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第28話 一回目 リンディは18歳(10)


「一体……誰がそんなことを?」


何とか声を絞り出すルーファスの、その表情は複雑だ。

驚き、拒絶、嫌悪感、そして……何より強く表れているのは、リンディの口からそんな言葉を聞かされた哀しみだった。


「絵師の先輩達が言っていたの。お兄様が王女様と結婚するのは間違いないって。だから……」

「結婚なんてしない。絶対にしない!!」


ルーファスは語気荒く否定する。リンディに対し、こんな強い物言いをするのは初めてのことだ。ビクッと跳ねる顔を見て、慌てて口調を和らげる。


「ごめん……ごめんリンディ。驚かせてしまったね」


黙って首を振るリンディに向かい、ルーファスは慎重に言葉を届ける。


「僕は王女と結婚なんてしないよ。呼ばれて会っているのは事実だけど、仕事だと思ってこなしている。それだけのことだ」


王族に敬称を使わず話すルーファスに、リンディは驚く。兄のその顔は、大嫌いなブロッコリーを口に含んだ時に似ていた。


「……嬉しくないの?」

「嬉しい?」

「王女様と結婚すれば、箔がつくし人生上がりなんでしょ?」

「……それも先輩達が言っていたのか?」

「うん」


ルーファスは盛大なため息を吐き、重い頭をベッドに乗せる。そして天井を見ながら、低い声でぼそっと呟いた。


「嬉しい訳がない」

「そうなの?」

「嫌いな女と結婚して、嬉しい訳がないだろう」

「嫌い……なの?」


天井からリンディへと視線を移すと、ルーファスは澄んだ瞳を真っ直ぐ見つめる。


「君にあんな顔をさせる女なんか……君から笑顔を奪う女なんか、嫌いに決まってるだろ」

「お兄様……」


白い頬に手を伸ばせば、リンディの瞳は忽ち潤み出す。金色の睫毛に滲む涙を、親指で掬い取りながら優しく撫で続けた。


「君は、僕に結婚して欲しいの?」

「……お兄様が幸せになれるなら、結婚して欲しい。お兄様には、世界で一番幸せになって欲しいもの」

「リンディ」


ルーファスはたまらず、リンディを抱き締める。


もし、自分がリンディに同じ様に問われたら、全く同じ答えを返しただろう。この世で一番幸せになって欲しいのは……愛しているのは、リンディなのだから。



『きっと大人になっても、私が一番好きな男の人はお兄様のままだと思うわ』



子供の頃から変わらず、自分を一番に想ってくれていると分かり、ルーファスの胸は熱くなる。たとえそれが、異性としてではなく兄に対するものでも……今はそれで充分だった。



ルーファスはそっと身体を離し、真剣な顔で問う。


「リンディ、どこか具合の悪い所はないか? 目眩がするとか、お腹が痛いとか、胸が苦しいとか」

「うーん……夕べはお腹が破裂するかと思ったけど、今日はとびきり元気!」

彼女の腹に目をやれば、夕べはパンパンに膨らんでいた胃が、何事もなかった様に平らになっている。

「凄まじい消化力だな」

感心しながら笑うと、ルーファスはまた真剣な顔で言った。

「リンディ、どこか少しでも具合が悪くなったら、すぐに僕に言うんだ。いいな?」

「うん! お兄様も教えてね。お仕事、無理しないでね」


あどけない笑顔に、再び熱くなる胸を抑えながら、ルーファスはすっくと立ち上がる。

「それだけペタンコなら、お腹が空いているんじゃないか?」

「……ええ! 実はさっきから、お腹がぐうぐう鳴りそうなの」

リンディも立ち上がり、腹を押さえる。


「よし、じゃあお風呂に入って、一緒に朝ご飯を食べよう。今日も王宮に行かなきゃいけないんだけど、まだ早いからゆっくり出来るよ」

「やったあ! お兄様と朝ご飯、久しぶり!」

「お風呂……一緒に入れば、もっとゆっくり出来るけど?」


無邪気な獲物に顔を寄せ、舌舐りをする狼。

「……僕もお腹空いたなあ」


お腹空いた……お風呂……裸……


リンディは顔を引きつらせながら、玄関へと後ずさる。

「私……自分の部屋のお風呂に入るわ……一人で! 後で美味しいパンを焼いてあげるから、それまで我慢して待ってて? ね?」


部屋から飛び出すリンディに、ルーファスは腹を抱えひとしきり笑う。やがて落ち着くと、何かを決意するように、顔を真っ直ぐ上げた。




一方リンディは、バスタブに浸かりながら、身体を念入りに確認していた。


良かった! 本当にかじられていないみたい!昨日は沢山汗をかいたから……食べられて痛いのは嫌だし怖いけど、美味しくないって思われるのはもっと嫌だもの。

どうせ食べられるなら、お兄様には美味しく食べてもらいたい。


王女様とじゃなくても、いつかお兄様は結婚して、誰かを食べるんだろうな。あの綺麗な唇で、あの白い歯で……


リンディは赤い顔を、ブクブクと湯に沈める。


嫌だな……お兄様が他の女性ひとを食べるの、嫌だなあ。それなら私を食べて欲しいなんて……こんな風に考えるの、おかしいよね。やっぱり私は変だ。


息が苦しくなり、ザバッと湯から上がると、リンディは熱い目をゴシゴシとこすった。




王女は今日も、目眩がするほど派手なドレスでルーファスを迎える。紫に金糸に羽根飾り。舞踏会さながらの気合いの入れようだ。

ルーファスがこの世で一番愛らしいと思うのは、絵の具だらけのリンディのエプロン姿だということも知らずに。


予定通り、国王陛下も交えて絵画を鑑賞し、昼食を摂る。次はお決まりの散歩コースかと思いきや、とんでもない誘いを受けた。


「クリステン卿、私のお部屋にいらして下さらない?お見せしたい本や、珍しいアンティークが沢山あるの。それに……少し深いお話もしたいわ」


……冗談じゃない。これ以上王女のテリトリーになんか入りたくない。独身の男を自室に誘うなんて、既成事実でも作る気なんじゃないのか?

深い話……臨むところだ。


「実は私も、今日は貴女に深いお話をしたかったのです。折角花が見頃ですから……お庭を散歩しながらいかがですか?」


極上の笑みを貼り付けるルーファスに、王女は「……ええ! 是非!」と興奮しながら答える。


……せいぜい今の内勘違いしておけ。

ルーファスは心の中で冷たく言い捨てると、自ら王女の手を取った。



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