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第34話 一回目 リンディは18歳(16)


屋敷へ向かう馬車の中で、二人は一言も喋らなかった。ルーファスはリンディを落ち着かせる為、ただ震える手を握り続ける。

窓の外には、笑いながら歩く人々や、のどかな荷馬車。空も青く、草木もゆったり流れているのに、自分達とはまるで別世界に思えた。




「最近はずっと不安定で、眠る時間がどんどん長くなっていったの。遅くなってごめんなさい……ギリギリまでは貴方達を呼ばないで欲しいって、お父様のご意思だったから。でもやっぱり……もっと早く会わせてあげるべきだった」


痩せ細ったデュークの元へ、リンディは駆け寄る。


「お父様、リンディよ! リンディが帰って来ました! お話ししたいことが沢山あるのよ、お手紙には書ききれなかったことがたっくさん! あのね……」


リンディのお喋りにも、デュークは目を覚ますことがない。風でふっと消えてしまいそうな、微かな呼吸を繰り返し、ただ横たわっているだけだった。

ルーファスもベッドサイドの椅子にフラフラと腰掛け、ただ黙って父の顔を見下ろし続ける。



それから何時間経っても、デュークの傍を離れず喋り続けるリンディ。……が、ついに話すことが尽きたのか、そっと口をつぐんだ。


「どうしよう……もう話すことがなくなっちゃった。これじゃお父様、起きてくれないわ。どうしよう、ねえお兄様、どうしよう……」


わっと泣き出すリンディを、ルーファスは強く抱き締める。

「大丈夫……目は瞑っていても、ちゃんと聞こえているよ。……そうだ、リンディ。あの歌を覚えてる?」


“ カーラス、カラスさんーまっくろねー

だけどおめめはまっかっかー何を食べたらそうなるのー ”


突如うたい出すルーファスに、リンディはきょとんとする。それはルーファスと初めて会ったあの誕生会で、リンディが即興でうたった歌だった。涙をごしごし擦ると、記憶を手繰り寄せながら一緒に口ずさむ。


“ カーラス、カラスさんーまっくろねー

だけどおふろは入ったのーせっけんつけても黒いままー ”



ふっ……



吐息のような笑い声に視線を落とせば……デュークが薄く目を開けてこちらを見ていた。


「……お父様!」

リンディは椅子から飛び降り、デュークにしがみつく。ルーファスとフローラも立ち上がると、それぞれ両側からデュークの手を握った。


「楽しい歌だと思えば……やっぱり、お前達か。これは夢かな?」

「夢じゃないわ! 此処に居るの! 私達、此処でうたっていたのよ!」

「……そうか」


デュークは微笑み、優しい眼差しをリンディへ向ける。

「リンディ……君は、ルーファスのことが好きか?」

父の問いに、こくこくと力強く頷くリンディ。

「好き……大好き。お兄様が世界で一番大好き」

「そうか……私は何番目だ?」

「お父様は、二番目に大好き。お母様も!」

「そうか……妬けてしまうな」


デュークは同じ眼差しをルーファスにも向けた。

「ルーファス……お前も……リンディが好きか?」


……一体父は、何故この様な質問をするのだろう?


背中を嫌な汗が伝う。

父の瞳を見下ろせば、それはどこまでも優しく、清らかで……まるで自分の心を見透かされている様だった。ルーファスは震える口を開く。


「私も……リンディのことが大好きです。大切な……」


“ 妹です ”


そう言おうとしたが、言葉にならない。代わりにルーファスの瞳からは、どっと涙が溢れた。

泣きじゃくる息子に、デュークは更に優しい微笑みを向け呟いた。

「よかった…………よかった……」



家族の定義とは何だろう。血の繋がりか、共に過ごした時間か……それともこの温もりだろうか。

今、何も喋らずにただ寄り添う四人は、誰の目にどう映ろうと、紛れもない家族であった。


しばらく温かな時間を共有した後、デュークは静かに言う。


「……お母様と二人にしてくれないか?」




夫婦は二人きりになると、見つめ合い微笑む。フローラはデュークの手を握り、少し怒った口調で言った。


「子供達がお別れに間に合ってよかったわ。貴方ったら本当に頑固なんですから。もしあのまま目を覚まさなかったら、私が一生恨まれてましたよ」

「すまないね……でも、ちゃんと起きただろ?」

「そうね、その根性に免じて許してあげます」


ふふっと笑い合う。気丈に話すデュークだが、その呼吸は浅く揺れており、命の終わりを示していた。


「フローラ……君を、愛しているよ」


突然の告白に、フローラはおどけた表情をする。

「あら、今更? どうせならプロポーズの時に言ってもらいたかったわ」

「そうか……私はとことん不器用だな……」

叱られた子供の様な顔をする夫に、フローラは噴き出す。


「嘘よ。私、プロポーズの時、もし貴女に好きとか愛してるなんて言われてたら、きっと結婚していなかったわ」

「……そうなのか?」

「ええ、だって一度目の結婚はそれで失敗しているんですもの。ルーファスの……子供の為に結婚したいと言った貴方だから、承諾したのよ。この人ならきっと、私の宝物も愛してくれるってね」

「そうか……」

「ええ。私の判断は間違っていなかった。二度目の結婚は大成功だったもの。おかげでとても幸せだったわ」


デュークの頬を涙が伝う。

「私も幸せだったよ……ありがとう、フローラ」

「こちらこそ……ありがとう、デューク様。私も……貴方を愛しているわ。とてもね」



この会話を最期に、もう彼が目覚めることはなかった。その日の夜、デューク・セドラーは最愛の家族に看取られながら、僅か44年の生涯に幕を下ろした。




暗い部屋の中、蝋燭の灯りが照らす父の顔を、ぼんやりと見つめる兄妹。リンディが贈ったアスコットタイを身に着けたデュークは、その金糸の輝きに負けないほど、穏やかで幸福な顔をしている。


突如リンディは、何かに弾かれる様に立ち上がった。


「……リンディ?」

「タクトの所へ行ってくる……時計、砂時計もらってくるから。1分とか10分だけじゃなくて、もっと時間を戻せる様になっているかもしれないから。そしたらお父様、また目を覚ましてくれるでしょ?」

「リンディ」

「それか、海へ行ってくる。あの蛇のおじいさんが居るかもしれない。新しい砂時計をもらえるかもしれないから」


駆け出そうとするリンディを、ルーファスは後ろから抱きすくめる。自分の胸元で光るルーファスの指輪を見て、リンディは叫んだ。

「そうだ……指輪!」


リンディは左手を目の前にかざすと、何やらぶつぶつと呟き出す。


「この指輪は、夫婦めおとの契りを交わす男女に適している。互いの薬指に嵌めると同時に、石の砂は相手を表す。

それぞれ一度だけ、相手への想いで石を潤した時にのみ、願った時に戻ることが出来る……」


それは指輪の説明書の文言だった。指輪を受け取ったあの時、たったの一度ルーファスが開いた物を覗き見ただけで、一字一句正確に暗記しているリンディ。彼女の記憶力に、ルーファスは改めて舌を巻いた。

全て言い終わると、リンディは両手を組み、指輪に祈りを捧げる。


「お願い……時を戻して。一年……二年? 病気になる前に、お父様に教えてあげたいの。毎日お医者様の検査を受けてって、早く受けてって」


リンディは、セドラー家の男子が短命であることを知らない。デュークの死因は進行性の癌であるが、元気な内から毎週主治医の診察を受けていたことを考えると、抗えない運命であり、寿命だったのだとルーファスは思う。


それに……説明書の文言からして、この指輪は、指輪を嵌めたお互い、つまりリンディからすればルーファスへの想いにしか反応しない。どんなに願っても無駄な筈だ。

案の定、何も起こることはなく、デュークは安らかな顔で眠り続けている。


泣きじゃくるリンディを胸に抱き、ルーファスは優しい声でカラスの歌をうたい続けた。




「クリステン公爵が……亡くなったの……そう」


翌日、王宮に舞い込んだ訃報に、アリエッタ王女はニヤリと笑った。


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