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第67話 二回目 リンディは18歳(5)


前にもこんなことがあった、落ち着けと、ルーファスは首を振る。

目を凝らしてもう一度見ると、それは夢の中の男ではなく、またしても自分の護衛だった。


(何故だろう……何故いつも、夢の男とヨハネスが重なるのだろう。分からない……この張り裂けるような、胸の苦しさが何なのかも)


花と光の中で寄り添う二人から目を逸らす。


眩し過ぎる……やはり自分に、光は眩し過ぎる……


ルーファスは、その場にズルズルと崩れ落ちた。千切れそうなほど強く、カーテンを握り締めながら。



光から逃れたい──

その一心で、ルーファスは一人、屋敷を飛び出し王都へ帰った。薄暗いアパートに辿り着くと、ベッドへ潜り闇を待つ。

だが……いつまで経っても闇は現れない。強烈な光の残像に苦しみながら、何度も寝返りを打った。



◇◇◇


「ルーファス、今日の夕飯は何を食べたんだ?」

「……バナナを食べました」

「今日も果物だけか。それで満腹になるのか?」

「寝るだけですので充分かと」

「そうか……私はな、フローラ先生から頂いた新鮮な海老を……」


屋敷から戻って二ヶ月。

今夜もコップの向こうからは、父親の声が聞こえてくる。初めは遠慮がちだったそれは、いつしか週一から週二になり……二日に一回になり……今では毎日だ。

使えない様にコップを伏せてしまえば済むことだが、話をすると約束してしまった手前、それは躊躇われる。デュークとルーファスは親子であるだけでなく、一国の宰相と大臣補佐という絶対的な上下関係にあるからだ。


それに、会話のほとんどが食事の内容など他愛ないもので、数分話せば満足するのか、サッと向こうから切り上げる。その為、さほど苦にはならなかった。


今夜も全く興味のない、互いの夕食の話が終わる。いつもなら『じゃあ、お休み』と告げられるのに、今夜は沈黙が続くだけで、なかなかその一言がもらえない。ジリジリしていると、コップの中から深みのある声が聞こえてきた。


「この間……リンディにこの魔道具をもらった時。お前は、こんな怪しい物で他人と繋がるなと言ったな。私はあの時、本当は嬉しかったんだ」

「嬉しい?」

「ああ。お前が私のことを心配してくれた。そのことが嬉しかったんだよ」


その言葉に、ルーファスはむず痒いような、申し訳ないような、なんとも言えない気持ちになる。


別に父を心配した訳ではない。ただあの女が怪しかったから……セドラー家に害が及べば、自分が危うくなると思ったから……それだけだ。


「ルーファス。将来宰相の地位を目指すかはお前次第だが、一大臣としても、人を見る目を養うのは大切なことだ」

「……はい」


父が一体何を言わんとしているのか……次の言葉で理解した。


「あのは良い娘だよ。そうでなければ、初対面の母親まで屋敷に招いたりはしない」


押し黙る息子に、デュークはふっと笑う。


「私はこう見えて非常に警戒心が強いんだ。自分のテリトリーに、怪しい他人をむやみやたらと入れたりはしない」

「……数回しか会っていないのに、何故怪しくないと分かるのですか。手紙なんて、幾らだって取り繕えるでしょう?」

「瞳を見れば、その人間の本質が分かるよ。上辺だけでなく、奥を見るんだ。いいか、ルーファス、恐れずに真っ直ぐ見るんだ。人の上に立つ者には、その勇気と器量が必要だ」


恐れずに……真っ直ぐ……


コップを持つルーファスの手が、カタカタと震え出す。


父は自分の本質を見抜いている……臆病な自分の本質を……

分かっている。このままでは、セドラー家の当主にも、領地と領民を治める公爵にも、そして宰相どころか大臣だって務まらないことを……



コップの向こうでは、デュークの手もカタカタと震えていた。

息子に向き合わなければいけない……恐れずに……真っ直ぐ。自分が亡き後、息子を守れる者は誰も居ないのだから。

折角リンディが、こんなに素晴らしい魔道具をくれたのだ。逃げてはならない。


デュークは胸に手を当て、すうと息を吸い込む。

勇気を振り絞り、ずっと考えていたことを口にした。


「ルーファス……リンディ嬢と……」




──あっ! お父様からだわ!


アパートのポストには、一週間ぶりにデュークからの手紙が入っていた。階段を飛び跳ね部屋に入ると、鞄を放り、ビリビリと封を切る。



『リンディ、しばらく返事が書けなくて済まなかった。心配させてしまったかい? 仕事が立て込み疲れていたが、君の楽しい手紙に癒されていたよ。どうもありがとう。


リンディに勧められた通り、時間を見つけて週に二回は健康診断を受けているよ。今日も診てもらったが、至って健康!(君のお母様がしょっちゅう美味しい差し入れを下さるせいで、やや太り気味だが)

とうとう医師に、こんなに頻繁に診察は必要ないと呆れられてしまった』



リンディは、良かったと息を吐く。


一度目の人生で、デュークが病に罹った正確な時期は分からない。でも、リンディが勤め始めた頃には痩せていたことを考えると、その数ヶ月前……今位の時期には既に体調に異変を感じていたのかもしれないと、健康診断を勧めた。

この二度目の人生で、自分は変えてはいけないことを沢山変えてしまった。ならばいっそ人の寿命も動かせないだろうかと、リンディは考えていたのだ。


神に背く行為かもしれない、でも……

大好きなお父様が亡くなると分かっていて、何もせず見ていることなんて出来ない。


手紙には、フローラとの会話など日常の何気ないことが綴られ、こう締めくくられていた。



『来週の休日、もし予定がなければ、屋敷に遊びに来てくれないか? 君に直接話したいことがあるんだ』



お話……もしかして体調が……! と、つい悪い方へ考えてしまうが、必死に首を振る。


……大丈夫、きっと大丈夫! だって、文字がこんなに元気だもの。


すぐに真新しい便箋を開き、返事を書いた。




約束の休日。

数ヶ月ぶりに見たデュークは、手紙の文字通り元気そうに感じた。痩せるどころか、むしろ誕生日に会った時よりもふっくらとし、肌艶も良く見える。


「遠くまで来てもらって悪かったね。王都で会えれば良かったんだが、なかなか時間を作れなくて」

「いえ! お会い出来て嬉しいです。お元気そうで良かったあ」


空よりも澄んだ彼女の青い瞳は、その奥を何度覗いても変わらない。デュークは微笑むと、早速話を切り出した。


「リンディ、正直に答えて欲しい。君は私の息子を……ルーファスのことをどう思う?」

「……どう?」

「うん、好きとか嫌いとか……ああ、好きになれそうとか、なれなそうとかでもいい」


リンディはきょとんとする。


きょとんとする彼女に、デュークは唐突過ぎたと反省する。だが……青い瞳はみるみる輝き、白い頬は赤く染まっていく。薔薇色の唇は、彼が今までに見たことのない、切ない笑みを湛え開いた。


「好き……大好きです。ずっとずっと、大好きです」


それだけの答えに、彼女の想いが溢れている。

デュークは胸を打たれ、掠れた声で問う。


「……あの子のどこが好きなんだ?」

「全部です」

「全部?」

「はい。お……ルー……ファス様は、全部が優しいです」

「優しい……あの子が?」

「はい。とても」


まるで世界中の星を集めた様な瞳に、デュークは言葉を失う。


……彼女は息子の本質を見てくれているのだろうか。

私が壊してしまった、哀れな息子の本質を……

冷たく尖った瞳の奥の、弱さと優しさを……


込み上げるものを堪え、セドラー家の家長らしく居住いを正す。瞳を輝かせ続けるリンディに、改まった口調で衝撃の一言を放った。



「リンディ・フローランス嬢、我が息子、ルーファス・セドラーと結婚してくれないか?」



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