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第20話 一回目 リンディは18歳(2)


最後に会ったのは三ヶ月前の、休みの時だったか。その時とは変わり果てた父の姿に、リンディは挨拶も忘れ駆け寄った。


「お父様! お風邪が辛いのですか? どこか苦しいの?」


公爵令嬢としてはあるまじき行為だが、デュークはそんな娘を咎めることもせず、優しく頭を撫でた。


「大丈夫だよ、リンディ。最近仕事が忙しくて、気付いたら痩せてしまったんだ。お腹も出てきていたし、丁度良かったよ」

「……そうなのですか?」

「ああ。それより、顔をよく見せて。また一段と綺麗になったんじゃないか? ほら、王女様なんかよりずっと綺麗だ」

リンディの頬を温かな両手で挟み、ふにふにと動かす。


「あなた! 宰相がそんなことを言ってはいけません。不敬罪に当たりますよ?」


フローラが咎めると、デュークはきょろきょろと辺りを見回し、悪戯っぽく言った。


「家族しかいないんだから構わないだろう。誰がどう見たって、うちのお姫様が世界一だ」

「もう!」

変わらぬ両親の笑い声に、リンディも安堵とし一緒に笑う。そして、はっと思い出し、慌てて父に向かい礼をした。


「お父様、ただいま帰りました」

「……ああ、おかえり。どこから見ても、立派な令嬢だ。卒業おめでとう、リンディ。ランネ学園は本当に素晴らしい学校だったんだね。後で沢山話を聞かせておくれ」

「はい!」

リンディは嬉しそうに返事をした。



一連のやり取りを黙って見ていたルーファスも、父の元へ近寄り、丁寧な礼をする。

「ただいま帰りました」

「おかえり。久しぶりだな、ルーファス。同じ王宮に勤めているのに、なかなか会えないなんてな」


大臣の補佐として視察の同行から雑務までをこなす、いわば大臣見習いのルーファスと、王の右腕である宰相のデュークとは、仕事上まだほとんど接点がない。

ルーファスが毎日王宮へ通うのとは違い、デュークは自宅で仕事をすることも多い為、尚更だった。


「……父上、主治医は何と? 仕事を続けられても問題ないのですか?」

「疲労で風邪をこじらせただけだ。少し休んで、無理のない様に調整すれば問題ないと言っていたよ」

「ご無理なさらないで下さい。私に何か出来ることはありませんか?」

「……ありがとう、ルーファス。頼もしくなったな」

デュークは息子の腕に触れ微笑む。


「今のところは大丈夫だが、困った時は遠慮なく息子を頼ることにしよう。素晴らしい子供が二人もいて、セドラー家も安泰だな」

痩せた顔とは対照的な明るさの父に、ルーファスは漠然とした不安を抱いた。




その後、子供達の好物が沢山並べられた食卓を囲み、一家は和やかな昼を過ごしていた。


「アリスも一週間後にムジリカ国に帰国して、美容のお仕事をするの。しばらくは知り合いのお店で働いて、慣れたら独立したいんですって。モネはランネ市に残って建築家として働くの。モネが描く図面は、繊細で精巧で、本当にすごいのよ! 別れるのは寂しいけど、お休みの時は絶対会おうって約束したわ」


とめどないリンディのお喋りに、デュークは幸せそうに相づちを打つ。


「タクトは学園の研究室に入るんでしょ?」

「ええ、もう少し魔術と魔道具の研究を続けたいみたい。この間、初めてタクトが開発した魔道具をもらったんだけど、髪の毛が一瞬で乾かせるの! 風と炎の魔力で作ったんですって」

「あらすごい!長い髪を乾かすのは本当に大変ですもの。持ってきたなら後で貸してちょうだい」

きゃっきゃと盛り上がる母娘。


「お父様は何か、タクトに作って欲しい魔道具はありますか?」

「……そうだなあ。声を届ける道具かな」

「声?」

「うん。離れていても、声を届け合う道具が欲しい」

「うわあ! 素敵ですね! そんな道具があったら、家族や友達と離れても寂しくないわ。今日あったことを、すぐにお喋り出来るもの」

デュークはくすりと笑う。

「そうだね。私もリンディの手紙を待ちわびなくて済むよ」

「リンディにそんな道具を与えたら大変ですよ。きっと朝まで喋り続けてしまうわ。ねえ、ルーファス」

「それもそうですね。……まあ、義母上も大変そうですが」

「あら、私?」

皆は顔を見合わせると、テーブルが揺れる程大きな声で笑った。


ルーファスはさりげなく会話に加わりながらも、父の一挙一動に注目する。しっかりと食事を摂れていることを確認し、一先ず安堵していた。




長い昼食を終え自室に戻ると、デュークはふうと息を吐きながらソファーに腰を沈める。


「あなた、大丈夫ですか?」

「ああ、子供達が居ると楽しすぎて、あっという間に時間が過ぎてしまうよ」


そう言いながら、胸元の黒いクラヴァットに触れる。それは、今日リンディが父に贈った物で、家紋の立体刺繍が施されていた。リンディの刺繍の腕は見事で、サレジア国の特産品である美しい金糸の輝きを更に引き立たせている。デュークの様な地位のある人間が着用しても全く恥ずかしくない出来映えだ。


「……リンディは絵だけじゃなく、刺繍も上手いんだな。本当に自慢の子だよ」

「あなたったら、今日は褒めすぎですよ」

「いや、いくら褒めても足りない」


フローラはデュークの肩にショールを掛けると、痩せた肩ごとぎゅっと包み込む。

「私……幸せです、とっても。何だか今日は、特に幸せ」

「私もだよ。君と結婚していなかったら、きっとあんな風に楽しい食卓を囲めることなんてなかったんだろうな……ありがとう、フローラ」


“好き”も“愛してる”もない結婚をした二人の間には、ただ、優しい時が流れていた。




一晩泊まるリンディを置いて、ルーファスは仕事の為、先に一人で王都へ戻る。揺れる車内で思い出すのは、父の痩せた顔だった。


……本当に大丈夫だろうか。いつまでも父上に甘えている訳にはいかないな。一刻も早く力を付けて、セドラー家の後継として父を支えなければ。


膝の上で固く組んだ手に光るのは、あの奇妙な指輪。もう砂はほとんど残っておらず、最近では見る度に何やら不吉な予感がする。今のところリンディも自分にも、問題はなさそうだが……


王都学園では、魔術に関する文献を読み漁り、高名な教授に尋ねてもみたが、やはり『時を戻す魔道具』についての情報は何も得られなかった。

そもそも確認されている既存の魔力の中に、時に関する魔力というものがない。教授曰く、もしその様な画期的な魔道具があったとすれば、複数の魔力を組み合わせることで、人工的に生み出された魔力ではないかと。


タクトはあの砂時計を再現する為に、まだ研究を続けているそうだ。……気は進まないが、今度手紙を出して探ってみよう。


夕日に手をかざせば、残り少ない砂が、石の中でキラキラと舞った。



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