第26話 一回目 リンディは18歳(8)
それから一時間程が過ぎ────
三人が囲むテーブルは、いつの間にかこの店で一番賑やかな一角となっていた。
もう何杯目かのグラスを、ロッテはドンと置く。
「大体ねえ! な~んで女だけ、長く働いているだけで“お局”なんて言われなきゃなんないのよ」
「あらあ! アタシは逆に羨ましいわ。“お局”なんて呼ばれてみたい! 正真正銘、女だってコトでしょ?どうせアタシなんて、あと十数年で“おっさん”て言われるんだから……ううっ」
一度引っ込んだ涙が、アリスの目にまた溢れ出す。
「こら、アリス! 泣くんじゃないの! 男でしょ!」
「女よ!!」
「どっちでもいいわよ! 嫌なことは、飲んでぜ~んぶ忘れちゃいなさい。すみましぇ~ん! お代わり二つお願いします」
情緒も呂律も怪しいが、何やら楽しそうな二人を、リンディはにこにこと眺めている。
「でも……姐さんは本当にカッコいいわよ。男達の中で、バリバリ働いているんだもの」
「あんただって、女達の中で働いているじゃない。勇気がなきゃ出来ないことよ」
「うう……アタシ……アタシね、本当に本当に女に生まれたかったの。何で神様は間違えちゃったのかしら」
「私だって、どうせお嫁さんになれないなら、男に生まれたかったわ。そうしたら、もっと卑屈にならず、胸を張って堂々と生きれたのに」
「アタシ達……性別が逆だったら幸せだったかしら」
「どうかしらね……隣の芝生は青く見えるものだし。こればっかりは分からないわ。理不尽でも、不平等でも、人生はたった一度きりだもの」
新しく来たグラスの水面を、しばし感慨深げに見つめるアリスとロッテ。「はい、どうぞ!」とリンディに差し出されると、二人は見つめ合い微笑んだ。
女になりたいアリスと、男になりたかったロッテ。抱えるものは違えど、互いの苦悩は痛い程分かる。年齢も性別も超えた、不思議な友情が芽生えようとしていた。
「リンディ……貴女、本当にブロッコリーが好きなのね」
「そうなんですよ! この子ったら学生の時も、ブロッコリーばかり食べちゃうんだから」
二人が盛り上がっている間に、リンディは旬のブロッコリーメニューを何皿も平らげていた。
「だって、もしゃもしゃして美味しいんだもの!」
「いいわよ。お酒があんまり飲めないんだから、好きなだけ食べなさい。アリスも遠慮するんじゃないわよ?」
ロッテはドンと胸を叩く。
「ありがとうございます! じゃあ、グラタンとソテーをもう一皿ずつと……」
「姐さん、アタシもこれ食べたいわ!あと、お酒のお代わりも……」
「いいわよいいわよ! 女だってね、可愛い後輩達にお腹一杯食べさせるだけの甲斐性があるんだから。お局万歳よ!」
そう言いながら、ロッテもグラスをぐいと飲み干す。
「すみましぇ~ん!お代わりを……」
三人の宴はまだまだ続いた。
今夜もルーファスは、リンディの部屋の暗い窓を見上げて肩を落とす。
当たり前か……こんな時間だもんな。
明日も休日だというのに、王宮へ来いと命じられた。さすがに仮病でも使って断ろうとしたが、国王陛下も交えて絵画を鑑賞しようと言われては、断ることが出来ない。
あの手この手で約束を取り付けては、自分を拘束する王女。これではまるで奴隷ではないかと、ルーファスは叫びたくなった。
苛立ちながらポストを開けると、そこには二通の手紙が入っていた。一通は父デュークから、もう一通は……タクト。
やっと返事が来たか!
階段を駆け上がり部屋へ飛び込むと、ビリビリと乱暴に封を切った。
『兄上、お返事が遅くなり大変申し訳ありません。また、王都へ行くと言いながら、結局帰国出来なかったこともお許し下さい。現在研究室の仕事が忙しく、身動きが取れない状態なのです。それは網に絡まったイカの様に……』
くだらない前置きはすっ飛ばし、本題から読み進める。
『……ご相談頂いていた魔道具の件ですが、先日ワイアット教授に再びお会いする機会がありましたので、訊いてみました。特徴を聞く限り、魔力だけではなく、呪術も加えられているのでは、とのご回答です』
呪術……
ルーファスの背中がゾクリとする。
『実物を見た訳ではないので何とも言えないが、指輪に使われているのは時を戻す砂で間違いなさそうだ。ただ、一度着けたら外れない、記憶を失くすなどの効力は、呪術によるものではないかと仰っていました。そして、割れてもいないのに、石の砂が減っていくという奇妙な現象についてですが……何かの残り時間を表しているのでは、とのことです』
聞きたくなかった答えに、便箋を握る手が震え出す。
『夫婦が着ける指輪ならば、夫婦に関する何かの残り時間ではないか。ただ砂の減り方が異なるのであれば、夫と妻、それぞれ個人の何かに関すること。例えば……愛情がなくなるまでの時間、健康でいられる時間、そして、別離までの時間など』
“別離”
ルーファスの中で、その言葉がしっくりきた。
『呪術が加えられていると仮定するなら……時の巻き戻し効果は未知数である。また、一度身に着けたら一生外れない可能性がある。危険な黒魔術でないことを祈る……と。教授のご回答は以上です』
黒魔術……悪魔と契約し、身を滅ぼす危険な魔術。そんなものがもし、この指輪に使われているとしたら……!
『兄上、ところでその指輪は、一体どなたが着けているのですか? 今度私も……』
ルーファスは最後まで読まずに、ふらふらと椅子に座り込んだ。
“別離”
夫婦の別離といえば、離縁か死別。だが、もし離縁であるなら、砂の減り具合は両方とも同じ筈だ。しかも自分とリンディは実際結婚などしていないのだから、離縁などあり得ない。片方だけ減るということは……
説明書の文言が、頭を過る。
『石の砂は相手を表す』
まさか……リンディの命の残り時間とでも?
薬指を見たルーファスは青ざめる。
そんな訳がない! だってリンディはまだ成人したばかりだし、あんなに元気じゃないか。違う、これは、この砂は、何か他の時間を表している筈だ。
必死に考えれば考える程、他の何かが思い浮かばない。気持ちを落ち着ける為に、タクトの手紙を一旦置き、父からの手紙を開いた。
しかし、読み終えたルーファスは、更に浮かない表情で頭を抱える。王女との婚約について話をしたい、一度屋敷へ帰って来いという内容だったからだ。
婚約。まさか、命じられたら断ることも出来ないのか? 食事や散歩と同じように。
……万一の時は、自分の顔に傷を付けてでも回避してやろう。あのプライドの高い王女が、醜い男と結婚などする訳がないのだから。
そう覚悟を決めた時、窓の外から男の歌声が聞こえてくる。
煩いな……酔っ払いか? 全く何時だと思ってるんだ。リンディが眠っているのに!
尖っていたルーファスの神経は、その酷く音程の外れた歌に逆撫でられる。文句を言ってやろうと窓を開ければ、体格の良い派手な……男? に背負われた、ふにゃふにゃしたものに気付いた。
「……リンディ!?」




