勇者と魔王の殺害事件
バカミスです。
久しぶりに書きたくなりまして……
犯行現場は魔王城の寝室。
凶器は伝説の剣・グランソード。
時刻は深夜2時30分頃、魔王イグールが殺害をされた。ベッドで眠っている状態で喉元をグランソードで一突きにされての即死だったようだ。
容疑者は勇者・サノ。彼は昼の内に客人に紛れて魔王城に忍び込んで身を潜め、深夜になり皆が寝静まるのを待ってから犯行に及んだらしい。
魔王城には多くの痕跡が残っており、逃走方法も杜撰。何より、いかに急所を狙われたとはいえ、強大な力を持つ魔王イグールが容易に殺害された事からも、勇者である彼以外に犯行は不可能であると思われた。また、彼と共に冒険をした仲間達からの証言もあった。
「グランソードはゴブリンロードを倒すのには必要のない武器だ。だが彼はそれを執拗に欲しがった。その頃からおかしいと思っていたんだ」
賢者のスネイルはそう証言したし、魔法使いのキャサリンもまたこのような証言をしている。
「酔ってはいたけど、酒の席でサノが“魔王をいつか倒したい”と言っていたのを覚えているわ。通訳を通してだけどね」
三ヵ月ほど前、猛威を振るい始めていたゴブリンロードを退治する為に女神人材派遣カンパニーを通して、遠く異世界の日本という国から召喚をされた勇者がサノだった。
その使命を果たすことに彼は成功したのだが、その後に王国が用意した休養の期間で彼は今回の犯行に及んだのだった。
犯行動機は不明だった。異世界の住人である彼に魔王に対する恨みがあるはずもなく、またいずれ日本に帰還する予定であるのだから魔王を殺す意味もない。
がしかし、この魔王殺害事件の裁判の時に、その動機らしきものが判明をした。
彼と共に冒険をしていたヒーラーのロザリオが
「彼は勘違いをしていたのではないかと思うのです」
と、そう述べたのだ。
――その裁判は特例中の特例で行われていた。異世界の住人である勇者サノには戸籍がなく、人権も認められていない。だから、彼には弁護人も付けられなかったし、その処罰に対する具体的な規定も存在しない。よって、王の権限の下、その裁判は超法規的に行われていたのである。
「……ほう。それはどういう事か?」
と、ロザリオの証言を聞いて王が尋ねた。
「はい。まず、ご存知かとは思いますが、勇者サノは、この世界の言葉を満足に理解する事ができません。ですから、このわたくしが通訳を務めていたのです」
ロザリオは赤髪の麗人で、その所作の美しさも伴って、その語りには誰もが魅了されていた。
「勇者サノの故郷の日本という国では、“勇者は魔王を退治する為に召喚されるもの”という考えが主に“小説家になろう”という場に投稿されている物語によって社会通念となっているらしいのです。だから彼もそのように考えてしまっていたようです」
憂いを帯びた口調で語られるその説明を聞いた者の多くは、勇者サノに同情をした。
この世界でも、ほんの数年前までは魔族の王である魔王は打倒すべき仇敵として憎まれていた。が、魔族側の勢力が衰えると、魔王は自らの地位と富の確保を条件に降服を申し出、それを人間側も受け入れたのだ。
それにより、戦争終結後も魔王は人間社会において権力を持った名士の一人となっていた。
ただし、人間もかつての魔王への恨みを忘れた訳ではなく、また魔族側にも魔王を裏切者と憎む者がいる。魔王の悪口を言う者は数多くいたのだ。恐らくはその所為で勇者サノは“魔王を倒すべき敵”として勘違いをし続けていたのではないかというのがロザリオの見解だった。
勇者は項垂れており、その姿はまるでロザリオの見解を裏付けているかのようだった。
「なるほど。それはなんとも不幸な話だ」
ロザリオの見解を聞き終えると、王はそのように発言をした。
「その話を聞く限り、今この場で勇者殿の処罰を決めるのはあまりに酷であると言わざるを得ない。
もう少し証拠を集めてから、もう一度裁決を行うべきかと思う」
そして、そのように宣言をする。
勇者へ同情する雰囲気が漂っていた点を考慮するのなら、その考えは自然であると思えるかもしれない。だがしかし、それを聞いた多くの者は疑問を覚えた。仮に魔王殺害が不幸な偶然故に起きた事故であったとしても、魔族が降服する為の条件を人間側は破ってしまっているのだ。魔族側を納得させる為には、勇者の死刑が妥当である。何故そのような判決を下さないのか。もっとも、聡い者は王の狙いに気が付いていたようだった。
勇者サノには、女神人材派遣カンパニーから召喚される際に、オプションとしてかなりのチート能力が付与されてある。ここで死刑を決定すれば、下手すれば暴れて甚大な被害を出してしまうだろう。だが、しばらく待てば、オプション契約の期間が過ぎてチート能力は無効になる。恐らく、そこまで待ってから王は勇者の死刑を決めるつもりでいるのだ。
実際、ロザリオが勇者に王の言葉を通訳すると、勇者は安堵の表情を浮かべた。法廷内の雰囲気も勇者に同情的で、彼女を信じ切ってもいるからだろう。どうやら自分は助かると思っているようだ。勇者はそれほど頭が切れる方ではないらしい。
やがて裁判官が閉廷を宣言しようとする。が、そのタイミングで異変が起こった。
『――その裁判、少々お待ちください』
法廷の真ん中に光の環が浮かぶ。そこには細かい文字が刻まれていた。どうやら光の魔法陣のようだ。
皆が注目する中、やがて虚空より、スマートな印象を受ける異世界の衣服に身を包んだ眼鏡をかけた女性が姿を現した。
勇者サノを召喚するに当り、日本という国を調査していた者は、それがOLと呼ばれる女性が身につけているスーツという衣服であることを知っていた。
やがて光が鎮まると、突如現れたその女性は法廷内の人々に向けて深く頭を下げた。
「急な降臨、申し訳ありません。私は女神人材派遣カンパニーの査察部に所属しております、スズタニという女神です」
王はその女神を名乗る女性の登場に驚いた様子を見せた。
「なんと、女神様ですか。まさかこの度の勇者殿の不祥事を知って、わざわざ足をお運びになられたのですか?」
それに女神は「その通りと言えば、その通りですね」と返す。
「ふむ」と言うと、王は続けた。
「それならば気にしていただく必要はありません。契約上、このような不祥事を勇者殿が起こしたとしてもなんら貴社を咎めたりはしないとなっていたはずです。全てはこちらに任せていただきたい」
だが、それを聞くなり女神スズタニは、きつい視線を王に向けた。
「ええ。確かに契約ではそのようになっていますわね。
ですが、それが故、女神人材派遣カンパニーは深くは関わって来ないだろうと高をくくり、悪事に勇者を利用する事案がこのところ増えていまして。少々、調査をさせていただきました」
その説明に王はわずかに表情を歪ませる。
「悪事とはまた、どうしてそのような事をする必要があるのです?」
そこで女神スズタニの眼鏡が光を強く反射させた。王の居場所からは彼女の瞳の色が見えなくなる。
「今回の被害者の魔王イグールですが、その地位を利用しての横暴が目立っていたようですね。しかも彼を憎む人間は多く、また隠し財産を含めてかなりの富を蓄えてもいる。しかも彼が死んだ後、その富は国が押さえ、やがては王族の物になると計画されているようですが。
召喚した勇者に魔王を殺させ、責任を取らせてしまえば、あなた達には得しかありませんね」
見ると、王の顔は青ざめていた。女神は追及を続ける。
「この勇者召喚には不可解な点がいくつもあります。
まず、今回呼ばれた勇者サノは決して高い能力を持っているとは言い難い人材です。特に知性は高くない。それだけ難易度の低いミッションなのかとも考えましたが、にも拘らず、あなた達は非常に高いチート能力をオプションで彼に付与しましたね? まるで魔王を倒す能力を彼に与えたがっていたように思えます」
「……異世界より来ていただいた勇者殿に万一何かがあってはいけないと考えまして」
そう王は弁明をする。彼は明らかに狼狽えていた。女神は鋭く返す。
「では、何故、翻訳能力は希望しなかったのですか?」
王は黙ってしまう。
「異世界からやって来た勇者とコミュニケーションを執るのに、翻訳能力は非常に役に立つでしょう。ですが、あなた達はそこにいるロザリオという女性に日本語を理解させ、唯一のコミュニケーション可能な相手とした。
異世界で心細い想いをしている勇者サノは、言葉が唯一通じる上に親切なヒーラーで、美人でもある彼女をすっかりと信頼し切ってしまったのではないですか?
だから容易に彼女の言葉を信じるようになっていた。その彼女から、“魔王を倒せば、多くの人が助かる”と教えられれば、彼が魔王を倒そうと考えるのもごく自然と言えるでしょう」
その女神の説明に王は何も返さなかった。ロザリオも何も言わない。勇者サノだけは今何が起こっているのか理解できないらしく、不思議そうな顔をしていた。
その勇者を憐れそうに見やりながら、女神スズタニは再び口を開いた。
「そこにいる勇者サノの故郷である日本では、普通の男性が異世界に招かれる際に、高いチート能力を与えられて活躍するという物語が普通にあるそうです。
ですから、恐らくは自分に高いチート能力が与えられた事を彼は特に怪しまなかったのでしょう。
実はそのような理由から、勇者を使った悪事に日本の若い男性が利用されるケースが多いのです」
そこでロザリオが口を開いた。
「なかなか面白いお話ですが、証拠はあるのですか? 色々と語ってはいますが、全てはあなたの想像ではありませんか?」
一見、自信あり気な様子だったが、よく見ると涙ぐんでいた。そんな彼女を見下すように女神は言う。
「あら? お忘れですか? 私は女神ですよ? 人間にチート能力を授ける事ができるのです」
そして彼女は指を鳴らした。
「勇者サノ…… いえ、佐野隆。あなたにこの国の言葉を理解する能力を与えました。答えてください、あなたはどうして魔王を殺害したのですか?」
その彼女の問いかけに、勇者サノは戸惑いながらこう答えた。
「ロザリオさんから、魔王が多くの人を苦しめているから殺してくれと言われて。僕はその為に呼ばれたって」
その勇者の言葉を聞いて、法廷内にどよめきが走った。その反応に勇者は何が起こっているのか分からず怯えているようだった。
「あの…… 誤解は解けたのでしょう? さっきロザリオさんが教えてくれました。僕はこれでもう日本へ帰れるって。早く帰してください! 早く帰って味噌汁や納豆が食べたいんだ。もう異世界なんて嫌です! 言葉も通じないし……」
勇者の言葉にロザリオは顔を青くした。王は愕然とした表情を浮かべている。が、ロザリオはまだ足掻いた。
「嘘ですわ! 口裏を合わせたのですわ! 容疑者の証言など信頼できるものですか!」
勇者サノはその彼女の言葉に目を丸くする。
「何を言っているの? ロザリオさん?」
酷く戸惑っているようだった。
女神スズタニは、軽くため息を漏らした。
「口裏を合わせる時間がどこにあったと言うのですか?」
ロザリオの訴えを意に介する様子はない。それから王を睨め付けると、女神は言った。
「この裁判は超法規的に行われているそうですが、弊社には通じません。もちろん、それなりの対応を執らせていただきます」
それから彼女は勇者サノの前にまで歩みを進めると、
「さて、佐野君。日本に戻りますよ。後の事は、女神人材派遣カンパニーに任せて。これに懲りたら、これからは甘い話に引っ掛からないように」
そう言って頭に手を乗せた。軽く撫でているように思えなくもない。やがて光を帯びると女神の姿も勇者の姿も消えていた。
王は女神と勇者が消えたその場所を血走った眼で見つめていた。その形相は、まるで王自身が魔王であるかのようだった。