第3章:悲鳴、絶叫、阿鼻叫喚
乗り物…と言う表現が、ドラゴンに当てはまるのかは分からないけど、とにかく「乗り物酔い」から多少回復した頃に。
私達はようやく、悲鳴の元に辿り着いた。
そして…その声の主を見た時、思わず私は一歩、その凄惨な光景に後退ってしまった。
これでも、2000年生きているし、傭兵なんだから凄惨な場面と言うのは、嫌と言うほど見てきたつもりだった。
だけど……甘かった。
私が今見ているモノは、そんな出来事などちゃちに思えてしまうくらい…「凄惨」なものだ。
鎖に繋がれた、それは。
悲鳴を上げすぎた顔は、もはやその形に固定されている。
首から腰までの部分からは、肉色の蛇のようなものが生え出し、その体を食いちぎる。時々何かを噛み砕くような、バリバリと言う嫌な音も聞こえる。腰から下は既に食われつくしたのだろう、少なくとも私の視界に入る場所には無い。
それは、漆黒の鱗を持った竜族。
首と前足…人間で言うなら両腕にあたる部分には、鎖が巻かれており、暴れたが故に擦れて真っ赤になっている。
普通なら死んでしまいそうなものなのに、そのドラゴンはひたすらに悲鳴を上げ続けている。
私達が目の前にいると、認識してるかどうかも怪しい…濁った瞳を、空に向けて。
「殺してくれぇぇっ!」
心の底からの懇願。
通常、竜族は物凄くプライドの高い生き物とされており、人間に助力を請うどころか、人前で泣くことすらないと言われている。
まして、目の前で悶え、苦しんでいるのは漆黒の鱗を持っている。と言う事は、戦闘力では右に出る竜は無いとされる、ダークドラゴンと考えられる。その戦闘力に比例して、プライドも超がつくほど高い事で有名な種族。
それが…
「そこの人間!あっが、ぐあぁぁぁぁっ!た、頼む、俺を、俺を殺してくれ!」
「あ……」
瞳に涙を浮かべ、地に頭をこすり付けるようにして、相手は悲鳴混じりに私達に乞う。
……殺してくれ、と。
「殺してくれ、頼む、今すぐに!俺をこの苦しみから解放してくれぇぇぇぇっ!」
「…間違いありません。この人は…『死ねず』の不死者です。」
むせび泣くその漆黒の竜に哀れみの視線を向けながら、どこか感情を殺したようにラギスは言う。
その拳が、肩が、細かく震えているのを、私は見逃さなかった。
それは目の前にいる竜を、こんな目に遭わせた者に対する怒りなのか、それとも…救えない事への悲しみか。
或いはその両方なのかもしれない。どちらにしろ、殺しきれていない感情が、彼の中で渦巻いているのは確からしい。
「これが…死ねない者……」
口元を押さえ、呻くように吐き出されるダルの言葉。
いかに、私達が恵まれた「不死者」であるかを痛感すると同時に、なぜこんな事になったのかと考え込んでしまう。
…自分で不死の研究をしてこうなった?
いいや、相手がドラゴンである以上、穢れの象徴である「不死の研究」をするとは思えない。百歩譲っていたとしても、自身の体を喰らうような不死の研究など、誰がする?
では、誰かにこんな体にされたか?
それしか考えられないが、そうなると相手が限定されてくる。曲がりなりにも戦闘力に特化した漆黒竜だ、それをこんな目に遭わせられる者と言えば…かなりランクの高い悪魔か…考えたくは無いが、彼と同じ竜族か。
ラギスの様に、不死者に懐く竜もいるのだ、前言を翻すようだが、「不死の研究」をする竜がいないとは限らない。
「…『死ねず』を殺す方法は、2つ。1つはこの体にした者を倒す事。もう1つは、この体にかけられた呪を上回る力で『殺す』事。」
「……元に戻す方法は、無いの?」
「ありません。」
私の問いに、ラギスは感情を殺して首を横に振る。
それもそうか。私達、ラギスの言う所の「死なず」ですら、元に戻る方法は見つかっていない…つまり、「無い」と言うのに。同じ不死者である彼らが、元に戻れるはずも無いのだ。
…五体満足な、普通の竜に戻る事など。
「まして、ここまでの強力な呪…後者の方法は、ほぼ無理だと考えられます。」
「ダルの魔法でも?」
「……無理だ。見たところ、これはデビルクラスの悪魔による呪…それに、ドラゴンの持つ生命力が作用している、所謂『併せ技』状態だ。いくら僕でも、神聖魔法と暗黒魔法を同時に使う事はできない。」
つまり…相当に複雑な状態が、目の前で苦しんでいる漆黒竜の体では起こっていて…今すぐに殺す事は、出来ないと言う訳か。
そんな悔しい思いが、胸の内を占めかけた時だった。
背後から唐突に、声が上がったのは。
「ルフィ姐さんの混沌魔法でなら、一撃でそいつを殺せるぜ?」
そう軽く放たれた言葉は、私の後ろから聞こえてきた。
いくら目の前の光景に驚いていたからって、声をかけられるまで背後の気配に気付けないなんて…!
思い、剣を抜き払いながら身構えた私の視界に……見覚えのある影が、軽く手を上げるのが、見えた…