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第17話 一回目 リンディは13歳(4)


ランネ学園は想像以上に大きな学校だった。

創立者であるサレジア国先帝のオーレン・バロン陛下が、当時の財政を踏まえて、出来るだけ装飾などを省き機能性を重視したシンプルな造りになっている。


今でこそ珍しくはないが、当時は専門コースの設置など最先端のカリキュラムが導入され、学校教育の先駆けとなった。

また、貴族や金持ちだけでなく、平民にも平等な教育をという理念は、所得の向上及び国の発展にも繋がり、その後国内だけでなく近隣諸国にまで広まっていった。

ムジリカ国の王都学園も、このランネ学園に大きな影響を受けながら、変革を遂げたのだ。



門をくぐりフローラと共に歩くリンディは、今まで通っていた女学校とは異なる雰囲気に、キョロキョロと忙しない。


「あっ!」


入学式が行われる本堂まであと少しという所で、突如声を上げ、地面にしゃがみこむ。


「お母様、見てこれ!すごく綺麗!」


それは石やタイルの欠片で作られた、美しい小道だった。

「本当!綺麗ね。きっと廃材で作られているんだわ」

「捨てられた物がこんなに綺麗な道になるのね……すごい!私もやってみたい!」

タイルを一つ一つ指でなぞりながら、色や形を確かめるリンディ。


あらら……これは。


母親のセンサーが働く。

幼い頃に比べると、優先順位というものを大分理解出来る様になったリンディだが、この興奮の仕方からすると……


「リンディ、この道よりも、もっと素敵な式が始まるかもしれないわよ」

呼び掛けるも、全く彼女の耳には届かない。


入学式は諦めるしかないかしら。こんな時ルーファスが居てくれたら……なんて、無力な母親ね。

フローラがそう嘆いた時だった。


すっとリンディの横に、大きなピンク色の背中がしゃがみ込む。

「まあ!なんて綺麗なの!?」

その背中の主は、低く艶やかな声で叫んだ。

「でしょう!?見て!ここなんて、薔薇の模様になっているわ」

「あら本当!こんな素敵な道を作る学校なら、芸術科も間違いないわ!う~ん、入学出来て良かった」

「芸術科?私、芸術科に入るの!」

リンディは地面から顔を上げ、初めて隣を見る。

「アタシもよ!同じ場所で感動するなんて、きっと感性が同じなんだわ!仲良くなれそうっ」


二人のやり取りをぽかんと見ていたフローラは、何か違和感を感じ、二人の前に回り込む。

その違和感の正体に気付き、あっと驚くも、咄嗟に平静を装った。


その服の色と喋り方から、すっかり女性だと思っていた彼(彼女?)には、くっきりと喉仏が浮かんでいる。高く結い上げた独創的な髪に、白粉おしろいで真っ白に塗りたくられた派手な顔。


さすが芸術科……個性的だわ。

フローラはごくりと息を飲む。


「ねえ、あんた何年生?」

「中等部の二年生。あなたは?」

「アタシも同じ!本当は三年生なんだけど、理由わけあって一年休学してたから。あんたも転入生?」

「うん、女学校から転入したの」

「女学校!アタシには憧れの世界!でも、この学校もなかなか楽しそうよ」


初対面なのに、ぽんぽんと会話のやり取りが続く。

気が合うのだろうか……


「わあ!あなたの、これ何?」

リンディは、彼女(彼?)の胸の羽根飾りに注目する。

「よくぞ聞いてくれたわね!これ、アタシが孔雀の羽で作ったの!綺麗でしょう!?」

「孔雀?孔雀って鳥?自分で作ったの?どうやって?」


会話はまだまだ続きそうだ。時計を横目に、どうしたものかとフローラが考え出した時、突如彼(彼女?)は言った。

「えっと、この子のお母様?」

「……はい!」

何故か敬語になってしまう。


「少しお喋りしたら、間に合う様に一緒に本堂へ行くから大丈夫ですよ。先に保護者席へ向かって下さい」

濃い睫毛で、パチリとウインクをされる。


もしや……新たなリンディ使い?

彼女(彼?)の華やかな全身には、後光が差していた。




無事に入学式を終え、寮へ戻るフローラ母娘おやこ……と、彼(彼女?)。

聞けば同じ寮だということで、共に馬車に乗り込んだ。


彼女……の名はアリス。生物学的にはやはり男性で、本名はアリソンと言うらしい。自分達と同じムジリカ国の子爵家出身で、男子校に通っていたが当然馴染めず、一年の休学と治療を経てランネ学園に転入したそうだ。

子供の頃から美しい物が好きなアリス。ランネ学園を選んだのは勿論芸術を学びたいことが第一であるが、女子寮に入ることと、化粧を許してくれたからだと語ってくれた。


「白粉を塗らないと、髭が気になるのよ。もう授業に集中出来なくて。許してもらえて本当に良かった!いつか身体中の毛が、永久に生えて来なくなる魔道具を誰か開発してくれないかしら。あっ、髪の毛は残してね!」


明るく話すアリスだが、計り知れない苦労をしたのだろう。新しい環境で伸び伸びと学校生活を送れることを、フローラは願った。



「……ねえアリス、私って変?」

楽しそうに話していたリンディから、不意に飛び出した言葉。

フローラはドキリとしたが、黙って二人の会話を見守ることにした。


「そうねえ、そりゃあ変なんじゃない?」

「やっぱり」

俯くリンディに、アリスは何気ない調子で言う。

「だって、変じゃなきゃ芸術家になんてなれないもの。芸術は個性を表現するものでしょ」

「……変でもいいの?」

「もちろんよ!変じゃなきゃ埋もれてしまうわ。ほら、アタシをよく見て!すごく変でしょ?」

楽しそうに自分を指差すアリスに、リンディは首を傾げる。


「……どうだろう。綺麗だとは思うけど」

「綺麗!?アタシが?」

「うん、すごく綺麗。キラキラしてるもの」

「まあっ!!」


アリスはリンディをぎゅうっと抱き締める。

「アタシにも、あんたは世界一可愛い天使に見えるわ!これからよろしくね、リンディ」


フローラは窓の外を見ながら、こっそり涙を拭っていた。




寮へ到着すれば、なんと二人の部屋は隣であることが発覚する。これも縁だったのだろう。

更にアリスは、昨日仲良くなったという、向かいの部屋の生徒を紹介してくれた。


「この子はモネ。同じ芸術科の二年生よ!」

きっちり編み込まれた髪と眼鏡が印象的な彼女は、黙ったままペコリと頭を下げた。

「事情があって喋れないらしいの」

アリスが代わって説明する。

「そうなの?」

リンディの問いに、緊張した顔でこくりと頷くモネ。


「私は逆にすごくお喋りなのだけど、それでも構わない?」

微笑みながら頷くモネに、リンディもぱあっと笑顔を浮かべ叫んだ。

「嬉しい!じゃあきっと仲良くなれるわ!」

「ほんと、アタシ達三人気が合いそう!早速お茶会しちゃう?美味しいお菓子があるのよ~」



もはやフローラの存在も忘れ、わいわいと楽しそうな三人。

大丈夫……きっと此処なら、リンディは上手くやっていけるわ。

ちょっと変わった三人の少女達を、フローラは優しい眼差しで見つめていた。






『 お兄様、お元気ですか?

私は毎日、元気に楽しく過ごしています。

お兄様に出す、記念すべき最初の手紙は、芸術科の大好きな友達のことを書くと決めました。

嬉しくて嬉しくて、お兄様にお話したくて仕方がなかったのです。


アリスは一つ年上だけど同じ学年で、明るい綺麗なお姉さんです。私と同じでとてもお喋りなので、二人で話し出すといつの間にか寮の消灯時間を過ぎていて、何度も寮母さんに叱られています。女学校では叱られると悲しかったのに、ここでは叱られても楽しいなんて、おかしいですね』


ルーファスはくすりと笑う。


『モネは、普通科から芸術科へコース変更した同い年の女の子です。ランネ学園では一年先輩なので、学校のことを優しく沢山教えてくれます。私達と違って全然喋らないけど、いつも楽しそうに話を聞いてくれるので、嬉しくなってつい喋り過ぎてしまいます。


アリスとモネは、タクトとも仲良くなって、よく四人で一緒にお昼ご飯を食べます』


タクト……

少し眉を寄せるも、そのまま読み進める。


『アリスはタクトに会う度に、毛が生えなくなる魔道具を開発してよ!と口癖の様に言っています。

毛根を焼くには光、炎、雷……と、ついにタクトが仕組みを考え出すと、アリスが震えながら、アタシを黒焦げにする気!?と叫んだので、みんなで大笑いしました』


何だかよく分からないけど……楽しそうだな。

優しい笑みを浮かべながら、便箋を捲る。


『楽し過ぎて、毎日あっという間に一日が過ぎてしまうけど……夜一人ぼっちになると、お兄様のことを思い出して、寂しくて泣きたくなります。お兄様は私が居なくても大丈夫ですか?泣いていませんか?』


眉を下げながら、ルーファスは便箋を愛しげに胸に抱く。

そして真っ白な便箋を取り出すと、一呼吸置いて、ペンを走らせた。


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