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第61話 二回目 リンディは17歳(11)


その夜、リンディは家に帰るなり、ヨハネスに今日の出来事を報告した。義父と再会して、肖像画を描いて欲しいと頼まれたことを、ヨハネスは自分のことのように喜んでくれ、気に掛けてくれていたからだ。


「そうか、陛下も宰相殿も、絵を気に入って下さって良かったね」

「ええ……」


コップ型の魔道具越しに聞こえて来る声は、良い報告に反してどこかスッキリしない。ヨハネスは心配になり尋ねた。


「どうしたの?」

「ヨハン兄様……アリエッタ王女様が、来月ヘイル国の皇室に嫁がれるって知っていた?」


──アリエッタ王女。

リンディが語った優しすぎる一度目の人生を、ヨハネスが自分なりの解釈で変換した結果……

一方的にルーファスに執着し、彼を手に入れる為、リンディを冤罪で死に追いやった残酷な人間だ。

彼女がこんな声になるのも無理はないと、納得しながら答える。


「いや……ヘイル国に留学されていることしか知らなかった」

「私もロッテさんから、それだけ聞いていたの。でも、学校をご卒業されたら帰国されるのかと思っていたわ」

「……僕は何となく、帰国されないと思っていたよ」

「どうして?」

「王女様がヘイル国に嫁がれることを勧めたのは、他ならぬルーファス様だからさ」

「えっ!?」


リンディの叫び声にキンと痺れる耳を抑えながら、ヨハネスは静かに語り出した。


「僕がセドラー家に雇われた……ルーファス様がまだ16歳だった頃。その頃から、ルーファス様は僕を連れて、積極的に社交界の集まりに顔を出す様になった。成人後に舞い込むであろう面倒な縁談を避ける為にね。……男しか愛せないという例のお芝居で、早い内から予防線を張っていたんだ」


「ああ、お芝居ね」


内緒話のトーンで囁かれ、ヨハネスはくすりと笑う。

律儀に秘密を守ろうとしてくれている姿が、何とも可愛らしい。


「王族主催の園遊会で、王女様はルーファス様を大層お気に召してね。二人きりになりたいと個室に連れて行こうとされたんだが、ルーファス様は僕も一緒でなければ行かないと突っぱね、結局三人で個室に入ることになった」


コップに力を込め、耳をすませるリンディ。


「王女様は、噂になっている僕の存在など意にも介さず、今後の交流……端的に言えば、ルーファス様との婚約を望まれた。だけどルーファス様は、それを丁重に、キッパリとお断りしたんだ。何て言ったか、聞きたい?」


ガサガサと響く音から、彼女が激しく頷いていることが分かる。ヨハネスは記憶を頼りに、出来るだけ当時のルーファスを再現した。


『お申し出、誠にありがとうございます。ですが私は、男性しか愛せない特殊な身。王女様もご存知かと思いますが……現在はこの護衛へ愛を注ぐことに、私の身も心も夢中なのです』


身も心も? リンディは首を傾げる。


『私の生殖器は、男性にしか反応しません。よって子を成すことも出来ません。性欲もプライドもお強そうな王女殿下が、そんな私との結婚生活に耐えられるでしょうか? 愛人を囲って発散して頂くのは一向に構いませんが、それでは貴女が惨めになるだけでしょう。男好きの夫に見向きもされない、憐れな王女と』


生殖器……子を成す……愛人……発散……

リンディはますます首を傾げる。


生殖器イコール子を成す器官であることは、彼女も知っている。男性と女性との間で子を成すことも。しかし、どうすればその生殖器とやらで子を成せるかの知識は皆無であった。

よって、何故男性を愛すると、生殖器が男性にしか反応しなくなるのか。そもそも反応とは何なのか……

男女の下着に隠された部分とは教わったが、男性のそれに関しては彫像でしか見たことがなく、なんとなくしかイメージが湧かない。やや肉厚なだけで、自分と……女性のそれと、大して変わらぬ感覚でいたのだ。


「リンディ?」


まだ未成年のには……あれ、本当は未成年じゃないのか。とにかく純粋な彼女には刺激が強かったかな……

ストレートに再現し過ぎた自分を悔やみ、心配そうに呼び掛けるヨハネス。リンディはハッとし、慌てて喋り出した。


「あの……それで? お兄様が王女様に反応しなくて、王女様が発散して惨めになるとどうなるの?」


今度はヨハネスが『ん?』と首を傾げるも、意外と気丈なリンディに安心し、引き続き再現を続けた。


『貴女ほど権力欲が強い方でしたら、いっそヘイル国へ嫁がれたらどうです? あそこは近隣諸国において、女性の地位が断トツに高い。現在は女王陛下と女性の宰相が国を治めていますし、貴女もその賢さと強かさで、宰相の妻どころか宰相まで昇りつめられるかもしれませんよ。この国に居ても、男性のお飾りで一生を終えるだけでしょう。貴女の優秀な頭脳が無駄になるのは、一臣下として忍びありません』


生殖器から離れたことで、やっと話が見えてきたリンディは大きく頷く。


「王女様は何と仰ったの?」

「ところどころ憤慨していらっしゃったけど……最後は非常に機嫌良く部屋を出て行かれたよ。まあ、まだ14歳だったし、柔軟性もお有りだったのだろう」

「そう……」


14歳なのに、男女の見えない部分を理解出来て凄いわ。やっぱり王女様は私と違って賢いのね。


「でもね、やっぱりまだルーファス様のことが気になっていたらしく、翌年もう一度アプローチをかけてきたんだ。そうしたら……」

「そうしたら?」


低くなったヨハネスのトーンに、ごくりと唾を飲む。


『……あんたも大概しつこいな。いいですよ、そのしつこさに免じて結婚しましょうか? 但しすぐに離婚してやる。あんたの不義をでっち上げて、表を歩けない位に淫乱女のレッテルを貼った後でな。前に忠告してやっただろう……このムジリカ国は、男性優位なんだよ。王女の身分なんて、夫の前では屑同然だ。屑に成り下がった憐れな女になるか、ヘイル国で地位と権力を手にしてかしずかれるか。その腐った脳みそで冷静に選べ』


リンディは言葉を失う。


屑……? 腐った脳みそ……?

お兄様が……宰相の息子であるお兄様が……陛下のご息女である王女様にそんなことを?


恐怖に渇いた喉から、何とか言葉を絞り出した。


「……王女様は何と?」

「正気じゃないと一言だけ仰って、怯えながら部屋を出て行かれたよ。まだ15歳だったしね」


実年齢31歳の私ですら、もし面と向かってそんなことを言われたら、恐くて哀しくて堪らないわ。

想像しただけで涙が出てくる。


「それでヘイル国への留学を決意されたんじゃないかな……ご結婚もね」

「王女様は……それでお幸せになるのかしら。家族と離れて、遠い国で地位を手にして、幸せになれるのかしら」


自分を苦しめた人間の幸せを気遣うリンディの心境が、ヨハネスにはどうにも理解出来ない。……あまりに理解に苦しむ為、ただ、自分の考えをありのままに伝えることにした。


「幸せになれると思うよ。王女殿下は、地位や権力には固執するけど、家族への情は薄い方だと思うし」

「……そうなの?」

「うん。半分しか血の繋がらない弟や、継母なんて他人も同然なんじゃないかな。それに継母を迎え入れて新たな子を成した国王陛下には、一番恨みを抱いていたのかもしれない。……あくまでも僕の考えだけど」


一度目の人生で、国王を暗殺したのも王女だと思っているヨハネスだが……あえてリンディには言わなかった。


「半分も血が繋がってるのに他人なの? 不思議ね……私、お父様とは全然血が繋がってないのに、お父様としか思えないわ。ヨハン兄様も、本当のお兄様みたいなのに。家族になるのって、案外難しいのかしら」


ヨハネスは、彼女の真っ直ぐな疑問に微笑んだ。


「……そうだね。簡単に思えて、実はすごく難しいことなのかもしれない」

「そっかあ」


コップ越しに深く頷く彼女から、少し意識を逸らせヨハネスは考える。


ルーファスは王女に対し、初めて会った時から、強い拒絶反応を示していた。それは他の女性達の比ではないほどに。

これは一度目の人生で、王女がリンディを害したことの記憶が微かに残っていたからではないだろうか。だとしたら、リンディを愛していた記憶も、どうにかして引き出せないものかと。


互いに牽制し合っているこの状況では、いつまで経っても仲は進展しない。ルーファス様に愛されることなく、リンディの寿命がただ尽きていくのを待つだけだ。

残り一年余りとなった今、危険を冒してでも接点を作らなければ……その鍵となり得るのは……



「リンディ、セドラー宰相とは仲良くなれたんだよね?」

「うん!もっと色々話したいから、手紙を書いて欲しいって。今度屋敷にも遊びにおいでって言われたわ」

「そうか……」


ヨハネスはその答えに希望を託し、コップをぐっと握った。


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