第七話 ~檻の書~
今日も今日とて晴天、文句のつけようがないぐらい晴れ渡っている。
そんな中、ニコニコ笑顔で伶の父親が風音の別荘に来た。
「風音、来たぞ」
「へ!? あ、いらっしゃい。ど、どどどどどうしたの?」
「朗報があるんだ。お前の部屋で早速テレビをつけてくれ」
このままではまずい、伶が帰ってきてる事がばれてしまうと思い、機転を利かせて別の場所の誘導を試みる。
「いや、リビングがいいんじゃない? そっちの方が画面大きいし!」
「それもそうだな。早速案内してほしい」
「分かった」
ともあれ別荘の大きなリビングに移動、風音がリモコンを操作し、テレビを起動。
『あの殺し屋『満身創痍』が捕まりました! 正体はなんと、幼い少女だったそうで……」
伶の父親が不釣り合いにも胸を張ってゲラゲラ笑い、昼なのにワインを飲む。
「ついに我々警察の夢が叶ったので。来週は大都市の豪邸でパーティ開くぞ!」
「お、おー!」
無理矢理だった。
内心はとても辛く、今にも張り裂けそう。
「ちなみに世間には保護して更生させると報道しているが、実際は政府との協力で極秘に死刑を執行する予定だ」
「え!?」
目つきが鋭くなり。
「誰にも言うなよ」
「言わないよ、そんなの」
風音は密かに心の中で緑埜を救おうと誓った。
適当な言い訳で父親を大都市の豪邸に戻し、代わりにとある人物を呼ぶ。
別荘にやってきたのは、風音に会えて嬉しくてぴょんぴょん飛び跳ねる六と、いきなり敵対関係の人物に呼び出されて考察を続ける六の父親。
早速自分の部屋に案内した。
「なんだ。言っとくが、探偵依頼以外は受け付けないぞ」
六が俯いて。
「お父さんは風音さん嫌いなんだねー……」
「ズバリ、こあちゃんを救い出す!」
出された珈琲を飲んでる途中、思わず吹き出しそうになる。
「まるで犯罪者の共謀してるみたいだな。断る」
「まだ話は終わってないよ! こあちゃん、死刑にされるってお父さんから聞いた」
今度は思いっきり珈琲を吹く。
「は? 更生させるってニュースで言ってたぞ」
視線を落としながら人差し指をつんつんさせる。
「ダミーみたい。うちは今のこあちゃんに死んでほしくないから、助けに行く」
「だが、俺達まで犯罪者になってしまうぞ。俺はなりたくない」
指のつんつんを止めて、怒った表情に変わる。
「ねえ、貴方のこあちゃんに対する姿勢はその程度だったの? 結局上辺の善良だったの? 何百人と殺してきた人への改新させる覚悟は、その程度だったの?」
途中、泣きながら訴えかけた。
六は顔を上げ、自分の父親の方を見る。
「僕も、もしかしたらお兄ちゃんを殺した人かもしれないけど、助けたい!」
娘の頭に手を置いて、ぐぎぎぎ声を上げて悩み始める。吹っ切れたのかヤケになったのか、時折声が裏返る。
「お前ら……俺を巻き込んだ事、後悔するなよ」
「じゃ!」
女性の執事に追加の珈琲を頼んで。
「しばらくは共闘だ。だが一つ忠告しておこう、並み大抵の戦いじゃないのは見込まれる。お前こそ、相応の覚悟は持ってるな?」
腰に手を当てて、若干角度をつける。
「大丈夫! うちはなんたって『謎解かない少女』なんだからね!」
「ああ分かった。ところで、六は巻き込みたくないから、ここで待機でいいか。お前の一つ下の弟も見張りで呼んでくれ」
「了解。伶の世話に呼ぶつもりではあったよ!」
父親の袖を引っ張って。
「僕も行くー!」
頭をただ撫でて、何も言わなかった。
「うー」
「うちは何したらいい?」
「まず風音は警察に潜り込んで情報収集だ。俺はこあの所在地を探る」
黙って指示に対して頷く。
伶が起きて、眠そうにしながらリビングにやってきた。
「伶君久しぶりー。しばらく僕が世話するんだー」
「なんのこと」
六を見ながら、棒つきの飴を咥える。
「うふふー。伶君の兄も来るんだってー」
「ほんとう?」
嬉しそうになり、すぐに六に近づく。
風音が携帯を持ち、メールしつつ肯定。その表情は希望に満ち溢れていた。
「本当だよ! 今メールして呼んでるから待ってて」
「うれしい」
伶の手を六が引っ張って。
「伶君いこー。僕とあそぼー」
「わかった」
六の父親と言うと、リビングを出ようとしていた。それを風音が止めて。
「待って! ……泊まっていいよ」
「そうか。じゃ、お言葉に甘えて」
今夜は六と伶、伶の兄も合わさって、騒がしい日となった。
翌朝。タクシーを呼び、豪邸まで移動して、大都市の風音の実家である『猩々緋の豪邸』に久しぶりに立ち寄った。
早速向かったのは父親の書斎だが、鍵がかかって開けれない。
立ち止まって困っている所に、風音の父親の部下がへらへらしながら来る。
「お、風音の嬢ちゃん! 所長なら出て行ったぜ」
「そう? 残念だったなー」
「パーティするんだって張り切ってたな。おれっちも楽しみだ。じゃ、またパーティで」
それだけ言ってビール缶片手に別の場所へ。
何となく外を眺めると、一人の男性が目に入った。風音は一目で政府の関係者だと察知。
急いで降りて、政府の関係者に近づく。
「こんにちはー。お茶ですか?」
「こんにちは。そうです。貴方は?」
「自分はここの主の娘の、猩々緋風音です」
紳士そうな相手が、爽やかな笑顔でかつ、驚いた仕草をする。
「そうでしたか。一緒にお茶でもどうですか?」
「では!」
適当な雑談を交え、話題は緑埜の事へ。
「例の少女ですか……。それは警察関係者の娘といえど、この件と無関係の人間に話すのはちょっと」
「何とかなりませんか?」
「対応しかねます。申し訳ない」
風音が立ち上がり、白い小さなテーブルをぐるりと回って、口を耳に近づける。
ブツブツと念仏を唱えるように何かをいい初め、段々と男性の顔は赤くなる。内容は男性の恥ずかしい過去のようだ。
次第に、緑埜のいる場所を吐いてしまった。
それを聞いて満足し言うのをやめる。男性はテーブルに突っ伏して、動かなくなった。
風音がニコニコしながら場を離れる。振り向きざまに手振って「ありがとねー」と俺を言う。
次に来た場所は元々「魔女裁判」がおこなわれていたらしい建物で、今は誰も使っていないらしい。
敷地の入り口となる門には、見張りが立っていた。
「何だお前。こ、この建物は現在立ち入り禁止である」
「誰も使ってないんでしょ?」
更に見張りが姿勢を良くする。
「い、いや。最近所有者がこの土地と建物を購入したため、誰も入らないように見張ってるである!」
建物の方を見つつ、じわじわと門に寄る。
「へー、興味あったから入りたかったんだけど!」
「ダメな物はダメである」
「ぶーぶー」
見張りと風音がゆるい喧嘩をしている中、伶の父親がワイン片手にやって来た。
「風音、どうしてお前がここにいる?」
「魔女裁判の歴史に興味があって!?」
反射的に言ってしまった。実際は小指の爪の先ほども興味は無い。
「そこまで驚く必要ないだろ。しかし、風音もそんな年になったのか。父親として嬉しく思うぞ」
「うん! でも、誰かが買ったから入れないって」
「知らなかったな、残念だ。今度所有者に交渉して入ろうではないか。自分のコネならできるだろう」
「流石お父さん!」
このままでは帰ってしまう、まずい状況だった。しかし、今の風音に打開する全ては浮かばない。
「ちょっと待って」
二人に待ったをかけたのは、魔女の帽子をかぶった、四葉のクローバーの髪飾りをつけた見たまんまから推測できる魔女。
「ドロシーさん!」
「私もこの建物に用があります。何たって魔女ですからね」
焦ったように片手に持つワイングラスをプルプル震えさせ始める。
「何だお前。ここは誰かに購入されたんだ。今自分達が口を挟む問題じゃない」
「風音ちゃん。君は勘の良い人だから分かると思うけど、彼嘘ついてるでしょ? 身狩りを見ても緊張している素振りが無いように見えるね」
伶の父親は更に鬼の形相になる。
「気のせいだ」
「気のせいである!」
魔法杖を向けて、もう片方の手を腰に当てる。
「じゃあ、関係の無い貴方が何の用で来たのかしら?」
「むっ。そ、それは……」
今度は風音の肩に手を置く。
「ねえ、風音ちゃんの考えはどうかしら?」
「お父さんが所有者だと思う!」
「貴様!」
ドロシーが腕を組んで、納得した表情で頷く。
「ああそうだ、所有者は自分だ。だが入る許可は下さないぞ」
風音は父親に詰め寄って、涙目で訴えかける。
「お願い、入らせて!」
「ダメだ! 帰るぞ風音」
杖の先が伶の父親の足元へ向き、魔法をブツブツ詠唱したのち。
「フリーズ!」
一瞬にして伶の父親の足元が凍って、身動き取れなくなった。見張りは怖気づいて頭を抱えて動かない。
「こんな事して、タダで済むと思うなよ……! 風音と、魔女の末裔が……!」
二人は門を飛び越えて、元魔女裁判所への建物へ突っ走る。
走りながら、風音が質問を投げかける。
「ドロシーさんどうしてここが!」
「分からない。ただ、こあちゃんのニュース見て、あの子が逮捕で済まされるなんて思えなくて! 何となく大都市に来てみたの!」
「本当に凄い人!」
場所は舞い戻って、門の前。
「お前は風音の父親だな? どうして足が凍ってるのか」
素直に疑問を投げかけたのは、たまたま通りかかった六の父親だった。
仁王立ちを強要されている伶の父親は、苦虫を噛んだ表情で睨む。
「魔女にやられたのだ。頼む名探偵、助けて欲しい」
「よく分からんが断る。ところで、風音の野郎は見かけなかったか」
「ここに侵入した」
「なるほどな、理解した。俺も侵入させていただくとしよう」
魔女裁判所の裁判をおこなう広間は薄暗く、檻が鎮座されていた。その中には腕を後ろに縛られ、ぺたんと座っている緑埜の姿があった。
「こあちゃん! 助けに来たよ!」
と、叫ぶドロシー。
「どうしてこんな事に……」
と、ショックで思わず両手を手で隠す風音。
「ドロシーさん、また助けに……それに、風音さんも」
二人が檻に近づこうとして、いきなり広間は霧が晴れたように明るくなった。ランプに火が灯されたのだ。
気づくと多くの人間が、中心の方を見てざわついていた。
裁判長席には40代ぐらいの裁判長らしき人物、傍聴人は何やら古めかしい恰好をした人間が多くいる。
左右には弁護席と検察席、裁判長席から向かって正面に緑埜が入ってる檻があって、証人席があった。
「どういう事?」
「人なんていなかったのに!」
ドロシーと風音、どっちも素直に感想を言う。
「極秘の裁判がおこなわれようとしている時に侵入者とは何事か」
「そうだそうだ!」「帰れ!」
傍聴人から野次が飛ぶ。時々ランプもカランカランと揺れる。
「それとも、貴殿らは『緑埜こあ』の弁護人であるか?」
「え?」
と、不安ながらも疑問の声を風音が出す。
ドロシーが耳打ちして、こそこそ風音に助言。
「ここは「はい」と答えるべき。状況はよく分からないけど」
「分かった」
勢いよく手を上げて「はい」と元気良く返答。
その行動に傍聴人は驚きを隠せず、一瞬静まり返った。
「申し出感謝する。では、弁護席へ行くが良い」
言われるがまま、弁護席に立つ二人。
今度は風音がドロシーに耳打ちして。
「うちら、中世風の異世界に来たのかな。全然現代と雰囲気違うよ……」
「でも目の前で事実この光景がある。受け入れるしかない」
「……だね!」
突然始まった裁判は、幕を開けようとしていた。




