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第41話 一回目 リンディは18歳(23)


突然の訃報に、若い大臣達も仕事の手を止め、指示を仰ぐ為集まっていた。そこへ血相を変えたジョセフ絵師長がやって来て、ルーファスの耳に囁く。


「大変です……リンディが……!」



恐怖に冷たくなる身体を奮い起たせながら、ルーファスはその場を離れる。

息を切らせ王族の居住スペースまでやって来ると、兵に王女への謁見を申し出た。


この非常時に追い返されるかと思いきや、すんなりと中へ通される。歓迎でもされているかの異様な対応に、ルーファスは間違いなく王女の仕業であると確信した。


案内されたのは王女の私室。なかなか姿を現さず苛々していると、トレイを持った給仕と共に、ドレスを優雅に揺らしながらやって来た。


「こんばんは、クリステン公爵」


ルーファスは大股で王女の元へ近付くと、鋭い目で睨み付ける。


「まあ、怖いお顔。ただでさえ父が亡くなって弱っているというのに、止めて頂きたいわ。てっきり私を慰めに来て下さったのかと思っていたのに」


ティーカップを並べ給仕が出ていくと、ルーファスは王女へ詰め寄った。


「……何故リンディを捕らえたのですか?」

「さあ、一大臣になど教えられないわ。それに……貴方と彼女はもう赤の他人でしょう?」


調べたのかと、ルーファスは拳を握る。


「でも貴方は、陛下の大切な親友の息子だもの……家族も同然よね。いいわ、特別に教えてあげる」


王女はルーファスの横をすり抜けると、焦らす様にゆっくり椅子に座る。


「父は……国王陛下はね、暗殺されたのよ」

「……暗殺?」

「リンディが絵を描く為に陛下の御部屋に入り、出て行った直後にご容体が悪化し亡くなられた。陛下のお口にはルビー色の絵の具……」


青ざめていくルーファスの顔をチラリと盗み見ると、カップに口を付け、ふうと息を吐いた。


「ヘイル国の氷結草……知ってる? 麻酔薬にも使われる毒草よ。あの絵の具の原料なの。この王宮ではリンディしか持っていない、特別なルビー色のね」



『綺麗な色だね』

『うん、王女様が下さったヘイル国の絵の具なの』



……そういうことか。


怒りに燃えるルーファスの顔。その反応を楽しむ様に、王女は話を続ける。


「普通の成人男性なら死ぬ程の量ではないけど……弱った陛下のお身体にはひとたまりもなかったのね。まあ頭のおかしいあの子に明確な殺意があるとは思えないし、ほんの悪戯感覚でやったんでしょうけど。国王暗殺には変わりないんだから、死罪は免れないわ」


いつの間にか横に立っていたルーファスは、王女の手からティーカップを払い飛ばす。

驚き固まったままの腕を掴んで立ち上がらせると、鋭い目で睨み付けた。


「あんた……父親を殺したのか? リンディを陥れる為に……ただその為だけに、実の父親を殺したのか?」

「……父親?」


ハッと笑いながら、王女はルーファスの手を振り払う。


「何を言っているのかよく分からないけど。国王陛下は私にとって、とっくの昔に父親ではないわ。私はあの人に捨てられたのよ。女であるという、ただそれだけの理由でね」

「何だと?」

「努力したのに……王座に就く為あんなに努力したのに! 王太子よりも、私の方がずっと相応しいのに!」


感情的に叫ぶ王女に、ルーファスは口元を歪める。


「あんた、愚かだな。……本当に愚かだな」

「……は?」

「あんたが王座に就けなかったのは、女だからでも、王太子殿下のせいでもない。あんたに王の器が無いからだ。陛下はちゃんと、見抜いてらっしゃったんだよ」

「何ですって?」

「心から国民を想い導くことが出来るか。時には自分が盾となって、国民を守ることが出来るか。王太子殿下が生まれながらに備えている器量を、あんたは持っていない、理解しようともしない。どんなに帝王学を受けても、どんなに優秀でも……あんたは決して、王にはなれない」


「……るさい。うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!!!」


王女は真っ暗な底から声を振り絞り、身体中で叫ぶ。感情のままに、思い切りルーファスを突き飛ばした。


「お前に何が分かる!? 私のことなど、何も知りもしないくせに!! ……お前だけじゃない。誰も私のことなど知りもしない。知ろうとしない、理解しようとしないのは、私じゃなくお前らじゃないか!!」



『王女殿下、今日で帝王学のお勉強は最後に致します』

『……どうして? 私、もっと学びたいわ。お父様みたいな、立派な王になりたいの』

『……申し訳ありません。陛下のご命令なのです。王女殿下にはいずれ女学校へ行かれ、降嫁する為の淑女教育を受けられる様にと』



女とは思えぬその力に、ルーファスは圧倒される。はあはあと肩で息を切らせると、王女はせせら笑った。


「……ねえ、陛下が亡くなった今、この王宮で一番力があるのは誰だと思う?」


乱れた髪をぐしゃりと掻き上げながら、ルーファスへにじり寄る。


「王太子はまだ幼く頼りない。王妃は気が弱く表には出られない。……今、王座に座っているのは、実質この私。あんな、私の気分次第で、今日にでも処刑出来るのよ。あら……でもその前に、拷問で力尽きてしまうかもね」


ルーファスの全身を、恐怖と怒りが駆け巡る。それらはカッと頭に集まり、彼の顔をどす黒く変化させた。


「……リンディに手を出すなら、今此処でお前を殺してやる」

「貴方のそういう顔も悪くないわね。……いいえ、最初から、そんな所に惹かれていたのかも。やはり貴方は、私の人生に必要不可欠な人間だわ」


再び椅子に座ると、王女は胸を張り、堂々とルーファスを見据える。まるでそこが玉座であるかの様に。


「今此処で私を殺しても、リンディは助からないわ。元兄妹、二人で仲良く処刑されて終わりね」

「構わない。リンディを一人で死なせる位なら、一緒に死んだ方がマシだ」

「まあ落ち着きなさい。折角貴方に良い提案をしてあげようとしているのに」

「……提案?」

「結婚よ。私と結婚するならリンディを助けてあげる」




牢に入れられたリンディは、身体をそっと擦る。

あまりの恐怖に感覚が鈍っていた為、今になってじわじわと痛みを感じ始めていた。こんなに身体を痛めつけられることなど、生まれてから初めての経験であったが、それでも兵は手加減してくれていた様に思う。最近描いていた王宮の拷問の歴史と、今日自分の身に起きたことを、リンディにしては珍しく冷静に比較していたからだ。


リンディ、落ち着いて……一人なのだから、誰も急かしたりしない。今日何があったかをゆっくり考えるの。


まず、王女様の侍女様に呼ばれて、王様の御部屋に行った。御部屋には私と王様の二人きり。学生時代の絵を描いて欲しいと頼まれて描いた。

ルビー色……ルビー色の絵の具は確かになかった。お父様の瞳を描こうとした時に、ないのに気付いて……あれば良かったなって残念に思いながら、赤に白と青を混ぜたんだもの。

王様に近付いてお背中を撫でたけど、お顔には触れていない。ましてやお口になど。

その後ベッドに横になられて……でも私の絵を枕元に置いて、穏やかに眠っていらっしゃった。苦しそうなご様子もなかったわ。


私は……何もしていない。

私は変だしおかしいけど……絶対に王様に絵の具を飲ませたりなんかしていない。


極限状態にありながら、むしろリンディの頭はスッキリと冴えていた。


お兄様とお母様は大丈夫かしら……私の様に、大変な目に遭わなければいいけど。

あ……そっか。もう家族じゃないから、きっと大丈夫ね。

良かった……離縁届を出して、本当に良かった……


微笑みながら、そのまま冷たい床に身体を横たえ、うとうとと目を閉じた。




「……リンディ、リンディ!」


夢だろうか。大好きな声が聞こえる。


「リンディ!!」


……夢じゃない?


がばっと跳ね起きると、そこには会いたくて堪らなかったルーファスが居た。


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