第50話 二回目 リンディは10~17歳
リンディは一回目の人生で、魔術の研修者となったタクトからの手紙を思い出していた。
『ついに時を戻す魔道具の開発に成功したのです!きっかけは、我がランネ学園の名誉教授、ワイアット氏との対談でした。
時を戻す魔道具についてお話したところ、大変興味を持って下さり、研究に協力して下さいました』
ワイアット教授……
自分も直接教授とお話をして、色々教えてもらいたい。私は魔術にも呪術にも詳しくないけど……折角この指輪を作った職人さんの話も聞けたんだもの。きっと新しい何かを得られるはず。
その為にも、やっぱりまずはランネ学園に行こう。
もう一度モネやアリスに会う為にも、もう一度王室の専属画家として大臣になったお兄様に会う為にも。
とりあえず今は、自分の寿命のことを考えるのは止めよう。考えるよりも、一日一日を大切にしなきゃ!
決意を固めると、リンディは力強い口調で母に言った。
「ええ!私ランネ学園の芸術科に行きたいわ」
「でも、専門コースは高等部からよ。中等部はどうするの?」
「大丈夫。私が中等部の二年生になる時から、ランネ学園の中等部にも専門コースが出来るんですって。だから一年生の間は普通科で学んで、二年生から芸術科にコース変更するわ」
「……そう」
まるで未来を見てきたかの様な断言ぶりに、フローラはそれしか言えない。
教育関係者のツテを使って調べた情報では、今のところランネ学園の中等部に、専門コースを導入する話は聞かなかったが……
まあ専門コースのありなしに関わらず、ランネ学園の自由な校風は、個性的なリンディには最適だろう。
一人外国へ送ることに若干不安はあるものの、フローラも大いに賛成していた。
「お母様、貯めていたお小遣いで、キャンバスと絵の具を買ってもいい? 色んな絵を描いて、コンクールにも沢山応募したいわ!」
以前の好奇心に満ちた瞳とは違うものの、絵を再開してからは生き生きとした表情が戻ってきた娘。彼女が毎日を楽しく過ごしてくれること、フローラにとってはそれが何よりであった。
「ええ、好きなだけ描きなさい。ひとまず家中の紙を全部使って構わないわ。あ……本はやめてね」
それからリンディは、一回目の人生よりも積極的に絵画コンクールに応募し続け、各賞を総なめにした。
それもそのはず、表向きは子供だが、実際リンディはランネ学園で絵を本格的に学んだ大人だ。元々の魔力と才能に加え、技術も身に付いている為、当然のことであった。
……これはズルになるのかしら?と途中で気付いた時には、既にリンディの優れた芸術性は国王の耳に届いていた。
中等部に入学する前年、王より直々に、勲章と芸術科に進学する為の奨学金を賜った。
「卒業したら、王室の専属画家になって、是非私の部屋に壁画を描いて欲しい。待っているよ」
王様……
お会いした最後のあの日、病床で自分の絵を抱きしめてくれたことを思い出す。
変わらぬ優しい眼差しに、リンディは涙を堪えた。
◇
12歳になり、ランネ学園の中等部(普通科)に進学したリンディは、同じく普通科に在籍するモネと知り合い、またすぐに仲良くなる。
寮では、一回目の人生でアリスが使っていたモネの向かいの部屋が、リンディの部屋となった。
予定通り、二年生からモネと共に芸術科にコース変更し、そこでアリスと知り合い、これまたすぐに仲良くなる。
隣の元リンディの部屋にはアリスが入り、二回目の人生も、こうしてまた三人、楽しい寮生活を過ごせることとなった。
「貴女達と友達になるの、二回目なの!よろしくね!」
と、友達になること前提で飛び付いてきた見知らぬ子に、最初は戸惑ったモネとアリス。
一回目の出会いとやらはどうしても思い出せないが、少し話しただけですぐに彼女を好きになったことから、確かにそんな気がしていた。
そしてタクトも、リンディと共に一年の頃からランネ学園に進学し、二年生からは以前と同じ魔術科にコース変更した。
二回目の学園生活を送るリンディは、絵や彫刻などの芸術科目はもちろん、その他の科目でも優秀な成績を収めていた。……というのも、一回目の人生で受けた試験の答えをほとんど暗記していたからである。(明らかな不正行為に他ならない)
その為、見事(?)飛び級で一年早い卒業を果たし、17歳で王室の専属画家の採用試験に合格した。
◇
──勤務初日、以前と同じ王室の裏門に立てば、兄と一緒に此処をくぐった思い出が胸に込み上げる。
いけない!二回目の初勤務に集中しなきゃ!
気合いを入れ両手でパシッと叩けば、リンディの白い頬はみるみる赤くなり、別の涙が滲んだ。
……よしっ!
通行許可証を手に、王宮へ足を踏み入れた時……
横をすっと黒い影が通った。
どくり、どくりと、心臓がけたたましく鳴る。
長い足、グレーのシャツが包む広い背中、そして……見上げる程高い背の天辺には、艶やかな黒髪。
おに…………お兄様!!!
混乱するリンディを余所に、彼はその長い足を繰り出し、どんどん廊下の先へ進んでしまう。気付けばリンディは、獣並みの速さで駆け出し、彼の前へ滑り込んだ。
期待を込めて見上げれば……ずっと、ずっと会いたかったルビー色の瞳とぶつかった。
でも……私の知っているお兄様と違う? 綺麗な顔は全く同じだし、何が違うのかよく分からないけど。
はっ……! 駄目……早く、早く何か言わないと!
焦ったリンディの口から出た言葉は、
「私達、二回目なの!」
……その場の空気がピシッと凍り付く。
彼は冷たい目で、リンディの頭から足の先までを見下ろすと、抑揚のない声で言い捨てた。
「退け」




