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第9話 一回目 リンディは10歳(2)


こんな時のリンディは獣並みに素早い。

ルーファスも長い足を繰り出し必死に追いかけるも、小柄な身体を利用し人混みをすり抜ける彼女に、なかなか追い付くことが出来ない。

ルーファスより更に身体の逞しい護衛兵達は、人にぶつかりながら慌てて二人の後を追いかける。


でももうすぐ…………ほら。


ベシャッ


リンディはつまづき、顔から地面に突っ伏す。

逸る好奇心に本来の身体能力が追い付かず、大体こんな風に転ぶのだ。


「リンディ」

ルーファスはリンディの手を取り、優しく起こしてやる。

運がいいのか悪いのか……そこは舗装されていない柔らかい土の上。しかも午前中に雨が降った為、ぬかるんでいる。

怪我はなさそうだが、顔から服、足まで真っ黒になっていた。


ふっと笑いながら、ルーファスは本日二度目のハンカチを取り出し、リンディの顔を拭く。

だが、完全に綺麗にすることは出来ず、黒ずんだリンディの顔。

「……カラスみたいだな」

「カラス!?」

「うん。全身真っ黒でカラスみたいだ」


もうリンディとて本当にカラスになれるとは思っていないが、それでも嬉しそうな笑みを浮かべる。

黒い顔にニカッと浮かぶ白い歯。ルーファスは吹き出した。



「大丈夫? あ~派手に汚れちゃったね」


甲高い声に振り向くと、リンディと同じ年位のぽっちゃりした少年が、眉を下げていた。

茶色い髪に茶色い細い目。至って素朴な顔立ちだ。

「良かったら家で綺麗にしてあげようか?」


……クリーニング屋か?

少年を警戒しながら凝視するルーファス。

視線を落とした先に飛び込んできたのは、先程のチラシの束を握るふくふくの手。

ルーファスの中で危険信号が点滅し、さっとリンディの手を握った。


「家は新しくオープンする雑貨屋なんだ。面白い魔道具が沢山あるよ」


やっぱり。


「……魔道具!!」

興奮し、前のめりになるリンディ。

ルーファスは手にぐっと力を入れて、彼女を引き戻す。そして自分の背に隠すと言った。

「帰って洗濯するから大丈夫だ」

「そう?僕の持ってる魔道具なら、たったの10分で綺麗になるよ」


「本当!?」

リンディの勢いに、30cm程も身長差のあるルーファスか、ぐんと引っ張られる。


「あなたのお家に行きたい!」

「リンディ!駄目だ!」

同時に叫ぶリンディとルーファス。


見知らぬ男(例え少年でも)の誘いに乗るなんて……

兄として、ここは譲れない。

ルーファスは語気を強めそうになるも、あえて優しく、甘い口調で囁いてみた。

「リンディ……苺のショートケーキが待っているよ。今日は暑いから、早く帰らないと、君の大好きな生クリームが溶けてしまうかも」


ケーキ……

リンディはごくりと唾を飲み込む。


ルーファスの顔にはケーキ、ぽっちゃり少年の顔には魔道具の立体像が浮かぶ。

天秤にかけた末、彼女が選んだのは……


「やっぱり、あなたのお家に行きたい!」

「リンディ!」

ルーファスの制止はもうリンディの耳には届かない。


「いいよ、付いておいで」

人の良さそうな顔で笑う少年。

「あっ、でも急がなきゃ!10分以内じゃないと、元に戻せなくなっちゃう」

早足で歩く少年の隣に、リンディは兄を引きずる様にして並んだ。





5分程歩くと、塗装されたばかりの白い外壁の店が見えてきた。塗料に何か混ざっているのか……灯りが点いている様に眩しい。

壁を見て目を細める二人に気付き、少年は言う。

「この壁にも魔道具が使われているんだ。夜は灯り要らずで良いけど……日のある内はやっぱり眩しすぎるよね」


『魔道具店タクト』と書かれたガラス戸を開けると、奥から腰の曲がった老人がひょっこり顔を出した。


「おや、お友達かい?」

「この子、通りで転んで汚れちゃったんだ。綺麗にしてあげようと思って」

「そうかそうか、ゆっくりしていきなさい」

老人は微笑みながら再び奥へ戻る。


リンディは陳列棚をキョロキョロと見回すが、商品には全て布が掛かっていて、何も見えなかった。

「こっち、おいで」

「うん!」

素直に従い、少年に続いて階段を昇るリンディ。


ルーファスは面白くなかった。自分以外の言うことを、彼女がこんなに素直に聞くなんて。

……今は魔道具に釣られているだけだ。普段の彼女は、僕にしか扱えない。

対抗心を燃やしながら、リンディの手を決して放さず二階へ上がった。



案内されたのは、どうやらこの少年の部屋らしい。

玩具や本棚、子供用の机などが置かれていた。


少年は机の上から不思議な色の砂時計を取ると、リンディに見せる。

「うわあ!綺麗な色!銀?紫?」

「これは物体の時を遡る魔道具なんだ。じゃあ……時間がないから行くよ。それ!」


ひっくり返すと、砂がサラサラと落ちる。

「触らないで、10分待ってね」

リンディはチョロチョロ顔の角度を変えては、その不思議な色の砂を飽きずに見つめていた。


怪しい……怪しすぎる。

魔力を放つ砂時計を、ルーファスは睨みつける。




──やがて砂が全て落ちきると、少年はリンディに言った。

「時計を両手で握ってみて」

ルーファスはリンディの手を放すまいと一層強く握るも、好奇心が生み出す獣並みの馬鹿力によって、呆気なく振り払われた。

自由になった両手でリンディがそれを掴んだ瞬間、砂と同じ色の光が彼女の全身を包んでいく。


「リンディ!」


砂時計を叩き落とそうとルーファスが手を伸ばした時には既に光は消え、転ぶ前と同じ、綺麗なリンディが現れた。

顔も服も全身の泥汚れはすっかり消え去り、リボンがよじれ乱れた金髪も元に戻っていた。


ルーファスはリンディの肩に両手を置き、頭から爪先までをまじまじと見つめる。

やがて、キッと少年を睨み問い掛ける。

「何をした?」

だが少年は、赤い顔でぽかんとリンディを見つめたまま反応がない。

「……おい!」


少年ははっとし、赤いままポリポリと頭を掻く。

「ごめん……いやあ、君って、汚れてないとすごく可愛いんだね」


……なんだコイツ。

イライラするルーファスをよそに、リンディは目を輝かせながら身体を見下ろす。

「すごい!ねえ、これのおかげ!?」

そう叫んで少年へ差し出す砂時計は、いつの間にか先程の砂が消え、ただの硝子の入れ物に変わっていた。


「そうだよ。ひっくり返して砂が落ちた後、最初に触れたものを10分前の状態に戻す。つまり君は、転ぶ前の状態に戻ったんだ」


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