第9章:撃墜、一対、王達の鉄槌
爆音に気付き、慌てて戻った私達を迎えたのは…街を焼かれ、逃げ惑う人々の姿だった。
…竜の姿で逃げ回る彼らを、「人々」表現する事が正しいのかは分からないが。
「消化班!早く火を消せ!」
「救助班、何をしている!中には幼い子供がいるんだぞ!」
「痛い…痛いぃぃっ!」
「お母様ぁ、お父様ぁっ!どこ?」
怒号、悲鳴、泣き声。全てが混じり、美しかった街はもはや見る影も無い。
「そんな…ロンジュが、僕の故郷が…!」
最初は呆然と。しかし徐々に怒りがこみ上げてきたのか、ラギスは拳をわななかせながら奥歯をギリリと鳴らして呟き、周囲の消火活動の手助けへと向かう。
ダルも、機嫌悪そうにその綺麗な顔を歪め、口の中で呪文を唱え始めている。
…恐らく…水を呼ぶ魔法だろう。
この状況、魔王であるディールの目には、さぞ愉快な光景に映っているだろうな…
そう思い、今度は視線をダルからディールに移した瞬間。私の背に、今までに無い程冷たい…悪寒とか、殺気とか、恐怖とか、そんな言葉では生温い位の「何か」が走った。
…怒っている。それも、本気で。魔王なのに、何故…?
「『黄玉』の奴…ふざけた真似しやがって……」
「あんた、魔王の癖に…怒ってるの?」
「当たり前だ。」
恐る恐る聞いた私に、ディールは低く、そして短く答える。
…声だけで、充分に人を殺せるのでは無いかと思えるほど、彼の声は冷たく、尖っていた。
「何でか、聞いて良い?」
「竜をいびって良いのは『蒼玉』だけ。その戒律を破ったってのも大きな理由だけど…それ以上に、俺達『魔王』が望むのは、世界の混乱であって虐殺じゃない。ヤツのやった事は、ただの虐殺だ。混乱なんて言う、生易しいものじゃない!」
怒鳴るように言いながら、ディールの覇気…いや、怒気が、周囲の炎を吹き飛ばす。
同時にダルの呪文も完成したらしい。彼の周囲をぶわりと水が取り巻いたかと思うと、何匹もの水の「蛇」になり、ディールが散らした炎を飲み込んでいく。
これで大部分の炎が消えたのだけど…
「痛い…痛いぃぃ!」
「死なせてくれぇっ!殺してくれぇっ!」
燃え盛っていた炎の中心にいたらしい竜…しかも、よりによって私達をこの件に巻き込んだ張本人である古竜族のじーさん達数名が、か細い声で懇願している。
体の半分は、既に炭化している残っている部分も、相当深い火傷を負っている。そうであるにもかかわらず、彼らはまだ、「生きて」いた。
ある者に至っては、首から下が無く、ある物は逆に首が完全に炭化していると言うのに。
「…死ねない、不死者…っ!?」
それは、先程私が「殺した」黒い竜と同じ…「死ねず」と呼ばれる者と化した竜達。しかも、1人2人などと言う可愛い数では無い。
恐らく、数十人単位で存在している。
「そんな…やっぱり、デビルが…!?」
「…だろうな。畜生、ふざけやがって。殺すだけじゃ飽き足りねぇ…!」
「悪いが、それは僕の台詞だ、ディール。ここは、僕が守るべき街だったのに……許せない…!」
その瞳に怒りの炎を宿し、ラギスは真っ直ぐにある一点…先程私が見た、「首から下の無い竜」を睨みつけた、その瞬間。ラギスはその生首に向かって「竜の息吹」と呼ばれる攻撃を躊躇無くぶちかます。
ちょっ…そいつ、被害者なんじゃないの!?
「何やって……」
「ルフィ様、あいつ…デビルです!」
「何ですって?」
さらりと言われた物の、その確信に満ちた声を信じて先程の「首だけ」を見やる。すると…その首の形が、丁度変わる所だった。
ぐにゃりと、まるでスライムのように伸び縮みし、徐々に「竜の首」から、見覚えのある血色の眼の異形へと姿を変えた。顔は人間と同じだ。白目部分が血色で、金の瞳、菱形の瞳孔を持ってはいるけれど。
ただ、首から下は…様々な種類の竜を集めたかのような、ちぐはぐな印象。背中の翼は漆黒、右腕は青、左腕は純白、右足は赤く、左足は古竜族特有の水かきのようなものがある。極めつけに体の色は、黄金と言うのだから、悪趣味極まりない。
うん、普通にセンスが無い。
「何故、分かった?」
「…ロンジュの住人の顔は、全部覚えている。知らない顔だったから、攻撃した。」
…成程、伊達や酔狂で「次期竜王」の肩書きを持っている訳じゃ無かったって事ね。
それにしても…随分と悲惨な事をしてくれる。そりゃあ、悪魔やデビルとして、正しいあり方なのかもしれないけれど…
「何のために、このロンジュを狙ったのか…聞いて良いかしら?」
今にも相手に飛び掛らんとしているラギスとディールよりも、半歩だけ前に出て、私は出来るだけ厳しい声を作って問いかける。
…街が焼け落ちる所など、この2000年で何度も見てきた。私が人間だった頃だって、国同士の争いで火の海と化した街を見た事だってある。
だけど……ここまで凄惨な光景は、初めてだ。何しろ、死ねない者達が、その場を這いまわり、まともな体の持ち主達に、殺してくれと懇願している。
助けてくれと言う悲鳴は、何度も聞いたし言わせてきた。私は傭兵だ。人間を相手取り、無慈悲に殺してきた事だってある。だが、これは…殺すよりも、残酷だ。命を弄んでいる。
「『黄玉の魔王』様の命令でもあり、契約でもある。」
「契約……?」
「聞いた事がある。高位の召喚士に召喚されたデビルやエンジェルは、召喚士との間に契約を交わし、それを元に行動する、と。」
分からず呟いた私の言葉を聞きとめたらしく、ダルは錫杖を構えながら説明してくれる。
…つまり、本当の黒幕は、その「召喚士」って事ね。何となく分かったけど…
「不死の研究の手伝いだ。今回はその実験の成果の確認だが…やはり、また失敗か。いやいや残念。」
殺してくれと哀願する竜を、喜悦を含んだ目で見ながら、デビルはさしてがっかりした様子も無く言い放った。
……不死の研究。その成果を確認するには、不死にしたはずの相手を殺せば良い。
その実験を、このデビルは竜相手にやってのけたと言う事か。
…そんな馬鹿な。いくらデビルとは言え、全員では無いにしろ、古竜族複数人を相手に、簡単に呪いをかけられたはずが無い。
「しかし、いい悲鳴だ。竜族を弄ると言うのも、そう経験できる事では無い。」
「…つまり、お前は自分の趣味も兼ねて、こんな大惨事を引き起こした、と?」
「まあ、そうなるな。しかし、何が悪い?我々『黄玉の魔王』の配下は、地上を混乱させるべく生まれた物だ。当然だろう?」
「…貴様……その口を閉じろ。」
恍惚の表情を浮かべたデビルに、低い声でラギスは呟いた。その隣では、ディールがこれ以上無いくらいににこやかな笑顔を浮かべている。
うぅわ。2人とも、すっごく怒ってるし。
と思うや否や、彼らは同時に動いた。早さも、タイミングも全く同じ。似てない双子なんじゃないかと思うくらいに息ピッタリの動きで、ラギスは右、ディールは左から、相手を挟み込むようにして、魔力を込めたキックを放つ。
その勢いに、デビルは驚きの声を上げる間もなく軽く後ろへと吹き飛んでいく。
…勢いを殺したような飛び方じゃない。純粋に、まともに、全力で喰らってしまった吹っ飛び方だ。
思わず柄にかけていた手を下ろし、呆然としてしまう私。
良かった。私が戦った時に、あんなキックかまされなくて。
「ぐ…うっ!?」
「立ぁてぇよぉ。立って、お前の悲鳴を聞かせろよぉ…」
「まだだ…まだ、この街の苦しみの、万分の一も味あわせていないぞ…!」
よろりと立ち上がるデビルの前に、悠然と立ちながら。2人の「王」は、片や邪悪な笑みを、片や鮮烈な怒りを見せて、デビルが立ち上がるのを待つ。
そして、立ち上がったのを確認すると、今度はその顔面目掛けて拳を叩き込んだ。
「…私、出る幕無いんじゃない?」
「だろうなぁ。竜王と魔王のコラボなんて、普通は見られないぞ。」
どこか遠い目をしながら、私とダルはボコボコにされるデビルを見つめる。
まるで現実味が無い。あんな一方的な戦いは、見た事が無い。金色の少年と、真紅の少年が、2人して竜の体を持った変な生き物を殴るわ蹴るわ吹き飛ばすわ魔法で焼くわ。
「この状況が『混乱』だぁ?生き物がいなくなったら、混乱どころか静寂しか残らねぇだろうが!テメーは殺しすぎたんだよ!」
「貴様の趣味で、貴様の自己満足で!この街をここまで壊滅させただと?貴様は、命を何だと思ってるんだ!!」
「まだ足りねぇが…もう良い、散れ。」
「お前の存在なんか、認めるもんかー!!」
無慈悲に、感情的に。そう宣言すると、2人は真の姿になって、そのデビルを宙へと放り投げ…
「行くぞディール!」
「言われるまでもねぇよラギス!そっちこそしくじんなよ!」
そんな声が聞こえると同時に、ラギスの「竜の息吹」に乗せた、ディールの赤い羽根型の刃が、相手を微塵に切り刻み…その欠片は大地に触れる直前に、黒い靄へと還って行った。
…それと、同時に。
周囲でただ、殺してくれと哀願していた者達もまた……術者が消滅した事により、ぱたりと、息絶えた。
後に残るは累々と横たわる竜達の亡骸と…上空を、泣いているように旋回する金色の竜と、悔しげに鳴き声を上げる赤い烏、そして、私とダルだけだった……