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第45話 一回目 リンディは18~19歳


薄く開いたルビー色の瞳に、宰相はたじろぐ。

その眼光があまりに鋭く、そして淀んでいたからだ。


「ルーファス……」


呟くことしか出来ない宰相を無視し、じわじわと神経が通い始めた身体をゆっくりと起こそうとする。

だが……


カチャリ


右手に手枷が嵌められていることに気付く。ぐっと引っ張ってみるも、びくともしない頑丈な作りに、顔を歪めた。


「ルーファス……済まない。王女殿下のご命令なんだ。処刑が済むまで、君を眠らせたままここで監視しなければならない」


“処刑”

ああ、こいつも随分簡単に言うんだな。

大切なリンディの命を奪うというのに。


暗い笑みを浮かべ、クックッと肩を震わせるルーファスに、宰相の背筋が凍り付く。


「済まない……本当に済まない。セドラー宰相が大切にされていたお嬢さんを……恩を仇で返す羽目になってしまって。君を守るだけで精一杯だったんだ」


ルーファスは視線を合わせぬまま、冷たい声を放つ。


「本当ですね。今更取り繕わなくて結構ですよ。貴方はご自分の立場を守りたかっただけでしょう」

「……そんなことは!」

「貴方みたいな人が宰相とは、この国の将来が危ぶまれる。あんな女に怯えて、まともな調査一つ出来ないのだから」


宰相はギリッと奥歯を噛み締める。


「……察してくれ。私も家族を人質に取られている様なものなのだ。今は下手に動けない」

「ご自分の家族を守る為なら、私の家族を……リンディを犠牲にされると。まあ、人間そんなものですよね。私も逆の立場でしたら、貴方と同じことをしたでしょうから。責めるつもりはありませんよ」

「ルーファス……」


少し緩んだ宰相。しかし次に放たれたのは、一段と冷たい……凍える様な声。


「但し、私の願いを一つ聞いて頂けませんか?」

「……願い?」

「リンディにもう一度会わせて下さい。今が何時なのかは分かりませんが、“処刑が済むまで”ということは、まだ刑は執行されていないのでしょう。騙されたあの間抜けなバタバタが最期の別れなんて、あんまりですから」

「しかし……」

「それくらい誠意を見せて下さってもいいんじゃないですか?でなければ、亡くなった父も一生貴方を恨み呪い続けるでしょうね」


ぐっと手を握り、宰相は俯く。少し考えると覚悟を決め、口を開いた。


「……分かった。責任は私が取る。なるべく手短に」


ポケットから鍵を取り出すと、手枷に差し込みカチャリと外した。ルーファスは自由になった手首を擦りながら、ゆっくり身体を起こし立ち上がる。

……大丈夫、動けそうだ。


「リンディは地下牢ですか?」

「ああ。一番奥の牢で、厳重に監視されているよ」


次の瞬間、


宰相の後頭部をガンと殴り、ベッドに押し倒した。

「うう……」と少し呻いたきり動かなくなる宰相の手に、ルーファスは先程まで自分の手首にあった手枷を嵌め固定する。


彼の懐を探り時計を確認すれば、時刻は8時半。

窓のないこの部屋からは、それが朝なのか夜なのか判別出来ない。

あれこれ揉めて、医師に眠らされたのが日付が変わる少し前。確かではないが……宰相の表情かおから滲み出ていた疲労感と、自分の身体の感覚から、恐らく夜の8時半なのではないかと推測する。

……であれば、刑の執行まで時間がない。


更にごそごそと探り、腰から護身用の短剣を見つけると、ルーファスはそれを手にドアへ向かう。


目の前には、あの頃と同じ、暗い闇が広がっていた。





ドアの前に居た兵の首を、何の躊躇いもなく掻き切ると、剣を奪い慎重に牢へ向かう。

地下牢の地図は、以前資料を読んだ為、頭に入っている。皮肉にも、アドベネ宰相から、秘密の抜け道も教わったことがあった。


牢の正面は警備が厳重だ……


ルーファスは窓からひらりと飛び降りると、抜け道へ続く外からの侵入ルートを目指すことにした。


やはり夜だったか。


月明かりが照らす仄暗い庭を、先へ進む。





「男は生かしたまま連れて来なさい!顔以外なら怪我させてもいいから、絶対に逃がさないで。……女は最悪殺しても構わないわ」


アリエッタ王女は指示を出しながら、兵の死体をギリギリと踏みつけた。


「本当はこの手でいたぶりたかったけど」






剣術なんて、どんなにセンスがあると褒められても、人生において何の役にも立たないと思っていた。

生まれながらの公爵令息。大臣から宰相へと敷かれたレールの上で、まさか自分がペンではなく、剣を振ることになろうとは。

ぐいと返り血を拭い、看守から鍵の束を奪うと、奥の牢へと向かう。


カツ、カツ……


気持ちが逸る。だが走れば、足音が響いてしまう。葛藤しながら漸く着いた鉄格子の中には、小さな影がうずくまっていた。


気配に気付き、ゆっくりとこちらを見上げるのは……愛しい、愛しい義妹いもうとの青い瞳だった。

慌てて口をパクパクさせる彼女を、しっと指で制する。


一体どれが正解だろう……

鍵を選ぶ自分の指が、情けないくらい震えている。

結局片っ端から差し込んでいくが、なかなか合わない。

7個目にして漸く鉄格子が開いた時には、もう辺りが騒がしくなっていた。



抜け道を通り何とか外へ出ると、手をしっかりと繋ぎ、暗い森へ走る。

夢見ていたままごとではなく、こうして命がけの鬼ごっこをする羽目になるなんて……

悲しい高揚感がルーファスを包んでいた。

途中で会う兵を、片っ端から切り倒していく。罪悪感など全くない。もはや彼らは“モノ”だった。リンディの命を奪おうとする、ただの“凶器”なのだから。


「あっ!」

顔から地面にダイブするリンディ。

こんな時なのに、愛しさに顔が綻んでしまう。

そうだ、僕のリンディはこうでなきゃ。


邪魔な剣を捨てると、石につまずいた彼女を背中に背負い、再び走り出した。

柔らかく甘いぬくもり。それは力強く、彼女に守られている気さえした。


湖の畔まで出た時、足にビリッと何かが走り、倒れ込んだ。確認すると、ふくらはぎに鋭い矢が一本刺さっており、リンディが心配そうに覗いている。背中から落とさなかっただろうか……自分も心配になり、彼女を覗き込む。


不意にカサカサと周りを取り囲む草の音。

リンディを守らなければと……だがその意思に反し、身体は動かない。気付けば柔らかな胸に頭を抱かれ、湖へ引きずられて行った。


凍りそうな程冷たい水。だけど心地好かった。

互いの温もりが、伝わる温もりだけが、確かに此処に存在することを教えてくれるから。

見つめ合う瞳には、もう何の後悔もない。


「リンディ……愛しているよ」

「私も、愛してるわ……ルー」


一斉に放たれる矢。自分より一足先に、リンディが前へ立つ。


グサリ


それは自分の盾となった、リンディの心臓を残酷に貫いた。

華奢な身体は、スローモーションの様に、自分の腕へと崩れ落ちる。




……酷いな。まだ言っていないだろう?

“お義兄様”じゃなくて、“ルーファス”と。名前で呼んでくれるんじゃなかったのか?





「……ディ、リンディ、リンディ!」


薄く悲しげに微笑むリンディ。

やっぱり君は悔やんでいるのか? 僕と出会ったこと、兄妹になったこと。……それ以上を望んでしまったこと。


どうしよう。何も……何も無くなってしまう。

こんな風に君を失ったら、僕の存在が消えてしまう。

……闇に呑まれてしまう。



小さな左手が、空へかざされる。


カッと、リンディの指輪から放たれた閃光が二人を包むも、それはルーファスの巨大な闇には届かない。


──ハラリ。彼の指輪からは、呼応する様に、最期の一粒が落ちた。






◇◇◇


ぽつ……ぽつ……


心地好い音……この音大好き。

えっと……でも何の音だっけ? 静かで、爽やかで、子守唄みたいな。

あっ、そうだ! 小雨の降る音だ!

でもどこ? どこで雨が降っているの?


霧のかかった視界が徐々に晴れていく。

そこには……かたつむり達が、嬉しそうに塀を散歩していた。


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