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第58話 二回目 リンディは17歳(8)


──話し終えた後も、何も言わず複雑な表情かおで黙り込むヨハネス。


そうよね……こんな話、とても信じられる訳ないもの。『貴方のお祖父様が作った魔道具の力で、今私達は二回目の人生を送っています』だなんて。最後まで話を聞いてくれただけでも、ありがたいと思わなきゃ。

……彼は優しいから、私の頭を心配してくれているに違いない。どうしようかな。


ヨハネスは表情を変えぬままリンディの左手を取ると、薬指にそっと触れた。

「不思議だな……何も見えないし感触もないのに、ここに指輪があるのか。確かに少し魔力は感じる気はするけど……僕は全然気付かなかった」


リンディは青い目を見開く。

もしかして……

「信じて……くれるの?」

「うん、もちろん。祖父が祖母を想って作った魔道具が何だったのか、ずっと思い出せなかったけど……話を聞いて、しっくりきたよ」

「ヨハン兄様……」


“もちろん” 力強いその言葉に、リンディの胸はじわりと熱くなる。


「時を戻し、記憶を失くした相手と再び愛し合う試練を乗り越えたら、寿命を分け合い共に死ぬことが出来る……祖父が考えそうなことだ。愛する祖母に先立たれた辛さを、この魔道具にぶつけたんだろうな」


ヨハネスはすっと立ち上がると、リンディへ向かい頭を下げた。

「ごめん……祖父のせいで君やルーファス様に迷惑をかけて」

思わぬ行動にリンディも慌てて立ち上がり、彼の腕に手を添える。

「そんな、迷惑だなんて!それは……確かに二回目の人生は、色々辛くて試練だなって思うけど……でも指輪のおかげで、私は31歳になれたんだもの。本当は19年間しか生きられなかったのに」


はっと上げたヨハネスの顔は、哀しみに歪んでいた。


「さっきお兄様の指輪を見たらね、やっぱり砂があと少ししかなかった。だからきっと、二回目の寿命も19歳までなんだわ。後もう一年半もないけど……これからお兄様とはどうなるか分からないけど……こうしてヨハン兄様と仲良くなれたし、幸せなこともあったのよ。それより……」


今度はリンディが頭を下げる。


「私の方こそごめんなさい。あの日私が会いに行ったせいで、ヨハン兄様の人生を変えてしまったわ。もし一回目の人生の方が幸せだったとしたら、私がそれを奪ってしまったことになるの」


ヨハネスは少し考えると、下を向き続ける金色の頭を撫でた。その手のあまりの優しさに、リンディはそっと目線を上げ彼を窺う。


「一回目の人生がどうだったか、僕は全く思い出せないけど……きっと今よりずっと寂しかったんじゃないかと思う。何となく、心がそう言っている気がして。君と出会って、こうして家族みたいに過ごせて、今が本当に幸せだから」


微笑むヨハネスに、リンディはホロリと涙を溢す。


「……あの日、僕に会いに来てくれてありがとう、リンディ」


ついにうわあんと泣き出したリンディを、ヨハネスは優しく抱き締めた。……いつか妹に、そうしてやりたかった様に。




リンディが落ち着くと、二人は再び芝生に腰を下ろした。彼女の指輪に気付いてしまったルーファスと、これからどう接していくべきか……改めて考えていく。


「君の言う通り、本当のことは話さない方がいいと思う。信じてもらえずに、君も僕も怪しまれて処罰を受ける可能性が高い。“5歳の時から、気付いたら指に嵌まっていた” ルーファス様にはこの嘘を貫き通して」

「分かったわ」

リンディは真剣な顔で頷く。


「僕もフォローする。きっと君との関係を尋ねられるだろうから……そうだな……こう答えておくから、君も話を合わせて」

二人は念入りに打ち合わせをしていった。



……ヨハン兄様に話して良かった。

リンディはまた泣きそうになる。二回目の人生が始まってから、誰にも本当のことを言えず抱えていた重荷を、彼が半分背負ってくれた様な気がしていたからだ。その頼もしさに、心がふっと楽になる。



「よし、これで指輪のことは何とか切り抜けられると思うけど……君はこれから、ルーファス様とどうなりたいの?」


改めて問われ、リンディは戸惑う。


「どうなりたいんだろう……お兄様のことは今でもすごく好き、大好き。もう一度愛してもらって、結婚したいなって思う」

真っ直ぐな彼女の想いが、ヨハネスの胸に響く。

「だけど、愛してもらっても私は後少しで死んでしまう。そうしたらお兄様を哀しませてしまうでしょう? それでもし寿命を分けてもらったりしたら、今度は私が哀しいわ。それなら愛されずに、いっそこのまま死んでしまいたいと思うの」


……なんと哀しいのだろう。

ヨハネスは、そんな過酷な運命を彼女に背負わせた祖父を恨んだ。


「でもね……本当はそんなの綺麗事かもしれない。本当の本当は、お兄様にもう一度愛されて、寿命を分けてもらいたい。そう思う自分も何処かに居て……堪らなく怖くなるの。こんな風に思ってしまうなんて、本当はお兄様を愛していないんじゃないかって」


何度も繰り返し向き合っては、葛藤したであろう彼女の心。ただ耳を傾け、労る様に背中を擦ることしか出来なかった。


「それでね、いつももやもやして苦しくなってしまうんだけど……結局自分はどうしたいの?どうしたら二回目の人生を後悔しないで終えられるの?って。そう心に尋ねたら……お兄様が幸せになることって返って来たわ」

「幸せに……」

「うん。一回目も二回目も……どの人生も、お兄様には世界で一番幸せになって欲しい。それが私の幸せだって、そう気付いたの」

「リンディ」


ヨハネスの瞳に涙が込み上げ、震える頬に落ちた。


「どうしたらお兄様は幸せになれるかな。それが分かったらいいんだけど。……ねえ、ヨハン兄様は知ってる?」


涙を払う様に首を振ると、ヨハネスはリンディの左手を両手で包み、静かに言った。

「ルーファス様のことはよく分からない……でも僕は、君に長生きして欲しいって、幸せになって欲しいって、ただそう思う」

「……ヨハン兄様?」


彼の優しい瞳の奥には、強い何かが宿っていた。






リンディと別れアパートに帰ると、予想通り主人が険しい顔で待ち構えていた。


「聞きたいことがある」



椅子に座るルーファスの前に、背筋を伸ばし立つヨハネス。二人の間に、ピリッと緊張が走る。


「あの女とはどういう関係だ」

「知り合いです。子供の頃に彼女が一度家に訪ねて来たことがありました。王宮で再会してから、何度か休日に会っています」

「何故、女はお前の家を訪ねたんだ」

「魔道具について、私に聞きたいことがあったそうです」

「……魔道具だと!?」


語気鋭く詰め寄られるも、ヨハネスは怯まず落ち着いて答えていく。

「はい。こちらで雇って頂く際の身上書にもあったと思いますが、私の祖父は王都学園の元教授で、退職後は魔道具の研究と製作をしていたのです。それで、ある魔道具について、何か知っていたら教えて欲しいと彼女から相談を受けました」

「その魔道具は何だ!」

「決して外れず、自分以外には見えないという指輪です。5歳の時に気付いたら薬指に嵌まっていたと。生憎既に祖父は亡くなっていましたし、私は魔道具には詳しくありません。子供同士でしたので、適当に話してその時は別れました」


ルーファスは、自分の左手とヨハネスを、鋭い目で交互に見つめる。


「……再会してから、女は指輪について何か言っていたか」

「はい、相変わらず薬指に嵌まっていると。あれから自分でも色々調べたそうですが、結局正体は分からないと言っていました」


おもむろに立ち上がると、ルーファスはヨハネスへ近付き、彼の首筋に短剣を当てた。

「お前はセドラー家に忠誠を誓い、雇われている身だ。嘘偽りを言った時点で、主人である俺にはお前を殺す権利がある。……違うか?」

「いいえ。仰る通りです。私を信用出来ないと判断されたなら、如何様にもご処分を」

この危機的状況にも全く動じず、淡々と答えるヨハネス。ルーファスは剣を下ろすと、一呼吸置き口を開いた。


「……お前に新しい仕事を任せる」


仕事……

主人の言葉に、ヨハネスはゴクリと息を飲む。


「あの女を監視しながら、指輪について徹底的に探れ。少しでもセドラー家へ害をもたらす様なら、捕らえて俺の前へ連れて来い。もし命に背いたら……お前も女と共に処分する。お前の監視も居ることを忘れるな」


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