第11話 一回目 リンディは10歳(4)
出店に誘われ脱線しそうになるリンディを、何とか引き戻しながら歩き回ったが、業者らしき人物は見つからなかった。
「もう帰ってしまったかもしれないね」
「そっかあ……残念。魔法のケーキ、食べたかったな」
ルーファスは、しゅんとするリンディの頭を優しく撫でる。
「出店で何か好きな物を買ってあげる。ほら、美味しそうな食べ物や……あっちには玩具もあるよ」
「うん!」
ぱっと顔を輝かせるリンディを見て、ルーファスはやっぱり、まだまだ子供だなと笑う。
理由は分からないが、何故か安心していた。
それから二人は、出店をあちこち見て回った。人混みが苦手なルーファスだが、こうして楽しそうなリンディを見ると、祭りも悪くないと思えるのだった。
手品を見てはしゃいだり、他国の珍しい菓子を見ては、一つ一つ味見をしたりスケッチしたり。
彼女のペースに合わせて、ゆっくり回った。
リンディには砂絵が描けるセットや白蝶貝の髪飾りを買い、ルーファス自身もリンディに勧められた白蝶貝のカフスを買う。
こんなに喜ぶなら、もっと早く連れて来てやれば良かったな……
ルーファスはそう思いながら、金色の美しい巻き髪を掬い、買ったばかりの髪飾りで留めた。
香ばしい匂いにつられて魚のフライを買ったはいいものの、ベンチは人で埋まっており座る場所がない。
「海辺で食べようか?」
「うん!」
砂浜には気持ちの良い潮風が吹いている。
二人は太い流木に腰を下ろすと、温かいフライをパクリと齧った。
……意外と美味しいものだな。
生まれながらの公爵令息であるルーファスは、こんな風に外で買い食いすることなど初めてである。リンディが居なければ、きっと進んでこんな体験をすることはなかっただろう。
隣を見れば、口にホワイトソースをつけた小さな義妹。ルーファスの胸が温かいもので溢れた。
食べ終わり、何とはなしに遠くへ目をやると、椰子の木の下に人影が見える。傍らには荷台らしき物が……
ルーファスは勢いよく立ち上がると、リンディの手を引きそちらへ向かう。
砂に蹴散らしやっと近くへ辿り着くと、幹に凭れ眠る老人の風貌をまじまじと見つめた。
白髪交じりの癖のある金髪。同じ色の長い髭。背中には、もはや何色だったか分からない傷んだ布を羽織り、雑貨らしき物が積まれた荷台に足を掛けている。
視線に気付いたのか……老人はゆっくり瞼を開け、こちらを見る。
ムジリカ国では珍しい、紫色の目。
間違いない! この老人が、探していた卸売業者だ。
「……何か用か?」
老人は両手を上げ、ふわあと欠伸をする。
ルーファスは、さくさくと老人の元へ近付き言った。
「お前は、魔道具店タクトに品を卸している業者か?」
「……初対面の大人に、随分偉そうな口の利き方だな。ああ、その身なりからして、上級貴族の坊っちゃんてとこか。じゃあ仕方ないな」
ふっと笑いながら、老人はルーファスへ向き直る。
「で?そのお偉い坊っちゃまが、しがない業者に何の用だ?」
「時を戻す砂時計。それを持っていたら譲って欲しい。勿論代金は払う」
「……ああ、この間渡したサンプルか。あれならもう一生手に入らない」
「何故だ?」
「あれを作った職人が、ぽっくり逝っちまったんだよ。まあ、もういい歳だったからな」
「そうか……」
隣のリンディを見れば、理解したのか、再びしゅんとしている。ルーファスは堪らず、老人に食い下がった。
「他に似た物はないか?」
「うーん……まあ、あると言えばあるが」
老人はよいしょと立ち上がると、荷台をごそごそと探り、小箱を取り出した。
「これも同じ職人が作った」
開かれた箱の中には、対の指輪が収められている。指輪の石には砂が入っており、それは確かにあの砂時計の砂と同じ色だ。
だがその輝きは、砂時計とは比べ物にならないほど強く、何かとてつもなく大きな魔力が込められている気がした。
「一応説明書は付いているんだが……実に不可解でな。読んでみろ」
手渡された箱から、小さく折り畳まれた紙を取り出し、ルーファスは開いた。
『この指輪は、夫婦の契りを交わす男女に適している。互いの薬指に嵌めると同時に、石の砂は相手を表す。
それぞれ一度だけ、相手への想いで石を潤した時にのみ、願った時に戻ることが出来る。それまでの記憶は願った方にしか残らないが、指輪は互いの指に残る。
尚、指輪に愛された者達に限り、互いの砂を分け合うことが出来る』
ルーファスは眉をひそめる。
「な?訳分からないだろ? 安いから買い取ったんだが」
「……“石の砂は相手を表す”の所が特に分からない」
こんな怪しい物をリンディに与える訳にはいかない。
紙を折り畳み箱に戻そうとした時、指輪が一つなくなっていることに気付く。
はっと隣を見ると、いつの間にかリンディがそれを指に嵌めていた。夫婦という意味を知ってか知らずか、丁寧に、左手の薬指に。
「リンディ!!」




