第4章:再会、脅威、魔王の分身!
「よ。」
…一瞬。
私は自分の目を疑った。
軽く右手を上げ、にこやかに笑いながらこちらに来る1人の青年。年は、16、7くらいだろうか。
赤い瞳、赤に近い茶髪、腰には小振りのナイフ、背には赤い柄の剣。
戦士、という職業らしい格好をしているが、私が固まった理由はそんな事じゃない。
……見覚えが、あった。この戦士の青年に。
「ルフィ…様?」
私の、異常なまでの驚きを察したのか、不思議そうな表情でラギスが私の顔を覗き込む。
だけど、そんな事を気にしている場合では無い。
ダルも、その青年を見てパクパクと口を開いたり閉じたりしている。
後ろのダークドラゴンの絶叫など、もはや私の耳には入っていない。とにかく、それくらい目の前の存在がショックなのだ。
そんな私の顔が面白いのか、現れた青年はにやりと笑うと、1歩、こちらに向かって近付いて来た。
特に殺気を放っている訳でもないのに、私は相手が近付くのと同じ距離だけ、気圧されたように後ろに下がる。
…何で、こいつがここに…!?
「やだなぁ、ルフィ姐さん。そんな顔されると、苛めたくなってきちゃうじゃん。」
悪戯の見つかった少年のような表情で、青年は更に1歩近付く。
その刹那、反射的に私は腰の剣を抜き払い、相手を睨みつけながら対峙した。
…忘れるはずも無い。
忘れられる訳が無い。
この、男は……
「何で…こんなトコにいるのよ…」
口の中が乾いて上手く喋る事など出来ない。
素直に認めよう、私は目の前の青年に恐怖している。
だって…だって、この男は……
「ディール。紅玉の魔王の、分身。」
ディール。私がダルと出会った際、一時期共に旅をしてきた渡りの「戦士」。
その正体は、三大魔王の1人、「紅玉の魔王」と呼ばれる存在の一部…分身だった。
それほど昔の話では無い。今でも良く覚えている。「赤い羽根の烏」が一般的に知られる「紅玉の魔王」の姿だが、実際は何にでもなれるらしい。
今、目の前にいるのは…私とダルが戦い、そして辛くも勝利した、「魔王の分身」と同じ姿をしている。これで忘れていたら、相当おめでたい頭だわね。私、あの戦いで5、6回くらい「死んで」いるからね。
「いやあ、覚えててくれて嬉しいぜ。」
心底嬉しそうにそう言うと、ディールは今まで開いていた距離を一気に縮め、私の剣が届くか届かないかの場所に立つ。
流石に、こちらの間合いは見切られているか…
いつでも攻撃できるように身構えながら、私は相手が仕掛けてくるのを待つ。
魔王相手にこちらから仕掛けるなど愚の骨頂。それは以前の戦いで充分把握しているつもり。
そんな風に殺気立つ私に気付いているのかいないのか、ディールは武器を抜くでもなく、楽しそうに笑うと…一言、言葉を放つ。
「…って言っても、俺、ルフィ姐さんに倒された欠片とは違うんだけどさ。」
「何ですって?」
「『魔王の欠片』は、元が同じなせいか、互いに情報を共有できるんだよ。俺は、ルフィ姐さんが会った『ディール』と、似て非なる存在。」
訝る私に説明してくれるディール。
…確かに、あの時私とダルは、確実にディール…魔王の分身を倒した。目の前にいる「ディール」が、私達が倒した「ディール」とは別個体だという事も納得はいく。
しかしそうなると問題は…「何故、私達の前に現れたか」。
もしもまた、こいつと戦う事になったなら…私は、勝てるのだろうか。
あの時は、不意打ちに近い状態で勝利した。こいつが情報を共有できるというのなら、私が第三の魔法…「混沌魔法」が扱えることも、ダルが不死者だと言う事も知っているはず。
正直、何の慢心もない魔王相手に勝てるとはこれっぽちも思えない。
「…で?まさか…私とダルが倒したディールの、敵討ちとか言うんじゃないでしょうね?」
極力軽い口調で言ったものの、もしもここで「うん、そう。」とか言われよう物なら…悪いが私はダルとラギスを見捨ててでも全力で逃げる。
しかしディールはそんな私の言葉に、きょとんとした表情になり…ぶんぶんと首を横に振った。
「俺が?無い無い!むしろ俺、ルフィ姐さん達に興味が湧いちゃった。」
「……はぁ!?」
思わず素っ頓狂な声をあげる私に、ディールは魔王とは思えぬ爽やかな笑顔を私達に向け…
「竜王だけじゃなく、魔王もお供にって、どうよ?」
「心の底からお断りよ!って言うか、良くまあ私なんかに興味が持てるもんね…」
「情報は共有できるけど、感情までは共有してないからね。俺は、ルフィ姐さんとダル兄さんを、面白いと思った。だから付いていこうと思った。ほら、論理的!」
どこがよ。
と突っ込みたい気持ちをグッと堪え、私はディールの姿を、もう一度まじまじと見つめる。
…私の知る、ディールそのもの。違うのは背に差している剣くらいのものだろう。
ひょっとすると、わざと似せているのかもしれないけど…こいつから感じる、異様な雰囲気は、私達の知るディール…「紅玉の魔王」の分身と同じ。
「少なくとも、『俺』は2人の敵にはならないぜ?」
「信用できないわね。」
「だろうな。俺ならそこで信用はしない。端から信用されるとは思ってねーし。」
からからと笑いながら、彼はあまり気分を害した様子も無くそう言うと、両手をひょいと上げ、敵意が無いと意思表示する。
…まあ、魔王の分身が両手を上げたからと言って、敵意がないと判断するには早計なんだけど…少なくとも、殺気や害意は感じられない。
こいつの登場、私はどう思えばいいんだろうか……