0話:ヘンタイ
人生で初めて物語書いてます。ドキドキ
16歳になって初めての夜。あの日の夢を見た。
目の前におとなの女の人が、僕の小さな背丈に合わせしゃがんでいる。
「ねえねえ、湊君」
「なあに?」
「……」
訪ねてからしばらく返答がなく、幼い僕にはその間が長く感じた。
「おばちゃんね、湊君のお母さんになろうと思うんだけど、どうかな?」
「…お、おかあ…?」
「そう、おかあ」
女の人はそう言って目にきらきらと水溜まりを作り、唇を震わせながらぎこちなく笑った。目尻にできた薄い皺がより優しい印象にさせている。
当時はまだ、その言葉の意味が分かっていなかったと思う。でも、ぎこちなくても確かに僕の為に向けられている笑顔と、今にも落ちそうな女の人の涙を目の前に気がつくと、つられるかのように必死に泣いてしまっていた。
***
「おかあ…さん」
風が窓から夏の香りを運んでいる。生暖かい風が髪の毛を撫でる。温かい気持ち。
目を開けると涙が耳まで流れ、しばらく瞳が涙に溺れた。
溺れた瞳を救出するべく、拭わなければと腕を動かそうとした時、
「?!」
まだ寝ているような感覚ではあるが、間違いなく起きている。そのはずなのに。
体がまるで動かない。本能が危険信号を出しているのか、自分の呼吸が信じ難い程に荒く、耳にやかましく響く。そして仰向けになっている体、視線の先は天井でなければならない。これは、夢の続きを見ることも許されない状況になってしまった。
……窓を開けていたせいか?それとも単に金縛りで、見えてしまっているのか。
だが後者でないことは分かってしまった。つま先から頭上まで、全身で感じてしまっている。
僕はこいつに殺られる。
(家族…は、無事、だろうか……)
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そう長く気を失っていなかったと思うが、もうすでに視界が悪くなっている。自分でも驚くことに、考え事をできるくらい痛みを感じない。
家族に被害は無い…、みたい。理由はただの勘だけど、僕の勘は結構信用できる。
(良かった…)
顔面はきっと、見るに堪えないほどぐちゃぐちゃであろうに。ただ、ぬるいとろろに覆われているかのような不快感だけを感じ取ることができる。
とろろよ、今日限りで君を嫌いになりそうだ。
僕がさっき見たモノの正体は、知れない。とにかく黒かった、生き物?のような、人間?のようにも見えた。そして、そいつは何か武器を持っていた気がする。実際にそいつに加害を受けたのだから、存在するモノだということは分かる。
とにかく変な物体だった。名前がないと呼びにくいから、略してヘンタイにしよう。
時間が経つにつれ、僕の顔面か頭かは分からないが、とろろがどろどろ垂れ流しになっているのを感じる。夏の香りはもう感じない、鼻が麻痺しているようだ。
助けを求める声も気力もない。
僕は将来柴犬を飼って、三時のおやつに熱い緑茶と饅頭を味わい平和に過ごす予定だったのに、あんなヘンタイに……。
(こりゃ、完璧に死んじゃうなぁ)
意識が薄れる中、今度こそ人間であろう者、二、三人がずかずかと窓から乗り込んできた。
(ちゃんと靴を脱がないと部屋がざらざら砂まみれだ。
あぁ、今日は僕の誕生日だから、日が越えないうちに急いでたくさんの人が祝いに来てくれたのかな。残念だけど、ケーキは僕が全部食べちゃったよ)
そんなことを考えていたら、心なしか口の中がさっき食べたケーキの甘さを感じた。
最後の晩餐が自分の誕生日ケーキだなんて、これはこれで、幸せかな……。
―――そして、僕の意識は飛んだ。
お手柔らかによろしくお願いします。