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第40話 一回目 リンディは18歳(22)


侍女に案内されたのは、美しい彫刻が施された重厚な扉の前。その素晴らしさにリンディは声を上げそうになるも、咄嗟に口を塞ぐ。


「中で国王陛下がお待ちです。失礼のない様に」

兵により開けられた扉の先には、壁画や彫刻で飾られた、華やかな室内が広がっていた。


……もしかして、王様の御部屋?


「では」

侍女の目配せでゆっくり扉が閉められる。


私一人で……とリンディは不思議に思う。仕事のことで絵師長と共に何度か国王に拝謁したことはあるが、王の傍にも兵と側近がおり、この様に二人きりにされることなどなかったからだ。

何となく不安になりキョロキョロしていると、繋がっている奥の間から低い声が響いた。


「……リンディ嬢か? こちらへ来なさい」


ホッとしそちらへ向かうと、窓脇の揺り椅子に、ガウンを羽織った国王が座っていた。

血色の悪い顔に、以前会った時よりも痩せ細った身体。その姿に亡き父を重ねたリンディは、思わず叫びそうになるのを堪え、丁寧に礼をした。


「頭を上げなさい。此処には私と君しか居ないのだから、遠慮なく好きに話して構わないよ」

リンディはそっと顔を上げると、国王を見つめ口を開いた。


「……王様、お風邪を引いていらっしゃるのですか?」

「ああ、まあそんな所かな。デュークが居なくなってから、何だか気分も落ち込んでしまってね……アリエッタが、君に絵を描いてもらったらどうかと勧めてくれたんだ」


リンディの瞳には、もう涙が浮かんでいる。つかつかと国王の傍に寄ると、その骨ばった手を握り言った。


「沢山ご飯を食べて下さい。お元気になって下さい。王様は、ムジリカ国民みんなのお父様ですから。私、何も出来ないけど……王様の好きな絵を沢山描きます!」


弾ける様に離れ、画材を床に広げ出すリンディを、国王は優しい眼差しで見つめる。


「何を描きますか? 何でも仰って下さいね!」

「そうか……それじゃあ……学生時代の、私とデュークを描いてくれないか?」

「学生の……」

「ああ。君の想像で自由に描いてくれて構わないよ。幸いまだ皺もそんなにないし、髪もあるから想像しやすいんじゃないか? あ……白髪だけは描かないでくれ」


白髪の混じり始めた、栗色の前髪を摘まみ笑う国王。リンディも自分の髪をいじりながら、少し何かを考え、にこりと笑った。



すうと息を吸い込むと、下書きせずいきなり紙に色をのせていく。

学生時代の二人など、もちろん見たことがない。それなのに何故か、その光景が鮮やかに目に浮かび……すぐに色で描きたくなったのだ。


「……出来ました!」


青空の下、一冊の本を手に笑い合う若い青年達。

その輪郭はぼやけているものの、未来への希望と、確かな友情に満ちていた。


それを手にした途端、国王の両目から、どっと涙が溢れる。やがて彼は、声を震わせながら呟いた。

「ああ……久しぶりに会えたな……」


尊い背に、リンディはそっと触れる。

気難しいと評判の国王。だが、どことなく父に通ずる所があり、リンディは親しみを感じていた。

変な自分を尊重し、変な自分の絵を愛し、こうして身体に触れることまで許してくれている。


どうかお元気になって欲しい。父の様に遠い所へ行かないで欲しい。その一心で、弱った背中を撫で続けていた。



少し疲れたと、絵を枕元に置きベッドに横になる国王。穏やかな寝息を立て始めたのを確認すると、リンディはその場を離れた。


扉の外には、侍女が背筋を伸ばし立っていた。部屋から出てきたリンディの前に立つと、厳しい顔で告げる。


「国王陛下の御様子、またお話された内容についても、一切口外せぬよう」

「……はい!」


緊張しながらも、リンディはハッキリと返事をした。




作業室へ戻り、何事もなかった様に机へ向かうリンディを見て、ロッテは安堵する。

そのまま黙々と作業を続け、赤い空にカラスが鳴き始めた頃だった。にわかに騒がしくなった廊下に、リンディ以外の絵師達は顔を上げる。


「陛下が……国王陛下が崩御された!!」


連鎖する様にざわめく作業室。震えるロッテの手からは筆が滑り落ち、床でカラリと音を立てる。悲痛な顔で隣を見れば、まだ何も知らないリンディが、微笑みながら玉座の絵を描いていた。


それから間もなく、複数の兵が作業室に押し寄せ、リンディを拘束した。突然のことに驚いたリンディの口から、ひゅっと声にならない叫びが漏れる。

細い手首を捻り上げる兵に、ロッテはカッとなった。

「……ちょっと! あんた達、何なのよ急に!」

掴みかかったロッテは、呆気なく突き飛ばされる。もう一度向かおうとするも、ジョセフ絵師長に腕を掴まれ、強く止められた。


「邪魔する者は、全員国家反逆者とみなす!!」


……何ですって?


兵に囲まれ、乱暴に引きずられて行くリンディ。小さくなるその背中に、ロッテはガタガタと崩れ落ちた。




数時間前に招かれた国王の私室とは真逆の、殺風景な部屋に通され、リンディは手枷を嵌められる。

嵐の様な出来事に、混乱したまま、ただ恐怖だけを感じていた。


やがてカツカツと足音がし、先程の侍女を伴ったアリエッタ王女がやって来た。その手にはリンディの画材と、私物の鞄が握られている。


「王女様……」


王女は冷たい目でリンディを見下ろすと、兵に画材と鞄を渡し、開けるよう命じた。

中身がガサガサと床に広げられるのを身ながら、一体何が起きているんだろうと考える。


「あれは?」

「……え?」

「ルビー色よ。どこに隠したの?」

「ルビー色……」


ああ、この間家でお兄様の絵を描いて……そのまま……


「家にあります。お休みの日に、家で使ったので」

「家?」


パン!!


乾いた音が部屋に響く。突然王女に頬を打たれたリンディは、何も出来ずによろめいた。


「嘘を吐くな! 一本だけ? ルビー色だけ家に? そんな嘘が通用すると思っているのか!」

「……本当です。ルビー色だけ……どうしても使いたかったんです。お兄様の瞳を描きたくて」

リンディのその言葉に、王女は顔を醜く歪める。


「殿下、これは何でしょう?」

兵が手にしているのは、あの魔道具だ。王女はそれを取り、いぶかしげに眺めた後、リンディへ向かった。

「答えなさい、これは何?」

「……声を聞く魔道具です」

「はっ! そんなもの、聞いたこともないわ」

「新しい魔道具なんです」

「それで……この魔道具で、王室の何を探っていたの? 陛下のお身体が弱っていると知った上で、あの絵の具を……氷結草の毒を飲ませたの?」


探る……? 毒…………王様に?

リンディは激しく混乱する。青い瞳は揺れ、身体はカタカタと震え出すも、必死に口を開いた。


「お兄様と……お兄様と連絡を取る為の道具なんです。ただそれだけです」


お兄様……お兄様……お兄様お兄様お兄様!!

王女は激しい嫉妬と怒りに任せて、リンディの頬をもう一度打った。

口の中にじわりと血の味が広がり、青い瞳にはとうとう涙が浮かぶ。


その様子に残酷な笑みを浮かべると、王女は言った。

「ではお兄様も取り調べないとね。……国王陛下暗殺の容疑者として」


国王陛下……暗殺……容疑者……毒……絵の具……


混乱の中、やっと一本の線が繋がり始めたリンディ。同時に、今までとは比べ物にならぬ程大きな恐怖に襲われた。


王女はすっと立ち上がり、兵に命じる。

「拷問してでも吐かせなさい」


顔を見合わせて躊躇う兵達に向かい、王女はふっと笑う。


「遠慮することはないわ。この女はもう、セドラー家の公爵令嬢ではないもの。王家とは何の繋がりもない、ただの下級貴族よ」


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