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6.

 ◇◆◇◆◇


『おかあさま、きょうはこのご本をよんでくださいませ』


 小さなわたしがしっかりとした装丁の大きな本を抱えてお母様におねだりします。

 いつもわたしの就寝時間にはメイドではなくお母様が寝室まで送ってくださり、物語を一つ読んでくださるのがとても楽しみでした。


『あらあら。またこの本なの? ツェリはこのお話が大好きなのねぇ』

『はい! とってもすてきなんですもの!』


 わたしが差し出した本の表紙を見て、お母様がちょっぴり呆れたように笑います。それもそのはず、わたしはこの本を三日に一度くらいの頻度で選ぶのですから。

 【フランデール王国物語】。我が国フレメンティスタをモデルに、昔から伝承として残る聖獣に選ばれし騎士と麗しき王女の恋の物語。

 真っ赤に燃える炎の獅子と血の契約で繋がる青年騎士は、魔物の力を借りた他国からの侵攻の際に、誘拐されてしまった王女を救い出すため、国宝である滅魔の剣を携えて単身敵地に乗り込みます。

 三日三晩の死闘の末に敵国の王を討ち、魔物をを滅ぼした青年騎士は、枯れ茨の檻に閉じ込められた王女を救い出すのです。

 王女と共に自国に帰った青年騎士は王様にとても感謝され、褒美として勲章とたくさんの財宝を授与されました。

 それと王女との結婚を許されましたが、青年騎士はそれは受け入れられないと断りました。

 しくしくと泣き出す王女を気の毒に思った王様が青年騎士に理由を訊ねると、彼は悲し気に微笑みを浮かべ、自分が聖獣の騎士だからだと答えました。

 聖獣の騎士は家系で受け継がれているため、王女と結婚し子ができると、必ず聖獣の遣いとなる運命が伴います。そのことをいずれ悲しみ後悔する日が来るはずだ、と言いました。

 想い合いながらも結ばれなかった聖獣の騎士と王女。やがて何十年も時が経ち、年老いた騎士から聖獣は離れ、彼の甥が次の”聖獣の騎士”となると、元騎士の男は家名を捨て、最果ての修道院でひっそりと暮らす王女の元へと赴き、彼女の前で跪きました。


 ———命を懸けて貴女を守ると誓うので、この先の残り僅かな人生をどうか私と共に生きてほしい。


 差し出たシワと傷痕だらけの老いた手に、同じだけ齢をとったシワだらけの手が重なり、二人は長い長い年月を経て漸く結ばれたのでした。

 

 何度読んでもらっても飽きることのない物語が聞けると思うだけで、ワクワクが止まりません。

 寝る前だというのに元気いっぱいのわたしに、くすくすと笑いながらもお母様はベッドの脇の椅子に腰かけ、その嫋やかな指先でページを繰るのです。

 大好きなお母様の優しい声で語られる物語。いつしかわたしは夢の世界へと誘われていました。


 

 *



「…あ」


 ふと意識が浮上し、薄く目を開きました。

 クッションから顔を上げると、部屋の中は見慣れた自室ではありません。一瞬どこにいるのかわからなくなりましたが、すぐにソーンネルフに来たのだと思い出しました。

 横たわっていたのは大きな長椅子。体を起こすと柔らかなピンクの花柄のブランケットが肩から滑り落ちました。


「わたし、寝ちゃってたのね…」


 ここでの生活も三日目。特にこれと言ってすることはないのですが、やることが無いからこそ気疲れをしてしまい、そのせいでうたた寝をしていたみたいです。

 久々にゆっくりと読書ができたこともあり、なにかいい夢を見ていたような気がしますが……んん? どんな夢だったのか全然思い出せません。

 首を傾げながら辺りを見回せば、ピンクの可愛らしい室内は初更の薄闇のせいで、青紫色に染まっています。

 長椅子から立ち上がると同時にドアがノックされ、遠慮がちなライナの声が掛けられました。


「お嬢様、お目覚めでしょうか?」

「はい。起きてます」


 返事をすると部屋にライナが入ってきました。手には種火を持っています。


「ごめんなさい。わたし眠ってしまったんですね」


 慌てて謝りましたが、彼女は室内の明かりを点けながら、いいのですよと首を振りました。

 燭台に火が灯ると部屋は優しい色に照らされて明るくなりました。


「ご主人様が、まだ慣れない生活にお嬢様はお疲れでしょうから、そのまま休ませてやってほしいと仰ったので起こさずにおりました。ですがそろそろお腹が空いたのではないかと思いまして」


 そう言われた途端、わたしのお腹が空腹を思い出したらしく、きゅぅぅぅっと鳴りました。


「! ご、ごめんなさいっ」

「あらあら。これは早く食事にしなければなりませんね」


 ライナはわたしを嗤ったりすることなくそう告げると、急いでクローゼットへと向かい、中から淡いピンクのドレスを持って戻ってきました。


「晩餐は是非一緒にとご主人様が待っておいでですから、こちらにお着換えしましょう」

「え…っと、そのドレスは?」


 これまでに見たことのない真新しいドレスに驚いていると、ライナは今着ている部屋着を脱がせる手を止めずに説明してくれました。


「本日の午前中に届いたばかりなのです。こちらを含めた数着のドレスを、ご主人様の趣味でお作りいたしました。もうおわかりでしょうが、フリルとリボン過多の、淡い色調のドレスばかりです。お嬢様は可愛らしいお顔立ちなのでとても似合っておいでですが、好みもありますし、気に入らなければお好みにあったドレスを新しくお作りいたしますわ」

「ええっ! いえいえ、このドレスとっても素敵です! ですからこれ以上作る必要はありません!」


 ライナの恐ろしいセリフにわたしは血の気が引き、思いっきり首を横に振りました。

 お父様が生きてらした頃はそれなりにドレスも装飾品も持ってはいましたが、叔父様が引継ぎをされた時にお父様には僅かながら借財があることがわかり、わたしはお母様の遺品以外の装飾品やドレスの多くを手放しました。

 メイドとなってからは新しく服を作ることはありませんでしたし、給金など貰えませんでしたから、手元に残ったドレスを売ったり刺繍したハンカチを売ったりして、必要なものを揃えていました。

 とにかく贅沢とは縁遠い生活だったため、たとえソーンネルフ家にとって大した散財ではないとしても、すっかり染み付いた倹約の精神が受け入れられません。

 なぜか残念そうな様子ながらもわたしの言葉を聞き入れてくれたライナは、ならばアセル様がご用意くださったものの中で最高のコーディネートを目指しますと意気込んでいました。

 そんな感じで身支度をはじめて半刻、鏡に映るわたしはどこからどう見ても深層のご令嬢に仕上がり、わたしは漸くダイニングへと案内してもらえました。


 「アセル様、大変お待たせして申し訳ございません」


 先に席に着いていたアセル様に謝罪すると、彼は束の間ピタリと動きを止めてわたしを凝視しましたが、すぐに手にしていたグラスをテーブルに置いて立ち上がり、わたしの方へと近づいてきました。


「いや、いいんだ。俺もそれほど早く来たわけじゃないし、女性の支度は時間がかかるものだとチェルシーに散々叩き込まれ…げふんげふん、教えられたからな」

「チェルシー様、ですか?」


 初めて聞く名前に小首を傾げると、アセル様は酷く焦ったご様子で言い訳をし始めました。


「愛人とかじゃないぞ! チェルシーはライナの母親で、俺の乳母だったバーサンだからな!」

「?」


 どうしてそんなに必死に弁解しているのかわからずキョトンとアセル様を見つめると、彼は視線を泳がせた後にゴホンと咳払いをし、椅子を引いてわたしに座るよう勧めてくださいました。


「と、とにかく食事にしよう。その後でちょっと話したいことがあるから時間をくれないか?」

「はい。わかりました」

「ああ、頼む。それと、その…」


 了承したのになかなか自分の席に戻らないアセル様は、わたしを見つめ僅かに頬を染めました。


「どうかしましたか?」

「いや、そのドレス、とてもよく似合っている」

「っ!」

 

 ぼわっと火を噴いたように顔が熱くなったわたしは、両手で頬を押さえて俯きました。

 こちらにご厄介になってから三日。その間に何度もこんな風にアセル様には不意を突かれているというのに、まだまだわたしは慣れず、翻弄されっぱなしなのです。






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