第7章:不死、変人、って誰の事よ!?
……体が、だるい。
混沌魔法を使うと、いつもこうなのよね。何て言うの?こう…全身の力を奪われたような感じ?
一応不死者…「死なず」特有の回復力の速さで、戦える程度には体力は回復してるけど…これ、もしも普通の人間の体だったなら、どうなっていた事やら。
確かディールは、「普通の人間なら、命と引き換えになる代物」と言う言い方をしていたから…あの魔法を使う事自体、「一回死亡」って事になるのだろう。
「大丈夫かルフィ?顔色が悪いが…」
「あー…そうね、ちょっと体がだるいだけ。戦闘に支障は無いと思うけど、いつものように…って訳にも行かない程度には具合悪いわ。」
正直に現状をダルに報告しつつ、私はちらりと自分の後ろ…ディールへと目を向けた。
楽しそうな表情を浮かべた、一介の「少年戦士」。傍から見るとそうとしか見えない辺りが、非常に恐ろしい。
一応今の時点では殺気やら敵意やらは感じられないから、大丈夫だろうけど…こいつが本当に敵に回るような事があれば、悪いけれど私は即座に逃げる。
もう2度とあんな危険この上ない戦いはしたくない。
「ところでディール。」
「何、ダル兄さん?」
「君、本当について来てるんだな。大丈夫なのか、こんな…言ってしまえば、敵地のど真ん中で。」
ダルが心底心配そうに、ディールに向かって声をかける。
あんた…いい奴だけど、相手は曲がりなりにも魔王の分身よ?心配するべきは自分達の方じゃない?
心の中でツッコミを入れつつ、私はもう一度ディールの方へと視線を移す。
彼は…一瞬だけ、きょとんとした表情になり…すぐににこやかな…いっそ清々しいまでの笑顔になると、裏なんて一切無さそうな声できっぱりと言い放つ。
「勿論。ルフィ姐さんとダル兄さん程、面白い存在は無いもん。それに、俺が魔王の分身だって知ってるの、ここにいるメンバーだけだろ?大丈夫だって。」
「僕が仲間に話さない…そんな確証でもあるのか?」
「確証はねーけど…少なくとも、今のアンタは『黄玉』の部下を追う事の方が先決のはずだ。俺に構ってる暇は無い…そうだろ?」
どこか忌々しげに吐き捨てるラギスに対し、ディールはからからと笑いながら言葉を返してくる。
例え自分の正体をばらされても、敗北しない絶対の自信があるのだろうか。
それとも…単純に、本当に現状を楽しんでいるだけ?
…魔王の考える事って、正直わかんない。いや、わかってもそれはそれで困るような気もするんだけど。
しかも、「面白い存在」って何?
「何か私、変人認定された気分だわ。」
「魔王に認められた人間なんて、そうそういないよなぁ。ましてルフィ姐さんの場合、混沌魔法が使える。この魔法は、俺達魔王や、神々ですら使えないモンだ。…使えるのは、世界を造った存在と、それに近い者だけだ。」
「……ごめん、意味わかんない。」
そう言えば、以前戦った「ディール」も言っていた事だけど…「混沌魔法」の力を引き出す事は、魔王も出来ないらしい。
魔王も神も扱えない魔法を、不死者とは言え仮にも人間であるはずの私が扱えるって事に、ひどく驚いていたっけ。
ただ…現時点で、私に分かるのはそれだけなんだけど。その後の、「世界を造った存在」とか、「それに近い者」とか、正直……わからない。
そんな私の疑問を感じ取ったのか、ラギスはこくりと1つ頷き、言葉を紡ぎはじめた。
「混沌魔法と呼ばれる魔法は、相手を完全に無にすると同時に、無から何かを作る事も出来る魔法なんです。神々ですら0から1は作れません。」
「魔王だって、完全に1を0に返す事は出来ない。それが出来るのは、俺達を作った最上神…『世界を造りし者』だけだ。ルフィ姐さんの場合、不死者って事もプラスに働いてるんだろうが…」
「恐らくは、『観察者』の血筋に当たるのだと思います。」
……えーっと?ラギスとディールの間ではこの会話が成立してるんだろうけど…張本人である私には何が何やらさっぱりなんですけど。
しつこいようだけど、神も魔王も扱えない魔法だって事は分かったわよ。でもその先。神や魔王より更に上の存在?「観察者」?
あ、頭から湯気が出そう…
「……ダル。」
「何だ?」
「この、神話に疎い私にも、分かるように簡潔に説明して。」
救いを求めるように私はそう頼むと、ダルは軽く唸り…
「そうだなぁ……要はルフィが、生まれつき他人とは違う存在…変人だったって事じゃないか?」
「殺す。」
「簡単に言えって言ったのは君だろ!?」
「それでも変人って何よ!?」
結局こいつもわかってなかったのかい!
とか思った、その瞬間。
嫌な予感がぞわりと私の背を駆け抜け、反射的に私はダルの襟首を引っ掴んで大きく前へと飛んでその場を離れる。
次の瞬間には、爆発音と共に、私達のいた場所の地面が大きく爆ぜた。
「な…何だ!?」
「爆発!?」
…そうだ、ラギスとディール!
「無事!?」
「かわしました!」
「生きてるぜ!」
端的な私の問いに、土煙の向こうから2人の声が響く。生きてるなら良し!
思いつつも、私は真っ直ぐに爆発の中心…その殺気の主を睨みつけるようにしながら見つめる。
…見た目は、黄色い毛色の犬のようなものだ。ただし、普通の犬とは異なり額にも目があるだけでなく、耳の脇の部分から捻れ曲がった3本の角が生えている。
「悪魔…だな。」
「……ディール、アンタ確か、『黄玉の魔王』の配下のデビルを見たとか言ってたわね。」
いつの間に隣に立ったのか、真剣そのものの表情で拳を構えるディールに、私も剣を抜き払い目の前の犬もどきを見据えて問う。
私の聞きたい事を察知したのか、ディールは軽く首を横に振ると…
「いいや。俺が見た奴とは違う。あの犬は…そのデビルの置き土産だろうな。」
「成程。よっぽど私達に邪魔されたくないみたいね。」
私の言葉に応えるように、周囲からは大量の「黄色い犬」…そのどれもが、こちらに向けてとてつもない殺気を振りまき、今にも私達を噛み砕かんと唸り声を上げている。
久々に…楽しくなってきたかも。
ぞくぞくする程の殺気の中、私は呑気にも、そんな事を思い…その剣を、振るっていた…