第6章:神聖、暗黒、混沌魔法
「さてと、そんなことよりルフィ姐さん。」
例の小悪党な笑顔のまま、ディールは軽やかな足取りで一歩、私に近付く。
ああ、何でだろう。物凄く…何かを企んでる感がひしひしとするのに、目が離せないなんて。
思う私をよそに、彼はすっと後ろで絶叫しているダークドラゴンを指差し…
「あいつ、殺してやらなくて良いのか?」
「あ……」
確か、こいつはその姿を見せた時、こう言った。
…私が唯一使える魔法…聖にも魔にも属さぬ、第三の魔法と呼ばれる、混沌魔法を使えば、一撃でこのドラゴンを「殺せる」と。
自身の生命力と、デビルによる呪いの力で、「死ねない体」となった、この漆黒の竜を。
「俺は別に良いんだけどさ。流石に煩いし。それに…『黄玉』は、協定違反を犯している。」
「協定って、何だ?」
不思議そうなダルの問いに、ディールの表情が真剣そのものになる。
魔王と言うより、これから魔物退治に向かう、勇者のような印象を受けてしまうのは、ひとえにその整った…ある意味整いすぎた顔立ちのせいだろうか。
「三大魔王の間では、ちょっとした約束事がある。その内の1つが…支配する領域。」
ぴっと人差し指を立て、まるで子供に教えるような仕草で、ディールはそのまま言葉を続ける。
…子供扱いってのは正直ムカつくけど。
「支配領域…『孤高の神』と『紅玉の魔王』は天空を、『灼熱の神』と『黄玉の魔王』は地上を、そして『華麗の神』と『蒼玉の魔王』は海原を支配する…と言う奴だな。」
「そ。俺達『魔王』が混乱させるべきは、それぞれの領域に関わる者と、自らに刃を向けた者だけと、取り決められている。」
ラギスの言葉に頷きつつ、ディールは出来るだけ私にも分かるように説明してくれている…らしい。
正直、神話の類に物凄く疎い私としては、ついていくので精一杯なのだが…
要は、ディールが攻撃して良いのは、空を舞う者と、以前の私とダルのように、自身の邪魔をした者と言う訳か。魔王にも厄介な制限があるのね…
「さて、ここでルフィ姐さんに問題。」
「…何?」
「ドラゴンは、どこに属する生き物とされているでしょうか。制限時間は、10秒!」
「は!?」
竜族が属する場所!?そりゃあ、地上じゃ…
あ、いや待てよ?でも竜族の移動手段は主に飛行よね。って事は空中?
うーん…
「ブッブー時間切れ~。罰ゲームは、後で混沌魔法であのドラゴンをぶち殺す事ね~。」
「…随分と楽しそうに言うじゃないの。あれ、結構しんどいのよ?」
「だろうね。多分、人間が混沌魔法を使おうと思ったら、命と引き換えになるだろう代物だからね。」
…そんな物、使ってたのね、私。道理で使った後、随分と疲労する訳だわ。
「それはともかく、正解は…地上と天空、両方に属すって考えられてるんだ。」
「…確かに、僕達は地上、天空、どちらも活動の拠点にしていますから、そう判断されるのでしょうが…」
「そう言った、『両方に属する生き物』に関しては、特別ルールがある。」
「ひょっとして…第三者…この場合、『蒼玉の魔王』しか手が出せない、とでも言うのか?」
「ダル兄さん、正解。」
……ごめん、ちょっと展開が早すぎてついていけなかったんだけど…要するに、竜族は地上でも天空でも活動しているから、魔王的に、「紅玉」と「黄玉」のどちらが手を出すかもめる事になる。
そうなるくらいなら、いっそ何の関係も無い「蒼玉」に任せてしまえ…って事?
「姐さーん、理解できてる?」
「…とにかく、竜族にちょっかいかけて良いのは、『蒼玉の魔王』だけって事だけは理解できたわ。」
「それさえ理解してりゃ、話は早い。じゃあ、もう1つ問題。ただ今、絶賛絶叫中のダークドラゴンは、『誰の配下』にこんな体にされた?」
…ディールの話を鵜呑みにするなら、後ろでひたすら、「殺してくれ」と嘆願している相手をこんな風に変えたのは…彼が見たという、「黄玉の魔王」の部下であるデビルだけ、と言う事になる。
「…成程、それで『協定違反』って訳ね。」
「本当に、『黄玉の魔王』の配下がやったと言うのなら…と言う条件がつくけどな。」
私の言葉に付け足しつつ、ダルも納得したように頷いた。
まあ、ダルの言葉には激しく同意するけどね。何しろ教えてくれている相手が、魔王な訳だし。ディールが嘘を吐いている可能性だってありうる。
もっとも、この場で嘘をつく理由も、見当たらないっちゃ見当たらないのだけど。
「さ、それじゃあルフィ姐さん。ぱぱーっとあのドラゴン、殺しちゃってよ。俺が殺してもいいんだけど、それじゃ後々面倒臭い事になるから。」
まるで話はここまでと言わんばかりに流れを断ち切り、ディールは、この場には不釣り合いな程にこやかな笑みを私に向け、まるで現状を楽しんでいるかのように言葉を放つ。
…それ程までに、この「魔王の分身」は、私の混沌魔法を見たいのだろうか。
意味が分からない。あの魔法の、何にそんなに期待しているのか。
「殺して…くれぇぇぇ…」
後ろから聞こえる、涙混じりの竜の声。
「魔王の手にかかるくらいなら…どうか、殺してやって下さい、ルフィ様。」
目の前では、深々と頭を下げて頼み込む次期竜王。
…報酬の出ない仕事はしたくないし、混沌魔法を使うのも、正直物凄く疲れるから嫌なんだけど…
「放っといても、面倒な事になるだけ、よね。」
溜息混じりに私は小さく呟くと、くるりと後ろを振り返って、虚ろな瞳の漆黒の竜に向かいなおす。
…その命を、断つために。
「…ヘルゲートソード。」
剣が、私の声に応える様に小さく振動する。同時に、その漆黒の刀身は、淡い赤色の光を放つ。
以前のディールと戦った時には、「魔王ですら引き出せない力」と言われたのを覚えている。良くは分からないが、そうそう滅多に使えるものでも無いらしい。
破滅を呼ぶにしては、妙に優しい光を纏ったその剣を、私は無表情に振り上げる。
そして…剣先が、相手の首に軽く入った瞬間。
「ありがとう…人間よ。」
「……っ!!」
ようやく苦痛から解放されたらしい漆黒の竜は、最後の瞬間にそう呟き……その次の瞬間には、その首は胴から離れ、大地に落ちる前に光となって空気に溶ける。
…死ねぬ者となった彼には、その亡骸も、残す事が許されないのだろうか。
私よりも一足先に「死」を得た「不死者」は、まるで最初からいなかったかのように、消えてしまった…。