第二話 ~隠し事の書~
真昼間。女性と女の子がいる部屋に、自称『謎解き少女』がやってきた。
銀髪のウェーブがかかったロングで、ピンク色の兎の耳がついたフードを着ている高校生ぐらいの年頃の子だ。
その自称謎解き少女が、来て早々いきなり騒ぎ出す。
「見つけたー! こあちゃん、今日こそ逮捕するんだからねー」
「やれやれ。一応先に否定しておきますが、何もしてないですよ」
ドロシーが人差し指を頬に当てて、首を傾ぐ。
「何の話?」
緑埜が溜息をつきながら、右手に塩が入った袋を持つ。
「面倒な人に目をつけられてるだけです。気にしなくて大丈夫かと」
一瞬緑埜に対しての目つきが鋭くなったが、一瞬でいつもの表情に切り返す。
「で、貴方の名前は? 私はドロシー フォードって言うの」
「僕ねー、緑川 六。逮捕への協力よろしくー」
「この子が逮捕されないといけない根拠や証拠は?」
六が得意げな表情になって、人差し指をドロシーに向け。
「ない!」
引きつった顔のドロシーに、塩が入った袋に手を入れて、今にもぶちまけそうな構えをする緑埜。
「なるほど……」
「とにかく帰ってください。あたしもこの後仕事ですから。じゃないと塩でも銃弾でもナイフでも飛ばしますよ」
「随分と物騒ね」
六がいきなり踵を返し、緑埜の方を見たまま。
「塩は嫌だから帰るー。ばいばいー」
空が見える方に顔を戻し、鼻歌しながらどこかへ言ってしまった。
少々の静けさの後、ドロシーは化粧をしながら話を始める。
「こあちゃんの面倒な人に絡まれる体質なのね」
「貴方達もです」
「え?」
緑埜が手を洗い、バッグを持って玄関まで行き。
「何でもないです。行ってきます」
「あ、行ってらっしゃい」
ドロシーが辺りを警戒しながら、時差を経て外へ。
何を始めたかと言うと、緑埜の尾行である。物音立てず、かと言って辺りに怪しまれない程度の距離を保ち、商店街までまではついていけたものの、次第に巻かれてしまう。
「見失っちゃったな。もしかして、気づかれたのかしら」
「わー!」
急にドロシーに六が声を上げながら抱きつく。ビックリして思わず棒つきの飴をバラバラと地面に落としてしまった。
思わず内心驚く周囲だが、必死に平常を保つ。
「な! 何してるの?」
「お買い物ー。お父さんのお金で美味しい物たくさん食べるよー。えへへ」
苦笑いしながら、そのままの姿勢で、ニュースの通知が入った携帯を見る。
「優しいお父さんなのね」
「そうなの。ドロシーさんも一つアンパンあげるー」
「いやいや、六ちゃんのお父さんに申し訳ないからいいよ」
六は表情一つ変えず、抱きついたままアンパンを食べ始め、口をもごもご。
「分かったー。そういえば、こあちゃんどこ行ったのー?」
「尾行してたんだけど、あの子頭いいのね、気づかれて巻かれちゃった」
「僕もー。だから今日は諦めていっぱい食べるー」
優しい表情に戻って、六を振りほどこうとするが、思ったよりも力が強かったため途中で諦めた。
「そうね。私もたまにはいっぱい食べようかしら」
じゃれあってる内に、伶がたまたま通りかかり、ドロシーに近づいた。
不安気な表情で六を見ながら、ポケットから棒つきの飴を取り出す。
「だれ」
「緑川六って言うのー。よろしくねー
「ふーん」
不機嫌な表情になって、伶をジトっとした目で見つめる。
「興味ないって感じー」
ドロシーが必死に手を動かしながら。
「あいやその、あまり対人得意な子じゃないから」
「へー、僕が教えてあげるー」
「いい」
「ガッカリー」
ドロシーの携帯を見て、六が眉を潜める。
「この辺で殺し屋『満身創痍』が活動再開したんだってー」
「怖いね」
伶も黙って頷く。
まだ六はドロシーに抱きついている。飴を拾いたいドロシーだが、心の中では「後で拾おう」と考えていた。
そこに一人の男性、烏賊にも探偵という顔立ちと服装をしている男が立ち寄った。
「六とそこの女性、何をしている」
「あ、お父さんだー。ドロシーさん暖かくて柔らかいから抱いてるのー」
六の父親は露骨に呆れた表情を取り、缶コーヒーをポケットから取り出す。
「……そう、なのか。すまないな、俺の娘が迷惑をかけて」
またも苦笑いして、その場のお茶を濁した。
「ともかく帰るぞ。この辺に満身創痍がいるかもって報道があったから危険だ」
やっと六はドロシーを離して。
「うん! ドロシーさん、伶君、ばいばーい」
伶も小さく手を振り。
「ばいばい」
ようやく落ちた飴を拾いながら携帯をポケットにしまい。
「私達も帰ろうか!」
「うん」
日が暮れる寸前くらい、まだ緑埜は部屋に帰っていなかった。
「伶、こあちゃんが帰ってくる前にご飯作るよ」
「やだ」
「お菓子買ってあげないよ?」
と脅すと、黙ってドロシーに従う。
料理もそこそこ出来上がった頃合いに、緑埜も疲れた表情で帰ってきた。
「ドロシーさん、尾行してましたよね」
「やっぱりばれてた?」
「ばれてましたね」
やたらと険悪な雰囲気の中、伶は料理をつまみ食い。
「あたしが怪しいのは重々承知の上なので、今回は許すとします」
ドロシーが腰に手を当てて、口をむっとさせる。
「そう。と言いたい所だけど、職業すら名乗らないで信頼するなんて、私にはできない」
「失礼しました。言う機会が無かったもので。でも言うつもりはないです」
更に伶が料理をつまみ食い。
「意地でも言うつもりはない、と」
「はい」
返事するのに、1秒もかからなかった。
ドロシーが伶の方を見て。
「伶、出よう」
思わずつまみ食いしたミートボールを吹き出す。
「え?」
伶の方を見たまま緑埜の方に指を差して。
「この子絶対危ないよ。私には分かる」
「……分かった」
「ありがとうございました」
緑埜が礼儀良くお辞儀。
荷物をまとめて、ドロシーは伶の手を引っ張って出て行った。