すら決まらぬ悲しき身である。


 ペルグラン家は都から離れた所に領土を持っていた。冬は厳しいが夏は涼しく過ごしやすい、山だらけの土地ではあるが自然豊かな素晴らしい場所だ。そして、そこには珍しいドラゴンが生息している。この国ではこの土地にしか生息していない、ブルーラッド種というドラゴンだ。


 婚約したら領土を案内したい、しかし、その地に住むドラゴンを紹介しようとすると、婚約者はその姿に恐れをなして逃げ出してしまうのだ。

 ドラゴンたちも婚約者を紹介するたびに逃げられることに慣れて、最近では鼻で笑うようになってきていた。


(領土にドラゴンがいるだけで、この領土をお願いしますと言っているわけではないのですけれど)


 エルヴィールには兄がいて、家を継ぐのはその兄だ。エルヴィールが婿を取って領土を結婚相手にお願いするわけではない。ただ、この領土のことを、自分の好きなことを知ってもらいたいためにドラゴンを紹介するのだが、どうしてもそこで逃げられてしまうのだ。


(ドラゴンたちは家族とも言えるのだから、紹介しないという選択肢はないのだし、紹介は当然なのだけれど)


 家族のような者たちに紹介したら恐れられて逃げられたとあれば、やはりそんな相手とは結婚できない。その程度の婚約だったと思うと、エルヴィールはうなだれるしかなかった。


「王宮のパーティ、どうしましょう」


 エルヴィールは一人呟いた。パーティには婚約者と行く予定だった。振られてしまったので、一緒に行ってくれる人がいなくなってしまったのだ。傷心とはいえ、王宮で行われるパーティを欠席するわけにはいかない。


「お兄様にご一緒していただくしかありませんわね」

「そうだと思っていた。当日のエスコートは俺がするよ」


 兄のオーバンが仕方なさそうに言いながら、ソファーに踏ん反り返る。婚約破棄は想定していたと薄笑いをしてくるあたり、なんだか腹立たしい。


「ドラゴンは保護される対象ですのよ? 王宮にだってドラゴン騎士団がありますのに。野生だから嫌なのかしら。人を食べることなんてほとんどありませんのにねえ。まあ、怒ったら火を吹いたり暴れたりはしますけれど」

「そうだなあ」

「私と結婚してもドラゴンに騎乗しろ、などと申しませんのに。もちろん、乗れるに越したことはないですが」

「まさかお前が乗るとは思わなかっただけだろう。ドラゴンに乗って出迎えたりするから」

「私のお友達を紹介したかっただけですのに。お兄様だって婚約者様を連れてきて、騎乗した姿をお見せしたじゃないですか。すぐに逃げられましたけれど」

「ぐっ! やめろ。古傷をえぐらないでくれ!!」


 兄はわざとらしく胸を押さえる。

 その兄はそれなりに顔も整っており、贔屓目にしてもそこそこの頭と体型をしている。しかも、騎士の中でも特別なドラゴン騎士団の副団長だ。若くして副団長に抜擢され、モテる要素はあると思うのだが、領土に婚約者を連れてくるとやはり逃げられる。


 兄の婚約者ともなれば、領土に住むドラゴンには慣れなければならない。彼らに好かれなければ妻として務まらないという問題があるため、ドラゴンを恐れるような令嬢とは結婚できなかった。


(代々ドラゴンを守る家の妻としては、失格ですものね)


 そんなわけで、私たち兄妹は目下婚約者探しに奮闘しているのである。


「これで、一緒にパーティに行けるな!」

「はあ、お兄様とパーティだなんて、面白くもなんとも」

「ひどいぞ!」


 内心パートナーがいなくて困っていたのだと兄に白状されて、エルヴィールと兄は二人でため息をつきながら都に戻ることにした。

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