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 外伝 天才剣士

登場人物


リナ・オースティン…【剣聖】ベルトラン・オースティンの娘であり、若干十四歳で〈龍眼上陰流〉の免許皆伝を取った天才女剣士、小柄ながらグラマラスなスタイルとアイドルばりの可愛い顔立ちをしている、しかしオシャレや流行などには無頓着で男性に囲まれた生活をしていても無防備なところがありいつも父であるベルトランをやきもきさせている。


ベルトラン・オースティン…〈龍眼上陰流〉三代目頭首であり、世界を救った【三英雄】の一人で【剣聖】の異名をもつ、若い頃はかなりやんちゃだったが家族を持ち愛する妻を失ってからはすっかり落ち着いて頭首にふさわしい人格者として認められる。


マンセル…〈龍眼上陰流〉の剣士で免許皆伝の腕を持つ〈次期党首候補〉の一人、190cmを超す

長身を生かした技を得意とする。


がベル…〈龍眼上陰流〉の剣士で免許皆伝の腕を持つ〈次期党首候補〉の一人、背は低くその容姿は非常に醜い、子供の頃からその容姿がコンプレックスとなっていて、世間を見返したくて剣を学んでいる、ずっとリナにあこがれていた。


ヘンリー〈龍眼上陰流〉の剣士で免許皆伝の腕を持つ〈次期党首候補〉の一人、弟子の中ではリナの兄であるレオンに次ぐ実力者と言われている、だが性格は残忍で傲慢、自分に歯向かう者には情け容赦なくつぶしにかかる。

リナ・オースティンは世界を救った三英雄の一人、【剣聖】ベルドランの娘である。


ベルトランの祖父であるロベルト・オースティンが自分自身で各流派を渡り歩き


その各流派の長所を抽出し、取り入れ編み出したいわゆるハイブリッド剣術が


龍眼上陰流りゅうがんかみかげりゅう〉という剣法である


伝説の暗黒龍を倒したといわれるロベルトはその功績で自らの流派を


立ち上げる事を王国公認という形でに許された、しかしこの泥臭いほどに


実戦を想定した剣術は当初誰にも認められなかったのである


歴史も浅く理念や思想も特になく、〈ただ相手を倒せば良い〉という


技の内容や各流派のいいとこ取りをして出来たという経緯も〈下品だ〉と


蔑まれると共に異端扱いされることが多く、中々日の目を見ることはなかった


だが三代目であるベルドランの時に転機が訪れる、それは言うまでもなく


【魔王討伐】である、その実績が世間の評価を一変させた


コンバットプルーフ【戦闘証明済】と言う意味である、どれほど


歴史が長くとも、どれほど崇高な理念で作られた剣法だろうと


強くなくては意味がない、それをこれ以上ない形でその身を持って


証明したのが【魔王討伐】という訳である、人々は強き者に憧れ


その高みを目指す、当初は門下生など六人にも満たない弱小流派だった


龍眼上陰流りゅうがんかみかげりゅう〉だったが魔王討伐後には


入門希望者が殺到し遂に千人を超えた、これ以上増え続けると


完全なキャパオーバーになってしまうと判断したベルトランは


仕方がなく入門試験を導入する、各地区から世界最高の剣術を学びたいとして


次々と猛者達が集まり毎日のように入門試験が行われ


今では入門することすら至難の業と言われるほど狭き門となっていた。


龍眼上陰流りゅうがんかみかげりゅう〉三代目当主のベルトランには


二人の子供がいた、兄レオンと妹リナ、二人は龍眼上陰流の宗家の子供として


幼少の頃から剣を厳しく叩き込まれた、リナが生まれてすぐ母メアリーは病気で亡くなり


それ以来父である【剣聖】ベルドランはすっかり性格が丸くなり


それが逆に頭首として恥ずかしくない人格者として皆から尊敬される


人物へと変わっていった、リナはそんな環境ですくすくと育つ


龍眼上陰流りゅうがんかみかげりゅう〉の道場は人里離れた山奥にあり


周りには町はおろか農家が数件立っているだけという辺鄙な場所であり


門下生はそこで共同生活をしながら剣に没頭する毎日を送るのである


生活物資は契約している業者が道場に月に一、二度食料や生活必需品を


運んでくるだけ、という徹底ぶりで完全に社会と隔離された環境で


皆集中的に剣術を学んでいた。


そして全国から集まってくる剣の猛者達はほとんどが男性だった為


リナは男ばかりの中で囲まれて生活していくうちに、それが影響してか


性格もさっぱりしていて年頃の女子にある恥じらいとかオシャレとかには


まるで興味がなく、どちらかというとガサツであまり物事を深く考えない性格になってしまう


そんな娘の姿にいつもヤキモキしながら不安が耐えないベルトラン


男に囲まれた年頃の娘があまりに無防備で無頓着な事を


父ベルトランはいつも心配し事あるごとに注意していたが


リナ自身はまるで聞く耳を持たなかったのである


何せリナは美人である、小柄ながらグラマラスで顔はアイドル張りにかわいい


そしてそれは日を追うごとに磨きがかかっていった


その美しさは母譲りであり、リナの母メアリーはとても美しい女性であった。


世界を救った英雄ベルトランの結婚相手には英雄の嫁として


デルジュナッハ公国の第三皇女であるメアリーが選ばれた


メアリーは〈デルジュナッハの宝石〉と呼ばれる程の美女でありその性格も穏やかで


王宮暮らし出身とは思えないほどつつましくベルドランに尽くした


数年後、待望の跡取りであるレオンも生まれ娘のリナが生まれたとき


ベルトランは幸せの絶頂期を迎えていた、しかしそこからベルドランの不幸が始まる


まずメアリーがリナを産んだ後、流行り病で急死する


ベルトランは残された二人の子供と龍眼上陰流の事を考え気丈に振舞っていたが


愛する妻の死にかなりのショックを受けすっかり大人しくなってしまった


しかし残された二人の子供はベルトランの期待を上回る成長を見せるのである


リナは女剣士としては誰にも到達したことのない”龍眼上陰流免許皆伝”を取得する


しかも若干十四歳の時である、それは父であるベルドランはもちろん


周囲の者を大変驚かせた、しかしそれがかすんでしまう程の存在がいたのだ


リナの兄レオンである、レオンは史上最年少の若干12歳で”龍眼上陰流免許皆伝”を取得


その剣の冴えは〈高雅にして流麗、華麗にして優雅〉と称えられ


本来実践派で荒々しい剣風の〈龍眼上陰流〉でさえレオンの剣を見た者は


”まるで舞を舞っているようだ”と感嘆の声を漏らした


それは父であるベルドランも同じでレオンが18歳になるころには


〈私の全盛期より強い、龍眼上陰流史上最強の剣士〉と言わしめた


しかもレオンは決して驕らず、真摯に剣に取り組み誰よりも多く修練を重ねた


性格的にも非常にやさしく穏やかで誰からも好かれ尊敬されるという


まさに理想の剣士といっても過言ではなかった、リナははそんな兄を尊敬し、憧れ、敬愛していた。


龍眼上陰流頭首は代々世襲制ではなく実力によって受け継がれてきたのだが誰が見ても


次期頭首はレオンであり異論をはさむ余地は無かった、しかしベルドランに再び不幸が訪れる


跡取りであるレオンが突如行方不明になってしまったのだ、それは何の前触れも前兆もなく


ただただ忽然と姿を消したとしか思えなかった、〈英雄の跡取りが行方不明〉という事態に


各国も協力して捜索隊や諜報機関を動かし懸命に捜索したがまるで行方はつかめなかったのである


正に煙のように消えたのだ、これにはベルトランもショックを受け数日寝込んでしまう程であった


そして追い打ちをかけるように不幸の連鎖が始まる、龍眼上陰流には代々受け継がれてきた


掟がある、それは〈龍眼上陰流頭首は男子であるべき〉というものである、それはつまり


リナには頭首になる資格がなくレオンがいなくなった今、龍眼上陰流の頭首の座を


誰がついでもおかしくないという事実であった、今までは


”次期党首はレオンでしょうがない”と諦めていた者達にしてみれば


急に降ってわいたチャンス、世界最強にして最大の門下生を誇る龍眼上陰流の頭首


しかも頭首となった者にはリナが嫁として嫁ぐことになるであろうという推測は


皆の野心を掻き立てるのには充分であった、何せ地位と名誉と美女が同時に手に入るのである


こんなチャンスなど早々ない、それ以来次期頭首候補といわれている数人の高弟達は


それぞれが派閥を作り急にギスギスし始める、事あるごとにほかの候補の者の悪口を


ベルトランに告げ口したり、陰湿な嫌がらせをしたり、他の者が失態を犯すように


狡猾な罠を仕掛けたり、ありもしないスキャンダルをでっちあげたりした


そんな者達の行いを見てリナは人一倍心を痛めていた


リナは幼少の頃から道場の空気が大好きだった、皆が汗にまみれながら


剣の高みを目指して切磋琢磨しお互いを高め合っていく、皆が


信頼できる仲間として、よきライバルとして純粋に剣に打ち込む姿を見て


その中に自分もいる事でとても幸せな気分になっていたのだ、だが


尊敬する父が世に広め、敬愛する兄が受け継ぐはずの龍眼上陰流の理想の未来が


兄が居なくなってしまった事で一辺し、心無い者達の醜い野心によって


ガラガラと音を立てて崩れていくのを目の当たりにしているのである


現頭首であるベルトランもこの憂うべき事態を受け、何度も繰り返し弟子達に自重するよう


言い聞かせたが全く効果はなかった、それどころかやり口が益々陰湿かつ狡猾になる一方で


もはや歯止めが利かない状態になっていた、そしてとうとう恐れていた事件が勃発したのである


ある者が他の候補に対して闇討ちを仕掛けたのである、幸い襲われた者達にも死人は出ず


軽い怪我だけで済んだのだが、この事件は皆に衝撃をもたらした、龍眼上陰流では道場での


試合形式以外の私闘を厳しく禁じている、だから今回の事件も首謀者が判明すれば


即破門という厳しい処分が待っている、しかし当然証拠を残すような真似をしている


はずもなく、誰がこの闇討ちを計画し実行したかわからなかった、それが益々候補者同士の


確執に拍車をかける事となる、つまり”証拠が出たら即破門だが証拠が出なければ問題ない”


という恐ろしい思考に行き着くのは自然の流れであった、そしてここから皆が疑心暗鬼のまま


泥沼の闇討ち合戦になるであろうことは容易に想像できた、そんな由々しき事態を迎え


ついに我慢の限界を迎えたリナが立ち上がる。


「許せない……父上の、兄さまの理念と思いを踏みにじって……」


リナは次期頭首候補の者達にある手紙を使ってこっそり道場に呼び出したのだ


その内容は〈私の願いを聞いてくれたら貴方を龍眼上陰流の次期頭首として父に推薦いたします〉


という文章を手紙にしてそれぞれに送ったのである、その効果はてきめんであった


リナが出した手紙に候補者達は皆道場に集まってくる、そこで他の候補達と鉢合わせになり


驚きを隠せない候補者達、そこで初めてリナが候補者全員に手紙を渡していたことを知る


戸惑いを隠せない候補者が全員集まったところでリナは二コリと微笑み全員に告げた。


「私が出した手紙の内容に嘘は無いわ、私の願いを聞いてくれた方は本当に父上に


 推薦してもいいと思っている、ただ私の願いは一つよ……


 今から私と立ち会い勝つこと、それ以外は認めないわ‼」


リナの目がいつもの人懐っこいモノではなく鋭い殺気を放つモノへと変わった


獲物を狙う野獣のようなそのまなざしはまさに剣士の目であった


リナはこれ以上ない程怒っていたのである、その迫力に思わずたじろぐ候補者達


そのうち一人がなだめるように優しくリナに話しかけた。


「リナちゃん冗談はよそうよ、これは龍眼上陰流で禁じられている私闘じゃないか


 バレたら破門になっちゃうんだよ、それにいくら君が龍眼上陰流免許皆伝とはいっても


 女の子相手に本気で剣を振るう程、俺の剣は恥知らずじゃないよ、だから止めよう」


その子供を諭すような言葉使いにますます怒りが湧き上がるリナ。


「恥知らずな事をしているのはどっちよ!?龍眼上陰流の理を無視し剣士としての


 誇りも忘れ、私利私欲の為に姑息で恥知らずな事を繰り返す……もし私と立ち会わない


 人がいるなら私は父に泣きついてでもその人の次期頭首への道を阻んでやるわ


 公私混同と言われようと支離滅裂と言われようとかまわない、絶対に


 次期党首にはさせない、それでも私とは戦えない?」


リナの有無を言わせぬ迫力と強い意志を感じる目は本気であることをわからせるのに十分であった


そんなリナの態度にもはや説得は無理と悟ったのか、一人の男が名乗りを上げる。


「そこまで言うなら俺がお相手しましょう、怪我しても知りませんからね」


それはマンセルという男で身長190cm近くの長身で背の低いリアと比べると


まるで大人と子供であった、もちろん免許皆伝の腕を持っておりその長身を生かした


技をもってここまで上りつめた男である。


「マンセルさんですか、いいわ私も武門の家に生まれし者として、たとえ殺されても


 文句は無いわ、そして勝負の結果がどうあれ今回の事を父に告げ口するつもりは


 無いからご安心して、ではいざ!!」


リナは相手に対し練習用の木刀を投げつけた、それを受け取り不敵に笑うマンセル


すでに人気のなくなった道場に緊張感が走る、既に道場は暗くなり始めており


対峙する二人の姿を皆息を飲み見つめていた、数時間前までは門下生で


あれ程にぎわっていた道場が静寂に包まれる、そんな中で


マンセルは高い身長の更に高く上段に剣を構える、リーチとパワーの差を生かし


一気に勝負を決めるつもりなのだ、それに対しリナは中段に構え迎え撃つ姿勢を見せる


だがマンセルは完全にリナを舐め切っていた、道場では何度か試合した事のある


相手である、もうお互いの手の内は知り尽くしているからだ、その上で


負けるはずないと確信していたからである。


『いくら龍眼上陰流免許皆伝とはいえ所詮は女の剣、俺の敵じゃないぜ


 こんなことで次期頭首の座を得られるなら全くおいしい話だ


 リナちゃんよ、せいぜい俺の嫁として毎晩可愛がってやるから


 楽しみにしてなクックック……』


下卑た笑いを浮かべリアを完全に見下しているマンセル、静かに待ち構えるリナに対し


一撃で決めてやろうとマンセルが剣を握る手に力を込めた次の瞬間


逆に電のような一撃がマンセルの脳天を襲った。


「がはっ!?」


それは見ている者達がわが目を疑う一撃でもあった、あまりに一方的で一瞬の出来事


マンセルは自分自身に何が起こったのかわからないままリナの強烈な一撃を脳天に食らい


糸の切れた操り人形のごとくその場に卒倒した、大男を一撃で昏倒させるだけの威力と技の切れを


目の前で見せつけられ呆然としたまま言葉の出ない候補者達


リナの足元で白目をむきピクピクと痙攣しながら倒れている


マンセルの事を気にする様子もなくリナは再び鋭い視線を皆に向けた。


「次は誰?」


無感情の様な口調で淡々と話すリナに思わず尻込みする候補者達


そんな中でまた一人名乗りを上げる男がいた。


「面白れぇじゃねーか、じゃあ俺が相手してやんよ、でリナちゃんよ


 一つ質問があるんだけどいいか?」


「質問?何が聞きたいのよゲバルさん?」


その男はゲバルといい身長は低くリアと同じくらいしかないがとにかく動きが素早く


変則的な太刀筋で相手を困惑させる技を得意としている剣士である。


「もし俺が勝ったらの話だ、リナちゃんが俺を父君に推薦してくれるのは


 嬉しいし勿論頭首になりたいが、俺はもっとほかの事を要求したいけどいいか?」


リナは目を細めゲバルをジッと見つめた後、静かに問いかけた。


「それは一体何よ?」


ゲバルはニヤリと笑い目を細めてリナをマジマジと見つめた後、口を開いた。


「俺は見ての通り醜悪な姿をしている、それ故に子供のころから馬鹿にされ虐められてきた


 だから強くなりたくて龍眼上陰流を学んだんだ、そして俺は強くなった、後はもう一つの


 夢を叶えたい、それはあんたを嫁にすることだ、俺みたいな不細工な男には


 あんたみたいな美人を嫁にする事なんて一生できないだろう、だからあんたが欲しい


 ぶっちゃけ次期頭首よりもアンタの方が俺には魅力だ、だから俺が勝ったら俺の嫁になれ」


ニヤニヤと嘗め回すようにリナを見つめながらそう言い放ったゲバル


その提案に思わず眉を顰めるリナ。


「何よそれは……そんな思いで龍眼上陰流を……いいでしょう


 その条件受けるわ、あなたが勝ったら私はあなたの妻になってあげる」


その言葉に満面の笑みを浮かべ飛び上がって喜ぶゲバル。


「やった、やったぞリナが俺の嫁に、負けない、絶対に負けないからなヒッヒッヒ」


その下卑た笑いを見て嫌悪感を露わにし、思わずくつぶやく。


「下種が……どいつもこいつも龍眼上陰流の理を何だと思って……」


するとニヤつきながら浮かれていたゲバルが急に真剣な表情に変わる。


「ここで真剣にならない奴は馬鹿だ、俺はマンセルとは違う、絶対に


 相手を舐めない、真剣にアンタを倒すぜ、だから俺の勝利は決定だ


 じゃあ行くぜ……」


静かにそう言い放つとゲバルは身をかがめ低い姿勢をとる、もともと身長の低いゲバルが


更に低く構えるとその視線はリナよりも低く、下からリナを見上げるように見つめ


独り言のようにボソリとつぶやいた。


「龍眼上陰流 陣の型 鎌鼬 いざ参る!!」


ゲバルは左回りに高速で移動すると低い姿勢で体を回転させる、その姿は


まるでリナの周りを巨大なコマが回っている様でもあった、そして次の瞬間


ゲバルは高速回転しながらリナの足元目掛けて刀を横凪に振るった


リナはその攻撃を素早い足さばきで難なくかわしたがゲバルの攻撃は続いた


リアの周りを高速移動しながらコマのように回転し次々と変則的な攻撃を繰り返すゲバル


徹底的に、そして執拗にリアの足元を狙った攻撃、しかしリナは


それを見切っているかのように最小限度の動きでかわし


反撃のチャンスを狙っている様であった、その攻撃を数度かわされたところで


ゲバルの口元がニヤリと笑った。


『クックック、リナちゃんよ俺の攻撃を完璧に見切ったつもりなんだろうけど


 これは全て次の一撃へと繋げる為の布石、横への高速移動に加え横回転からの


 足元への攻撃に慣れきってしまったアンタにこれはかわせまい……いくぞ!!』


次の瞬間、高速で横移動していたゲバルが突然上空へと飛び上がった


周りで見ていた者達はゲバルの横回転の動きに慣れてしまっていて


一瞬ゲバルの姿を見失う、上空に舞い上がったゲバルは剣を高くかかげ


リナの脳天目掛けて今まさに振り下ろさんとしていた。


「龍眼上陰流 翔の型 霹靂 !!」


ゲバルはそう叫び上空から凄まじい一撃を繰り出す、それは正に天から落ちてきた


稲妻のごとくリアの頭上から振り下ろされた、リナの視線は未だ前方を見ていて


こちらには気づいていない様子である。


「とった、この間合いなら絶対にかわせない!!」


ゲバルが勝ちを確信したその瞬間、ゲバルの横っ腹に衝撃が走る


「ぐはっ!!」


ゲバルは空中で巨大なモノに追突されたかの様に吹き飛ばされた、その小柄な体が


吹き飛ばされた衝撃でバウンドするように床に叩きつけられた後


勢いよくゴロゴロと転がり道場の壁にぶつかってようやく止まった


皆は何が起こったのかすら理解できず息を飲む


先程までの激闘が嘘の様に静寂が場を支配し、候補者達は信じられないとばかりに


動かなくなったゲバルを呆然と見つめていた、リナはゲバルの空中からの一撃が


振り下ろされる直前にその横っ腹に一撃を叩き込んだのだ


リナ道場の隅で動かなくなったゲバルに視線を移すこともなく静かにつぶやく


「姑息で卑劣な剣……いったい何を学んできたのよ……」


そうつぶやいたリアの表情には怒りも悲しみもなく、ただただ虚しさだけが浮かぶ


ここまでの出来事を見て、もはやリナを舐める者はいなかった、候補者たちにとって


あくまで龍眼上陰流頭首になった時の副産物のはずだったリナが今最大の障壁として


自分たちの目の前に立ちはだかったのである。


「次は誰よ?」


無感情な口調で候補者達に問いかけるリナ、皆リナの力は知っていたつもりだったので


この予想外の展開に歯ぎしりしながらも、これほどの力を見せられ


名乗り出る事を躊躇する候補者達、すると一人の男がため息交じりに前に出てきた。


「全く、どいつもこいつも腰抜け揃いだな……そんなザマで龍眼上陰流を


 継ごうなんて土台無理なんだよ、クズ共が……」


吐き捨てるかの様にそう言い放つと、苛立ち交じりの態度を見せつつ


前に出てきたのはヘンリーという男である、ヘンリーは元々候補者達の中でも


一番腕が立つと言われていて、それ故に他の候補者からも一番目の敵にされていており


先日闇討ちにあったのもこの男なのである。


「リナお嬢さん、あんまり男を舐めてると痛い目を見ますぜ


 まあ言ってもわからない様ですし俺がわからせてやりますよ……


 ついでに言っておくと、女は黙って男のいう事聞いてりゃいいんだよ‼」


怒気を込めた言葉を投げつけ、静かに構えるヘンリー、この男は実力的には


兄レオンに次ぐ力を持ってるが自分の強さに絶対の自信を持ちすぎていて


他人を見下す傾向があった、何より己の強さ以外には関心がなく


後輩や女性にも冷酷無慈悲というその人格からベルトランも


次の龍眼上陰流頭首に選ぶ事をためらっていた、しかしその実力は本物で


いつもレオンの稽古相手を務めていたほどなのだ。


「ヘンリーさん、あなたは強いけど龍眼上陰流頭首の器ではないようね


 いいわ、私の剣であなたを見極めてあげる」


リナの言葉にカチンときたのか目を吊り上げ、一瞬ムッとした表情を見せるヘンリー。


「龍眼上陰流頭首の娘だというだけで免許皆伝をもらったような小娘が


 生意気な、誰にモノを言っている!?この俺が頭首の器じゃないだと?


 いいだろう、俺が頭首の器じゃないかどうか、その体に教えてやる


 手足の骨一本二本で済めばラッキーだと思え‼」


静かな口調ながらも明らかに怒っていた、ヘンリーは以前生意気な口をきいた後輩を


稽古で完膚なきまで叩きのめし再起不能にまで追い込んだこともあった


あくまでも稽古の時の事なので謹慎処分で済んだのだが、この男には


過去そういう事が三度もありその都度厳重注意を受けていた


ベルトランも破門処分にしようかと検討していたがその度にレオンが父を説得して


何とかとどまっていたのだ、ヘンリーにとって強さは絶対であり


自分より強いレオンが睨みを利かせているうちは大人しくしていたが


そのレオンがいなくなり自分を押さえつける者がいない今


龍眼上陰流頭首の座は自分であるべきと本気で考えていた。


「じゃあ行くぜお嬢ちゃん」


そう告げるといきなり襲い掛かる様に向かってきた、リナとの一気に間を詰めると


稲妻の様な一撃を繰り出すヘンリー、その凄まじい打ち込みを


咄嗟に受け止めたリナだったがその剣撃は鋭く重く普通の剣士であれば


その剣を受けただけで押しつぶされてしまう程である。


「ほぉ~よく俺の剣を受けたな、一応腐っても免許皆伝という訳か


 だがそれもどこまで持つかな?」


ヘンリーの嵐の様な連続攻撃がリナに襲いかかる、しかしそれを全て受け止め


一歩も引かないリア、見ている者達は息を飲み目の前の戦いに釘付けになっていた


だが焦ったのはヘンリーである、もっと簡単に倒せると侮っていた相手が


どれだけ攻めても決めきれない、崩れない……いや崩せなかったのだ。


『馬鹿な、そんな馬鹿な!?この俺が全力で打ち込んでいるのに


 下がらせることもできないなんて……あり得ない、この俺が


 あり得ないぞ!!』


ヘンリーはいったん攻撃を止め間を取る様に距離を取った


今迄の怒涛の連続攻撃の反動で息を切らしており額に汗もにじんでいた


呼吸を整え、気持ちと体勢を立て直す為にも剣を中段に構えつつ


睨むようにジッとリアを見つめる、しかしそんなヘンリーとは対照的に


息一つ乱さず静かに構えるリナ。


「どうしたの、もう終わりなの?」


リナが何気なく言い放ったその言葉を受け、ヘンリーの背中に冷たいものが走る


そのセリフはいつも稽古の時、リナの兄レオンがヘンリーに向かって


言っていた言葉なのだ。


『どうしたヘンリー、もう終わりか?』


レオンの言葉がヘンリーの頭の中で駆け巡る、そして小柄なリアの体とレオンの姿が


重なって見えたのだ、先ほどまでの余裕はすでになくなり手が勝手に震え始めた


「馬鹿な……そんな馬鹿な!?こんな小娘がレオンと同等など……


 あり得ない・・・」


そんな不安と恐怖を振り払うかのように激しく首を振り、もう一度リナを睨みつけた


改めて攻撃の構えを見せリアに剣先を向ける、その目には殺気を宿し


完全にリナを殺す腹を決めたのである、それを見た者達は思わず驚愕し驚きの声を発する。


「おい、ヘンリーのあの型はまさか……」


まるでその疑問に答えるかのようにヘンリーは静かに口走った。


「龍眼上陰流奥義 絶の型 龍撃襲爪斬!!」


ヘンリーは情け容赦ない冷徹な目を見せると、殺気を込めたか目で剣先をリナに向けた


そして己の力を全て剣に乗せ光速の三連撃を繰り出したのである


常人には目視する事すらできない程の渾身の一撃が繰り出された


それはまるで怒れる龍がその爪で獲物を引き裂くかのような姿にも類似していて


龍眼上陰流の奥義のすさまじさを物語る、正にヘンリーが全身全霊をかけて放った奥義の一撃だった


しかしその龍の爪がリアを捉えることはなかった。


「龍眼上陰流 凪の型 流線 」


ヘンリーの凄まじい一撃に対し、何事もなかったかのように静かにかわすリナ


川の流れが静かに木の葉を運んでいくように実に優雅に、そしてなだらかに


ヘンリーの一撃を受け流したのである、その一撃に全てをかけていたヘンリーは


渾身の一撃を受け流され完全な無防備状態となっていた


リナがそんな隙を見逃すはずもなかったがもはや勝負は決しており


すでに手加減する余裕もあったリナはヘンリーの後頭部に軽い一撃を加え


勝負の決着をつけた、力なくバタリとその場に倒れ込むヘンリー


その体は微動だにせずピクリとも動ない、そして再び静寂が道場に訪れた


そのあまりに一方的な戦いに信じられないといった表情を浮かべ


言葉を失う候補者達、その視線の先にはリナに挑みながら敗れ去り無残に


床に倒れている三人の男達がいた、だがそれはもはやリナのの強さを


引き立たせる為のオブジェのようでもあった、息一つ乱さず屈強な三人の男達を


ねじ伏せた小柄な美少女、その立ち姿はとても気高く美しくそして凛々しかった


それはまるで一枚の絵画から抜け出したかのような錯覚を覚える程ようであり


見ていた者達は事態を忘れる程リナを見入ってしまっていた。


「次は誰?」


リナは再び静かな口調で問いかけた、しかし名乗り出る者などいるはずもない


候補者の中で最強と思われていたヘンリーが奥義を繰り出したにもかかわらず


一方的にやられてしまったのだ、もはや疑う余地もない、この見た目可愛らしい小柄な少女が


ここにいる誰よりも強いという事実を、しかもそれは圧倒的であり例え挑んだとしても


万が一にも勝ち目はないという事をそこにいる全員が悟った、候補者の者達は口惜しさで


拳を握り締め歯ぎしりするが名乗り出る者はいなかった、そしてそんな者達を


挑発するかのように無感情な口調と表情で淡々と語りかけた。


「次に挑んでくる人はもういないの?」


その問いにも返事はなかった、リナは候補者達を一瞥した後、軽くため息をつく


「こんな小娘相手にどいつもこいつも尻込みなの!?情けない……


 それでも龍眼上陰流の剣士か、恥を知れ!!もういい面倒よ


 ここにいる全員でかかってきなさい、少しでも剣士としての誇りが


 残っているのなら私を打ち倒して見ろ!!」


リナが初めて見せる怒りの表情、そうリナはこれ以上ない程怒っていた


それに触発されるようにほかの候補者達も一斉にリナに襲い掛かった


今やこの龍眼上陰流には入門することすら困難であり、そこで上にのし上がっていく事は


至難の業であり生半可ではない努力と類まれなる才能がなければ無理である


全国から剣の天才と呼ばれる者達が集まりの中で頭角を現した者は


それこそ剣のエリート中のエリートなのだ、そんなエリート達が


一人の少女によってプライドをズタズタにされたのである


信じがたい事実、認めたくない真実、受け入れられない現実


そんな思いを振り払うかのように大声を上げながらリナに斬りかかる候補者達


それはもはや獣と同じであった、強さのみを追い求めてきた者達にとって


自分が弱者であるという事はどうしても認められない、認めてはいけない


目の前のこの少女を倒すことでしか自身の存在を肯定できない……


それが剣に全てを捧げてきた剣士という悲しき生き物なのである


そんな思いをたった一人で受け止めるつもりのリナ、剣士と剣士による魂の叫びともいえる


戦いは始まった、しかし無情な真実として動かしがたい事実がある


それは剣士には二種類あるという事、強者と弱者、勝者と敗者……


彼らにとってはそれだけが全てであり剣における不変の価値なのである


こうして己の存在を掛けた戦いが始まった。




騒ぎの知らせを聞いたベルドランは急いで道場に駆け付けた、すでに道場の中は


暗くなっており、もう静かになっていたが、そこには人の気配があった


ベルトランが目を凝らして見てみると道場の床には全ての候補者達が倒れており


全員気を失っていた、そして道場の一番奥にたった一人だけ立っている者がいた


愛娘リナである、倒れている者達を悲しい目で見つめ静かにたたずむ


娘の姿に思わず絶句するベルドラン。


「リナ……これはお前がやったのか!?」


あまりの驚きに事態を認識できないベルトラン、そしてその時初めて気が付いたのだ


娘の真の強さを、そして自分の血は兄であるレオンよりも寧ろ娘であるリナの方に


強く流れているのではないか!?という事を……


そんな困惑している父に向かってリナは叫ぶように言い放った。


「私が龍眼上陰流を継ぐ、兄さまが帰ってくるまで私が!!」


リナは大粒の涙を流しながら魂の叫びともいえる言葉を発した


そしてその発言がどういう意味を持ちどの様な結果をもたらすのか……


わからないリナではなかったがそう叫ばざるを得なかったのである


リアの思いを痛いほど感じたベルドランは娘の姿を見て目を閉じると


想いを飲み込む様に唇を噛みしめ何も言えなかった。


翌日、この騒ぎは大問題となった、龍眼上陰流では禁じられている私闘をおこない


その仕掛けた張本人が頭首の娘リナだったからである、しかも女性の身でありながら


龍眼上陰流を継ぐと宣言したのである、これは龍眼上陰流の掟に反する重大な違反であり


どう庇おうが破門は免れない所業だった、ベルドランは断腸の思いでリナに破門を言い渡す


しかし当のリナはスッキリした表情でうなづき深々と頭を下げてこれを受け入れた。


その日の夜には家を出ることにしたリナは家の裏口からこっそり出ると


何かの思いにふける様にしばらく屋敷や道場をジッと見つめた後


背中を向け旅立とうとした、その時である。


「待て、リナ」


リナを呼び止める声が聞こえ驚いて振り向くとそこには父ベルトランが立っていた。


「父上……」


ベルトランはリナを呼び止めた後、ゆっくりと近付いてきて深々と頭を下げた。


「すまぬリナ、ワシが不甲斐ないばかりにお前に……本当にすまぬ……」


「いえ父上、今回の事は私が悪いのです、父上の取った処置は龍眼上陰流頭首として


 当然の事であり、寧ろ頭首の娘として父上に恥をかかせてしまいました


 本当に申し訳ありませんでした」


今度はリナが頭を下げる、そんな娘の姿を見てどうしようもなく自分に腹が立つベルトラン


そしておもむろに一振りの剣をリナに差し出した。


「餞別だ、これを持っていきなさい」


リナはその剣を受け取り、ゆっくりと鞘から刀を抜いてみると


その刀身は不思議なまでに黒く禍々しい程の気を放っていた


まるで闇を具現化したようなその刀を見て思わず驚愕の表情を浮かべた。


「こ、これは【黒龍丸】ではありませんか!?いけません父上


 この刀は……」


恐縮して刀の受け取りを拒絶するリナに対し、ベルトランはゆっくりと首を振り優しく話しかけた。


「いいのだ、これはお前が持っていきなさい……」


その父の言葉に驚きのあまり言葉の出ないリナ、それも当然で


この【黒龍丸】は龍眼上陰流の御神刀であり、龍眼上陰流の開祖である


ロベルト・オースティンが伝説の暗黒龍を倒した際にその牙から研ぎ出したと


いわれている刀である、この刀は魔剣にも匹敵する力を秘めていて


代々龍眼上陰流頭首が所有するモノと決まっていたからである。


「よいかリナ、龍眼上陰流は男子しか頭首になれない掟がある


 しかしこの黒龍丸は【龍眼上陰流最強】の者が所有すると決まっている


 だから今はお前が持つのが一番ふさわしいのだ、ワシは掟に従ったまでだ」


そう言って二コリと笑うベルドラン。


「お前は今まで龍眼上陰流の娘として恥ずかしくないよう振舞ってきただろう


 しかしお前を縛るものはもうない、これからは自分の思うままに生きなさい


 そして広い世間を見てお前の良き人が現れたらここに戻ってきなさい


 別に剣士でなくとも強き者でなくともよい、お前が妻となり母となり


 もし息子が生まれたらその子に龍眼上陰流を継がせても良い、ワシは今回の事で


 血というものの認識を改めた、お前の息子なら間違いなく最強の剣士になるであろう


 レオンが帰ってくるのが先かお前の息子が生まれるの先か今から楽しみじゃわい」


そんな父の言葉にほほを赤らめ目線をそらすリナ。


「父上、私はまだ17歳ですよ……息子っていくらなんでも……」


照れるリナをギュッと抱きしめるベルトラン。


「リア、私の愛しい娘よ、幸せになってくれよ……お前の事は友である


 グッドリッジに頼んである、あいつなら必ずお前の力になってくれるはずだ


 こんな事しかしてやれぬ情けない父を許してくれ……」


リナを強く抱きしめながら涙を流すベルトラン、剣聖と呼ばれ母が亡くなった時でさえ


涙を見せなかった父が肩を震わせ泣いていた、そんな思いを受けリナは家を後にして


グッドリッジの居るアグムへと旅立った、そこである意味運命の出会いが待っている事を


リナはまだ知る由もない、初めて家を出たリナの心は不思議と晴れ晴れとしていて体も軽かった。





今回は人物紹介を兼ねた外伝です、まずはリナの方からになります、このリナの外伝は思いの他

短くなりまして、この一話で完結です、次話からはソフィアの外伝になります、そちらの外伝は四話構成の予定です、二人の外伝は本編の途中で無理矢理割りこむ様な形になってしまいましたので、来週の土曜日までに全て載せ次の土曜日の投稿日には今までの話の続きを乗せたいと思っていますのでよろしくお願いします、では。

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