第33話 一回目 リンディは18歳(15)
「ふっ……んん」
漏れる吐息すら甘い。
甘くて、柔らかくて、温かくて……
唇をくすぐり、その向こうへ。溶け合ってはまた唇へ。行ったり来たりを繰り返しながら、彼女を味わう。
全てを飲み込んでしまいたいと、夢中で重ねている内に、リンディはくたりと力を失い、ルーファスの腕に身体を預ける。それでも止めることが出来ず……むしろ余計に熱くなった彼は、華奢な身体をしっかりと抱き、甘美な一時に溺れていった。
彼女から自分へ移ったアルコールの香りが、正常な神経を麻痺させる。欲望のまま、唇を白い首筋へと滑らせた時……息も絶え絶えの状態で、リンディがとんでもないことを口にした。
「おい……しい?」
「……え?」
「私……美味しい?」
何てことを聞いてくれるのだろう……そんなの、決まっているじゃないか。
潤んだ青い瞳、火照った薔薇色の頬、何度も重ねたせいで赤く艶めく唇。改めて見下ろした顔の鮮やかさに、身体が一層熱を持つ。ルーファスは自分を落ち着かせる為に、低い声で答えた。
「どうだろう……何か甘い……生クリーム食べた?」
「うん……ケーキ食べたの……ブルーベリーの……」
「やっぱり……道理で甘いと思ったよ」
「……甘過ぎる?」
「どうだろう……分からないけど……もうおかしくなりそうだ」
彼女の香りを吸い込みながら、ぎゅっと抱き締める。
「舐めてるばかりで全然齧らないから……私、美味しくないのかなと思って」
「なめ……かじ……?」
思考が停止する。
リンディはルーファスの身体を見て、「あっ!」と声をあげた。
「そっかあ。お兄様、裸じゃないから齧らないのね」
漸く意味の分かったルーファスから、力が抜けていく。リンディを腕に抱いたまま、床にズルズルと腰を下ろした。
このタイミングで、昼から何も食べていないルーファスの腹が、ぐうと音を立てる。リンディは何やらうーんと考えると、顔を赤らめながらブラウスのボタンを外し始めた。
何を……!
思いもよらない彼女の行動に、ルーファスは固まる。
「まだ唇しか舐めてないでしょ? よかったら、身体も舐めて味見してみて。それで美味しかったら、齧ってもいいわ。お腹……空いてるんでしょ?」
開け放たれた薄いピンク色のブラウスの下には、透ける様な白い胸元が輝いている。思わず喉がごくりとなるも、ルーファスは慌てて目を逸らした。
────もしかしたら自分は、彼女にとんでもないことを教えてしまったのかもしれない。
なるべく胸元を見ない様にしながら、ルーファスはリンディへ真剣に向かう。
「リンディ……君は……もし、タクトがお腹が空いたと言っても、同じように味見させるのか?」
リンディは一瞬小首を傾げると、顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「タクトにはしないわ! 絶対に! だって本当は、齧られるなんてすごく怖いもの! ……お兄様だから、お兄様にだったら、食べられてもいいの」
本当に……何てことを言ってくれるのだろう……
ルーファスの顔が、カアッと燃え上がる。
理性を試されているのだろうか……彼女から次々と与えられる試練に、ルーファスは打ちのめされていた。
「私……」と言い淀むリンディの顔が、不意に哀しげに変わる。
「お兄様が、他の女の人を食べるの嫌なの。考えるだけで哀しくて、苦しくなって。でも……そんなの、そんな風に思うの、やっぱり変?」
何も答えないルーファスに、リンディはしゅんと下を向く。
「前にね、お兄様が幸せになるなら結婚して欲しいって言ったでしょ? あれ……嘘なの。本当は、結婚なんかしないで、ずっと私の傍に居て欲しいって思ってるの。……ごめんなさい、嘘吐いてごめんなさい」
青い瞳から、ポロポロと涙が溢れる。
可愛くて、愛しくて、もう何も言葉にならない。
ルーファスは彼女の顔を熱い両手で挟むと、瞼、目尻、頬と、順番に唇を落としていく。
そして……胸元にポタリと落ちた雫を舐めとると、白い肌がピクリと震えた。
「甘いけど……少ししょっぱいな。でも……美味しい」
吐息を漏らしながら呟くルーファスに、リンディは嬉しそうに微笑む。
「お兄様は……私が他の男の人と結婚したら嬉しい?」
リンディが……他の男と?
鋭い痛みが胸を刺す。彼女の唇を知った今となっては、考えるだけで気が狂いそうだ。
「……嬉しい訳がない。僕以外の男が君を食べるなんて、絶対に許せない。僕も君以外の女なんて、絶対に食べたくない」
リンディはルーファスの瞳を覗き込む。熱っぽくて、苦し気で、今にも泣きそうで……その言葉が偽りでないことを、真っ直ぐ伝えてくれていた。
「私……お兄様の傍に居てもいい? お兄様が離れろって言うまで、傍に居てもいい?」
「もちろん」
リンディの幸せ。そんなもん知ったことか。だって……
「だって僕の傍じゃなきゃ、君は幸せになれないだろ?」
「……うん!」
すりすりと頬を寄せるリンディに、もう一度唇を重ねた。
小鳥のさえずりに目を覚ませば、腕の中でリンディがすやすやと眠っている。
あれから唇を堪能している最中に、こてんと寝てしまった彼女。……散々味見をさせておあずけなんて。天使の顔をした悪魔かもしれない。
ベッドに運び寝顔を見ている内に、そのまま自分も寝てしまった。前にもこんなことがあったな……だけど、あの時と違うのは……
ルーファスは彼女の金髪を、指でくるくると弄びながら考える。
互いの気持ちを確認し合った今、もう “ 兄妹 ” ではいられない。モラル、法律……そして、両親の反応。どうしたら彼女と共に生きていけるだろうか。……最悪、何もかも捨ててしまえばいい。地位も身分も財産も、どれも彼女より、大切なものなどないのだから。
ずっと恐れていたというのに、いざ壊れてしまえば、呆気ない程に覚悟は出来ていた。
くるんとカールした金色の睫毛が開き、青い瞳が覗く。
「お兄様……」
「おはよう、リンディ」
「私……また寝ちゃったの?」
「うん」
「ここで?」
「うん」
ルーファスは、ベッドから突き落とされない様身構える。
だが、今日のリンディは至って冷静だった。ルーファスのシャツをちょいちょいと触り、裸でないことを確認すると、申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい、味見の途中で……何か食べた?」
ルーファスはわざと口を尖らせてみる。
「……食べてないよ。お腹空きすぎて死にそう」
「わあ、大変! ちょっと待ってね!」
がばっと身体を起こし、ブラウスのボタンに手を掛けるリンディを止めた。
「今はまだ……これでいい」
顔を引き寄せ、再び甘い唇を味わった。
惜しみながら離れ、額をコツンと合わせた時、玄関のドアが何者かに強く叩かれた。
誰だ……こんな朝早くに。
嫌な予感がする。
さっとシャツを整え開けてみれば、そこには息を切らせた、セドラー家の兵が立っていた。
「朝早くに申し訳ありません。奥様よりご伝言を預かりました。旦那様が急変されたので、至急お二人にお戻り頂く様にと」
────天罰が下ったんだ。
義務も責任も放棄しようとした、愚かな自分に……




