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第53話 二回目 リンディは17歳(3)


突如響いた高い叫び声に、彼は足を止め、リンディの方へ向いた。背後から駆けて来る足音に元々警戒していた為、その手は剣の柄を掴んでいる。

自分の名を叫んだのが、その人形みたいな女性だと分かると、彼の切れ長の目が徐々に大きく見開いていく。警戒心は解け、柄からすっと手を下ろした。


少し前を歩いていたルーファスも足を止め、声の方を振り返る。ヨハネスの横に立つ得体の知れない女に、不快感を露にした。


「やっぱり……!ヨハネス、ヨハネス・ウェンでしょう!? 私を覚えてる? えっと……私が10歳の時だから……七年前!七年前に、貴方のお家にお邪魔したの!」


穴が空くほど彼女の顔を見つめるヨハネス。

くるくるの金髪、白い顔に浮かぶ、青い大きな瞳と薔薇色の唇。まるで動く人形みたいだと印象に残った少女が、今少し大人になって、再び目の前に立っている。


彼女の名前は確か……ディ……シンディ……


「私、リンディ!リンディ・フローランスよ」


そうだ、リンディだ。

もう会うこともないと思っていたのに……こんな偶然もあるんだな。

またね!と手を振りながら、丘を下りる少女の姿が甦り、彼の胸は何となく温かくなった。



「……先に行く」


二人同時にはっと前を見れば、痺れを切らしたルーファスがスタスタと歩き出していた。

職務を放棄する訳にはいかないし……どうすべきかとヨハネスは考え、こうリンディに提案した。


「明後日の休日は仕事休み? もし休みなら、会って少し話をしないか?」

「ええ、休みよ!私も話したい!」

「じゃあ明後日の朝10時に、王宮の裏門横で待っているよ」

「分かったわ、私も待ってる!」


慌ただしく喋り、ルーファスの後を追うヨハネスに、リンディは手を振りながら叫ぶ。


「またね!」


あの日と同じ様に、ヨハネスも反射的に手を振り返していた。





約束の日、20分も前に到着したリンディよりも更に早く、ヨハネスは裏門横で待っていた。先日のカチッとした護衛の制服ではなく、ラフな麻のシャツを着ているというのに、背筋の伸びたその立ち姿は護衛そのものだ。


「お待たせしました!」


笑顔でこちらへ走って来るリンディに、つられて笑うヨハネス。彼のその顔は、金平糖をあげた時の、あのあどけない少年のままだとリンディは思った。



近くのカフェに入ろうとするも、まだ準備中や混雑していたりで、二人は諦める。ワゴンで買った飲み物を手に、木陰のベンチに腰を下ろした。


「この間は慌ただしくて……ちゃんと話も出来なくてごめん」

「ううん!私も仕事があったし。こちらこそ突然叫んでしまってごめんなさい。でも、こうしてまた会えるなんて、驚いたけどすごく嬉しかった」

「僕も驚いたよ」


笑い合うと、同時にカップに口を付ける。汗ばんだ身体に、冷たい飲み物が心地好く浸透していき、ヨハネスはふうと息を吐いた。


「君も王宮で働いているの?」

「ええ、今週から。専属画家になったの」

「絵が描けるんだね。すごいな」

「……貴方は、お兄、ルーファス・セドラーさんの護衛をしているの?」

「そうだよ。セドラー家で正式に雇われている」

「勤務初日にもね、裏門でルーファス・セドラーさんと擦れ違ったのだけど、その時は貴方が居たの全然気付かなかったわ」


ヨハネスは少し考え、口を開く。


「ああ、休暇をもらっていた日かな。祖父の命日だったから墓参りに」

「そうだったの」


リンディはホッとする。十二年ぶりに再会した兄に『退け』と言われたショックが大きすぎて、彼を見逃していたのかと思っていたからだ。



「あのおじいさん……君と一緒に家に来た、あの業者のおじいさん。あの後、ずっと僕を気にかけてくれてね。畑で取れた野菜だとかお菓子を持って、食べきれないからってよく訪ねてくれたんだ。学校で手が回らないのを見かねて、水汲みや草むしりまで手伝ってくれたり」

「そうだったの!私は二回しか会ってないのだけど、優しいおじいさんだったものね」

「うん。すごくいい人だったよ。三年前にセドラー家に雇われてからは会えなくなってしまったけど。何しろ名前も住所も教えてくれなかったしね」

「名前は歳を取って忘れてしまったんですって。私、リンディって名前すごく気に入っているから、おばあちゃんになっても忘れたくないな」


老人の真意を理解していない純粋なリンディに、ヨハネスはくすりと笑う。だが次に彼女の口から出たのは、予想外に深刻な一言だった。


「あ……どのみち、おばあちゃんになるまでは生きられないか」

「……どうして?」

「えっ……えっと……何となく」


寿命のことは……指輪のことは話しづらい。

自分の祖父が作った指輪で、私とお兄様がこんな状況に置かれていると知ったら、彼は一体どう思うだろうか。

それに、信じてもらえるか分からないし。


「君は元気だから長生きしそうだけど。むしろおばあちゃんになっても、走り回っている未来しか見えないよ」


……自分もそんな気がしてたんだけどな。頭はおかしくても、元気と健康だけが取り柄だったのに。まさか矢が刺さって死ぬなんてね。


そこでリンディは、はっと気付く。


二回目の人生も19歳で死ぬとしたら、今回はどんな風に死ぬのだろう。……また痛いのかな。

ゾッとし、思わず心臓に手を当てる。

……そういえばアリエッタ王女様は? 今、どうしていらっしゃるのかしら。


難しい顔で考え込むリンディを見て、ヨハネスは深くは触れずに会話を戻してくれた。


「あのおじいさんのお陰で、僕は武術学校の高等部まで卒業出来たんだ。“学問は一生の財産だ”って、進学を勧められてね。両親と祖父の貯金も尽きかけてたし、本当は中等部を卒業したら働くつもりだったけど。おじいさんが学費を援助してくれたんだよ。これは慈善事業じゃなくて投資だ、出世したら倍にして返せって」


老人が目の前で本当にそう喋っている気がして、リンディは微笑む。


「でも……名前も住所も分からないのに、どうやってお金を返すの?」

「そうなんだよ。折角狭き門をくぐって、公爵家の護衛になれたのに。いつか取立てに来てくれたらいいんだけど」

困った人だといった調子で笑うヨハネスの目には、老人への敬意が浮かんでいた。



公爵家……セドラー家……お兄様……

どうしよう……聞きたいけど、聞いてもいいのかな。でも今を逃したら、一生聞けない気がする。……よしっ!


リンディは飲み物を横に置くと、覚悟を決めてヨハネスに向き合った。


「あの……貴方とルーファスさんは愛し合っているの?」


躊躇った割にはド直球の問い。だがヨハネスは全く動じることなく、淡々と答えた。


「うん、愛し合っているよ」


顎が外れそうな程、あんぐりと口を開けるリンディに、ヨハネスは吹き出した。

くるみ割り人形みたいだな……

そしてこう続ける。


「……ってことにしたいみたい。我がご主人様は」

「“したいみたい”?」

「うん。男好きってことにして、女性と距離を取りたいみたいだよ。害のない結婚相手を見つけるまでは、一切女性と関わりたくないんだって」

「じゃあ、じゃあ男の人が好きな訳じゃなくて、女の人を避ける為に貴方とお芝居してるの?」

「まあそうだね。僕は護衛でありながら、女性避けのカムフラージュなんだよ。半分顔で採用された様なものだし」


顔で採用……

ね?と同意を求める風に、長い指で指し示された彼の顔は、確かに美しい。ハッキリした目鼻立ちのルーファスとは異なり、全体的にシャープで繊細な硝子細工を思わせる美貌だ。

お兄様と彼が並んだら、確かに絵になるわ……愛し合っていると言われたら、そうですかと納得してしまうもの……そう、禁断の……世界……


リンディは口を開けたまま、ぶんぶん首を振る。


「それにしても、王宮で働き始めてまだ数日しか経っていないのに。もうルーファス様と僕の噂を知っているんだね」

「あ……うん……それは……画家の先輩に色々聞いたの」

「確かに色々と有名人だしね。身分も容姿も……性格も」


聞いたでしょ?という風に、ニヤリとするヨハネスに、リンディは苦笑いしか出来ない。


「貴方はあの人に虐められていないの?」

「うん、特に問題なく働かせてもらっているよ。仕事さえこなしていれば何も言われないし。隣の部屋に住んでいるんだけど、お互いプライベートには一切干渉しない」


隣の部屋……もしお兄様が前の人生と同じアパートに住んでいるとしたら、以前自分が住んでいた部屋に彼が居るのだろうか。男性好きではないと聞いたばかりなのに、何だか複雑な気持ちになってしまうわ。

……ともあれ、ヨハネスが器用にやっているらしいことが分かり、リンディは安心した。



次第に日は高くなり、木陰で直射日光からは遮られているものの、じわじわと全身が蒸されている様な気さえしてきた。額から垂れる汗を拭い、ヨハネスは言う。


「少し早いけど……何処か涼しい所で、お昼でも食べようか」

「あっ、それなら家に来る? 近くだし、魔道具もあるから涼しいわ。きっと」


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