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第29話 一回目 リンディは18歳(11)


────もはや互いに花など見ていない。

王女はルーファスの腕にもたれながら身体を密着させて来るし、ルーファスはその不快感から意識を逃すのに必死だ。


やっと東屋へ辿り着くと、ルーファスは王女をベンチへエスコートする。自分も隣に座ると、わざと焦らす様に、当たり障りのない話を続けた。


「それで……深いお話とは?」


痺れを切らした王女の方から、話を切り出される。必要以上に瞬き、何かを期待している女の目。……今だと、ルーファスは口を開いた。


「貴女にお願いがあるのです」

「お願い……?」


ええ、分かっているわ。結婚の申込みでしょう? 随分長く待たせてくれたけど……漸く言ってくれるのね。

恥じらう淑女を演じる為、しおらしく睫毛を伏せる王女の耳へ、期待とはかけ離れた言葉が飛んでくる。


「こうしてお誘いを頂く頻度についてですが、せめて週一、出来れば決まった曜日にして頂けませんか?」

「……は?」


王女は赤い唇をぽかんと開ける。


「私も色々と忙しいのです。もっと教養を高めたいし、睡眠時間も足りません。それに何より……妹と共に過ごしたいのです」

「妹……って、リンディと?」

「はい。あと何年……何十年先か分かりませんが、いずれ私も妹も結婚して、それぞれ別の所帯を持つでしょう。それまでは出来るだけ、貴重な時間を共に過ごしたいのです」



美しい庭に、ハッと乾いた笑い声が響く。王女のその顔には、淑女らしさなどもう微塵みじんもなかった。

「貴方も大変ですのね。一番良い時期に、あののおりをしなくてはならないなんて」

「……お守り?」

聞き捨てならない言葉に、ルーファスの顔からも紳士の仮面が剥がれていく。


「だってそうでしょう。あの娘は普通じゃありませんもの。あんなじゃ貰い手もないでしょうし、一人でなんて生きていけないから、誰かが面倒を見ないといけないのではなくて?」

「……彼女は自立していますよ。仕事も立派にこなしている」

「それはお父様が……国王陛下が、クリステン公爵を憐れに思って、あの娘を宮廷絵師に推薦されたからでしょう。そうじゃなきゃ、あんな頭のおかしい子、幾ら絵は描けても王宮で採用なんてしないわ」

「……貴女は妹を侮辱するのですか?」

「いいえ。私は貴方みたいな素晴らしい方が、あういう娘に振り回されて、人生を棒に振るのが心配なだけなの。……所詮、義母の連れ子でしょ? 他人の為に、貴方が犠牲になる必要はないじゃない」


今度はルーファスがハッと嘲笑う。

「人生を棒に振る? 犠牲? ……私がどんな人間かも知らないくせに。たった数ヶ月拘束した位で、知った様な口を利くのは止めて下さい」

「……なっ!」

「貴女の言葉を借りるならば……おりをされているのは、リンディではなく私の方なのです。リンディが傍に居なければ、私は生きていたかすら怪しいのですから。……こうして本心を隠し、嫌々ながら貴女の相手を出来る『普通』の大人に成長出来たのも、彼女のおかげなんですよ?」


耳を疑う言葉に、王女は一瞬表情を失う。その目は徐々に吊り上がり、恐ろしい形相でルーファスを睨みつけた。


「貴方……私が王族だってことを忘れているんじゃないの? 今すぐに、不敬罪で貴方の首をねることだって出来るのよ!」

「……まさか。リンディのおりをして下さったお優しい王女様が、そんな非道なことをなさる訳がないでしょう」


ルーファスは王女から距離を取ると、清々しい表情で語り出す。


「ご存知でしょうが、私はいずれ、宰相になりたいと思っております。歴代の国王陛下と強い信頼関係を築いてきた先祖の様に、私もセドラー家の血を引く者として、次期国王となられる王太子殿下をお支えし、このムジリカ国をより良い国に導きたいのです」


“ 次期国王となる王太子 ”


この言葉に、王女の顔は更に醜悪なものへと変化する。やはりなと、ルーファスはほくそ笑んだ。


「そんな私が妻に娶りたいと考える女性は、生まれ持った身分を笠に着ることなく、自分の足で立って歩ける人です。見かけばかり派手に着飾るのではなく、他人の気持ちを推し量ることの出来る、思慮深い女性だと尚良いですね。……いつかそんな、素敵な方に出会えたら良いのですが」


意味を理解した王女は、わなわなと震え出す。


「出て行って……今すぐ出て行きなさい!」

「来週のお約束は? 週一なら構いませんよ?」

「うるさい! 出て行け!」

「……承知致しました」


ルーファスは礼をし、庭の門扉へ向かい歩き出す。途中でくるりと振り返ると、息の荒い王女へ向かい、にこやかにとどめを刺した。


「もし私の首をねたいのでしたら、まずは国王陛下と王太子殿下に許可を頂いてからにして下さい。私がお仕えしているのは、王位継承権のない貴女ではなく、お二人ですので」




一人になった庭で、アリエッタ王女は、木から花壇まで、手当たり次第花をむしってはその場に投げ捨てる。それでも怒りは収まらず、ドレスをたくし上げながら、瀕死の花を踏みつけた。


あの男……絶対に許せない!!

女としても王族としても、私を否定し、侮辱した!


弟のせいで王座は手に入らなかったけれど、あの男だけは何としてでも私のものにしてやる。あの美しい身体も、あの憎い心も、絶対に服従させてみせる!……そしていつか、宰相の妻となり、愚かな弟(国王)を操ってやろう。


歪んだ王女の愛情は、ルーファスの意に反して、思わぬ方向へ向かおうとしていた。




予定よりも早く王宮から脱出することに成功したルーファスは、その足で実家へ向かっていた。


次は父か……面倒なことはまとめて片付けてしまおう。



連絡もなく突然帰ってきたルーファスに、母フローラをはじめ屋敷の者達は驚いた。その驚き方に違和感を覚えるも、真っ直ぐ父の元へと向かう。


執務室の机に座る父を見て、ルーファスは驚きを隠せない。数ヶ月前に会った時よりも、また更に痩せ細っていたからだ。自分と同じルビー色の瞳だけが、窪んだ顔の中で、恐ろしい程に主張している。


「ルーファス、突然どうしたんだ」


さっと礼をするなり、ルーファスは父の傍へ寄る。

「父上! お身体はいかがですか?」

「……ああ、少し胃腸を悪くしてね、大分痩せてしまったんだ。だがこの通り、仕事もきちんとこなしているし、何も心配することはないよ」

「胃腸だけですか? 他に症状は? 薬は飲んでいらっしゃるのですか?」


矢継ぎ早に問う息子を落ち着かせる為、デュークはゆったりと微笑む。

「私のことより、何か急ぎの用件があって来たのだろう。……手紙のことか?」

「……はい」

「よし、私も丁度休憩したかった所だ。お茶でも飲みながら話そう。まだ仕事が残っているから、執務室ここでもよいか?」

「はい」

「では、茶の用意を命じて来てくれ。私は急いでこれだけ仕上げてしまうよ」

デュークはそう言いながら、書きかけの書類を持ち上げて見せた。



ルーファスが部屋を出た隙に、デュークは手早く書類を片付ける。額に脂汗を滲ませながらフラフラと歩き、何とかソファーまで移動した。

再びノックの音が聞こえると、ハンカチで素早く額を拭い、何食わぬ顔で息子を迎えた。


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