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メロスは大罪にして恩赦無し

作者: 端縫 径

 夕食後のコーヒータイムに、僕は書き終えたばかりの小説をさりげなく食卓の上に置き、シンクに行って食器を洗い始めた。


僕は、趣味で小説を書いている日曜作家で、いつも、うちの奥さんに最初の読者になってもらっているのだ。


彼女は、幼い頃から本の虫で、文学少女だった。

僕と結婚した今でも、本を読みまくっていて、文字通り万巻の書を読み込んだバリバリの読書家だった。


「どうだった?」短編だったので、僕が食器を洗っている間に読了していた。


「主人公の名前が、ピンとこないわね。登場人物の中で一番短いでしょ」


「名前かぁ、メロスじゃダメか、やっぱり」


「ストーンヘッドなんてどう?」


「ストーンヘッド? 石頭ってこと?」


「主人公が頑固者みたいだから。ヘッドストーンでもいいけど?」


「ヘッドストーン。それいいね! よし、書き変えよう」


ええと、書き出しを

『メロスは激怒した』から『ヘッドストーンは激怒した』

僕は赤ペンで書き換えた。


「うん、だいぶ良くなったよ。ありがとう!」


やぱり、うちの奥さんは、頼りになるなあ。

名前で主人公の性格まで匂わすわけか、高等テクニックだな。

覚えとこ。



「このストーリーって、実体験でしょ?

友達と二人で旅行に行ってお金使い果たして、ホテルに親友を残して、お金の工面にあなただけ帰ってきた時のことよね。

でもあの時、あなた、親友を置き去りにしたまま、また遊びに行っちゃったじゃない、私と」


「やっぱり、分かるか? 青春の苦い思い出だな。このコーヒーのように」


「なに気取ってるのよ、こんな正反対のストーリー、よく書けるわね」


「反省と贖罪のために書いてんだ。信頼と友情の物語を!」


「まあ、いいわ。所詮、フィクションだから、小説なんて。

それはそうと、読んでてここが気になったの。

濁流の川を渡ったあと、山賊に出会うでしょ。

この山賊が弱すぎるわね、三人もいるのに。

もっと、苦難を与えなきゃ!

困難であればあるほど、二人の友情の強さが証明されるんだから。

たとえば、嵐でさくが壊れて、牛の大群が襲いかかって来るって、どう?」


「容赦ないね、キミって。それじゃ山賊のあとに、牛の大群を入れようか?

でも牛の群をどうやって乗り切るかな? 難しいぞ」


「闘牛士にしちゃえばいいのよ、マタドールに。

突進してくる牛を右に左に華麗なステップでかわすの、まるで踊るように。

絵になるんじゃない?」


「いいよ、すごくいい! それじゃ、職業は羊飼いからマタドールに変更だ!

この後、疲労困憊して倒れちゃうんだけど、ここはどう?」


「そのシーンは、素敵よ。

体力の限界に達して気力も萎えて、悪魔のささやききが聞こえてくるのよね。

お前は十分がんばった、これ以上は無理だ。間に合わなくても、友はゆるしてくれるって、眠ってしまうのよね。

人生に蹉跌さてつはつきものよ。

やっぱり途中で一回は挫折を経験しないとね、ストーリー展開の王道だもの。

あなたにしては、珍しく良く書けてるわ」


「ありがとう。キミのお陰だよ。色々教えてくれたから。

でも、夕陽が傾き始めたんだ。間に合うかな?

日没までに城に着かないと、親友が処刑されちゃうんだ!」


「ああ、不思議に思ったんだけど、急いでるなら馬に乗ればいいじゃない?

どうして、ひたすら走ってるの?」


「いやいや、馬に乗ったらすぐ着いちゃうでしょ、十里なんだから。

早く着いて余裕でお茶でも飲んでたら、ドラマにならないよ。

がんばった感も出ないし」


「それ、まずいよ! あとで読者に絶対ツッコまれるわ。

馬に乗ればいいでショって、小学生に指さされるわよ。

とにかく、馬には乗っとくべきよ。

そうだ! 暴れ馬なら、どう?

もみくちゃにされながら乗ってれば,がんばった感も出るでしょ」


「キミって、最高の編集者だね。おそれいったよ。

振り落とされないように必死に鞍にしがみついて、街道を疾走させよう!

よし、これなら間に合うぞ!」


「そのまま、城内まで走り込んじゃえば?」


「ああ、そうするとあいつの出番が無くなっちゃうんだ。フィロストラトスの」


「長ったらしい名前ね。要らないんじゃない、カットしちゃいなさいよ」


「せっかく書いたのになあ、なんとか入れようよ」


「本当に間に合わないわよ、処刑の時間に。

現実と同じてつを踏むつもり。

また、親友を失くすのよ。また、百万遍も恨み言いわれるのよ。

あの時、あなた逆ギレしたわよね。

待つ身と待たせる身と、どっちが辛いと思ってんだって。

ひどい言い草だったわね、あれは」


「その話はやめてくれ。カットするから、このシーンはカットするから」


「分かれば、いいのよ。モタモタしてると処刑されちゃうわ、急ぎましょ!

城内の広場に暴れ馬に乗って現れた主人公は群衆の喝采を浴びるの。

ロデオのように片腕を上げてバランスを取る主人公の姿は、まるで拍手喝采に答えるかのようだわ。

そして最後はお約束のわらの上に落下でしょ。

暴れ馬が荷馬車とぶつかって、主人公は空高く投げ出される。このまま落ちたら大ケガすると思わせといて、荷馬車の藁の上に落ちて、あら助かった!」


「よし、それで行こう。エンディングはこのままいくよ!」


「エンディングはいいんだけど、ラストシーンにちょっと問題あるのよ」


「えぇ? 少女がマントを差し出して、勇者が自分が裸だって赤面するとこ?」


「そう。これはギリシャかローマ時代の話でしょ。

あの時代の彫刻を見たことあるでしょ。

〇〇〇〇が丸出しのヤツ?」


「あれね、『これは芸術です』って言われても、ちょっと引いちゃうよね」


「きっと、〇〇〇〇が丸見えでも恥ずかしくないのよ、あの時代は。

だから、少女が隠すようにマントを差し出したり、勇者が赤面するのはおかしいでしょ? 」


「一理あるね。時代考証にこだわる人いるからね。

この間、時代物書いたんだけど、江戸時代にスマホはありませんって、書き込まれちゃって」


「細かいこと言う人いるから、気を付けないと。

だから今回は、あえて、勇者の〇〇〇〇は丸見えだったって書いたらどうかしら」


「時代考証がしっかりした作家と思われるかもね。

少女は、マントの代わりに葡萄酒の入った杯を渡そう!」


「それ、いいわね。

勇者は杯を天に向かって高く掲げた。

その時、勇者の〇〇〇〇は、丸見えだった」


「あの…そこ、✕✕✕でもいいかな? 三文字の方が朗読した時、しっくりくるかも」


「そうね。朗読するなら、〇〇〇〇より✕✕✕の方がいいわね。

声高らかに朗読してもらいましょう!」


「よし、これで完成だ。

やっぱり、推敲を重ねると、見違えるほど良くなるな。

将来、中学の教科書に載るんじゃないかな?

キミのお陰だよ。いつも、ありがとう」


僕は加筆修正して、次の日この小説を投稿した。


『走れヘッドストーン』 大罪恩赦無たいざいおんしゃむ

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