第五話 ~大いなる出発の書~
「私、『謎解かない魔法の書』を探す度に出る」
ドロシーがいきなり宣言。いな、伶から見たらいきなりに過ぎない。
すっかり回復した緑埜が人差し指で顎をさすりながら、考え込んだような素振りでドロシーを見る。
「またこれはファンタジーっぽいですね、でもドロシーさんなら実際魔法を使ってるし、信憑性はある」
伶の方は、ドロシーを不安気な表情で見つめていた。
「どうしたの? 言わないと分からないよ」
「ドロシーも、どこか行っちゃうの」
伶の右手を両手で持ち、真剣に伶を見つめた。きっと、覚悟が籠った瞳だった。
「大丈夫、貴方の姉に預けるから。ちょっと会った事あるけど、何でも見通せるって感じの人だから、きっと例の事理解してるよ」
「やだ」
首を思いっきり左右に振る伶。不安すぎて泣きそうだが、必死にこらえている。
「事情は分からないですけど、理解のある人に預かってもらうなら、それでいいと思います。あたしからもドロシーさんの話は聞き入れて欲しい」
更に首を強く振って。
「ドロシーとはなれるのはやだ」
不満な表情を浮かべたドロシーは伶の手を離して、背を向ける。
「……分かった。ここに居座る」
緑埜は真顔でドロシーの背中を見ていた。
その日の日付回った頃。ドロシーは音を立てないようにしつつ、荷物をまとめていた。
「自分だって悲しいのに」とかなり小さく呟きながら、目をうるわせる。若干八つ当たりするようにも見える。
荷物の整理が終わり、最後にいつも使う魔法の杖を持って、玄関の方に向かう。
足に何か当たったのを感じ、携帯で下を照らすと、小さな小包と手紙が置いてあった。
早速手紙を開き、携帯で照らす。
『旅は非常に大変な物です。頭の良いドロシーさんなら理解してると思いますので、相応の覚悟を持ってる事でしょう。この荷物はあたしからささいな物ですが、応援のつもりです、受け取ってください。伶君は自分が届けるので、安心してください。こあより』
小包の中には、四葉のクローバーの髪飾りが入っていて、早速髪につける。
肘を曲げて両手で拳を作って、自分に喝を入れて、緑埜の部屋を出発。
朝、緑埜が伶を叩き起こす。伶は嫌々目をこすりながら腰を起こした。
緑埜から顔を覗きこまれて。
「荷物をまとめましょう」
「え?」
理解の弱い伶でも、何となくドロシーがいない事を察した。俯いて、不安で固まってしまう。
それを見かねて。
「撃ちますよ」
腰元にあるホルスターに手を置く。
伶の体が、針を刺されたようにビクッと動いて、キビキビ動き始めた。
緑埜のサポートもあり、そこまで時間もかからず整理がつく。
銃の事をちらつかせながらもバス停までついて、バスを乗り継いで新都とはそこそこ距離の置いた場所に着いた。
山奥に豪華な屋敷が立っていた。表札には「風音の別荘」と書いている。
大きな門の前にポツリと立つ、緑埜と伶。巨人でも住んでるのではないのかと言うぐらい、大きな別荘だ。
奥の玄関の扉が厳かに開き、ついでと言わんばかりに門も開く。すると、別荘から赤毛の成人済みだろう女性がバタバタと走ってきた。
走ってきたと同時に、膝をついて伶に抱きつき、滝の涙を流しながら頬を擦り合わす。
「伶ー! 伶ー! おかえり! よく帰ってきたよ!」
緑埜が若干角度をつけ、笑顔で赤毛の女性を見る。
「相変わらず騒がしい方ですね。猩々緋風音さん」
「こあちゃんも久しぶり! って、いつもより表情優しいね」
真顔に戻って。
「いつも通り」
「そっか! 伶、とりあえず入ろう。疲れたでしょ?」
「うん」
と言うと立ち上がって、伶を強引に別荘へ引き込んだ。しょうがないと言いたそうな表情で、緑埜もついてゆく。
風音の部屋。大きくて気持ち良さそうなベッド、近くには小さな引出があり、写真には伶と伶の兄、風音と両親が全員幸せそうな表情で写っている物。大きなテレビまで置いてある。ベランダもあり、大きなガラスの窓から見える仕組み。
勢いでついてきたが、ここに来て不安になった緑埜が、自分の髪をいじる。
「あたしは入って大丈夫だったのでしょうか」
「気にしないで、今のこあちゃん優しいもん」
困ったように、更に髪をいじった。
「そう……ですか」
風音がふと思い出したのか、真顔になって。
「伶、変わってないね」
「自分でもじかんがとまってる感じがする」
首をかしげ、明後日の方を向く。
「まあ、あんな事親にされたらショックだし、うちもこあちゃんに夫殺されてるからね」
正座している緑埜が思わず変な声を上げた。
「知ってた、のですか」
腰に手を当てて、得意げに鼻息を荒くする。
「うちは『謎解かない少女』だからね。何でもお見通しなのよー。ふふん」
「知ってた上で、付き合ってくれたのですね」
真面目なモードに戻って、ベッドに腰を置く。
「復讐しても何も生まないし、何も物事は進まない。だからこの前探偵のおじさんに言われたと思うけど、こあちゃんがその気なら、うちも更生に協力する」
「そこは、譲れません」
この一言から沈黙に包まれ、悪い空気が漂う。
「……ま、悪い雰囲気嫌いだから明るく行こうよ! ケーキとかあるから食べて!」
緑埜が目を瞑って手を合わせて。
「いただきます」
扉がノックされ、ゆっくり開く。優しそうな年の行ったおばあちゃんで、伶を別室に呼び、素直に従う。
ろうそくで照らされた薄暗い部屋。おばあちゃんは安楽椅子に座り、反対側に柔らかいクッションの置かれた椅子に、伶が座る。
「大変だったねぇ。よく生きてたよ」
照れくさそうに伶が視線をあっちこっちに向け、体をもじもじ。
「その、なんてはなしたらいいか分からない」
「ほっほっほ、その内慣れるさ。気になるのだが、伶はどうやって生きてたのだい?」
「おとうさんにいわないなら」
口をむっとさせ、拳を作って伶の目を見続ける。
「もちろんさ。あやつには説教してるが、聞きもせんのだ」
「……ドロシー フォードという女の人がすてられたあとにひろってくれて、ぼくをそだててくれた」
安心した表情で、両手を合わせる。
「ああ、いい人に出会ったんだね。良かった良かった」
「おばあちゃんは、ぼくをはんにんだと思ってないの」
「思ってないさ。風音が言ってるんだから間違いない」
伶は俯く。
「ちょっと長くなったね。さ、お戻り」
「うん」
言われるがままに、風音の部屋へ向かう。
廊下には心地よい風が流れ、通り過ぎてゆく。
部屋の扉を開けると、ベランダに続く大きな窓が開いていた。
「こあちゃん、いきなり飛び出しちゃった」
伶も開いた窓の方を見て。
「こあも、いい人」
「だね」
日は暮れかけていた。