表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/98

第7話 一回目 リンディは6~10歳


母親を殺した……?


デュークの衝撃の発言にフローラは絶句し、ただ次の言葉が発せられるのを待った。


「……妻、ナタリアには想いを寄せる男性がおりました。私の従者です」


奥様と旦那様の従者が!

小説の様な話に、フローラは息を飲む。


「妻は離縁を申し出ましたが、私はそれを許しませんでした。不義の末に愛人を選び、幼い息子を捨てたとなれば、妻は一生表を歩けないからです。私は従者を追い出し、彼女を部屋に閉じ込めました。思いつめた妻は、二年前自ら命を絶ち……その姿を最初に発見したのがルーファスでした」


幼い子供が、母親の自死を目撃する。それはどれ程の衝撃だったか……想像に難くない。


「離縁し此処から出してやれば……妻は死なずに済みました。私は結局、ただ妻を許せなかっただけなのでしょう。人の心など縛れるものではないのに。私が間接的に殺したも同然なのです」

デュークの瞳が更にかげる。


「ルーファスは母親の不義を知らないでしょうが、私が部屋に閉じ込めた為に亡くなったことは理解しています。きっと私を恨んでいるでしょう。彼にどう接すれば良いか分からず、ここまで来てしまいました」



……ポタリ

あれ……私、泣いてるの?


「……何故泣いているんですか?」

彼は目を見開きながら私に尋ねる。

本当に、何で泣いているのかしら。

「分かりません……だけど、貴方はどうされていたのですか?」

「どうされて……とは?」

「誰かにすがったり頼ったり共有したり慰めてもらったり……抱き締めてもらったり、その様なことが出来ていたのですか?」


涙の理由わけが分かった。同じく夫に不義を働かれた自分と、この人を重ねていたから。

人生明るく前向きがモットーの自分だが、心の内には表せない傷を抱えていたのだ。

「夫が愛人と出て行った時、私にはリンディが居ました。ご存知の通りあの子は個性的ですが、私を愛し沢山抱き締めてくれたのです」



そうか……この女性ひとも。

デュークは目を伏せ答える。

「私は……全て一人で対処しました。家門の為、息子の為に強く居なければなりませんでしたので」



髪の毛から爪先まで。全身で泣いている様なデューク。

気付けばフローラは、彼を抱き締め……いや、がしっと抱き付いていた。

咄嗟の圧迫感に、デュークはぐえっと変な声を出す。

「がの(あの)……」

「私が抱き締めてあげます。よく頑張りましたね」



ふっ……ふっ……

デュークの胸が震え出す。


あら、泣いてしまったかしら。

フローラは腕を緩め、彼を見上げた。やはりルビー色の瞳には涙が浮かんでいる。そして……

「ふっ!ははははは」

彼は大声で笑い出した。


涙を拭って差しあげようと取り出したハンカチをそのままに、フローラはぽかんとそれを見つめる。

やがてはあはあと息を整えると、デュークはフローラの肩に優しく手を置いた。

「……ありがとうございます。でも、ご心配なく。貴女方母娘がこの屋敷に来てから、私はとても楽しいのです」


“楽しい”

その言葉が、フローラには嬉しかった。

自分の生き方には誇りを持っているし、リンディも自分にとっては魅力満載の子供だけど……

お前達は何か違うと、周りに壁を作られていることを知っていたからだ。



「フローラ・フローランス嬢。私はリンディだけでなく、貴女のことも結構気に入っているのですよ。抱き締めて頂けたということは、私も嫌われてはいない様ですし……この話、真剣に考えて頂けませんか?」


“好き”も“愛してる”もないプロポーズ。

だけど、自分達母娘を“楽しい”と受け入れてくれたプロポーズ。

ニ度目の結婚だもの。こんな形もありじゃない?

フローラの中の好奇心が、むくむくと顔を出す。


「お返事はいつでも……」

「お受けします」

「え?」

「そのお話、ありがたくお受け致します」


大丈夫、きっと幸せになれる。

それに……私も結構、この人のことを気に入っているのだもの。

前向き過ぎるフローラは、12年後の悲劇を描くことなど出来ずにその手を取った。


「ありがとう……だが一つ、貴女に了承を頂かねばならないことがあります」






三ヶ月後──

クリステン公爵家の所有する神殿で、ささやかな結婚式が行われた。


白いドレスに身を包んだ母を、リンディはルーファスの隣で、顔を輝かせながら見つめる。

その母の手を取るのは、同じく白い礼服に身を包んだカラスの坊っちゃまのお父様。


思わず駆け寄りそうになるリンディの手を、ルーファスはぎゅっと握り囁く。

「ここで絵を描いてもいいよ」

おいでと言う風に、ぽんぽん叩かれる膝。

リンディは笑顔を浮かべルーファスの膝に座ると、スケッチブックを広げ、指輪を交換する二匹の白い山羊ヤギを書き始めた。




式が終わり、ルーファスと手を繋ぎながら屋敷の庭をスキップするリンディ。

小さな身体が上下する度に、ワンピースの白いレースがふわふわと膨らむ。

「……白鳥みたい」

「白鳥?」

「君はカラスより、白鳥になる方が早いかもしれない」

「そうなの!?」

「うん。どっちになるか、選ぶのは君の自由だけど」

「どうしようかなあ、ねえ、白鳥も綺麗?」

「どうだろう。新しい図鑑に載っていたから、見せてあげる」


陽の光にキラキラ輝く青い瞳。

本当にこんな白鳥が居たら綺麗だろうにとルーファスは思う。

はしゃぐリンディのスキップは更に激しくなり、繋いだままのルーファスの手はぶんぶん振られ、今にもげそうだ。


「そうだ……僕達は今日から兄妹になるんだね」

聞き慣れない響きに、ピタリと動きを止めるリンディ。

「きょうだい?」

「年齢的に、僕がお兄さんで君が妹。君の呼び方は……リンディのままでいいか」

「うん!リンディはリンディのままだよ」


よく理解していないくせに、にこにこ笑う……義妹。

何だろう、何か、もやもやする様な、ぎゅっとする様な……そして怖い様な。この気持ちは何だろう。



ある日突然、目の前に現れた小さな女の子。

カラスと呼ばれて、何故か昼食を一緒にとらされ、膝に乗られた。訳が分からないまま一緒に過ごす時間が増え、気付けば兄妹になっていた。


でも……彼女がコップを倒さない様に、しっかりご飯を食べる様に、色鉛筆に汚れた手をちゃんと洗う様に、時間までに自分の部屋に戻る様に。

そんなことに気を配っていたら、いつの間にか、あの暗い闇が現れなくなった。

自分の全てを飲み込む暗くて冷たい闇。

飲み込まれない様に、心を空っぽにしていたのに。


……だから、彼女と一緒に居るとすごく楽だった。



「カラスのお坊っちゃまは、カラスのお兄様になるの?」

「どっちでもいいよ。好きな方で」

「どうしようかなあ、ねえ、図鑑には載ってない?」


ぷっと笑うルーファス。

「どうだろう。探してみようか」

温かく小さな手に、ぎゅっと力を込める。




こうして、この日から義兄妹となったカラスと白鳥。

カラスのお坊っちゃまから、カラスのお兄様。カラスのお兄様から、ただのお兄様に呼び方が変わった頃──


リンディは10歳、ルーファスは12歳になっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 緊迫したプロローグから始まり、家庭教師となったフローラとデュークの出逢い、天真爛漫なリンディとその彼女と接するうちに心を開いていくルーファス。それぞれの登場人物が個性豊かで、とても惹き込ま…
[良い点]  デュークとフローラ、そこにあるのは『共有』だったのかもしれませんが。  同じ痛みを知る者同士。同じ痛みに耐えてきた者同士。そのことに気付けば急速に理解は深まるものなのかもしれませんね。 …
[良い点]  リンディの性格は、お母さんゆずりかも?  ルーファス、真相を知らなかったとはいえ、  幼い子どもには酷ですよね。  真相を知ったとしても、酷……ですかね。  フローラさんとデュークさ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ