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番外編 ~会いに来たわ!~

三回目の人生、リンディが8歳、ルーファスが10歳の時のお話です。


……今日は暑くなりそうだ。

多めに水を汲んでおこうと、桶を手に取った時、誰かが玄関の戸を激しく叩いた。


集金か? 祖父の魔道具の売れ行きは好調だし、未納のものはない筈だが……


小窓からチラリと覗くと、意外な人影が見えた。

……子供?


「どちら様ですか?」


中で呼び掛けると、戸の向こうから、甲高い女の子の声が聞こえた。


「リンディ・フローランスです! 約束通り、会いに来たわ!」


約束?


慎重に開けると、そこには……人形みたいな少女が、青い大きな目を輝かせながら立っていた。

その隣には、赤い目でギロッと睨む、自分と歳が近そうな少年が一人。

更にその奥には、制服を着た、厳つい男が二人立っている。


護衛……? そういえば身なりも良いし、何処かの貴族の子供か? 自分には縁遠そうなこの子供達と、何か約束などしただろうか?


躊躇っていると、少女がずいっと自分へ顔を近付けてきた。


「私を覚えていない? やっぱり忘れちゃった?」

「うん……」


そうとしか答えられない。こんなに印象的な子と何か約束をしていたら、忘れる訳などないだろうから。


「大丈夫よ! 私が覚えていたから! 三回目……ううん、ヨハン兄様とは二回目だったわ。二回目も、私のお兄様になってね」


二回目……お兄様? 何を言っているのか、サッパリ分からない。

でも自分の愛称を知っているということは、やはり会ったことがあるのだろう。


ぐいぐい近付き自分の手を握る少女を、目つきの悪い少年が引き剥がし、不機嫌そうに言う。


「“お兄様”は要らない。こいつは“友達”……いや、“知り合い”で充分だ」


何でこんなに挑発的なんだ……僕が何かしたか?



「ヨハン、お客さんか?」


奥から祖父が顔を出す。

すると態度の悪い少年は、ズカズカと家に上がり込み、ガシッと祖父の手を取った。


「貴方が……貴方がヨハネス・ウェンの祖父で、魔道具作りの職人か?」

「まあ、そうだが……」

「そうか!!」


少年は祖父をギュッと抱き締め、おいおい泣き始めた。


「ありがとう……貴方のお陰でリンディは……本当に、本当にありがとうございます……命の恩人だ……」


呆気に取られる祖父と視線を交わし、互いに首を傾げる。

「とにかく……家へ上がってもらいなさい」




井戸から汲んでくれたばかりの冷たい水を、ごくごくと飲み干す。空のコップを置き見上げれば、ヨハネスの祖父であり指輪を作った職人は、孫とよく似た優しい眼差しで自分達を見つめていた。


「今日は暑いから美味いだろう。そうだ、丁度裏の川で、西瓜を冷やしていたんだ。ヨハン、切って来てあげなさい」


想像していたよりも、ずっと朗らかで健康そうなヨハネスの祖父。

二回目の人生でヨハネスから聞いた話だと、妻を病気で亡くしてから、一心不乱に時を戻す魔道具作りに没頭してきた、哀しい老人というイメージだったが……


ヨハネスが外へ出て行くと、ルーファスは居住いを正し、改めて老人へ向かった。


「貴方が作ってくださった魔道具のお陰で、私とリンディは幸せになれました。本当にありがとうございます」


深々と頭を下げる子供達に、老人は何かを考え口を開く。


「私には作った記憶が残っていないと言うことか?」

「はい。私とリンディ以外には、記憶は残っていません」

「どんな効果のある魔道具だったんだ?」

「それは……秘密です。貴方にお伝えすることが、良いこととは限りませんので」

「作った本人に秘密とは……これは面白いな」


老人は、ハハッと声を上げて笑う。


「だが……そうかもしれんな。私はきっと、それを作った記憶を抹消したかったのだろう」


哀しげな顔でそう言うと、老人は席を立ち、窓辺の写真立てを手に取る。


「妻を亡くしてから、私はずっと深い闇の中に居た。自分の苦しみを何かに昇華しようと躍起になって、ひたすら何かの研究を……今となっては不思議なことに、何を作ろうとしていたか、全く思い出せないんだ」


ルーファスは神妙な面持ちで相槌を打つ。


「二年前位だったかな……何故か憑き物が落ちた様に、急に楽になったんだ。自分がやるべきことは、自分を苦しみから救う魔道具じゃなく、世の為人の為になる魔道具を作ることじゃないかってね。そして何よりすべきことは、孫を幸せにすることだと」


老人は写真立てを戻すと、棚から馬車の模型を取り、二人の前に置いた。


「手を一回叩いてごらん」


リンディがパチンと手を叩くと、馬車の車輪がくるくる回り出し、テーブルの端まで走った。

落っこちる寸前で、老人がもう一度手を叩くとピタリと止まる。


「風の魔力を利用した玩具だ。叩き方で自由自在に走らせることが出来る」

「……面白い!」

「それだけじゃない。ここを押すと……」


馬車の色が、黒から白へ変化した。


「うわあ、綺麗!」

「これは光の魔力を利用した仕組みだ。ヨハンが考えたんだよ」

「ヨハン兄様が?」

「ああ。あいつはなかなか、魔道具作りの才能がある。ほら、こうして……金色にも変わるんだ」


誇らしげに笑うその顔は、紛うことなき祖父のものだった。


「売れる魔道具を沢山開発して、ヨハンの為に少しでも財産を遺したい。いつ私が死んでも、あの子が望む道へ進める様に」


リンディはにこっと笑いながら、自信たっぷりに老人へ言う。


「大丈夫です! ヨハン兄様は、優しくて賢くて強くて、とっても素敵だから。魔道具作りでも護衛でも、何でも器用にこなしちゃうと思います!」

「護衛か……そうだな。あの子は体格も運動神経も良いから、それもアリかもしれん。気も利くしな」

「はい! あっ、あと料理も上手だから、シェフにも向いているかも」


ハハッと笑い合う横で、ルーファスだけが腕を組み、ムスッとしていた。

やがて落ち着くと、老人は真剣な面持ちで子供達に向かう。


「私が何を作ってしまったのかは分からないが……その魔道具は、本当に君達を幸せにしたんだな?」

「はい、とっても! ……本当は少しだけ大変だったし、結構痛かったけど。でも、今はその何倍も幸せです!」

「そうか……それなら良かった。私はこうして君達が来てくれるのを、心の何処かでずっと待っていたのかもしれん……」




瑞々しい西瓜をご馳走になり、ヨハネスの家を出た頃には、陽が少し傾き始めていた。


外まで見送りに出てくれたヨハネスに、リンディはにこにこと尋ねる。


「また遊びに来てもいい?」

「いいけど……家、面白いの?」

「もちろん! 魔道具は楽しいし、お祖父様ともお友達になったし、ヨハン兄様は前から私のお兄様だもの」


“ヨハン兄様”


その響きに、何故かくすぐったい気持ちになり、ヨハネスはポリポリとミルクティー色の頭を掻いた。


「ねえ……僕は本当に、君と会う約束をしていたの?」

「そうよ。覚えている方が会いに行くって」

「そうか……そう言われれば、そんな気がしてきたよ。忘れてしまって、ごめんね」

「いいの! また会えて、すっごく嬉しい!」


「……行くぞ」


相変わらず不機嫌に言いながら、リンディの手を引くルーファス。


「あっ、待って! これをあげるのを忘れていたわ! ……はい、どうぞ」

リンディは鞄を開け、小さな紙袋をヨハネスに渡す。


何だろう……

中を覗いたヨハネスは、あっと声を上げ笑った。


「金平糖だ。昔、母さんに祭で買ってもらった……懐かしいな」

「好きでしょう? 二回目の二回目に行ったお祭りで、ヨハン兄様に買ってあげれば良かったなって、ずっと思っていたから」


二回目の二回目……


「じゃあまたね!どうもありがとう!」


元気に手を振る少女に、ヨハネスも手を振りながら呟く。


「……またね、リンディ」


黙っていれば、人形みたいな不思議な子。何処か懐かしくて、胸が甘酸っぱくなる……そんな女の子。


ふわふわ揺れる金髪が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。



『……忘れたくないな』

『ん?』

『僕は君を忘れたくない。この場所を、絶対に忘れたくない』

『大丈夫よ! また会いに行くから! もし私が忘れていたら、ヨハン兄様も会いに来てね』

『……うん。必ず、必ず会いに行くよ。約束する』



ヨハネスの小指は、何故かじんと熱を帯びていた。





馬車に乗ると、そっぽを向いたまま黙りこくるルーファス。


「お兄様、大丈夫? 西瓜食べ過ぎちゃった?」


……確かにムシャクシャして人一倍食べたかもしれない。

そのムシャクシャの原因は……


「どっちだ?」


質問の意味が分からず、リンディは小首を傾げる。


「俺とヨハネス、どっちが優しくて賢くて強くて、とっても素敵なんだ?」

「……ああ! 決まっているじゃない! そんなの……」


ルーファスは期待を込めて、未来の妻を見る。


「どっちもよ! どっちもそれぞれ、素敵なお兄様だわ!」


ガクッと肩を落とすルーファス。リンディは指輪が輝く彼の左手を、ギュッと握った。


「でも、“旦那様”はルーファスが一番素敵! “お兄様”は二人とも素敵だけど、“旦那様”はルーファス一人だけだもの。だからやっぱり、世界中でルーファスが一番素敵!」


顔が……自分の顔が、だらしなくなっていくのが分かる。

ルーファスはふっくらと幼い頬に、チュッと唇を落とした。


ああ、何で心は大人なのに、身体は子供なんだ。

リンディが成人するまであと十年……これも試練かな。


薔薇色の唇に潜む猛毒を知った彼にとっては、それは拷問に等しい年月だった。





────数年後、祖父の遺産で、ヨハネスはランネ学園の魔術科に入学し、優秀な成績を収める。

卒業後はそのまま同学園の研究室に入り、後輩のタクトと共に、画期的な魔道具を幾つも世に生み出す開発者となる。


三回目の人生では、セドラー家の護衛の道を選ばなかった彼だが、ルーファスとは生涯の良き友に。リンディとは実の兄妹の様な、かけがえのない存在となる。



人の巡り合わせは奇跡の積み重ねだ。


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