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第59話 二回目 リンディは17歳(9)


自分の部屋へ戻ると、一気に緊張感がほぐれ、ヨハネスはソファーへドサリと凭れかかった。


……本当にルーファス様は、リンディのことを何も覚えていないんだな。妹だったことも……結婚を考える程大切な女性だったということも。

何もかも忘れて、彼女に敵意を向け、危害を加えようとした。そんな哀れな彼が、この先彼女を愛することなどあるのだろうか。……たった一年半足らずで?


はあと頭を抱えると、ミルクティー色の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻いた。


それがどんなに困難であれ、ルーファス様には絶対にリンディを愛してもらわねばならない。愛して寿命を分けてもらわねば、彼女は19歳で、後一年半足らずで死んでしまうのだから。

……自分はその為に動くだけだ。


初めて出会った時から、どこか惹かれていたリンディ。人形みたいに……可愛くて、妹みたいに……温かくて。大切な、大切な家族の様な存在。

ヨハネスの、浅くて深い部分がチクリと痛んだ。






数日後、気合いを入れて王宮へ通勤するリンディの前に現れた、一台の馬車。裏門前に停まるその黒い車体には、セドラー家の紋章が入っている。


ヨハネスの手で開けられた扉からは、黒いトラウザーズに包まれた長い足がすっと降り立つ。


……来た!


リンディは鞄に力を込め、彼らに背を向けない様、身構えながら裏門へ向かう。


怪しい動きの金髪の女を視界の端に捉え、ルーファスはキッと睨む。だが……

その女の異様な姿を見て、うっと飛び退いた。


これでもか!と袖を膨らませた、細かいドット柄の緑のシャツ。その下には薄緑のタイトなスカート。更にポニーテールに結われた金髪には、シャツと同じ生地の、緑のもしゃもしゃの飾り。

そう、これはまるで……


ルーファスは顔面蒼白になりながらも、何とか威厳を保つ為、ブロッコリー女を睨み続ける。だがその足はガクガクと震え、おぼつかない。

ヨハネスはそんな主人の身体を支えつつ、先日のリンディとの会話を思い出していた。



『今後ルーファス様が君に何をしてくるか分からないから、護衛を雇った方がいい。僕が手配するから』

『……大丈夫!私には秘策があるの!』

『秘策?』

『ええ!お兄様が絶対私に手を出せない秘策よ』



それがこれだったのか……

ヨハネスのツボがじわじわと刺激される。

あのおかしな緑の生地は……一体何処で手に入れたんだ。


堪らずプッと吹き出した彼は、虚ろな目のルーファスに睨まれ、咳払いで誤魔化した。


きっと彼女が力を込めてるあの鞄には……あの膨らんだ鞄の中には……ああ、駄目だ。



それぞれ別の理由で震える禁断のカップルは、寄り添いながら廊下の奥へと消えて行った。






次の休日、リンディのアパートを訪れたヨハネスは、ルーファスに問いただされた内容を、少し柔らかくして彼女へ伝えた。


「……ごめんなさい、ヨハン兄様を巻き込んでしまって」

「ううん、元はと言えば祖父のせいだし。それに監視と言う名の名目で、君に堂々と会えるんだから逆に良かったと思うよ」

「でも……」


キョロキョロと視線を動かすリンディに、ヨハネスは何気ない調子で言う。


「うん、今も外に、僕の監視係が待機していると思う」


顔色を変え、慌てて窓の外を見ようとするリンディを、ヨハネスは抑えた。


「よっぽど怪しい動きをしなければ大丈夫。部屋の中の会話が聞こえる訳じゃないし」


会話が聞こえる……

リンディは、戸棚に大切に仕舞ってある物を思い浮かべていた。



「それよりも……リンディ、あの布は何処に売っていたの?」

くっくっと笑いながら問うヨハネス。


彼が指差したハンガーには、あの緑の粒々の生地で作られた服が、何着も掛かっていた。


「ああ、あれね!」

リンディはポンと手を叩き、楽しそうに話し出す。

「洋裁店で緑の布を探したんだけど、高いしなかなか良いのがなくて。それで大屋さんに相談したら、昔家具店をやってた時に売れ残ったカーテンが沢山あるからあげるって。色も柄もブロッコリーそっくりで、丁度良かったわ!」


……カーテンだったのか!

確かに、あの個性的な生地じゃ売れ残るだろう。

ヨハネスのツボは一層刺激され、破裂寸前だ。


「私の肌に緑はあまり合わないんだけど、大切な指を守る為ですもの。……お兄様、怖がっていた?」

「……うん、効果覿面だったよ」

「ちょっと可哀想だけど、仕方ないわよね。一応護身用に本物のブロッコリーも持ち歩いているんだけど、あれは出来るだけ出したくないもの」


やっぱり……


「ヨハン兄様にも何か作りましょうか? 男の人の普段使いなら、ベストなんてお勧めだけど」

「ううん……あんなの着てたら、すぐにクビになってしまうよ」

「そっかあ」


ミシンの上には、まだ縫いかけのあの布が乗っている。一体何着作る気なんだ……

ついにハハッと笑い出したヨハネスの声は、アパートの外まで響く。リンディはもちろん、待機する監視係の兵まで、ぽかんと目を丸くしていた。





いつも通り二人で昼食をとると、キャンバスの前に座る。

「この間雑貨市で買ってもらった画材、ヨハン兄様と一緒にと思って、今日まで使うのを我慢していたの」

にこにこと言いながら、画材を並べる彼女が何とも可愛い。ヨハネスは目を細めた。


「……はい!これは私からのプレゼント」

いきなり渡された細い包みを開けてみれば、そこには形状の異なる三本の絵筆。

「二回目の人生の初めてのお給料で、ヨハン兄様にプレゼントしたかったの。本当は雑貨市で選びたかったんだけど……お兄様に連行されてしまったから。逆に私が沢山買ってもらって、申し訳なかったわ」


美しい木製の軸を握ってみれば、どれも自分の長い指にしっくりくる。

「自分の筆なんて嬉しいな……ありがとう、リンディ。大切にするよ」

「良かった!きちんと手入れすれば、長く使えると思うわ」


嬉しそうに笑う彼女から漂う甘い香り。これは塗料や食べ物なんかじゃなく、彼女自身の香りだったのだと、最近漸く気が付いた。


甘く、優しく、温かい……幸福に満ちた場所。

一回目の人生で、此処に居たのは自分ではなく……


「……ルーファス様とも、こうして絵を描いていたの?」

「ううん、お兄様が描くんじゃなくて、私がお兄様を描くのが好きだったの。あっ、寮で離れて暮らしていた時には、お手紙に可愛い絵を描いてくれたけどね」

「そうか……」


ヨハネスは、罪悪感と優越感が入り交じった複雑な心境に陥る。そして結局は──ルーファスを心から哀れんでいるのだと気が付いた。


「……忘れたくないな」

「ん?」

「僕は君を忘れたくない。この場所を、絶対に忘れたくない」


何の脈略もなく呟かれた言葉にも関わらず、リンディは力強く返す。

「大丈夫よ!また会いに行くから!もし私が忘れていたら、ヨハン兄様も会いに来てね」

「……うん。必ず、必ず会いに行くよ。約束する」

はい!と差し出された、白く細い小指。それに絡めた自分の指は、熱を帯び震えていた。




帰り際、リンディはある物をヨハネスへ渡す。

「これは?」

「離れた人に、声を届ける魔道具。子供の頃、欲しいってタクトにお願いしたら、学校で技術を学んで一番最初に作ってくれたの。二つあるから、こっちは私達で使いましょう」


底に細かい穴の空いたコップを手に、リンディは使い方を説明する。研究者になってから作られた以前の物と比べると、やや雑音が混ざったりと性能は劣るが、それでも会話には全く問題ない。部屋の隅で耳に当てたコップから、風呂場で囁くリンディの声を聞いたヨハネスは感動した。


「すごい……本当にすごい」

「これで離れていても、いつでも内緒話が出来るでしょう?」

「うん、ルーファス様も監視係もビックリだ」


二人は悪戯っ子の様に笑い合った。






それからしばらく、何も変わりない平穏な日々を過ごしていた。

ルーファスは変わらず緑色のリンディを警戒し、リンディはブロッコリーを鞄に忍ばせ堂々と通勤する。ヨハネスは、指輪について何も新しい情報は得られず、彼女にも怪しい所は見られないと、ルーファスへ報告を続けた。



そうして数ヶ月が経ったある日、リンディは国王から、絵のことで話があると呼び出された。

王の侍女に連れられ足を踏み入れたのは、王族の私的な居住スペース。一回目の人生で、冤罪をかけられたことが頭をよぎり、動悸が激しくなった。



「面を上げよ」


通された応接室。恐る恐る顔を上げた先には、豪奢なソファーに座る国王と……


…………お父様!!


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