第48話 二回目 リンディは10歳(1)
まずはこの指輪について、もっと知りたい。あの卸売業者のおじいさんにもう一度会って、これを作った人のことをちゃんと聞きたい。
豊漁祭の前日から、リンディはタクトの家に泊まらせてもらい、老人を張り込んだ。
翌朝早く、ガラガラと荷台を引く音に顔を出せば、遠くから、紫色の蛇の様な目が近付いて来た。
リンディは勢いよく外へ飛び出す。
「おじいさん!!」
謎の物体にぶつかりそうになり、老人は慌てて足を止める。目を凝らせば見知らぬ子供が、手を広げて自分を封鎖していた。
「教えて!指輪を、砂時計を作った職人さんのこと、私に教えて!」
──聞けば、その職人とは一度しか会ったことがない。
砂時計が好評だった為、再度買い付けに行った所、既に亡くなっていたのだという。無言であの砂時計と説明書を渡されたのみで、詳細は分からないと。
指輪について尋ねるも、「何のことだ?」と首を傾げられる。指輪を渡した張本人である老人からも、やはり記憶は消えている様だ。
「その職人さんに家族は居ないんですか?」
「ああ……そういえば、孫らしい子供が一人居たな」
リンディが顔を輝かせるのと同時に、老人はしまったと顔をしかめる。
「会いたい!そのお孫さんに会って、お話を聞きたいわ。ねえ、おじいさん、私をその職人さんのお家に連れて行って!」
タクトの店に品を卸している最中も、ずっと老人にかじりついて離れないリンディ。忙しいから今度にしろとあしらわれるも、「今度っていつ?おじいさんはいつがお休み?どこに住んでるの?」と……そのしつこさに根負けした老人は、今から職人の家へ案内してやると渋々約束してしまった。
「心配だから僕も一緒に行く!」と付いてきたタクトは、まるで冒険にでも出発する様に楽しそうだ。お菓子をぎっしり詰めた鞄を肩から下げ、リンディと手を繋ぎ、荷台の後ろを歩き出す。
何でこんな面倒なことに……子供は苦手だというのに。
老人はやれやれと首を振る。
大通りには出店がぽつぽつ開き始めていた。朝早い為まだ人気はまばらだが、祭のわくわくした雰囲気はあの日のままで。
あのステージ!お兄様と手品を見たわ。
あのお店!お兄様に白蝶貝の髪飾りを買ってもらったの。このお店では、お兄様と魚のフライを……
どこを見てもお兄様との思い出に繋がってしまう。
リンディは鼻水を啜った。
「リンディ、大丈夫? お腹空いたの?」
もぐもぐと口を動かしながら、心配そうにキャラメルを差し出すタクトに、ふっと心が和らぐ。
そっかあ……今、タクトとのこの瞬間だって、いつか大切な思い出になるんだわ。
リンディはにこりと笑い、温かな手からそれを受け取る。
「ありがとう!すごくお腹が空いていたの」
「沢山あるから、いつでも言ってね」
タクトも嬉しそうに笑った。
ある出店を見つけたリンディは、「あっ!ちょっと待っててね!」と叫び、急に駆け出して行った。タクトもその後を追う。
これは……あいつらを撒くチャンスかもしれない。所詮子供だな。
老人は歳を感じさせぬ素早い足取りで、その場から離れていった。
砂浜に荷台を置くと、老人は欠伸をしながら椰子の木に寄りかかる。
今日はえらい目にあったな……もうあの店には二度と行かない。
目を閉じ、うとうとしかけた時……
「おじいさん!!」
ひっと叫びながら飛び起きれば、そこにはさっきの子供達が、汗を流しながら立っていた。
「やっぱりここだと思った! ……はい、これ、おじいさんにあげる!好きでしょ?」
何でここが分かったんだ……
老人は目を丸くしながら、リンディから受け取った紙袋を覗き込む。すると一瞬真顔になった後、ふっと優しい笑みを浮かべた。
「よかった!前もあげたら笑ってくれたから、きっと好きなんだろうなって」
「前も?」
「うん!私、おじいさんに会うの二回目なのよ」
二回目……
老人は渋い顔で考えるも、一回目の出会いとやらがどうしても思い出せない。
俺もとうとう呆けたか?
こんな強烈な子供と会っていたら、忘れる訳はないと思うが。でも、そう言われたら確かに……
「そうかもしれんな」
ぱあっと顔を輝かせる子供の手を取ると、老人は微笑みながら、袋の中身を分けてやった。
「お前らも食べろ」
笑い合う子供達を横目に、自分もそれを掴み頬張る。その切ない甘さに顔をしかめるも、何となく温かなものが老人の胸を包んでいた。
子供達にも荷台を押させ、一時間程さくさく歩けば、町外れの丘へやって来た。その上に、小さな家がぽつりと建っている。
「ここだ」
戸を叩くも応答はなく、人の居る気配もない。
「……子供だから、どこかにもらわれていったかもしれないぞ」
老人が裏を覗こうとした時、
「家に何かご用ですか?」
低い声に振り向けば、背の高い一人の少年が、桶を手に立っていた。歳は14~5だろうか。
絹糸の様なミルクティー色の髪に、切れ長で吊り気味の緑の瞳。鼻も唇も全体的にツンと尖っているシャープな顔立ちだ。
「ああ、以前ここの職人から買い付けた業者だ。この子供らが、お前と話がしたいらしい」
くいっと顎をしゃくる先を見れば、丸いふくふくした少年と……人形みたいな少女が目を輝かせていた。
家に通されると、先程の桶から、井戸から汲んだばかりの冷たい水を出される。
「こんなものしかないけど……」
暑い中歩き続け干からびていた三人は、ごくごくとあっという間に飲み干した。
「それで、話って何?」
「えっと……」
この子もきっと指輪のことは覚えていないわよね。
「あのね、職人さんが作っていた砂時計のことなの」
「砂時計?」
「すごく珍しいからどうやって作ったのか……他にも何か、時を戻す魔道具を作っていなかったかなって」
少年は、しばらく何かを考えると口を開いた。
「……僕は魔道具作りには興味がなかったから、あまり詳しくは知らないけど。祖父は魔術の研究者で、昔は王都学園の教授をしていたんだ。祖母を病気で亡くしてからは、退職してこの家でずっと魔道具作りに没頭してきたらしい。
僕の両親が亡くなって、この家で世話になった頃から、もう時を戻す魔道具作りに励んでいたよ。元々祖父は珍しい地の魔力の保有者で、それも研究に使っていたんだと思う」
「地の魔力……それは珍しいな」
老人の言葉に、リンディも頷く。
『どの魔力を組み合わせれば、時を動かせるのか……
光の魔力、回復魔力、そして、地の魔力の組み合わせでした』
一回目の人生で魔術の研究者となり、時を戻す魔道具の仕組みを教えてくれたタクトは、今はまだぽかんとしている。
「あとは僕の回復魔力も使っていたと思う。それが役に立ったのかどうかは分からないけど、試行錯誤の末やっとあの砂時計が完成したんだ。これからという時に、心臓を悪くして亡くなってしまったけど。……僕が知っているのはこれだけだ」
「そうなの……ありがとう」
左手に視線を落とす少女に何故か胸が痛み、少年はあることを語り出す。
「実は……祖父は魔術だけじゃなくて、呪術も研究していたみたいなんだ」
「呪術……」
「全てが禁忌な訳ではないけど、黒魔術とか世間体は良くないから。誰にも言うなって口止めされてた」
『優しいものか!これは呪いの指輪だ!呪術で作られた、呪いの魔道具なんだよ!』
兄の言葉が甦る。
「呪術で作られた魔道具もあるの?」
「夫婦で使う……何かを作っていた。あれ……あれは、何だったかな」
「……指輪!指輪じゃない!?」
「分からない……何かは覚えていないけど。砂時計は実験台で、自分が本当に作りたかったのはこれだって言ってた。セレーナ……祖母が亡くなる前に使いたかった、自分も一緒に死にたかったって」
「亡くなる前……一緒に……」
「誰かがこれを待っている気がする、これを必要とする男女の手に渡って欲しいって。遺品の中には無かったし……あれはどこにいってしまったんだろう」




