外伝 論戦
登場人物
ソフィア・ベルクマン…両親を魔族に殺され孤児となったところをミラに見いだされ最後の内弟子として魔法を習う事になる、魔法に関しては天才的な才能を持ち、その才能を開花させる。
ミラ・スコット…世界を救った〈三英雄〉の一人、【深淵の魔女】の異名を取る大魔法使い、〈ミラ魔法学校〉の設立者にて総帥、何恁麼の弟子を育て優秀な魔法士を何人も輩出している。
イザベラ…ミラの内弟子の一人【ミラの七星】と呼ばれる高弟の中の長女、色白で金髪ロングの美人だが性格はきつく超の付く負けず嫌い、冷却魔法を得意としていて【氷雪の魔女】の異名を持つ。
エリザベート…ミラの内弟子の一人【ミラの七星】と呼ばれる高弟の中の次女、赤毛のくせ毛でつり目が特徴のエセ関西弁を使うチャキチャキ娘、電撃系の魔法を得意としており【雷撃姫】異名を持つ。
アニー…ミラの内弟子の一人【ミラの七星】と呼ばれる高弟の中の三女、南方の国出身で色黒の肌が特徴的な体躯会計系美少女、エセ博多弁を使うイケイケ娘、風系魔法を得意としており【南の風乙女】の異名を持つ。
ローズ…ミラの内弟子の一人【ミラの七星】と呼ばれる高弟の中の四女、黒髪ロングの和風美人、切れ長の目で冷たく微笑む笑顔が特徴でエセ京都弁を使ういけず女、暗黒魔法を得意としており【暗黒女神】の異名を持つ。
ヴィクトリア…ミラの内弟子の一人【ミラの七星】と呼ばれる高弟の中の五女、オレンジ色の短髪が特徴の元気娘、語尾に〈にゃ〉と付けるのが特徴的で火炎魔法を得意としており【爆炎天使】の異名を持つ。
アリス…ミラの内弟子の一人【ミラの七星】と呼ばれる高弟の中の六女、青みがっかった髪に青い目が特徴の美女、見た目は先祖にエルフがおりその影響だと言われている、ソフィアと同じ施設出身であり、ソフィアに唯一優しくしてくれる人物、神聖魔法を得意としており【慈愛聖母】の異名を持つ。
カトリーヌ…ミラの内弟子の一人【ミラの七星】と呼ばれる高弟の中の七女、金髪縦ロールで大きな目が特徴のロり娘、背はソフィアより10cm程低くいつもロり系ファッションを身に付けてる、水系魔法が得意で【水神天女】の異名を持つ。
魔法士という職業は圧倒的に女性比率が多く、A級レベルを超えた魔法士は
女性しかいないのが現状である、だからこの魔法学校には女性しかいない
ミラの引退に伴って全ての業務を請け負う事となった七星の姉妹達は
徹底的にソフィアを排除する方向へ動き出す、今までも陰湿で悪質な
嫌がらせをしてきたが中でも一番ひどいのはソフィアに
クラスインシグニア試験を受けさせない、つまり昇級試験を一切受けさせなかったのだ
ミラが引退する前から事務的な業務は全て七星が管理してきた
クラスインシグニア試験を受けるためには一定レベルの人間による
推薦状が必要なのだ、もちろんミラ魔法学校程の機関であれば
学校の捺印申請さえあればすぐにでも受けられる為、普通なら何の問題もないのだが
ソフィアの申請は全て却下された、そしてミラが引退し本格的に動き出したの
まず学校の規則を変えた、それは生徒のレベルに応じて教育と雑務を割り振るというものだ
一見普通の規則に見えるがこのミラ魔法学校にはB級以上の魔法士しかいない
つまり試験を受けていないソフィアだけがD級であり全生徒の中でも断トツの最下級なのだ
だから雑務は全てソフィアに押し付けられ魔導書も低レベルの物しか閲覧できない
もちろん魔法実験など以ての外であった、つまり魔法にかかわることを一切制限されたのである
これにはさすがのソフィアも参ってしまった、ミラの教えを受けるようになってから
毎日魔法漬けの生活だったソフィアにとって魔法から切り離される事は息をしていない
様なものである、七星によるそれほどの悪質な嫌がらせに対し唯一アリスだけが
いつも反対していたが、すべての決定事項は七星による多数決で帰結していた為
いつも6対1で否決されてしまっていた、しかも小うるさいアリスを遠ざける為
他国への遠征や交渉事、孤児院への慰問、他国の魔法士との交流技術会などの業務を
全てアリスに押し付けるという徹底ぶりであった、学校の生徒の中にはソフィアに
同情する者も少なからずいたが七星を敵にする勇気はなく皆、沈黙するしかなかった
そんなある日、アリスのいない会議の席で三女アニーがある提案をした。
「ねえイザベラ姉さま、そろそろあのソフィアの馬鹿ちんに
に引導を渡してやるってのはどかよ?」
その言葉にニヤリと笑みを浮かべるイザベラ。
「どうやってやるつもりだい?さすがに追い出したりしたら
先生の耳にも入りかねないし、あまり露骨なことはできないよ」
「だったら今度の魔術研究会にあのソフィアの馬鹿ちんを呼ぶのがよかよ」
アニーのその提案に対し露骨に不快感を表す次女エリザベート。
「はあ?なんであないな奴を魔術研究会に呼なあかんの、あいつ最近
まともな勉強もやってへんし、呼ぶ意味ないやんか‼」
アニーは邪悪な笑みを浮かべニヤリと笑った。
「だからじゃなかとね、私たちが得意な分野を議題にして徹底的に議論で
追い詰めてやるとよ、あいつ昔【天才魔法士】とか【先生の再来】とか言われて
ばり調子乗ってたばい、だから魔法議論で徹底的にヘコましてやればよかよ
さすがに自分から逃げ出すんじゃなかとね!?」
そこに四女ローズが口をはさむ。
「でもソフィアはんだって腐っても先生の教えを受けた生徒どす
そんなに上手くとは思えへんけど……」
そこに七女カトリーヌが立ち上がり声を上げた。
「だから私たちの得意分野で勝負するんじゃん!?てゆうか私達七星が六人がかりで
議論をする、あんな奴に負けるわけないじゃん、アイツのせいで
先生は体を壊して寝たきりに……そのくせにアイツは先生をたぶらかして
イヤリングまで……絶対に許さない、赤っ恥をかかせてやらないと
気が済まないのよ、わかるでしょ‼」
カトリーヌの言葉に七星のメンバーの目つきが変わり皆無言でうなづく。
「だったら冷却魔法を題材にすればいいんじゃないかにゃ!?
アイツ冷却魔法が苦手だって以前先生が言ってたのを覚えてるし
冷却魔法ならイザベラ姉さんのフィールドだにゃ
私達も苦手じゃないし絶対に勝てるにゃ‼」
嬉しそうにそう言い放ったのは五女ヴィクトリアである。
「冷却魔法か……いいじゃない、それでいきましょう、見てなさいソフィア今度こそ
アンタをコテンパンにして大恥をかかせてやるんだから……」
イザベラはそうつぶやき笑みを浮かべた、元々魔法というのは自然の摂理や精霊の助力
様々な元素や邪悪な思念、神の慈悲など複数の別要素を数々の式として組み合わせ
それを元に術式として構築し、それを呪文として心の中で詠唱し始めて魔法が発動する
それは複雑な数式を構築、解読することにも酷似していて理数学的な発想が求められる
高度で強力な魔法程、複雑で膨大な量の術式の構築,そして凄まじいまでの演算能力を
必要とされるため、ある一定以上のレベルの魔法士は非常に頭が良い、つまり馬鹿では
出来ないのが魔法士という職業であり、それこそ七星クラスの者達になると
その頭脳は【天才科学者軍団】といっても差し支えない程の頭脳派集団なのである
だからこそ自分達が魔法議論で後れを取るなんてことは微塵も考えていなかった
しかしイザベラを始め七星のメンバー達は知らなかったのだ、ソフィアという少女が
どれほど恐るべき頭脳を持っているかという事を、ミラがほれ込んだその才能が
ただの天才という枠に収まり切れない怪物級の天才だという事に気づく事となる
この日も大量の雑用を押し付けられ早朝から働き詰めだったソフィアは天井を見上げ
大きくため息をついていた。
「ふう、この片付けが終わったら次は庭の草むしりか……何で私ばっかり
こんなことしなくちゃいけないのよ、いっそ魔法でサッとやっちゃったら
……でもそれがバレたら怒られるだけじゃすまないだろうし……」
そんな事を思いながら再びため息をつくソフィア
すると背後からソフィアを呼ぶ声がした
「ソフィア、ちょっと来なさいよ‼」
その声に振り向くと呼んでいたのは七女カトリーヌであった
気が進まないながらも呼び出しに応じると、カトリーヌの顔を覗き込むように
顔色をうかがいながら問いかける。
「はい、何ですかカトリーヌ姉さん?」
その言葉にカトリーヌの眉がピクリと動く。
「あんたに姉さんと呼ばれる筋合いは……まあいいわ、ちょっと付いてきなさい」
ソフィアは言われるままカトリーヌに付いていく。
『またどんな無理難題を押し付けるつもり?……どうしてこの人達は
いつも私にこんな意地悪するのよ!?もういっその事この人達と一戦交えて……
いやここで私が七星の人達ともめたら先生が……』
心に不安を抱えながら付いていくとそこは学校内にある会議場であった。
ここでは年に二度、世界魔法学会も開催される大きな会場である
五千を越える観客も収容できるほどの立派な設備であり魔法学の最高峰
と呼ぶにふさわしい施設である、会場に入り周りを見渡すと会場の観客席には
全生徒が席に付いており、アリスを除く七星のメンバーは既に
会場の中心に据えてあるテーブルに座っていた。
「そこに座りなさいソフィア」
イザベラが冷徹な口調でそう言うとソフィアは周りをキョロキョロ見渡しながら
落ち着かない素振りで席に着く、ソフィアの席の周りには七星メンバーが
囲むようにテーブル配置がされておりまるでソフィアの弾劾裁判を
執り行う様な雰囲気であった、物々しい雰囲気の中で
〈いったい何が始まるんだろう?〉と不安げな表情を浮かべた。
その時イザベラが席を立ち会場の全生徒に向かって大きく宣言する
「では今からミラ魔法学校月例の魔術研究会を開催します、尚今回は
多数生徒からの要望が多くありましたので、公開会議の討論会形式の
会とといたします、意義のある討論会にしたいと思ってますので
各生徒しっかり聞いて今後の魔法知識向上になんぼか役立ててください
では早速始めましょうか」
イザベラの言葉に会場は大きく盛り上がった、この毎月おこなっている魔術研究会は
一部のエリート達、つまり七星だけで行われていた研究会であり
毎月決められた議題に沿って各メンバーが自分の研究と考えを発表し
議論を重ねるというものである
非常に高度な理論と知識を要するため今までは七星メンバーのみで
おこなわれていたのだが
生徒内では〈一体どんな内容の話をしているんだろう?〉と非常に関心が高かった
だがイザベラの言った〈多数生徒からの要望もあり〉というのは嘘であり
単に〈全生徒の前でソフィアに恥をかかせてやろう〉という思惑があって今回初の
公開討論会となったのだ、イザベラが座ると入れ替わるように次女エリザベートが
立ち上がり今回の魔術研究会の課題を発表した。
「今回の議題は【多様な環境下においての冷却魔法の有用性とその効果】についてです
今回急な職務の為アリスは欠席しとりますが、その代理として
ソフィアに出席してもろうてます、それではちゃっちゃとはじめましょか
参加者メンバーは各自の研究内容を発表してください
ではまずソフィアから」
研究会の開始早々いきなりソフィアが指名される、もちろん事前に聞かされていた訳もなく
全く初耳の話である、突然指名を受けたソフィアは下を向いて小刻みに震えていた
それを見て思わずほくそ笑む七星のメンバー達。
『ふふふふふ いい気味よ、せいぜい的外れの事を言って大恥をさらすがいいわ……
少しでもおかしなことを言ったらそこを追及して徹底的にへこましてやるんだから‼』
今回のことを計画したカトリーヌは笑いを堪えるのに必死だった
しかし七星のメンバー達は大きな勘違いをしていた、ソフィアは緊張や恐怖で
震えていたのではない、嬉しくて震えていたのだ、ソフィアは
七星メンバー達の嫌がらせによりここ最近はまともに魔法に向き合うことも
出来なかったからである、毎日押し付けられた雑用に追われる生活を余儀なくされており
フラストレーションが溜まりに溜まっていた、早い話が魔法に飢えていたのである
それが七星という高レベルの魔法士達相手に魔法の話ができるのである
ソフィアにとってこれ以上のご褒美はなかった、そして勢いよく席から立ち上がると
出された議題について自分の考えを述べる、ちろん他の七星メンバーとは違い
事前に論文としてまとめてきた訳ではなくすべて頭の中だけで内容を整理し
説明し始めた、しかしその内容は七星メンバーをして驚愕する話であった
それは様々な環境下においてどういった冷却魔法が有用なのか?
という議題に沿って 熱帯地域、寒冷地域、砂漠地域、草原地域……といった
様々な環境下での冷却魔法の正しい選択とその攻撃手段、その場合の敵の種類に対しての
攻撃方法と攻略法、相手の数に応じた戦略と戦術、そして気温、湿度、風向き、気圧
天気、方角、精霊密度、元素濃度……などを考慮した冷却魔法の調整法など
一気にまくしたてるように説明するソフィア、あまりの予想外の展開に
七星のメンバー達は口を大きく開け呆然としながらソフィアを見つめていた
しかも当のソフィアは嬉しくて仕方がないといった表情で目をキラキラと輝かせていたのだ。
『何なの、一体何なのよこの子は!?』
イザベラが歯ぎしりしながらソフィアを睨みつけた、冷却魔法は彼女の得意魔法である
イザベラは【氷雪の魔女】という異名がある程、彼女は冷却魔法に特化しており
冷却魔法だけなら師であるミラとも互角の威力と知識を持っていると
絶対の自信を持っていたのだが、それを根底から覆す者が目の前に現れたのだ
それは明らかに即興で発表している研究にもかかわらず
その内容はイザベラから見てもどれも完璧だった
それどころかイザベラですら知らなかったことまでいくつもあり
口惜しさと腹立たしさで気が狂いそうだった、その時ふと師の言葉が頭に浮かぶ
〈この子はひょっとしたら私より凄い魔法士になるかもしれないんだよ!?〉
その言葉を振り払うかのように激しく首を振るイザベラ。
『先生より上の魔法士なんているわけない、そんなの認めない、絶対に‼』
イザベラは進行役のエリザベートに視線を向け目配せする
〈このままではソフィアの独演会で終わってしまう、もう止めろ〉と合図を送ったのである
エリザベートは軽くうなづくとおもむろに席を立ち、説明途中のソフィアを止めた。
「はいそこで終わりや、そこまで一人でしゃべくると後に控える
参加メンバーの発表時間が無くなってしまうよってここらで
打ち切らせていただきます、ええな?」
気分よく話していた途中に話を遮られ、まだ喋り足りないとばかりに
少し不満気なソフィア、そしてエリザベートが話を続けた。
「ではこっから発表者に対する質疑応答に入ろうと思います
今の発表に質問がある方はどんな質問でもええし
誰でもかまへんから挙手をしてください」
それに対し真っ先に手を上げたのはカトリーヌだった
以前から用意していた意地の悪い質問をぶつけたのだが
それを嬉しそうに答えるソフィア、難解な質問は逆にソフィアを
喜ばせる結果となってしまったのだ、七星のメンバー達は次々と
意地の悪い質問を繰り出すがそれを完璧な説明で回答するソフィア
それどころか色々な補足まで入れ細かく説明し始めたのだ
正に水を得た魚のごとく嬉々として話す姿に思わず気圧される七星達
一の質問に十で返すその姿に会場の生徒たちも徐々にソフィアの凄さに気づき始める
その空気を感じたのかソフィアに質問すると逆にソフィアの株を上げてしまう事に
気づいた七星達は急遽質問することを止めた、今回の公開討論会をさっさと切り上げて
しまおうと作戦変更したのだが、もう時すでに遅かった、打ち切るような形で
ソフィアの発表が終わり他の者の研究発表が始まるとそれをワクワクしながら
聞くソフィア、そして他のメンバーが研究内容を発表し終わり質疑応答の時間になると
真っ先に挙手をしたのは勿論ソフィアである、全生徒が見ている前なので
無視するわけにもいかずエリザベートがソフィアの質問を受けるよう取り計らうと
今発表した内容の質問とそれに対する矛盾点の指摘、最後は研究内容の改善案まで話し始めたのだ
しかも完璧に理論立てて話してくるので言われた方もぐうの音も出ない
それを七星全員にしているのである、ソフィアに恥をかかせようと
全校生徒を入れて公開討論会にしたことが完全に裏目に出てしまったのである
七星メンバー達をたった一人で次々と論破していくソフィアの姿に
会場の生徒たちもざわつき始めた。
「ねえさっきから七星の人達が論破されていない?」
「てゆうかあのソフィアって子凄いじゃない!?」
「そういえば前に【天才】とか【先生の再来】とか言われてたよね?
もしかしたら本当に……」
会場の空気がどことなく異様なムードに包まれる、一般生徒からしてみれば
【ミラの七星】はエリート中のエリートであり雲の上の存在なのである
そんなエリート達を不当な扱いを受け虐められていたソフィアが
次々と論破しているのである、その痛快な光景に酔いしれていく観客達
こうなると会場のムードは一気にソフィアの後押しに変わる
元々ソフィアへの嫌がらせを良く思っていなかった生徒も多かったこともあったのだが
皆七星が怖くて口出しできなかった、そんな鬱憤も含め、全生徒が
〈ソフィア頑張れ‼〉という空気を醸し出す、そしてついに
次女エリザベートの研究内容がソフィアによって完璧に論破され
残すはイザベラ一人となった、こうなると生徒達には躊躇もためらいもなかった
皆大声でソフィアに声援を送る、そんな異様な雰囲気に七星達は恐怖すら感じていた
「何なん……いったいどうなっているんどす!?」
「なんで私達が悪者扱いになってるのにゃ!?」
そんな中で七女カトリーヌはイザベラをジッと見つめていた。
『イザベラ姉さんは負けない【氷雪の魔女】の二つ名は伊達じゃない
お願い勝って!!』
会場全部を敵に回す中で祈るようにイザベラを見つめるカトリーヌ。
こうしてイザベラの研究発表が始まった、するとその内容に対し会場から徐々に
落胆と不満の声が上がる、中には〈卑怯よ‼〉というブーイングに近い声すら聞こえた
その理由はイザベラの発表内容にあった、それは【冷却魔法〈永久凍結陣〉について】
という内容だったからだ、このA級国家指定魔法は何を隠そうイザベラ自身が発見開発した
唯一のA級国家指定魔法なのである、もちろん戦場で何度も使用した経験もあり
当然この魔法について一番知っている者なのである、そして国家指定魔法という事は
国の魔法審議官が【この魔法はこれで完璧です】とお墨付きを与えたようなものだからだ
常識で考えればこの内容に関してはミラですら論破するのは不可能と思えたからである。
自分に対するブーイングも徐々に多くなる中で黙々としゃべり続けるイザベラ。
『言いたい奴は何とでも言いなさい、私は負けるわけにはいかないの
絶対に負けられないのよ‼』
大衆心理とは恐ろしいもので普段七星の者達に面と向かって歯向かえる者など皆無である
しかし会場のざわつきとイザベラに対してのブーイングは大きくなる一方だった
見かねたエリザベートが皆に止めるように注意しようと立ち上がろうとした時
イザベラが視線で〈そんな必要ない‼〉と静止する、ただでさえ会場は
七星が悪役というムードが蔓延しているのである、ここで下手に止めたら余計に
勢いづく可能性もあると懸念したのだ、そんなイザベラの姿に思わず
涙ぐむカトリーヌ、他の七星メンバーも心配そうにイザベラを見つめる
元々今回の議題に対してイザベラの発表内容はやや論点がずれている
それも生徒達の感情を逆なでしているのだが、そんな事を気にしている余裕すらなかった
なりふり構わず勝ちにいく七星の長女、そんな四面楚歌のムードの中でようやくイザベラの
発表が終わる、あれほど騒がしかった会場が一気に静まりすべての視線がソフィアに
集まる、進行役のエリザベートがゴクリと息を飲み立ち上がった。
「では今の発表を聞いて何や質問のある方はおりますか?」
その次の瞬間一本の手が天に向かってまっすぐ伸びた、もちろんソフィアである
会場は爆発したかのように大歓声が上がった、七星のメンバー達は信じられないといった
表情でソフィアを見つめる、あまりに凄まじい歓声にエリザベートが皆を静止する
「騒いだらあかん、静かにしてください、これでは討論がでけへん
皆さん静粛にしてくれへんか!?」
そんな大歓声の中見つめ合うイザベラとソフィア、しかし両者の態度は対照的だった
怒りと憎悪が混じりあった様な凄まじい敵意を向けるイザベラに対し
ソフィアは早く議論がしたくて堪らない、ソフィアにはもうすでに勝ち負けとか
今までの仕打ちに対する思いは吹き飛んでいた、とにかくこれほどまで高度な魔法議論が
出来る事が嬉しくて楽しくてしょうがないのである、目をギラつかせ質問開始の
合図が出るのを今か今かと待っていた、カトリーヌがその目を見たとき
ハッと気が付いてしまったのだ。
『あの目は……魔法狂い、魔法馬鹿、魔法オタクのあの目……
あれはまぎれもなく先生と同じ!?』
しばらくすると会場のざわつきが治まり始め討論が始まった
ソフィアにとって雰囲気はホーム、議題はアウェイといったものだったが
そんなことは関係ないとばかりに次々と質問を投げかけた
さすがにイザベラも冷静に対応し完璧に回答する、普通で考えれば
ソフィアに勝ち目など皆無なのだ、そんなときソフィアが
とんでもない事を提案したのである、それは
〈この【永久凍結陣】の術式には無駄がありもっと効率よく術式を組めば
もっと少ない魔力で更に大きな効果を得ることができる〉というものだった。
今まで冷静さを装っていたイザベラもこれには顔色が変わった
顔が紅潮し怒りでワナワナと震え出した。
「私の【永久凍結陣】の術式に無駄があるですって!?ふざけるな‼
そんなわけないでしょ、私がこの魔法の術式の構成にどれほど時間をかけ
試行錯誤しながら完成させたと思っているのよ‼本当にそんな無駄があると
いうのならば今ここで証明してみなさい、やれるものならね‼」
イザベラは怒りの態度を隠そうともせずソフィアに言い放つと、右手で机の上にある
マジックアイテムに手を伸ばす、するとイザベラの頭上に膨大な量の文字が浮かび上がった
頭上に羅列しているその無数の文字たちはまるで空中にスライド投影された
論文の様でもあった、ここミラ魔法学校は毎年【世界魔術学会】が開催される会場でもある
その際に色々な者が自分の研究を発表する場所でもある、それ故に観客にも
説明がしやすいようにこのようなシステムが設置されているのである
挑みかかるような鋭い視線を向け敵意をむき出しにするイザベラ
それもそのはずでこの魔法を構築し国家魔法認定機関にA級国家指定魔法として
認められるまで1年半もの歳月を費やしていた、この世界に魔法という概念ができてから
300年が過ぎていたが、そんな中でA級国家指定魔法はわずか53個しかない
つまり国家魔法認定機関にA級国家指定魔法として認められることは
非常に稀でありとてつもなく困難な事なのだ、それ故に認められれば
大変な名誉であり大きな名声を得ることができる、何せ歴史に名を刻む事ができるのだ
七星メンバーの中でもA級国家指定魔法に認定された事があるのは
イザベラとアリスの二人しかいない、つまりイザベラにとって
この魔法への思いは特別であり、これを否定されるのは自分自身を否定されると同義なのである。
『この【永久凍結陣】は私が全身全霊をかけて構築した魔法よ
一年半もの歳月をかけ何度も何度も失敗しながらようやくたどり着いた
正に血と汗と涙の結晶といっても過言じゃないくらい
この魔法には私の全てを注ぎ込んだ、さっき少し説明を聞いただけの貴方に
何がわかるっていうのよ‼』
頭上に浮かぶ無数の文字を背に〈やれるものならやってみろ‼〉
とソフィアに挑戦状を叩きつけたイザベラ、周りで見守っている観客も
イザベラの頭上に展開されているその複雑で難解な術式構成を見ても
ほとんど理解できない、七星のメンバーですらその術式構成を見せられても
内容の一部が理解できず完全な把握はできていなかった
そんな中で挑戦状をたたきつけられたソフィアは嬉しそうに笑うと
壇上のイザベラに近づいていく。
「では私の考えた術式構成を見ていただきます、よろしいですね!?」
そう言ってイザベラの机の上に置いてあった短いペンのような棒を手に取った
それはミニチュアサイズの魔法の杖のような形をしておりソフィアがそれを上にかざし
手を動かし始めた、するとイザベラの頭上に浮かび上がっていた膨大な文字の上から
赤い文字で上書きし始めたのである、凄まじい速度で赤い文字を上書きしていくソフィア
呆気にとられ声も出ない観客と七星メンバー、イザベラも内心焦る気持ちを必死に抑える。
『できっこない、この魔法は国家魔法認定機関が認めミラ先生も
太鼓判を押してくれた私の全てを注ぎ込んだ魔法よ、欠陥なんかない
改善なんてできるわけない、できる訳ないのよ‼』
すがるような気持ちでソフィアを睨みつけるイザベラ、しかし当のソフィアは
嬉々とした表情で術式構成を書き加えていく、するとそんな彼女を見ていた
四女ローズが隣の五女ヴィクトリアに声をかけた。
「ねえヴィクトリアはん、ソフィアのあの表情ってどこかで
見た事ありしまへんか?」
「あんたも気が付いたにゃ?あの狂気にも似た表情は間違いにゃく
【マジックハイ】そう、先生が時々見せるモノと同じだにゃ・・・」
マジックハイとは魔法を使用することによって極度の興奮状態に陥り
ドーパミンやエンドルフィンといった脳内麻薬を分泌することによって
一種のトランス状態になる事である。
「でもヴィクトリアはん、今ソフィアはんは術式構成を書いているだけどすえ?
先生だって魔法を使っていない時に【マジックハイ】になる事なんか
あれしませんえ……どないなってますのん?」
ローズとヴィクトリアがそんなことを話しているとき、イザベラはふと昔の事を思い出した
それはイザベラがミラの内弟子として魔法を習い始めたばかりの頃
ミラに対してある疑問を投げかけたのだ。
「ねえ先生、どうしたら先生みたいな凄い魔法士になれるんですか?」
それは素朴で率直な疑問であった、それを聞いたミラはにこりと笑い、逆に質問してきた。
「イザベラはどうやったら凄い魔法使いになれると思うんだい?」
質問を質問で返されると思っていなかったイザベラは少し戸惑ったが
少し考えた後、ミラの目を見つめ答えた。
「魔法には膨大な知識とそれを応用できる柔軟な発想が必要ですから
勉学による毎日の知識の蓄積、そして自分自身の魔力量を増やすこと……
でしょうか?ですから日々の勉強と心身ともに鍛える鍛錬
要するに努力すること……なのではないでしょうか?」
真面目に答えるイザベラに優しく微笑むミラ。
「いい答えだ、でも80点だね、魔法士として高みに上がれるコツ
それは魔法を好きになる事さ、魔法が好きで好きでたまらなくなったら
自然と力も上がる」
そんなミラの答えに少しがっかりしたイザベラ、そんな在り来たりの答えを
聞きたかった訳ではなかった、もっと技術的で専門的なことを期待していただけに
落胆の色を隠せなかった、そんなイザベラの様子を見て師であるミラは軽くため息をついた。
「アンタにはわからなかったかいイザベラ、でも覚えておきなさい
誰より魔法を好きになる事、これ以上の上達のコツはないんだよ」
その時のイザベラには理解できなかった、しかし今目の前にいるソフィアの顔をみて
ミラの言葉がフラッシュバックしてきたのだ。
『先生が言いたかったのはこの事なのか!?先生を超える魔法馬鹿……』
呆気に取られながらソフィアの姿を見つめているイザベラ
そんな時〈バン〉という大きな音と共に、目の前のテーブルを叩いて
勢いよく立ち上がった者がいた、三女のアニーである
一心不乱に構築式を書き換えているソフィアを指さすと
糾弾するかのように叫んだ。
「アンタ馬鹿じゃなかと!?今は冷却魔法の術式構成をやっとうとはず
それなのにどげんして構築式の中に【雷の精霊】が混ざっとると!?」
イザベラがアニーの指摘する箇所を改めて確認する、すると確かに
雷の精霊を示す記号が組み込まれていたのだ、しかしそんな指摘にも
全く無反応なソフィア、まるで何も聞こえていないかのように構築式を
書く手を止める様子はなかった。
「コラ、聞こえとうと、なんばしよっと!?無視しやんな!?」
改めて発したアニーの声にもガン無視を決め込み凄まじい勢いで
書き続けるソフィア、その時〈あっ〉と声を上げた者がもう一人出た
次女のエリザベートである。
「まさかこれは……せや【超伝導】利用した【ペルティエ効果】を
狙っているちゅうことなんか!?」
今迄アニーの言葉にも全く無反応だったソフィアであったがエリザベートの言葉に
思わず手が止まった、そしてゆっくり振り向きニヤリと笑った。
「さすがはエリザベート姉さん、よくご存じで【雷撃姫】の二つ名は伊達じゃないですね」
目を細め嬉しそうに微笑むソフィア、皆の視線がエリザベートに集まる
ソフィアの言う通りエリザベートは【雷撃姫】の異名を持つ程
電撃系の魔法を得意としておりいわば電撃系のエキスパートである
思わずローズとヴィクトリアが問いかけた。
「その【超電導】とか【ぺルチェ効果】って何ですのん?
わかる様に教えてくれはりまへんか、エリザベート姉さま」
「全然意味が分からないにゃ、あいつが何をやろうとしているのか
説明してほしいにゃ‼」
二人だけでなくアニーやカトリーヌ、そしてイザベラもエリザベートの説明に耳を傾ける
「その……【超電導】言うんはある種の物体を冷却してその物体が
一定温度を超えると電気抵抗が限りなくゼロに近くなるちゅうもんやねん
それを利用し精霊の力も借りてある種の物質に大量の電気を流すんや
すると【ペルティエ効果】により熱の移動が起こるんや……」
その話を唖然としながら聞いている七星のメンバー達。
「熱の移動?どげんな理由と!?」
「でも結局は冷却魔法に電撃系の魔法を重ね掛けしている訳でしょ?
普通魔力の消費効率は悪くなるんじゃないの!?」
その問いかけに首を振るエリザベート。
「皆も知っての通り冷却系魔法ちゅうんは通常の魔法よりごっつ魔力を消耗する
それは原子の運動を加速させるより減速させることの方が困難やから
エネルギーを余計に消耗してしまうんや、そないだからこそこそイザベラ姉さんは
徹底的に魔力の消費効率を考え、ほんま少ない魔力でより効率よく冷却できるよう式を組んだ
しかしソフィアの発想はちゃうんや、元々ある大地や空気の熱を吸熱し
魔法効果範囲外に放熱する事によって冷却効率を引き上げるという考え方やねん
元々冷却系と電撃系の魔法はめっちゃ相性がええしな」
その説明を呆然と聞く七星のメンバー達
ソフィアは既に構築式を書き終えドヤ顔で待ち構えている。
「さあどうですか?私の計算ですと魔力消費効率が8.7%、攻撃力が12.1%上昇するはずです
それに伴い、この魔法の発動時間の短縮、効果範囲の拡大
次の魔法を唱える為に要するリキャストタイムの削減
そして構築式に電撃系の魔法を取り入れたことによる電撃系に
耐性のない相手へのプラスαのダメージが見込めます
どうですこれは以前の【永久凍結陣】に比べ
完全な上位互換といえると思いますが!?」
目をギラギラと輝かせどうだと言わんばかりのソフィア
しかし彼女の本当の狙いは七星達の反論なのである
これほど高度な魔法を題材に高レベルの相手と魔法議論がしたいのだ
今のソフィアは正に水を得た魚である、やや挑発的な態度も
反論が欲しいが為の演出だった、しかし七星達の反応は鈍かった
本来であればソフィアの展開した公式を速やかに演算しその矛盾点や見落とし
計算違いを指摘しなければいけないのだが何せ議題が高度すぎて
演算自体が困難であり解析できないでいた、その原因は冷却魔法の術式構築に
電撃系魔法を組み込んだせいである、いくら相性がいい魔法同士とはいえ
異なる性質の魔法は互いの精霊同士が相互干渉を起こし魔法の効果を下げたり
思わぬイレギュラー現象が起きたりすることがままある
その為演算や魔法効果の検証の難易度が格段に跳ね上がるのだ
本来であればこれは【国家魔法認定機関】が何日もかけて検証するような議題である
しかし七星達にしてみればそんな事は口が裂けても言えなかった
なにせソフィアは明らかにこの場で即興で作った魔法術式だからである
先輩であり【ミラの七星】と呼ばれたプライドにかけて〈検証できません〉
なんて言えるはずも無かった、そんな思いを胸に必死で検証を始める七星達
だが冷却系のエキスパートであるイザベラと電撃系のエキスパートであるエリザベートだけが
何とかギリギリ付いていけていたが他の4人は既に諦め二人の方をジッと見つめていた
しかしイザベラはソフィアの書いた冷却魔法の術式構成を見てもう半ばあきらめていた
それはもともと冷却魔法部分においてはイザベラの術式がベースとなっておりそこまでの
大幅な変更は成されていなかったせいもある、問題は新たに加えられた電撃系の術式だった
つまり頼みの綱はエリザベートなのだ、イザベラを始め5人がエリザベートに注目する
カトリーヌなどは祈るようなポーズでエリザベートを見つめていた、そんな期待を背負い
エリザベートは何度も何度も演算を繰り返し魔法効果検証を確認する。
『どこかに穴があるはずや、これ程難解な術式構築をこないな短時間で
完璧にできるはずあれへん、もしそんなんができるなら
私達の今迄の努力はなんやったんやとなってまうやないか……
見つけるんや、これををぶっつけでやって、しかもノーミスで
組み上げるなんて絶対ありえへんわ、そんなん出来る奴は人間やない
探すんや、必ずミスがあるはずや、はよ探して……』
自分の為に必死の形相で頭を回転させているエリザベートと
それを祈るような視線で見つめる七星の妹達の姿を見て
イザベラは胸が詰まる思いになり、そんな妹達を愛おしく感じた。
今まで七星同士はどちらかといえば仲が悪くこれほどまでに団結したことがなかった
こんな事態になって初めて思いを一つにできた事は何とも皮肉な話である。
そしてイザベラはまた昔の事を思い出していた、それはこの魔法が認められ
正式にA級国家指定魔法に認定されると決まった時の事である
人を滅多に褒めないミラがこの時ばかりは手放しで喜んでくれて
イザベラを褒めてくれたのだ。
「アンタがA級国家指定魔法をねぇ、大したもんだよ
やっぱり私の目に狂いはなかった
よくやったイザベラ、よく頑張ったね……」
イザベラは今までの人生でこの瞬間が一番幸福だった、ミラに認められ褒められる
これを目標に頑張ってきたからだ、世間から【天才魔法士】や
【ミラの後継者】と呼ばれたのはイザベラが最初だった【氷雪の魔女】という
二つ名まで付き自分自身でも自分の才能を疑わなかった
今この瞬間までは……しかし目の前に立ちはだかった圧倒的な才能を前に
全ての自信と尊厳が音を立てて崩れていく、そして七度目の再演算と
再検証を終えたエリザベートが八度目の再演算と再検証に入ることはなかった。
「あかん……完璧や……」
他の七星達が見守る中ガクリと頭をうなだれゆっくりと首を横に振った
この瞬間全ての決着がついた。
会場は割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こりスタンディングオベーションで
全生徒がソフィアをたたえた。
「凄いじゃないあの子、七星のメンバーに一人で勝ちゃったわよ!?」
「信じられない、イザベラ様が作った魔法を題材にしても勝つなんて!?」
「もしかして私達歴史的瞬間ってやつに立ち会ったんじゃない!?」
鳴り止まない賞賛の嵐にソフィアは戸惑う、ソフィアにとっては勝ち負けなど
どうでもよかったからだ、七星のメンバー達はそんな大歓声の中
研究会の閉会を告げることもなく、ひっそりと引き上げていった