第1章:到着、苛々、依頼の内容
活気にあふれ、穏やかな表情で街中を行き交う人々。
この街の警備だろうか、所々甲冑の騎士達を見かけるが、これと言って威張っている様子は無い。街の人も気軽に彼らに声をかけ、楽しそうに談笑している。
山に囲まれた地形ではあるものの、随分と開かれた、穏やかな感じの街である。
…にもかかわらず。
今の私は非常に不愉快極まりない状態である。
何故かって?
それは…
「何をしに来た、銀髪の悪魔よ。」
「まさか、100年前の出来事くらいで、我々に認められたと思っている訳ではあるまいな?」
「不死者など…汚らわしい。」
「神の意に反する者が、この国にいるなど…断じて否。」
この国に入ると同時に、私…ルフィ=ジェネルとダル=プリース、そしてラギスの3人はこの国の中央に位置する建物…と言うか神殿…?に通され、そこに偉そうに座っていた、いかにも「長老」のような爺様方にネチネチと言われているのである。
しかもこいつら、物凄い上からこっち見下してるし。位置的にも言い方的にも。
「あの…」
「ラギス、そなたは黙っておれ。」
「は…はい…。」
この国に私達を連れてきた張本人…ラギスが、私の弁護でもしてくれようとしたのだろうが、その言葉すらも止められてしまう。
竜王国、ロンジュ。その名の通り、竜族の竜族による竜族のための国家である。
一応、人間社会に溶け込むために、街並みは普通の町と同じだが、竜族しか住んでいないため、「家」と呼べるような建物は一切無い。
…だって、竜族って森の中や山の中で寝てる生き物だし。
まあ、それはともかく。
以前もちらっと言ったと思うが、竜族は基本的に、神に近い立場にあるとされている。
人間がそう思っている節もあるけど、何より本人達がそう公言して憚らないんだから始末が悪い。
人間に関してはその辺の塵芥程度にしか思っていないようだけど、私やダルのような不死者に対しては、「穢れた物」という扱いをするため、あまり係わり合いになりたがらない。
…そう、「物」扱いなのよ、「者」じゃなくて。
私は100年ほど前、この国に現れた魔物を退治した事がある。その時、竜族の中でもある程度は認められたと思ってたんだけど…
ラギス達、黄金竜族…その名の通り、金色の体を持つ竜達は私の事を認めているのだが、ここにいる長老さん達…古竜族と呼ばれる、竜族の中でも割と長寿で、彼らの始祖とされる存在は、未だに認めていないらしい。
ダルはまだ、「華麗の神」に仕える高位神官だからあまり言われないみたいだけど…私のように傭兵、しかもかつて「銀髪の悪魔」なんて言う二つ名を持っている者に対しては、とことん辛辣な言葉をかけてくる。
……ああ、殴り飛ばしたい…。
好きで不死者になった訳でもないのに、ここまで言われるのは…正直言ってかなり腹が立つ。
しかも、あえて言うなら、こいつら全員私より年下だからね!年上を敬うのを常とする竜族が、思いっきり年上の私に向かってこの口のききよう…
以前にこの国に来た時も思ったけど、こいつら私の事を悪魔と同じかそれ以下にしか見てないでしょう。
「…出て行って欲しいならそう言って頂けます?こちらとしても頭の固い古竜族のガキの愚痴を聞いてやれるほどの余裕は無いので。」
にこやかな笑顔で、上の方にいるじーさん達に向かって言う私。
これでも、極力丁寧な物言いしてるつもりなんだけど…隣にいるダルが私の顔見てドン引きしているのは何故?
ラギスはひたすらオロオロしてるし。
「ふん…本当なら今すぐにでもそうしてもらいたい所なのだがな。」
「貴様がここに来たのも何かの縁…」
「あ、私一応傭兵なんで。ただ働きは絶対しません。」
なにやら厄介事を押し付けられそうな予感がし、とりあえず先手を打っておく。
いかに相手が竜族とは言え、貰う物は貰っとかないと割に合わないわよ。
「穢れた考え方だな。」
「現実的と言って頂きたいですね。世間知らずの子供じゃあるまいし、もう少し世の中の仕組みをご覧になった方が良いですよ、ラギスみたいに。」
ああ、本気で腹立つ。対価を求める事のどこが穢れているのやら。生きていくのに…もっと言うなら食べていくのに必要だから要求するんじゃない。
…って、食欲という概念の存在しないこいつらにそんな事を言ってもしょうがないのはわかっているんだけど…
「やはり、銀髪の悪魔などにやらせるべき仕事ではないのではないか?」
「いや、穢れたものには穢れたものを。我々が穢れる必要はどこにも無い。」
…待て。それはつまりあれですか?私、捨石って事ですか?
………冗談ではない。
「ラギス、あなたの生まれ故郷だと分かってはいるけど、やっぱり私、長老という名の若造共が幅利かせている間はこの国の事が好きになれそうに無いわ。」
「ル、ルフィ様!?」
ラギスが悲しそうに声をかけるけど、私の知った事では無い。
これ以上ここにいるのは時間の無駄、である。
そもそも私は、「何で私が不死者になったのか」と言う事を知るために旅をしているのであって、年取ったドラゴンに嫌味を言われる為では、断じてない。
「銀髪の悪魔よ。」
「一応、忠告しておきます。次にその名で呼んだら殺す。」
私を呼び止めたドラゴンの爺さんを睨みつけつつ、かなり殺意のこもった声で返す。
自分でも、大人気ないとは思うけど…本当に嫌いなのよ、その呼び名。
こっちは人間だって言うのに、悪魔扱いなんて不愉快極まりない。
「不死者には大きく分けて2種類ある…という事実を知っているか?」
私の殺意は無視か?そのまま話を進められても返答に困るんですけど。
「……知らないわね。」
「そうか。ではそこの蒼き神官よ、そなたは知っているか?」
「…神に愛されたが故に不死者になった者と、魔王に好かれたが故に不死者になった者…の事かな?」
急に振られたにもかかわらず、ダルは一瞬考えた後にそう答えた。
って言うか、そんな分け方があったのね。知らなかったわ。
「そのような振り分け方もある。だが…」
「僕達竜族では、不死者はこう分けているんです。『死なない者』と『死ねない者』に。」
「…何が違うんだ?」
爺ドラゴンの言葉を継ぐように言ったラギスに、ダルが聞き返す。
確かに、何が違うのか今一つ分からない。
「死なない」と「死ねない」は同じでは無いの?
「ルフィ様やダルさんのように、ダメージを与えられても人の姿を保っていられる不死者を『死なない者』。それに対して、攻撃を受けたらそれすらも戻らないのが『死ねない者』。」
……?
「苦痛も永遠に味わうのが、『死ねない者』…と言う事か?」
「はい。腕を斬られたら斬られたまま。首を落とされたら首だけのまま。極端な話、細切れにされた状態でも、その姿のまま、なお存在し続ける者です。」
……ヤバイ、ちょっとグロくなった状態を想像しちゃった…。
…私やダルなどは、斬られよーが何されよーが、暫く時間が経てば元の状態に戻る。ある意味、為政者達の望む「完璧な不老不死」って言う奴ね。
だけどこの話の流れで行くならば、「死ねない者」と呼ばれる類の不死者は、肉片になっても痛みだけ感じて、永遠に元には戻らないって事らしい。
リビングデッド、何て呼ばれるものも、ひょっとするとこの類かも。痛覚無い分、あいつらの方がマシかもしれないけど。
うーん…そういう意味じゃあ、私って恵まれてる方?いや、もちろん不死者である事は嫌で嫌で仕方ないんだけどさ。
って、何で今こんな話になってる訳?凄く嫌な予感がするんだけど。
「最近、この国に『死ねぬ者』が出て、な。その元凶を潰せ。」
…命令形か、この爺。
剣の柄に手をかけ、思わず斬りつけそうになるのをぐっと堪え…私はラギスとダルを交互に見る。
ラギスの方は何かもぉすっごい驚いてるし、ダルは何考えてるのかわかんない笑顔を浮かべてるし。
「…ここで、断ったら?」
「ここで捕らえ、二度と世に出られぬようにするのみ。」
「出来ると思う?」
実際、この数の古竜族相手に逃げ切れるかと聞かれると微妙なのだが…手段を選ばなければ、こいつらから逃げ切る自信はある。
まあ、要はハッタリなんだけど…どうやら今回は効いたみたい。長老の1人は軽く溜息を吐くと…
「正直、出来ぬだろう。」
「貴様がその気になれば、我らを瞬時に殺す事など容易いはず。」
「…しかし、貴様は断らない。」
長老達の連続台詞に、私の眉がきゅうっと寄っていくのがわかった。
もう1回言うわ。凄く…すっごく嫌な予感がするんですけど。
「望むのであれば、此度の報酬…貴様を『死なぬ者』に変えたやも知れぬ存在の名、教えてやっても良い。」
………何ですと?
ああ、でも不確実な情報のためにこいつらに加担するのも…いやいや、でも何も無いよりは…やっぱりこいつらの手伝いは……
そんな風にぐるぐる考えている最中、長老の1人が私の足元に何か…掌に乗るサイズの宝珠らしき物を放り投げた。
「…何?」
「足りなければ、それを穢れの報酬とするが良い。」
「こ、これって…魔封石…!?」
「ブリュ製の、高純度の物だ。品質も保証されておる。」
ラギスの驚きの声に、それを投げた長老が苦々しげに答える。
…魔封石と言えば、「魔力を封じた石」の事なんだけど、宝石なんかより遥かに希少価値の高い代物。
この大きさなら、その筋に売れば、それなりの値段を吹っ掛けられそうね。隣で物欲しそうに見ているダルとかダルとか、あとダルとか。
口元にニヤリと歪んだ笑みを浮かべて、私はそれを拾うと…
「良いでしょう。その依頼…お受けいたします。」
……ああ、悲しいかな傭兵の性。どんなに嫌な相手にも、報酬をもらえるなら何だってしてしまうなんて。
結局、この古竜族の連中に乗せられたような気もするけど…元凶、ね。また、悪魔絡みなんだろうなぁ……。どうか今回は、それ程危険な奴が出てきませんように。