意思と意地
登場人物
リナ・オースティン…剣聖ベルトランの娘、女性の身でありながら若干十四歳で龍眼上陰流の免許皆伝を習得した天才剣士、〈理想の男性は兄〉と言い切る程のブラコンだが男性に求める条件は低く〈男は一つでもいいところがあればいい〉というモノ、背は低いがアイドル張りの可愛い顔をしており小柄な体には似つかわしくないグラマラスなボディをしている、サバサバしている性格であまり物事を深く考えない、滅多に怒らないが剣を持つと人が変わる。
ソフィア・ベルクマン…深淵の魔女ミラの最後の内弟子、天才的な頭脳を持ちずば抜けた魔法の才能を持っている、長い黒髪に整った顔立ち、スレンダーなボディとモデルばりの容姿をしていて〈息が止まる程美しい〉と評される美少女だが、感情の起伏が激しく激怒したり激しく落ち込んだりすることも多い、相棒のリナと違い家事はまるでダメで特に料理は壊滅的、思い込みが激しく惚れっぽい性格で妄想癖もあるという、いわゆる残念美少女。
グッドリッジ・ケンバートン…世界を救った三英雄の一人で神の知恵袋と呼ばれた僧侶、第一線を退いてからは冒険者組織アグムを立ち上げ大勢の冒険者の統括をしている、三英雄の仲間だったベルトランとミラからそれぞれリナとソフィアを預かり、二人を組ませたが常に問題を起こすのでいつも頭を抱えている。
長常清史郎…聖風龍抜刀術の次期頭首で若干十二歳の天才剣士。
子供達を招いて【アグム】の色々な仕事内容を見せる〈少年少女社会適合プログラム〉は
【アグム】所長であるグッドリッジの思惑通り進んだとは言い難かった
A級剣士が若干十二歳の剣士に一蹴され【アグム】のメンツは
丸潰れとなったからである。
昼食を終えた子供達が午後のプログラムに備えてゾロゾロと集まってきた
昼食の内容について話している子もいたがほとんどの子供は
午前中に見た【アグム】のA級剣士と清史郎との戦いの話題で持ちきりだった。
「凄かったよね清史郎君、強いなんてものじゃないよ」
「【アグム】の剣士は強いって聞いていたけど案外大したことないね」
「いや、【アグム】の剣士が弱いんじゃなくて清史郎君が強すぎるだけじゃないの?」
「さすが聖風流抜刀術の次期投手だね、強いのなんの」
子供達みんなが清史郎を持ち上げ褒め称える、だがその話の
中心にいる清史郎は無言のまま皆の話を聞いていたのだが
周りの空気とは裏腹に段々と不機嫌そうな表情へと変わっていった。
「どうしたの清史郎君、気分でも悪いの?」
「別に……何でもないよ」
明らかに不機嫌そうにそう答える清史郎、周りの子供達は
なぜ清史郎が不機嫌なのかさっぱりわからずさっきまで
あれほど盛り上がっていた空気がいきなり重苦しいものへと変わっていった
何か感に触る事を行ってしまったのか?と困惑する子供達
そんな空気に耐えきれなかったのか一人の子供が話題を変えるかのように口を開いた。
「そういえば午後からは【アグム】の剣士が実戦を見せてくれるっていう話だったよね?」
「そ、そうだった、実戦なんて見たことないし見学とはいえ
少し緊張するよね」
「でも実戦を見せてくいれるなら【アグム】の剣士より
清史郎君の方が凄いんじゃない?」
何気なくそう言った子の顔を睨むように見つめる清史郎
その瞳には明らかに怒りが混じっており、言った子供はなぜ清史郎が
そこまで怒っているのかさっぱりわからず、戸惑うばかりであった。
見かねた別の子が思わず清史郎に問いかけた。
「清史郎君、何でそんなに怒っているの?」
「別に、怒ってないよ‼︎」
吐き捨てるようにそう言い放つ清史郎、だが言葉と口調が明らかに相反しており
苛立ちを隠しきれない様子であった、そして次の瞬間、清史郎は
とんでもない事を言い出したのである。
「みんながそんなに言うならついておいでよ
僕が実戦というものを見せてあげるからさ」
清史郎はそう言って一人森へと歩き始めたのである。
「ちょっ、ちょっと待ってよ清史郎君、【アグム】の人がまだ
来ていないのに、危ないよ」
「【アグム】の人達より僕の方が信用できるのだろう?だったら
僕に着いて来いよ、別に無理にとは言わない、着いてきたい人だけ
来れば良いさ」
そう言い放ち皆の返事を待つ事なくスタスタと歩き始める清史郎
残された子達はどうしようか迷いながらも十人ほどの子供が清四郎の背中を追った。
昼休憩が終わり【アグム】の剣士達と共にリナも集合場所へと
戻って来たのだがすぐさま異変に気付く。
『あれ?あの子がいない』
他の剣士も子供達の数が明らかに少ない事に気づき残っている子供達に問いかけた。
「他の子供達はどうしたんだい、まだ食堂かな?」
「いえ、それがその……」
質問された子供達は顔を見合わせ明らかに答えづらそうな雰囲気を出してる
何か嫌な予感を覚えたリナはすぐさま問いただすように質問した。
「他の子達はどうしたの、いったいどこに行ったのよ!?」
すると一人の子供が恐る恐ると言った感じで口を開いた。
「その……清史郎君が〈実戦を見せてやるから着いて来いって〉
一人で森の中に……他の子達も十人ぐらい着いていちゃったんだ
僕は危ないからやめた方がいいって注意したんだけど……」
その言葉を聞き、今回の剣士側の責任者スティーヴの顔から血の毛が引いた。
「なんて事を、もし子供達に何かあったら大変だ、手分けして
探そう、さすがに東の森には行ってないはずだから
俺は北を探す、君たちは西の方を探してくれ‼︎」
そう言い放ち走り去るように森へと駆け出していくスティーヴ、もう一人の剣士も
それに続いた、今回【アグム】は大事な子供達を預かっている立場である
ここで子供達に何かあったら【アグム】の信用は失墜し、責任問題へと発展しかねない。
『ったく、あの馬鹿何やっているのよ、でもあいつの性格から考えておそらく……』
リナは唇を噛みしめ少し考えるとスティーヴの指示を無視して一人東の森へと入って行った。
清史郎を先頭に東の森深く入っていく子供達、巨大な木が上空を覆い隠すように
生い茂っていて日の光を遮っている為、昼間だと言うのに
少し薄暗さを感じさせる、森だというのに鳥や虫の何声すらも聞こえず
カサカサと風に揺れる木の葉の音だけが耳に届いてくる
その不気味なまでの静寂が子供達の心をより不安にさせた。
「何だか薄気味悪いところだね、やっぱり帰ろうよ」
「そ、そうだね【アグム】の人も〈東の森は危ない〉って言っていたし」
子供たちは不安を口にしキョロキョロと周りを見渡す
しかし清史郎はそんな事を意に返すことなくスタスタと歩き続けていた
そして振り向く事ないまま素っ気ない口調で言い放つ。
「そんなに怖いなら帰れば?別に無理について来てくれなくて良いよ」
そんな事を言われて素直に帰るわけにもいかず黙って清史郎の跡をついて行く子供達
その後十分ほど歩いただろうか、急に清史郎が立ち止まると
忙しく視線を左右に動かし辺りを警戒し始めた。
『何だこの殺気、いや邪気か!?何かいる』
「どうしたの清史郎君?」
明らかに雰囲気の変わった清史郎に思わず問いかける他の子供達
すると次の瞬間、清史郎が大声で叫んだ。
「魔族が来るぞ、しかもかなりヤバい奴だ‼︎」
その声に子供達は皆怯えた顔を見せ恐怖で体を硬らせた。
「みんな俺の後ろに隠れて‼︎」
子供達は言われるがまま清史郎の後ろに移動する、腰の剣に手をかけながら
森の奥の方を一心に睨みつけている清史郎、するとその視線の先から
不気味な魔族が姿を現したのである。
「ほう、俺の気配を読んだ奴がいるのか!?」
周りの空気の温度が急激に下がったかのような凄まじい殺気
見ているだけで心が折れそうになるほどの邪気
常人では立っていることも困難な程の瘴気
それらを抑えることなく周りに撒き散らしながらゆっくりと近づいてくる魔族
それを見た清史郎は驚愕の表情を浮かべた。
「お前は……」
異常に長い手足、銀色の体毛に覆われた体、そして羊のような頭部の角
A級魔族【バッドシープ】、忘れもしない母を無残に殺した魔族と同じ種類の敵
全身を硬い体毛に覆われており聖風抜刀術にとっては天敵ともいえる相手である
「ここは俺が食い止める、みんな早く逃げろ‼︎」
清史郎が戦闘態勢に入りながら皆に向かって大声で叫んだ
しかし【バッドシープ】の邪気に当てられた子供達は恐怖に飲まれ
動くこともできない、ガタガタと震えながら身を寄せ合い
ただただ殺されるのを待っているかのように完全に硬直してしまっていたのだ。
『くそっ、みんな魔族の邪気に当てられて……こうなったら』
「おおおおおおおおーーーー‼︎」
清史郎は腰を落とし腹に力を入れると大声で叫んだ、その声によって
木々は揺らめき木の葉が何枚も舞い落ちる、すると周りの子供達は
ハッと正気に戻った、それはまるで悪夢から目覚めたかのように辺りを見渡す子供達
「早く逃げて、ここは俺が食い止める‼︎」
清史郎の言葉で我に帰った子供達は我先にと逃げ出した。
「我が縄張りに足を踏み入れた人間どもが、逃すと思うか!?」
愉悦交じりの笑みを浮かべ子供達を追うそぶりを見せた【バッドシープ】
しかしそれを目と闘気で制する清史郎、逃げた子供達の追撃を
諦めた【バッドシープ】は清史郎をジッと見つめニヤリと笑った。
「ほう、ガキのくせに中々やるな、先ほども我の〈恐怖縛り〉
を〈剣気〉で吹き飛ばしたところを見るとそれなりの腕は持っているようだ
だが我には勝てぬ、将来有望なガキのようだし
ここで潰しておくのも悪くはないなクックック」
狙いを清史郎一人につけた【バッドシープ】は殺気と邪気を
撒き散らしながらゆっくりと間合いを詰めてくる
それに対し低い姿勢のまま腰の剣に手をかけ、ジッと間合いを図る清史郎。
『焦るな、やれる、絶対にやれる、もうあと三歩……一歩半……よし‼︎』
闘気を全開にし大地を滑る様に間合いを詰める清史郎
そして目にも止まらぬ勢いで腰の剣を抜き去った
清史郎の放つ神速の抜刀術が風の様に【バッドシープ】に襲い掛かかる
その一撃は標的である【バッドシープ】の喉元に確実に到達した。
その頃、清史郎達を探しに来たリナは森の中で頭を抱えていた。
「東の森って言っても広いからね……いったいどこを探せば良いのやら」
すると前方から何やら人の気配がしてくる、リナがよく目を凝らすと
前方から子供達が泣き叫びながらこちらに逃げてくるのが見えたのである。
「助けて、助けてください‼︎」
「殺される、死にたくないよ‼︎」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの子供達はリナに会えた安堵からか
泣き崩れる様にリナの足にしがみついた。
「どうしたのよ、いったい何があったの!?」
「魔族が……でっかい魔族がいたんだ、僕ら怖くて怖くて……」
「死ぬかと思った、怖かったよ〜」
泣きじゃくる子供達を見てヤレヤレとため息をついたが
ふとあることに気がついた。
「清史郎は?清史郎はどうしたのよ!?」
すると子供達は顔を見合わせて言いにくそうに語り始めた。
「清史郎君は僕らを逃すために一人で残って魔族と戦うって……」
「清史郎君は強いし、大丈夫かなと思って……」
「元々清史郎君が森に行くって言い出したんだからね、僕らのせいじゃないよ……」
それを聞いたリナは唇を噛みしめ険しい表情を浮かべた。
「アンタ達は早く【アグム】の建物まで走って逃げなさい
私は清史郎を助けに行く‼︎」
すると子供達は不安げな顔を浮かべ懇願する様に話し始めた。
「僕らだけで?まだここも森の中じゃないか、僕らを守っていてよ」
「逃げている時、また魔族に遭遇したらどうするんだよ
僕らの護衛の為に残ってよ、清史郎君なら大丈夫だよ」
「そもそも清史郎君が森に入るって言い出したんだ、いわば
自業自得だよ、僕たちは被害者なんだ、清史郎君より僕たちを
助けてよ」
好き勝手な事を言い出す子供達に苛つき始めるリナ、それでも止まらない
子供達の言葉についに堪忍袋の尾が切れた。
「良い加減にしな、清史郎はアンタらを守る為に一人残ったんじゃないか
森に入ったのだって無理やり引っ張ってこられたわけじゃないのでしょう!?
ここから【アグム】の建物までは一本道だし、他に捜索隊も出ている
大丈夫よ、さあ行きなさい、早く‼︎」
「でも……」
それでも納得できない子供達は顔を見合わせ渋っていた。
「良い加減にしろ、アンタら小さくても男だろ、将来立派な
剣士になりたいならばここで根性見せなさい、チ○ポついているんでしょ‼︎」
ゴネる子供達を一喝し森の奥深くへと走っていくリナ。
『生きていなさいよ清史郎、アンタは死ぬにはまだ早すぎるんだからね』
リナは凄まじいスピードで森の奥へと消えていった。
「はあはあはあ……」
【バッドシープ】と対峙している清史郎は剣を片手に息を荒げ大量の汗をかいていた。
「ん?どうした小僧、最初の勢いはどこへ行った?我はまだまだ
元気だぞ!?」
そして清史郎は再び抜刀術の構えに移った。
「またそれか、何度やっても同じ事、凝りもしないでよくやるわ
クックック、だが何度でもやってみるが良い、どうしても勝てぬと
絶望した人間の表情こそ最上の美味、我ら魔族の生きがいよ
足掻いて見せろ人間、そして絶望しろ、己の無力さを噛みしめて
死ね、それでこそ我が最良の糧となるクックック」
完全に清史郎を見下し、勝ちを確信している【バッドシープ】
そんな相手を睨みつける様に見つめ再び聖風流抜刀術の構えに入る清史郎。
『己を信じろ、斬るのではない断つのだ、速く軽く風の様に……』
「聖風流抜刀術 疾風‼︎」
三度清史郎の体が見えない速度で移動し渾身の一撃が放たれた
地面の木の葉が舞い上がり、木々の間に風が吹き抜ける
それはまるで一陣の風の如く目に見えぬ刃が標的に
襲い掛かった。
〈キーーーン〉甲高い金属音の様な衝突音が静かな森に鳴り響く
清史郎の放った一撃は【バッドシープ】の首元を確実に捉えた
しかし何度やっても結果は同じだった、清史郎の一撃では
【バッドシープ】を殺すどころかダメージを与えることすらできなかったのである。
「くそっ‼︎」
思わず悪態をつく清史郎、しかしその時目の前の【バッドシープ】が何やら首を傾げた。
「そういえば今の技どこかで……そうだ、数年前、お前と同じ技を何度も
繰り出してきた女がいたわ、貴様と同じく何度やっても無駄だというのに
しつこくてな、最後は我れが嬲り殺しにしてやった、その時の
絶望的な表情はいまだに忘れられぬ、貴様もせいぜい楽しませてくれよ
クックック」
そう言ってサディスティックな笑みを浮かべる【バッドシープ】
対照的にそれを聞いて茫然とする清史郎、そしてすぐさま
怒りの表情を相手に向けた。
「お前が……お前が母さんを……ちくしょう、殺してやる
絶対に貴様だけは殺してやるからな‼︎」
清史郎は先ほどよりもさらに低い姿勢で構える、腰の剣に手をかけ
まるでクラウチングスタートの様な前傾姿勢で対峙する
視線の先に相手を捉えていることはなく、はるか先の目標に向かって
意識を移しているかの様な不思議な目であった。
「ほう、今度は違う技か、せいぜい楽しませてくれよクックック」
完全に清史郎を舐め切っている【バッドシープ】、しかし清史郎は
闘志を微塵も出すことなく静かに佇んでいる。
「我は風、吹き抜ける一陣の風の如し……」
静かにそう呟いたかと思えば次の瞬間、凄まじい闘気が放たれた
その小さい体のどこにそんな気が潜んでいたのか?というほどの
巨大な闘気が森一面を覆い尽くす。
「聖風流抜刀術奥義 烈風」
先ほどと同じ様に神速の抜刀術が【バッドシープ】を襲う
ただ先ほどと違うのは清史郎が一撃を放つ際に体を独楽の様一に回転させ
回転力と遠心力を加えた一撃を放ったのだ、その渾身の一撃は
見事【バッドシープ】の首元を捉えた。
『今度こそ!?』
清史郎が願いを込めるかの様に思った時、先ほどよりもさらに甲高い金属音が
森中に鳴り響いた、無情にも清史郎の持っていた剣が真っ二つに折れたのである
自分の愛刀が折れる様をまるでスローモーションの様な感覚で見ている清史郎
その瞬間、【バッドシープ】得もいわれぬ笑顔で嬉しそうに笑った。
「中々の技、中々の威力、だが惜しいのう~我の前では児戯に等しかった
というわけだ、どうだ悔しいか?辛いか?死にたくないだろう?
ならば命乞いしてみよ、もしかしたら我れの気が変わるかもしれぬぞ?」
まるで虫をいたぶる子供の如く、楽しくて仕方がないといった
表情を浮かべていた。
「誰が……誰が貴様なんぞに命乞いなどするものかナメるな‼︎
貴様だけは……貴様だけは刺し違えてでも倒す‼︎」
清史郎は折れた剣を持ちながらそう言い放った、その時である
清史郎の頭をポンっと軽く叩いた者がいた。
「よく言った、それでこそ男の子だ‼︎」
清史郎が驚いて振り向くとそこにはリナが立っていた。
「お姉ちゃん、どうしてここに?……ダメだよ早く逃げて
ここは俺が食い止めているから‼︎」
「まあそう言わないで、ここはお姉ちゃんに任せなさい」
そう言って清史郎の前に出ていくリナ。
「今度は女か、面白い、同じいたぶるのでも人間の女の方が
いたぶりがいがあるからな、楽しみが増えたわクックック」
その【バッドシープ】の言葉に思わず唇を噛み締める清史郎。
「お姉ちゃん、あいつの体は固くて剣が通らないんだ、だから
逃げて‼︎女の人は死んじゃダメだよ、だから……」
その清史郎の言葉を遮るかの様にリナは緊張感のない口調で話し始めた。
「なるほどね、じゃあこんなナマクラじゃ役に立たないってことか」
リナはそう言ってグッドリッジから支給されていたD級剣士用の剣を放り捨て
もう一本の剣に手をかける、そして独り言の様に静かに呟いた。
「アンタには私のとっておきを見せてあげる、よく見ていなさい……」
リナはそういうと姿勢を低くし腰の剣に手をかけ居合いの構えを見せる
それは奇しくも先ほどの清史郎と全く同じ構えであり、見ている清史郎を驚かせた。
「それは聖風流抜刀術 疾風の構え、なぜお姉ちゃんがその技を……
はっ、でもダメだ、その技はあいつには通じないんだ‼︎」
清史郎の忠告とも取れる言葉を聞き流し抜刀術の構えを崩さないリナ
愉悦交じりの笑みを浮かべ今か今かと待ち受ける【バッドシープ】
リナはその【バッドシープ】の方に視線を移した。
「龍眼上陰流 兵の型 〈迅雷〉」
リナがそう呟くと元いた場所の地面の土が跳ね上がり、リナの体が
一瞬で視界から消え去る、そして次の瞬間【バッドシープ】
の左腕が斬り落とされ空中に舞い上がった。
「ギャアアアアーーー‼︎」
左腕を付け根から斬り落とされ大量の血が吹き出している【バッドシープ】
あまりの痛みに思わず悲鳴を上げてのたうちまわっていた。
「何、今の技は?今確か龍眼上陰流って……それにあの黒い剣
いや剣というより刀か!?」
清史郎はリナの持っている刀を見て視線が釘付けになり思わず息を飲んだ。
その刀はどこまでも黒く怪しくそして禍々しいまでの邪気を放っていた。
「聞いたことがあるぞ、確か龍眼上陰流に伝わる伝説の剣
暗黒龍の牙から研ぎ出した業物で、あの【剣聖】ベルトラン・オースティンが
魔王討伐の際に使用したといわれている漆黒の刃、その名を【黒龍丸】……
その姿はどこまでも黒くまるで邪悪な闇そのものを具現化した様な姿だと
聞いてたのだけれど、まさか……」
困惑している清史郎を尻目にリナは次の技の構えに入る、その構えを見て
再び驚きを隠せない清史郎。
「今度は聖風流抜刀術奥義 烈風の構え!?いやでも何かが違う……」
リナは再び清史郎と同じ構えを見せる、しかしその構えを目の当たりにした
【バッドシープ】は先ほどまでの余裕は完全に消え去っていて
失った左腕の部分を押さえながらリナに向かって必死で呼びかけていた。
「ちょ、ちょっと待った、いや待ってください‼︎
私の負けです、潔く負けを認めますからどうか命だけは助けてください‼︎」
涙目で命乞いをする【バッドシープ】、しかしリナは多くを語らず
柔らかい笑顔で微笑むと懇願している【バッドシープ】に一言告げた。
「ダ~メ」
「そ、そんな……」
「龍眼上陰流 兵の型その二 〈霹靂〉」
【バッドシープ】が絶望的な顔を浮かべたその瞬間その首は胴体から
切り離されてしまっていた、切断部から噴水の様な大量の血が噴き出し
首のなくなった【バッドシープ】の胴体は力なく地面に崩れ落ちた。
そのやりとりを茫然と見ていた清史郎、リナは黒龍丸を鞘に納めると
ゆっくりと清史郎に近づき話しかけた。
「今のちゃんと見ていた?わかったと思うけど今の二つの技は
聖風流抜刀術の技から派生したいわば兄弟技と言ってもいい代物よ
両者の最大の違いは足、聖風流抜刀術では速さを極めるため
足の運び、いわゆる運足を重視し地面に足を滑らせる様に
進むでしょ、でも龍眼上陰流は大地を踏み締めるの
足の裏で大地を捕まえるイメージとでもいうのかな?
大地を捕まえ技の発射台として使う、後は身体のキレで相手を両断する
わかっていると思うけど腕力には頼らない、あくまで脚力と
身体のキレがポイントね、もうすでに〈疾風〉と〈烈風〉を習得している
貴方なら〈迅雷〉なら一年半、〈霹靂〉なら二年で習得できるはずよ
精進しなさい」
リナの説明をまるで狐につままれたかの様な表情を浮かべていた清史郎だったが
はっと我に帰ると真剣な眼差しで問いかけた。
「お姉ちゃ……いえ、貴方様の技は〈龍眼上陰流〉とお見受けしました
そしてその刀、それは龍眼上陰流で最強の剣士が持つ証といわれている
【黒龍丸】ではありませんか?」
「さすが聖風流抜刀術の次期当主、よく知っているわね?」
「まだお名前をお聞きしていませんでしたが……」
「私の名前?名乗るほどの者じゃないけどリナ・オースティン
っていうわ、よろしくね」
するとその名を聞いた清史郎は目を丸くし直立した。
「オースティン!?じゃああの【剣聖】ベルトラン・オースティン様の!?」
「まあ、一応娘ってことになるかな……ハハハハ」
どこかバツの悪そうに答えるリナ、グッドリッジの主張ではないが
今まで父の名を汚すことばかりしてきたリナにとって
〈オースティン〉の名を出すことはあまりしたくないというのが本音なのである
しかし清史郎にとってその名の効果は絶大で、その場で直立すると
急に頭を90度の角度に下げ大きな声で叫ぶ様に言い放った。
「リナ・オースティン先生、今までのご無礼をどうかおゆるしください
そしてどうか俺を弟子にしてください‼︎」
深々と頭を下げる清史郎、しかし再びバツの悪そうな表情を浮かべるリナ。
「いや〜私さ、今破門されている身だから弟子とかとれないんだわ……」
すると清史郎はニコニコしながら切り返す。
「嫌だなあ先生、【黒龍丸】は龍眼上陰流最強の証じゃないですか
破門剣士がそんなもの持っているわけないでしょう?
先生も随分とご冗談がお好きですね」
「いやだからそれには複雑な事情があるのよ、破門を解かれる条件とか色々とね」
「はあ、そうですか……何やら複雑な事情がおありの様ですね
私でできる事ならば力になりますのでなんなりと申し付けてください‼︎」
屈託のない笑顔でそう語る清史郎、だがリナの心境は複雑であった。
『なんなりと申しつけろといわれてもねえ……
こんな十二歳の少年に〈私の婿になれ〉とか言えないでしょ!?
私ショタじゃないしさ、まあ剣士の資質という意味では申し分ないけど……』
軽くため息をついたリナは清史郎に向かって優しく語りかけた。
「まあ弟子とか教えるとかは無理だけどアドバイスとか
技を見せるくらいはしてあげるから時々遊びに来なさい」
すると清史郎は満面の笑顔で何度も何度も頭を下げ喜びのまま帰っていった。
その翌日、リナとソフィアの二人は自室で先日のことを話していた。
「ねえソフィア、そっちの方はどうだった?」
するとソフィアは疲れた様な顔を見せため息をつく。
「もう散々だったわよ、サンドラさんを始めみんなが目の色変えて子供達を
自分の派閥に入れたがって終始ぎすぎすした険悪な雰囲気だったわ
肝心の子供たちはドン引きしているし、あの子たちの新卒での入社は
ないんじゃないかしら?そういえばそっちは何かトラブルがあったらしいけど
大丈夫だったの?」
「うん、大丈夫だったよ、問題なく終わったわ」
「で、例の所長のお気に入りの〈天才剣士〉君はどうだったの?
強そうだった?」
「まあね、五年後にはこの世界でも五本の指に入る剣士になっているんじゃないのかな?」
「そんなに!?さすが所長がご執心なわけだね、で、その天才剣士君は
将来我が【アグム】に入ってくれそうなの?」
その質問に目を閉じふっと笑ったリナ。
「さあ、どうだろうね……」
その曖昧な返事に少し納得のいかないソフィアはジト目で相棒を見つめる。
「なによそれ、意味深な言い回しね」
「別に深い意味はないよ、入る入らないは本人の意思と希望だから
私がとやかくいうことじゃないって事、私たちみたいに
〈ここしか来る所がなかった〉って事もないだろうしね」
「何よそれ、嫌な言い方するわね」
その時、二人の部屋のドアがノックされた。
「リナさん、お客様の様ですよ、受付でお待ちです」
「私に客?誰だろう?」
リナとソフィアが一階に降りてみるとそこには満面の笑顔で立っている
清史郎とグッドリッジが立っていた、
「先生、約束通り顔を出しに来ました‼︎」
キッパリと言い切る清史郎の顔を見て思わず頭を抱えるリナ。
「アンタさ、時々来いとは言ったけど、普通いきなり翌日来る?」
「もちろんです、来れる日は毎日来ます、先生の許可がありますから‼︎」
思わずゲンナリするリナとは対照的に上機嫌のグッドリッジ。
「清史郎君は将来我が【アグム】入ってくれるつもりなのかな?」
「ええ、学校を卒業したら必ず先生のいる【アグム】に入ります‼︎」
自分の狙い通りに事が進み終始上機嫌のグッドリッジ
しかしリナはその瞬間、重大な事を思い出したのである。
『しまった、そういえば清史郎に、昨日私が龍眼上陰流の技と
【黒龍丸】を使った件、口止めしておくのを忘れていた
なんとかその意図を伝えなくては……』
リナはその意図を込めて清史郎に向かってウインクした
それに気づいた清史郎は〈わかっています‼︎〉と言わんばかりに大きく頷く。
「で、清史郎君、昨日はどうだったのかね?魔族と遭遇する
アクシデントがあった様だが」
そんなグッドリッジの何気ない質問に対し、清史郎は待ってましたとばかりに
目を輝かせ食い気味に答えた。
「はい、すごく強い魔族と遭遇したのですがリナ先生が
龍眼上陰流の技を持って蹴散らしてくれました‼︎」
その瞬間リナの顔から血の気が引きグッドリッジの額に
血管が浮き出してピクリと動いた。
「ほう、それは詳しく聞きたいね、どういう事なのかな清史郎君?」
グッドリッジに見えない様に〈それ以上喋るな‼︎〉とジェスチャーで
必死でアピールするリナ、しかし清史郎にその意図は誤って伝わる
〈わかっていますから〉とばかりに大きく頷き清史郎は身振り手振りを交えながら
より大袈裟により激しくジェスチャーを交えながら昨日のバトルを再現して見せた。
「まさに戦いの鬼、戦女神とでもいうのでしょうか、リナ先生は
涙目で命乞いする敵の首を愛刀【黒龍丸】で一刀両断
見事魔族の首が大空へと跳ね飛んで舞い上がり無様な最後を
遂げたのです、リナ先生は正義の鉄槌をふるい見事な剣技を持って
見事敵を撃滅せしめたのです、今頃地獄で後悔していることでしょう」
もはや言い訳のしようもないほど事の成り行きを雄弁に語ってしまった清史郎
かなり誇張と独自の演出が入ってはいたものの
内容的には間違ったところはなく、リナの顔面は蒼白になり動くことができなかった
それを横で見ていたソフィアは笑いを堪えるので必死の様子である。
「リナ、後で詳しい話を聞かせてもらおうか、主に使用した
武器と技について……だが」
グッドリッジの作り笑顔が恐ろしさを倍増させる
リナにとっては死刑宣告ともいえるからである、ここに来て
ようやく気がついた清史郎は慌ててフォローに入った。
「一ついいでしょうか所長、リナ先生の選択は間違っていなかったと思います」
「ほう、その根拠はなんだと思うのかね?」
清史郎の言葉に丁寧に耳を傾けるグッドリッジ裁判長、弁護人清史郎の
弁護内容を祈る様な目で見つめているリナ被告。
「それは相手である【バッドシープ】の体毛は非常に硬く
龍上陰流の技と黒龍丸の力を使わなければ倒せなかったと推察されるからです
D級装備の剣を使っていればあの敵には通じず、私たちも全滅していたでしょう
よってリナ先生の選択は間違っていないと主張します」
そんな清史郎の言葉を目を閉じジッと聞いていたグッドリッジは
一度大きく頷いて静かに口を開いた。
「君の言いたいことはわかった、でもね一つ教えてあげよう
リナはね、例えD級装備の剣でも【バッドシープ】程度の相手であれば
簡単に一刀両断する事が可能なんだ、もちろん龍眼上陰流の技を
使わなくてもね、その意味がわかるかい清史郎君?」
それを聞いた時、清史郎は驚愕の表情を浮かべたがすぐに
目を輝かせてグッドリッジに問いかけた。
「じゃあリナ先生は僕に見せる為にワザワザ龍眼上陰流の技と
黒龍丸を使ってくれたってことですか!?
D級の剣で倒せるのにワザとそうせず、僕の為にワザワザ……
感激です‼︎」
「ああ、そうだ、リナは本来の装備と技で簡単に倒せるのに
ワザワザ違反の技と武器を使用したんだ、君の為かどうかはわからないけどね」
グッドリッジはそう言ってチラリとリナの方を見る
清史郎の弁護も虚しく完全敗訴を目の前で見せられたリナは
ガックリと肩を落としその場でうなだれた、だが次の瞬間
大きくため息をついたグッドリッジはヤレヤレとでも言わんばかりに
首を振ってリナに告げた。
「今回はアクシデントもあったし清史郎君も無事だった、よって
お咎めは無しとする、今後は気を付けろよリナ」
助かったとばかりに胸を撫で下ろすリナ、だが横のソフィアは
その判決になぜか残念そうな表情を浮かべていた。
その時、秘書兼事務長のステラが現れグッドリッジに近づいて来た
「所長、ちょっとよろしいでしょうか?」
「ん、どうしたステラ君?」
「実は昨日〈少年少女社会適合プログラム〉に参加した子供達の
父兄から苦情が出ておりまして、何やら子供達がアクシデントに
巻き込まれて守ってほしいと頼んだ時、それを拒否した挙句
その……男性の局部と言いますか男性器がついているのであろう?
といった不適切な発言があったとの事です、それで父兄サイドからは
〈二度と子供達を【アグム】の〈少年少女社会適合プログラム〉には
参加させない様にするべきでは?〉
との意見が出ている様です、いかがいたしましょうか?」
今度はグッドリッジの顔が青ざめた。
「なんだそれは、本当の話なのか!?もしそうなら誰がその発言をしたかを
確認し、謝罪と反省を文章にして送る、なんなら私が直接
謝罪に行こう、で、そんな下品な発言をしたのは誰なんだ?」
するとステラは少し言いづらそうにチラリとリナを見た後で
静かに語り始めた。
「その……子供達の証言では背の低いおっぱいの大きな女性剣士だったと……」
その瞬間グッドリッジがピクリと反応した後、鬼の形相でリナの方を見た
もはや何もいうことができないリナはグッドリッジの顔をまともにみることができない
ふと横に視線を移すとソフィアがうずくまりながら腹を抱えて笑いを堪えていた。
その後、散々説教を受けたリナはガックリと肩を落としトボトボと
戻ってきた、それを迎える様に二人の人物が待っていた
心配そうな表情を浮かべている清史郎とニヤつきが止まらないソフィアである。
「すみませんリナ先生、私のせいで……」
するとリナは清史郎の頭にポンと手を乗せ無理やり笑顔を見せた。
「別にあんたのせいじゃないよ」
今度はソフィアが込み上げてくる笑いを必死に抑えながら口を開いた。
「しかしリナ〜子供達に何言っているのよ、話を聞いていて
もうおかしくておかしくて死にそうだったわよ」
「アンタはそのまま死になさい、全く人の気もしらないで……」
こうしてリナとソフィアは再び【アグム】の信用を落とした
だが未来の天才剣士を獲得する事に成功した、これがいずれ
リナとソフィアを救うことになるとは、この時点では知る由もなかった。
今回は二話構成の話でしたがいかがだったでしょうか?申し訳ありませんが一身上の都合でしばらく投稿できなくなりました、いずれ再開したいと思ってはいるのでしばらくのお別れです、本当に申し訳ありません、では。