三英雄
登場人物
リナ・オースティン…剣聖ベルトランの娘、女性の身でありながら若干十四歳で上眼上陰流の免許皆伝を習得した天才剣士、〈理想の男性は兄〉と言い切る程のブラコンだが男性に求める条件は低く〈男は一つでもいいところがあればいい〉というモノ、背は低いがアイドル張りの可愛い顔をしており小柄な体には似つかわしくないグラマラスなボディをしている、サバサバしている性格であまり物事を深く考えない、滅多に怒らないが剣を持つと人が変わる。
ソフィア・ベルクマン…深淵の魔女ミラの最後の内弟子、天才的な頭脳を持ちずば抜けた魔法の才能を持っている、長い黒髪に整った顔立ち、スレンダーなボディとモデルばりの容姿をしていて〈息が止まる程美しい〉と評される美少女だが、感情の起伏が激しく激怒したり激しく落ち込んだりすることも多い、相棒のリナと違い家事はまるでダメで特に料理は壊滅的、思い込みが激しく惚れっぽい性格で妄想癖もあるという、いわゆる残念美少女。
グッドリッジ・ケンバートン…世界を救った三英雄の一人で神の知恵袋と呼ばれた僧侶、第一線を退いてからは冒険者組織アグムを立ち上げ大勢の冒険者の統括をしている、三英雄の仲間だったベルトランとミラからそれぞれリナとソフィアを預かり、二人を組ませたが常に問題を起こすのでいつも頭を抱えている。
小型の台風の様なリナとソフィアが退室し騒がしかった部屋に静寂が戻った
残されたグッドリッジはしばらく頭を抱えたまま動かなかったが
不意に椅子の背もたれに重心を傾け背中と頭をもたれかからせると
〈ふぅ~〉っと大きく息をついた。
右手の親指と人差し指で両目を抑え疲れている体を確認するかのように脱力する
実際このアグムを開設してからというもの所長でありながらグッドリッジは
毎日激務に追われ休みなどほとんどないまま働いていた
そもそもこのアグムの建物は使わなくなった軍の施設を国から格安で払い下げ
してもらったものなので、所々で老朽化が進み決して綺麗で立派な建物とは
言えなかった、アグムはグッドリッジが冒険者達の生活の安定
そして地域の治安維持に役に立ちたいという理念で設立された機関である為
依頼者にはなるべく安価で依頼できるように料金設定がしてある
そして冒険者たちにも安定した生活が送れるように
依頼料を殆ど冒険者たちに賃金として支給している為、機関の取り分は
ごくわずかなのである、だからこのアグムという組織は規模のわりに
常に慢性的な資金不足であり、事務方の人員を補充する余裕もない為
グッドリッジが毎日の様に激務をこなす羽目になっているのである
そんな中で今回の損害賠償はグッドリッジにとっても
頭の痛い問題であった、資金繰りの算段で頭を悩ませていた時
ふとソフィアの言葉を思い出した。
〈普通の白等級だったら死んでたわよ、私達だから何とかなっただけで……〉
そのセリフを頭に浮かべると思い出し笑いの様にフッと微笑む
そして独り言のようにつぶやいた。
「確かにそうだ、死人が出なかっただけでも万々歳じゃないか、金で済む問題なら……」
実はグッドリッジはこの事態をある程度予想していた、ムデルント村の村長が
依頼に来た時、対応したグッドリッジは村長の態度と言葉に違和感と不信感を感じ
あえてリアとソフィアの二人を派遣したのである、あの二人であれば想定外の
敵であっても殺されることはないだろうとの人選であった、そして予想通り
村長の虚偽申告による強力な敵の質と数、それ自体はグッドリッジの想定内であったが
二人の出した損害があまりに想定外だったという皮肉な結果だった
椅子の背もたれに体重をかけながら目を閉じ色々と考え事をしていると
不意に眠気が襲ってきた、毎日の激務で家にも帰れない事もままあり
睡眠時間もロクに取れていないからだ。
『明日は私がムデルント村に赴き謝罪してくるか、村長に誠意を見せて
それから具体的な損害金額を……』
そんな事を考えているとグッドリッジはいつの間にか眠りこんでいた
ほんの短いつかの間のまどろみの中、夢というより昔の思い出が頭の中によみがえってくる
それはグッドリッジがまだ若くベルドランとミラの三人で魔王討伐に出かけた頃の思い出である
道中で魔族達と遭遇戦になりそれを撃退したまでは良かったのだがベルドランとミラは
連携やチームワークなど全く考えず己の本能のまま好き勝手に戦っていたのだ
たまたま敵の規模が小隊であったため問題なく撃退できたのだが魔王と戦う際に
こんなチームワークではとても勝つことは出来ないとグッドリッジは考えたのである
そんな二人に対し三人の中で一番若いグッドリッジはベルドランとミラに対し激しく抗議する。
「何で貴方達はいつも自分勝手に行動するのですか!?我々はパーティーですよ
皆で心を一つにし協力し合って戦わなければ魔王討伐なんて出来ませんよ‼」
グッドリッジは両手を広げ二人に対し必死の思いで訴えるのだが、そんな仲間の忠告を
どこ吹く風とばかりにまるで聞いていないような態度の二人
ベルドランは左手に持った剣を肩に担ぎながら右手の人差し指で耳をほじっていた
ミラに至っては完全にそっぽを向き〈うるさいから早く終われ〉とでも
言わんばかりの態度である。
そんな二人の態度が益々グッドリッジをイラつかせる、そしてそこまで
黙って聞いていたベルドランが面倒臭そうに口を開いた。
「お前は若いくせに一々細かいことにうるさいな、要は敵を倒せばいいんだろうが!?」
「そうよ、まったく男の癖に小うるさい、小姑みたいだねアンタは」
まるで反省の色もなく、それどころかあたかもグッドリッジのいう事が間違っていると
言わんばかりの二人の口ぶりにさすがのグッドリッジもブチ切れた
「なんですかその言い草は!?もう貴方達とはやってられませんよ‼
こんな状態で魔王討伐なんか絶対無理です、私は抜けさせてもらいますからね!!」
そう言い放ち背中を向けて立ち去ろうとするグッドリッジ、だがそんな彼に
呆れ顔で答えるベルドランとミラ。
「お前何言ってるんだ、俺たちは魔王討伐をする為に集まったんだぞ
そんな自分勝手な行動が通るかよ、我がまま言ってるんじゃねーぞ全く……」
「そうよ、そんなチームワークを乱すような発言と行動ばかりして、アンタは
魔王討伐という事の重大さをわかってないようだねぇ」
この二人のあまりに自分勝手な口調にグッドリッジは怒りを通り越して
呆れて言葉を失ってしまった。
〈この人たちはもうダメだ〉と思いかけたその時である、ベルドランとミラの
表情が一瞬で険しいものに変わった。
「何か接近してくるものがあるな……」
「ええ、それもかなりの数ね……この気配、どうやら今度は
魔族の別動隊みたいだけど」
その言葉とは裏腹にどことなく嬉しそうな二人、ベルドランの顔は既に
戦闘態勢に入った野獣の様だった、そして舌なめずりするかのように
ペロリと舌を出す、ミラは楽しくてしょうがないとばかりに狂気にも似た
笑みを浮かべる、その二人の態度を見てヤレヤレとばかりに大きくため息をつくグッドリッジ。
「行くぞ、俺が魔族共を一匹残らずぶち殺してやるぜ、グッドリッジ
さっさと俺に支援魔法をかけろや‼」
そう言い終わる前に走り出していたベルトラン、まるで獲物を前にした野獣のごとく
凄まじい勢いで敵の方向に猪突していく。
「抜け駆けは許さないよベルドラン、今度こそ私の魔法で魔族は皆殺しだよ‼
グッドリッジ、早く私に防御魔法をよこしな‼」
嬉々として巨大魔法の準備を始めるミラ、目の前には巨大な魔法陣が広がり
静寂に包まれていた周りがにわかにざわつき始める
そんな二人からの支援要請に対して呆れ気味にゆっくり首を振り
軽くため息をつくグッドリッジ、だが思い直したのかすかさず
二人に戦闘指示を出した。
「わかりましたよ、全くあなた方という人は……ベルドラン、敵の前衛は
体を覆う皮膚が鎧の様に非常に硬いB級魔族のインサニティデーモンです
いくら貴方でも強めの斬り込みをしないと突破できないかも
しれませんから十分注意を、そしてミラ、敵の総指揮官はA級魔族の
デブリガンドマーダーのようです、奴は雷撃系の魔法には耐性がありますから
それ以外の魔法で対処してくださいいいですね!?」
その忠告に目を細め口元が緩むベルドランとミラ。
「OK任せろや!!」
「了解したわ、見てなさい物凄いのぶちかましてやるんだから‼」
臆することなく魔族の群れに突撃し嵐の様に敵を蹴散らすベルトラン
後方に居た魔族の司令官たちを巨大な爆炎で葬り去るミラ
そんな二人の猛攻の前に魔族は成す術もなく蹂躙されあっという間に戦いは終了した。
戦いが終わった後、満足げなベルドランとミラは上機嫌でそれぞれの戦果を自慢しあっていた。
「見たかミラ、今回俺は二百体以上もの魔族をぶち殺してやったぜ!?」
「あら、戦果っていうのは数じゃないよ、私は敵の司令官を葬ったのよ
戦いっていうのは敵の大将首を上げた者が一番の手柄だと昔から
相場が決まっているでしょう、だから私の方が上だよね」
「何言ってるんだ、これだから陰険魔法使いってのは、戦果は数だぜ
どれだけ敵をブチ殺したか?が重要さ、なあグッドリッジ?」
「あんたは本当に脳筋馬鹿ね、戦果は質よ、相手の頭である司令官を
ぶち殺す事こそ最大の手柄さ、アンタだってそう思うでしょグッドリッジ?」
二人の質問に対しどう対応していいのやら困り果てたグッドリッジは
仕方なく無難な言葉を選らび苦笑いで答えた。
「まあお二人とも凄かったという事でいいじゃないですか、どちらが上とか……」
どちらかに味方すれば必ず別の方がへそを曲げて後で面倒な事になるのは容易に想像できた
それがわかりきっていたので差し障りのない大人の対応をしたつもりのグッドリッジ
しかしそれが更なる悲劇を招く事になる。
「はぁなんじゃそりゃ?ったく煮え切らねえ野郎だな、どちらが上かと聞かれたら
男らしくスパッと答えろや、どっちつかずの返事しやがってよこの蝙蝠野郎‼」
ベルドランが吐き捨てるように言うとミラもそれに続く。
「全くだよ、はっきりしない男だねアンタは、そんな答えはいらないんだよ
優柔不断というか決断力がないというかアンタは絶対に成功しないタイプだね」
どちらにも角が立たないように気を使ったつもりだったのだが
その事によりグッドリッジはいわれのない誹謗中傷を受ける羽目になってしまった
しかも二人の攻撃はまだ続くのである。
「大体お前の作戦指示や支援魔法にも、何というか温かみっていうか
いたわりの気持ちが感じられないっていうかよ
俺たちに対しての感謝の気持ちが足りねえんじゃないのか!?」
「わかるわ、何か形式ばっているというか気持ちがこもってないというか
もう少し人を労わる気持ちがあってもいいんじゃないかと私も思うね
要するにこの男は薄情なんだよ」
ウンウンとうなづきながら好き勝手なことを言い始めるベルドランとミラ
黙っていれば己の事を棚に上げ言いたい放題の二人、さすがのグッドリッジも
我慢の限界を迎えキレた。
「いい加減にしてください、あなた達こそもっと私に気を使え‼
もういいです、あなた方とはもうやってられませんよ‼」
再び立ち上がり二人を指さしながら怒りに任せて帰ろうとするが
そんな彼に返って来たのは勿論罵声に近い辛辣な言葉であった。
「おい、どこ行くつもりだ?お前には魔王討伐という重要な使命が
あるだろうが、それをほっぽり出して行くのか?
少しは他人の気持ちというモノを考えろや」
「そうだよ、我がままも大概にしておきなよ全く……人類の危機だというのに
責任感というものがないのかね?これだから最近の若い男は……」
そのあまりの言葉に再びブチ切れ、血管が切れるかと思う程再び激しく抗議した
しかし二人は当然の様に全く聞く耳を持たず又そっぽを向いている……
そんな理不尽ともいえる日々が続いたのである。
そんな懐かしくも腹立たしい日々を思い出しながらウトウトしていたのだが
次の瞬間、両目を見開きハッと目を覚ました。
「はっ、いかん寝てしまっていたのか……」
あたりを見回すと部屋はすでに暗くなっており
窓の外に視線を移すとすっかり日も落ちて人影もなくなっていた。
「ふう、もうこんなに暗くなって……今日のところは帰るとするか」
独り言の様にそうつぶやき、ゆっくりと椅子から腰を上げ立ち上がろうとしたとき
部屋の壁に飾ってある目の前の大きな肖像画が視界に入った
それは【世界を救った三英雄】の肖像画であり、若き日の自分とベルドラン
ミラの三人が身を寄せ合い、優しい笑顔で微笑んでいる絵であった
それを見て思わず口元が緩んでしまう。
「全く、あなた達のおかげで今でも気が休まる日がありませんよ……」
壁の肖像画に向かってどことなく嬉しそうに恨み言をつぶやいた
実はリアとソフィアにはそれぞれ複雑な事情があり、ベルドランとミラから
託される様に預かっているのだ。
今回はやや短めでしたがここで人物初回的な外伝を挟みます、まだ最初の話すら終わっていないのに
なぜ?という疑問はごもっともですが、まずリナとソフィアのエピソードを、見てもらった方が良いと考え無理矢理挟むことにしました、ですのでできれば来週中に二人の外伝エピソードをアップして、一週間後にはこの話の続いを……と思っています、マイペースな事この上ないとは思いますが、気長にお付き合いしてくださるとうれしいです、では。