プロローグ ~魔女の決意の書~
「ぼくはけんかをするつもりなんて無い。ただ、お前らがきにくわないだけ」
河川敷の橋の下、ゴミが散乱している。
15歳ほどの、あまり肉付きの良くない金髪の少年が3人に向かって、視線を逸らしながら、行儀悪く棒つきの飴を口に咥えて言った。
暗いカラーリングのフードで目線を隠しつつ、食べ終わった飴の棒を地面に捨てる。
相手である高校生くらいの、がたいの良い3人組みがいて、頭に血が上ったのか首を捻ったり、手の指をボキボキ鳴らして威嚇。
「おう! テメーがその気なら喧嘩を買ってやろうじゃねえか!」
集団の一番弱そうな人が最初に飛び出し、何も考えずに殴りかかる。
少年よりは遥かに太い腕が顔に接近していく。しかし、応じもせず微動だにしない。
拳と顔の距離がかなり近くなってきた時、甲高い女性の声が辺りを駆け巡る。
「ファイア!」
ただファイアを言い放っただけではなく、数センチの炎の塊が殴りかかった高校生の腕に直撃、熱い熱い熱い! と叫びながらその場を転げまわった。
少年の後ろからゆっくりと歩いてきたのは、18歳の女性で、魔法使いがよくかぶってる帽子と、動きやすそうな皮の服でそこそこ露出が多め、深い青のホットパンツに、茶色のブーツ。
「喧嘩したらだめだよ怜れい、私と約束したでしょ? いつまでも私と一緒とは限らないんだし」
残った二人の高校生の顔が引きつり始め、情けない声を上げながら逃げた。残った高校生も遅れて退散する。
「……ごめん。ドロシー」
怜はふてくされながら、もう一本棒つき飴を取り出して、口に咥えた。
別の日。
かなり豪華な外装の、いかにも高級感漂うレストラン。
怜はふらっとそこに立ち寄り、何食わぬ顔で入る。周りの客が品の良い格好の人が多いため、不良っぽい怜は浮く。
入ってきた事に気づいたボーイの50代の男性が怜に近寄り、不機嫌そうに腕を組みながら立ちはだかった。
「また君か。どうせ金も持ってないし、優しい嬢ちゃんに甘えて何か食べようとしてるんだろ。今日ぐらいは帰りたまえ」
「なんで」
「いいから帰れ。客がざわついておる」
追い払われ、行き場を失ったので、特に意味も無く商店街をうろつく。ママ達の横を通りかかる度に、嫌味は悪口をコソコソ言われるが、慣れっこなので気にしていない。
おばあちゃんが経営する駄菓子屋に寄り、数少ないお小遣いで某つきの飴を何本か購入。すぐに出て、公園の幾つか穴のある球体の中に入って、暇を過ごす。
日差しが照りつける真昼間。人もいない、動物もいない、風がさらさらと草を揺らすだけ。
特に何もせず、空はオレンジ色に染まり始め、そして暗くなる。しかし怜は動かず、ただぼーっとしていた。
「怜ー!」
と、ドロシーの声。お母さんの声に気づくように、ふらふらと声の方へ向かう。
「やっぱりここにいた! ここにいると風邪引くよ?」
「あたたかくしてるから大丈夫」
「大丈夫じゃない! 帰ろう、今日は親いないから泊めてあげる」
「うん」
内心伶は嬉しかった。ただ感情の表現が苦手であるため、特に反応せず、ただドロシーについていく。
二人ふらふらとドロシーの家へ。家の玄関には、鬼の形相で立つドロシーの両親がいた。
「えっ、どうしてお父さんとお母さんが?」
「やっぱりお前、この不良と関わってたのか。ちょっと来なさい」
無理矢理引き込まれる。ドロシーの家の前に、ポツンと伶は取り残された。そのまま三十分程、出てこなかったので伶は諦めてさっきの公園に戻り、眠りにつく。
その翌朝。
穴の空いた球体で眠ってた伶が起き、よたよたしながら出る。丁度同じくらいの頃合いに、大量の荷物を持ったドロシーが目の前に現れた。伶は内心ほっとし、真顔でドロシーに近づく。
ドロシーの目の周りは、真っ赤に腫れていた。しかし、とびっきりの笑顔でもある。
「私と伶はこれで一緒! だから、気に病む必要なんてないよ!」