番外編 ~恐怖の誕生日~
今日は私の三回目の19歳の誕生日!
でも……お祝いどころか、屋敷中がどんよりしたオーラに包まれている。
無理もないわ……一回目と二回目の人生では、今日が私の命日だったんだもの。
そのオーラは、もう何日も前から、険しい顔で周りを威嚇し続ける夫ルーファスから発せられている。
とりあえず、昨日は何もなくてホッとしたわ。
一回目では拷問に投獄。二回目ではナイフで刺されて致命傷を負ってしまったから。
砂の量は増えたのだから大丈夫だと思うけど……
「今日が無事に過ぎるまで油断は出来ない」と、彼は警戒している。
私だけでなく彼まで仕事を休み、屋敷から一歩も出ない様、監視をするという徹底ぶりだ。
それだけじゃない。
ず────────っと、私の傍から離れない。
ここ数日、寝る時は強く抱き締められ(それはいつもだけど)、食べる時も彼の膝の上で、毒味してから口に入れられる。
挙げ句に……その……お手洗いの前やお風呂の中まで付いて来るの。
仕方ないって、分かっているわ。
二回も哀しい想いをさせてしまったんですもの。
もし逆だったら、私もきっと彼にしがみついて離れなかったと思う。
だけど、だけど…………
何だか、わーっと自由に走り回りたい! 動き回りたい! 叫びたい! って気持ちになる。
これが“旦那様”によく言われる、猛獣の本能ってヤツかしら。
心はそんな感じで元気一杯なんだけど、ここだけの話、実は身体はそんなに元気がない。
……朝からずっと変なの。
熱っぽいのに少し悪寒がして、胃がムカムカして、眩暈も少し。
月のものかなとも思ったけど、ちょっと違う様な。でもこんなことを言ったら、彼の気が狂ってしまうだろうから。内緒にしておくことに決めた。
本当はね、私も不安がない訳ではないけれど……というか、ものすごく不安だけど。
彼の哀しそうな顔は、もう二度と見たくないから。
私を抱いたまま本を読むルーファス。その優しい胸の匂いを吸い込み、すりっと頬を寄せた。
「もう食べないのか?」
毒味をした魚のソテーを、甲斐甲斐しく私の口へ運んでくれるも、どうしてもこれ以上は受け付けない。さっき飲み込んだ分ですら、まだ喉に引っかかっている感じがするのに。
首を振ると、今度はブロッコリー(毒味なし)をフォークに刺し、つんつんと唇をノックされる。仕方なく迎え入れるも……大好きなはずのもしゃもしゃが気持ち悪い。
「あの……もうお腹が一杯で。朝ご飯を食べ過ぎちゃったのかも」
「朝も大して食べてなかったじゃないか」
彼はフォークを置くと、自分の額を、私と合わせる。
「熱っぽい……」
ルビー色の瞳が、どんどん険しさを増していく。
不味いわ……これは……
「あの……大丈夫よ! 月のものが来るのかも! お夕飯迄にはきっとお腹が空くでしょうから! ねっ」
「……医師に診せる」
ひょいと抱き上げられ、問答無用でベッドへ運ばれる。
どうしよう……揺らされたせいで、余計に気持ちが悪い。胃液とさっき飲み込んだ物が混ざり、外へ押し戻そうとしている。思わず、うっと口を押さえてしまう。
「……リンディ!」
ベッドに置かれた瞬間────
私は青ざめている彼を、獣並みの力で突き飛ばし、お手洗いへと駆け込んだ。
必死に格闘した後のことは……よく……覚えていない……
カア カア
烏が鳴いている。……もう夕方?
目を開けると、穏やかなルビー色の瞳が、私を見下ろしていた。
「リンディ、大丈夫か?」
「うん……今は……スッキリ」
「ごめん……無理やり食べさせたから」
「ううん。本当は朝からずっと気持ち悪かったんだけど……心配させてしまうと思って、言えなかったの。余計に心配させてしまって、ごめんなさい」
彼は私の左手を両手で握ると、額を寄せ、広い肩を震わせながら泣き始める。
やっぱり……私、何処か悪いの?
やっぱり……今日の夜に死んでしまうの?
長い指に光る指輪を見るも、砂の量に変化は見られない。なのにどうして?
「ルーファス……私、病気なの? 教えて」
「……病気じゃないよ」
「じゃあ何で泣いているの?」
パッと上げた彼の顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃなのに、とびきり嬉しそうだった。
「子供が出来たんだ」
「子供?」
「うん……僕達の子供。ここに居るんだよ」
温かい左手が、私のお腹へ伸ばされる。
「……赤ちゃん?」
「うん」
「私、お母さんになれるの?」
「うん」
「そっかあ……」
ひゅうっと息を吸い込み、跳ね起きると思い切り叫んだ。
「嬉しい!!」
慌ててベッドへ押し戻され、医師の診察やプリシラさんをはじめ使用人達の祝いの言葉を受ける。その後、悪阻予防かつ栄養満点の祝い膳が運ばれ、更にルーファスから、妊婦の心得と厳重注意を延々と受けている内に、いつの間にか命を落とした時刻を過ぎていた。
さて、顔を洗って寝よう!と、ベッドからぴょんと飛び降りただけで、旦那様モードの彼に怒られてしまった。
「……本当に首輪を着けてやろうか」
ぼそっとそんな声が聞こえたのは、気のせいかしら?
満月が照らすベッドの中、二人でお腹に手を重ね、その小さな存在を愛おしむ。
「これもご褒美かなあ?」
「どうだろう。そうだといいね……」
優しい声に胸が詰まり、激しい罪悪感に襲われた。
「……ルーファス、私、私はね、酷い人間かもしれない」
「どうして?」
心配そうに身体を起こし、言葉を促す様に額を撫でてくれる。
「私ね、本当は、毎日指輪を見る度に、ごめんなさいって思っていたの。ルーファスの寿命を奪ってしまって、ごめんなさいって。でも今日初めて、寿命を分けてくれてありがとうって、そう思ってしまったの。本当は、ごめんなさいって思わなきゃいけないのに……嬉しくて、幸せ過ぎて、生きていて良かったって」
私はお腹から手を離し、熱い目を覆う。ふえっと漏れた泣き声に、彼はくすりと笑い、軽い調子で言った。
「それは良かった。この子に感謝しなきゃな」
涙を拭うのに必死な私の代わりに、彼がお腹に手を当ててくれる。
「良かった……なの?」
「ああ。この子はきっと、君にそう思ってもらいたくて、ここに来てくれたのかもしれないよ。ごめんなさいじゃなく、ありがとうで生きて欲しいって。僕から君へ、君からこの子へ、少しずつ分けた大切な命なんだから。ごめんなさいなんて言ったら、この子を否定することになってしまうよ」
「……そっかあ」
「うん」
拭いきれずに溢れた涙を、優しい唇が啄んでくれる。
「僕こそありがとう。君が生きていてくれて、本当に幸せだ」
恐怖に満ちた三回目の19歳の誕生日は、私達にとって、生涯忘れられない日になった。
繰り返した今日が無事に終わり、やがて、初めて迎える眩しい明日がやって来る。
「子供が生まれたら何をしたい?」
「えっとね……家の壁に、一緒にお絵描きしたい! 家族の思い出を壁画にするの」
「素敵だね。他には?」
「沢山お散歩したい! 三人で、手を繋いで歩きたい!」
ありがとうございました。