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第三話 ~緑埜こあの書~

 例にもよって例の狭い一室。

 緑埜は床に寝転がり、真顔で呟く。

「あー、またルームシェアした人と喧嘩しちゃったなー」

 返事するかのように小鳥がさえずり、虫が窓に張り付いた。

 寝ころんだままナイフを磨き、銃の整備までして、気怠そうにやっと立つ。

「気にしてもしょうがない。今日も仕事しないと」

 ナイフを皮の入れ物にしまい、銃をホルスターに入れながら扉を開く。

 人の気配を感じて咄嗟に銃を構えると、缶コーヒー片手に壁に重心を置いた、六の父親が緑埜を待ち構えていた。

 相手に殺気が無いと思い、すぐに銃を戻す。

「やあ。久しぶり、だね」

「どうも。仕事があるので、どいてください」

 缶コーヒーを一口飲んで、緑埜に投げる。瞬発力を活かして上手くキャッチする。

「その仕事だけど、あまり図に乗らない方がいい。年齢的にも、必ず綻びが出る」

 緑埜も缶コーヒーを開けて一口。お礼のつもりで、棒つきの飴を六の父親に投げた。

「あたしが少女に戻る道はありません。生きるには、誰かを犠牲にしないといけない」

 緑埜の前に六の父親が立ち、ポケットから携帯を出してチェックする。

「そんな事はない。この自分が更生の道を用意する事を約束する」

「結構です。では」

 即答だった。

 澄ました顔で六の父親の横を通り過ぎた。






 不気味な雰囲気が漂う裏路地に、手慣れたように入る緑埜。そこで待ち構えていたのは、真っ白いスーツを着て、チョビ髭を付けた一人の男性だった。

 やたら体をくねらせながら、100点以上をつけたいような笑顔で話し始める。

「ええ、お待ちしておりましたですよ。緑埜様。自分は依頼人の使いですです」

「どうも。早速確認ですが、以前聞いた内容でいいのですね」

「はい、大丈夫でございますですです。はい、よろしくお願いします」

 緑埜が尻ポケットのお金を確認しつつ、視線は逸らさない。

「分かりました。次の待ち合わせ場所は……で」

 強い風が吹いて一瞬緑埜の声が聞こえなかったけど、良いという事で。

「了解しましたですです。ご主人様にも申し付けておきますですので」

「では、また」

 二人は解散して、早速緑埜は依頼の遂行へ。

 次の来たのは、この地域である新都しんとでは比較的小さいビルで、かなり前に廃墟になった建物に着く。

 慎重な姿勢で真正面の入り口から侵入。ホルスターから銃を取り出しつつ、弾丸を込める。

 階段を使い一階から二階、珍しく不安げな表情で冷や汗をかきながら、最上階へ。このフロアは天井が昔に崩れ落ち、屋上みたいな雰囲気となっている。

緑埜が更に冷や汗を垂らしながら、物陰に身を潜めて呟く。

「人の気配がない、ターゲットは逃げたのだろうか」

 心臓が早く鼓動し始める。自分は騙されたのか、騙されたとしたら、逆に相手に狙われてる事になるのは、よく知っていた。

 布と肌が擦れる音がして、咄嗟に緑埜はその場から離れようとするが、それと同時に豪快な銃声が鳴り響き、少女の足をかする。

 その場で倒れこみ、必死に逃げようとするが、右足が動かない。

 ゆっくりと高みの見物をするように、さっきの依頼人の使いが姿を現す。

「ヒ、ヒヒヒ……! やっちまったよ、あの正体不明と言われる満身創痍の足をよお……!」

 歯を食いしばり、依頼人の使いを見上げる。落ちた銃を何とか拾うも、蹴られて少し遠い距離に滑る。

「そんな気はしてましたが、なぜ気配を消す事が」

 いきなり依頼人の使いが上の服を脱ぐ。ただし人肌というわけではなく、鋼鉄でできた体であった。

「俺は人造人間だからな。まあ死ぬ間際のお前に教えてもしょうがない。やっと国の問題だった、総理の願いだった『満身創痍』の討伐ができる!」

 そのままの姿勢で緑埜は俯き。

「ここまで、か……」

 強い風が吹き荒れ、依頼人の使いが銃の引き金を引こうとする。

 しかし、そこで甲高い他の女性の声が辺りに鳴り響く。


「サンダー!」


 依頼人の使いの手の甲の当たって、小型の銃がどこかへ吹き飛ぶ。

 再び緑埜が顔を上げる。緑埜とは逆の方を歯軋りを立てて見ていた。

「その声はドロシーさん。どうして、あたしの事怪しんでたはずでは」

「何でもいいから、困った人がいたら助ける。それが私のアレだから!」

「意味が分からないです……」

 一歩身を引き、手を振りかざす依頼人の使い。

「何だお前。ま、魔法なのか? 否、そんな物は現代に存在しないはず! カラクリがあるに違いない!」

 ドロシーが左手を腰に当てて、杖の先を依頼人の使いに向けて。

「じゃあ受けてみる? 私から直々に出す強烈な魔法を」

「ヒッ! 俺は逃げる!」

 腰を低くして両腕をグルグル回しながら、この場から逃げていった。

 緑埜がそのままの姿勢で立ち上がろうとするが、ドロシーに止められる。

「本当に優しい人なんですね、ドロシーさん……」

 そのまま緑埜は意識を失う。

 ドロシーは廊下の角に隠れていた怜を呼んで、足の治療を始めた。




 数日の時を経て、緑埜はやっと目を覚ました。そこそこの出血量だったらしく、幼いのもあって、ここまで回復するのに時間がかかった。

 目を覚まして早々、ドロシーは説教をかます。

「起きたね。今回はたまたま見つけて尾行したからいいけど、次は無いと思った方がいいよ」

「当たり前、です」

 伶が心配そうに水を持ってきた。優しい笑顔でそれを受け取る。

「その、むりしないで」

「伶君も、優しいのですね」






 場所を変え、時間を巻き戻して緑埜が足を撃たれた日の夜。

 廃墟の頂上には、空を眺める六とその父親がいた。

「ここだとお星さまよく見えるねー」

 六の父親も空を見上げる。ポケットに手を突っ込む。

「そうだな……ところで、お前はすぐるを誰が殺したと思う」

「こあちゃんじゃないのー?」

 その言葉と、星を映した瞳に何の曇りも無い。

 父親は黙って、ただ次の返事を考え込む。

「それが、六の考えなんだな」

 六は父親から貰ったホットドッグをもしゃもしゃ食べる。

「うん、絶対捕まえるんだからねー」

 父親は六の方を見て、真顔を貫きながらも、訴えかける目で娘を見る。

「本当に殺したかは分からないが、あの少女は罪を重ね続けているだろう。どの道証拠を見つけ出して捕まえ、更生させる必要がある」

 六も父親の方を見て。

「がんばろー!」

 今度はもう一度父親が星空を見る。

「ああ」

 欠けた月が、親子を何の意味もなく照らしていた。

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