プロローグ
不定期更新となります。
宜しければお付き合いください。
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気がつけば、わたしは白い雲が浮かぶ真っ青な空を見上げていました。
さわさわと風に揺れる草に耳元を擽られ、顔を横に向けると色とりどりの花々がわたしを囲んで咲いています。
(きれい…)
体を起こして周囲を見渡すとここは広い草原の中で、色鮮やかな花の絨毯がどこまでも果てしなく続き、可愛らしい蝶たちがダンスを踊っているようにひらひらと舞っています。
夢のような美しい景色に見惚れながら立ち上がると、今いる場所は小高い丘の上だということがわかりました。花畑の向こうには森があり、そのずっと向こうには連なった山も見えます。
「あっ…」
景色に釘付けになっていると、丘の下から花びらを散らして突風が駆け上がり、わたしの髪とドレスの裾を乱して空へと吹き抜けてゆきました。
驚きに思わず目を細めて顔を庇いましたが、微かな違和感を覚え、わたしは自分の手をじっと見つめました。
(ちいさい…?)
ぷくぷくとした柔らかな手は、わたしが記憶している手よりもかなり小さく、下を向いた時に顔の横にかかる栗色の髪もだいぶ短くなっています。
それに纏っているドレスもとうの昔に着られなくなった、膝丈の子供用のもの。
そう思った瞬間、ああこれは夢なのだと悟りました。
このところずっと辛いことと悲しいことばかりで心休まることがあまりありませんでしたから、きっと神様がわたしのために幸せな夢を見せてくださったのでしょう。
納得するとわたしは見た目同様に童心に戻り、花畑を駆け回りました。
お行儀悪く寝転がると、馨しい花の香と舞い上がる花びら。花の首飾りや冠を作って遊んでいると、遠くでわたしを呼ぶお父様の声が聞こえてきました。
もちろんその隣には、優しく微笑む大好きなお母様の姿も。
「おとうさま! おかあさま!」
わたしは首飾りと冠を抱いて両親の元へ走ります。
はやくお父様の腕の中に飛び込みたいのに、子供の足ではなかなかたどり着けず、しかも途中で足が縺れ転んでしまいました。
草がクッションの役目を果たし、痛みはありませんでした。いえ、夢だから痛みが無いのかもしれません。
ですが首飾りと冠がわたしの下敷きとなってボロボロになってしまい、悲しくて涙が滲んできました。
『ほら、泣くな』
そう言ってポロポロと涙を流すわたしをひょいっと抱き上げたのは、お父様ではない男の人でした。
彼はビックリして目を丸くしたわたしを腕に座らせると、一緒に拾い上げた花の首飾りをわたしの首に掛けました。
『ほら、落とし物だ』
「ちがうわ。これ、おかあさまにつくったくびかざりなの」
『じゃあ冠は父上にか?』
訊ねられたわたしは、逆光で影になった彼の顔を見上げながら、素直にこくんと頷きます。
「おとうさまとおかあさまの、けっこんきねんびのおくりものなの。だからわたしがくびかざりをしちゃだめなの」
本当はわたしも首飾りがしたかったけれど、冠と対になるように作ったそれは、やはりお母様のものだと思いました。
『ちっともダメじゃないぞ。姫さんが俺と結婚すれば、首飾りをしてもおかしくないだろう。で、俺は冠をつけられる』
「ホント? わたしをおよめさんにしてくれるの?」
彼の提案はとても魅力的で、わたしは目を輝かせて念を押しました。
『約束する。…いや、約束します。姫、私と結婚してください』
一度ガハハと笑った彼はわたしを下ろし、まるでお伽噺の王子様のように、片膝をついて求婚してくれました。
嬉しくなったわたしは彼から少し萎れてしまった花の冠を受け取ると、ちょっとボサボサの赤い髪の上に乗せたのです。
「はい! よろこんで」
そして嬉しい気持ちに任せ、勢いよく彼に抱きつきました。
以降、更新時間は19時で統一するつもりです。