狂った悪魔《クレイジーデビル》
登場人物
リナ・オースティン…剣聖ベルトランの娘、女性の身でありながら若干十四歳で龍眼上陰流の免許皆伝を習得した天才剣士、〈理想の男性は兄〉と言い切る程のブラコンだが男性に求める条件は低く〈男は一つでもいいところがあればいい〉というモノ、背は低いがアイドル張りの可愛い顔をしており小柄な体には似つかわしくないグラマラスなボディをしている、サバサバしている性格であまり物事を深く考えない、滅多に怒らないが剣を持つと人が変わる。
ソフィア・ベルクマン…深淵の魔女ミラの最後の内弟子、天才的な頭脳を持ちずば抜けた魔法の才能を持っている、長い黒髪に整った顔立ち、スレンダーなボディとモデルばりの容姿をしていて〈息が止まる程美しい〉と評される美少女だが、感情の起伏が激しく激怒したり激しく落ち込んだりすることも多い、相棒のリナと違い家事はまるでダメで特に料理は壊滅的、思い込みが激しく惚れっぽい性格で妄想癖もあるという、いわゆる残念美少女。
グッドリッジ・ケンバートン…世界を救った三英雄の一人で神の知恵袋と呼ばれた僧侶、第一線を退いてからは冒険者組織アグムを立ち上げ大勢の冒険者の統括をしている、三英雄の仲間だったベルトランとミラからそれぞれリナとソフィアを預かり、二人を組ませたが常に問題を起こすのでいつも頭を抱えている。
リナとソフィアが魔族の大軍を相手にしていた頃、アグム本部では
グッドリッジが事務仕事に追われ大量の書類を前に黙々と仕事をこなしていた
そして動かしていた手をふと止めると指で両目を押さえ
一旦間を入れる、そして窓の方に視線を移し空を見上げるように遠くを見つめた。
「今頃はウレスコル原野を抜けた頃か・・・私の嫌な予感が当たっていた場合
その辺りで敵に遭遇しているはず、まあ念のためにアイツらを同行させたし
大丈夫だとは思うが……
そんな独り言を呟きながら心配そうな顔で考え込んでいた
するとその言葉に応じるかのようにドアが開き秘書兼事務長のステラが入って来た。
「随分とあの二人を買っているのですね、まあ【剣聖】のご息女に
【深淵の魔女】のお弟子さんですから、わからなくはないですが・・・」
ステラはそう言って優しく微笑む。
「そうか君は仕事上、あの二人の事情を知っているんだったな
正直あの二人の力は飛びぬけている、あの二人が真の力を発揮できれば
私達三人の全盛期とも互角に渡り合えるものを持っていると思っているよ」
グッドリッジは壁に掛けてある三英雄の肖像画に視線を移した。
「所長、いくら何でもそれは言い過ぎでは?魔王を倒し
世界を救った三英雄と互角なんて、褒めるにしても例えが極端すぎますよ」
冗談だと思ったのかステラは軽く笑い飛ばす、しかしグッドリッジは表情を崩すことなく
ステラをジッと見つめていた、そこでステラは初めて気づいたのである
グッドリッジは本気でそう思っているという事を
その真意に気が付いたステラは思わず息を飲み真剣な表情で問いかけた。
「あの二人のどこがそれほど凄いんですか?」
グッドリッジは再び壁の肖像画に目を移し昔を思い出す様に語り始めた。
「私達三人はね、世間で言われているほど固いチームワークで結ばれていたわけでは
ないんだよ、今でこそあの二人も落ち着いて〈人格者〉などといわれているがね
当時は二人とも我が強くてね、私も若かったし喧嘩や言い争いが絶えなかった
特にベルドランとミラは妙に対抗意識が強くてね
お互い張り合うように戦っていた、結果それがいい方向に
向いたというだけの話なんだよ、でもリナとソフィアは違う
あの二人は本当に相性がいいんだ、その象徴ともいえるのが
【コードリングシステム】……」
「【コードリングシステム】、何ですかそれは?」
その聞いたことのない単語に不可解な表情を見せるステラ。
「コードリングシステムというのは二人が編み出した独自のシステムなんだ
どういうモノかというと……そうだな、例えば君が作戦指揮を執っているとして
仲間にこう伝えたいと思っていたとする
〈前方の敵は20体、その敵の体は非常に硬くダメージが
与えにくいから気を付けろ、弱点は首だからそこを狙え〉と
君ならそれをどう伝える?」
なぞなぞの様な問いかけに一瞬困惑するステラだが、どう考えても
答えは一つしかないとの結論に達し、思ったまま答えた。
「どう伝える?と聞かれましても、それをそのまま言葉で伝えるしかないと思いますが!?」
その答えにコクリとうなづくグッドリッジ。
「確かにその通りだ、普通の人間ならばそれしかない、しかしそれをそのまま
言葉で伝えた場合、敵に人間の言葉を理解できる者がいたらどうだ?」
その質問にハッとして答えに詰まるステラ。
「それはマズいですよね、敵に聞かれていたら即座に対処されてしまうかもしれないし」
グッドリッジはニコリと笑ってステラを見つめた。
「そうなんだよ、魔族には人間の言葉を解する者もいる、そして言葉も長いから
伝えるのに3~4秒かかる【コードリングシステム】というのはそれを全て暗号化し
敵に知られることなく素早く味方に伝え対応するというシステムなんだ」
その内容を驚嘆の表情で聞いていたステラは思わず
「そんなことが可能なんですか?一瞬で状況を把握しそれを瞬時に暗号化して伝え
しかもそれを即座に実行するなんて・・・」
そんな事はできっこないと言わんばかりのステラに対し、大きくうなづくグッドリッジ
「普通の人間には不可能だ、ソフィアの悪魔のごとき演算能力と
リナの野獣のごとき瞬発力、運動能力がなければね
これでわかっただろう、あいつらは一人一人でも十分強いが二人合わさると
その強さが桁違いに跳ね上がるんだよ……」
説明を聞いたステラは驚いたものの、それを理解したようで嬉しそうに微笑んだ。
「そうですか、でしたら今回も安心ですね」
しかしその話とは裏腹にグッドリッジの表情は逆に険しくなった。
「いや、そうでもない……君はおかしいとは思わないのかい?
それほどの力を持っているあの二人がなぜ今だに白等級なのかと……」
指摘されてみればその通りであり、力のある者は順当に等級が上がっていくのが普通である
しかし二人はこのアグムに来て一年近く経つのに今だ最下等級のホワイトなのだ
つまりどこかが普通ではないという事なのである。
「所長、あの二人はそれほどの力を持ちながらどうして今だにホワイトなんですか?」
そのもっともな質問にグッドリッジは軽くため息をついて下を向く。
「あの二人は言わば〈暴走馬〉と同じだ、凄いスピードで走り
圧倒的なまでのパワーで駆け抜ける、しかし走り出したら止まらない……
まるで己の意思でさえ介入できない程にどこまでも突き進んでいく
そして何かに衝突しそれを破壊してようやく止まれる馬の様なものだ……」
先程まで笑顔だったステラの顔から血の気が引く。
「では、どこに衝突するか、という問題なんですね?そのベクトルが敵に向いている
のならいいのですが、もし味方に向かって暴走し始めたら……」
グッドリッジは祈るようなポーズで指を絡め机に両肘を付いた
「何事もない様に祈るだけだな……」
グッドリッジのその言葉はとても重くそして強い意志が感じられた。
魔獣族の先鋒を蹴散らし悪魔騎士を一蹴したリナとソフィアの二人は
魔族の司令官の位置を特定し今攻撃に移るところであった
ソフィアが【コードリングシステム】による指示を出す
「リナ、A2Y9RYJI!!」
軽くうなづきながら急なダッシュを決めるリナ、そのリナの向かう方向を見て
空中にいた魔族達は思わず顔が青ざめる。
「あの方向は!?い、いかん、奴は司令官のいる所へ向かうつもりだ
何としても阻止だ、あの人間を止めろ!!」
空中にいた魔族達が一斉にリナの背中を追いかけた、その瞬間リナの体が更に加速する。
「な、なんだと!?」
リナの足は目に見えない程の高速回転を見せ物凄いスピードで目標に向かっていく
空中にいた魔族達も必死で追いつこうとするが逆に引き離されてしまう
「なんだあいつは、あれが人間の走る速さか!?」
まるで出来の悪い特撮を見ているかのような凄まじい速度で走るリナ
それは元々の強靭な足腰と龍眼上陰流の体術もあるが
ソフィアの魔法による脚力強化の恩恵もあってあり得ない速度の移動を可能にしたのだ
それを迎え撃つかの様に前方から魔族達がリナに向かって襲い掛かってくる
しかしリナの目の前で攻撃を加えようとした瞬間、その魔族達の体は凍結し
氷像のオブジェと化した、次々と凍結していく魔族達の中を
リナは全く速度を緩めることなく駆け抜けていく
自分には絶対攻撃が来ないと確信しているからである。
『さすがはソフィア、いつもながらいい仕事してくれるね』
リナ顔から思わず笑顔がこぼれる、ソフィアが出した指示はこうである
『敵敵司令官までの道中は私が援護する、脚力強化の魔法も付与するから15.7秒で目的地に
到着するはずよ、そこから先は貴方が自力で倒して頂戴、司令官の周りには魔族の近衛兵
A級魔族の〈ヘイトデーモン〉が8体いるわ、こいつらは戦いが長引くと
呪いのオーラを出して相手の動きを鈍らせることができるからなるべく早く倒して
そして敵司令官はS級魔族の〈カースドデビル〉よ
こいつには弱点らしい弱点はないから力でねじ伏せて』
リナはソフィアの指示通り魔族の司令官カースドデビルの前に到着した
するとそれを見た近衛兵のヘイトデーモン8体が大声で叫ぶように咆哮し
リナに向かって一斉に襲い掛かってきた、3mを超す巨体には
筋骨隆々の太い腕が六本生えており、その腕にはそれぞれ剣が握られていた
殺気立った叫び声と驚異的な速度で振り下ろされる剣
それがうなりをあげてリナに向かって来た、8体の魔族にそれぞれ6本の剣
計48本の剣が雨の様にリナの頭上に降り注ぐ
しかしリナは少しも慌てることなく腰の刀に手をかけた
「龍眼上陰流 昇の型 大蛇斬 」
その瞬間、鞘から解き放たれた黒龍丸が8体のヘイトデーモンに襲い掛かった
それはあまりの速さ故に1本の剣が8本に見えるほどの技であり
まるで8本の首を持つ大蛇が敵を食いちぎる様にも見えた
刹那の間にリナによって意思を持たない肉塊へと変えられた〈ヘイトデーモン〉
大量の血と肉塊がリナの足元に広がり凄惨な光景が大地に広がる
そして先程とは打って変わって何とも言えない静寂が訪れた
そんな中でリナは息一つ乱すことなくジッと魔族の司令官を見つめる
S級魔族〈カースドデビル〉は身長こそ2m程でヘイトデーモンより
二回りほど小さく見た目も頭部に生えている角と背中の羽を除けば
人間といっても通用する容姿をしていた、しかし魔族特有の赤く光るその目は
冷酷さと残忍さを物語っていた、そして両手に持っている2本の剣を構えた瞬間
リナの目つきが変わった。
「へえ~さすが魔族の司令官でS級魔族、今までのザコとはモノが違うわね」
その言葉にフッと笑うカースドデビル。
「人間風情が、よくもわが軍にこれほどの損害を出してくれたな、楽に死ねると思うなよ」
カースドデビルの禍々しい殺気が辺り一面を覆いつくす、並の剣士ならばこれだけで
気を失ってしまう程の膨大な闘気と殺気、それに応える様にリナも構える。
「龍眼上陰流 凪の型 流水 」
次の瞬間、カースドデビルの2本の剣が嵐の様に襲い掛かった
その攻撃は苛烈を極め2本の剣がうなりをあげ空気を切り裂く
尋常ではない風切り音と剣と剣が激しくぶつかる金属音が辺り一帯に響き渡る
いくら〈ヘイトデーモン〉より小さいとはいえ〈カースドデビル〉も2mはある
小柄なリナとはまるで大人と子供である、そんなリナを
上から押しつぶすように連続攻撃でプレッシャーをかけ続けた
側で見ていたら〈カースドデビル〉の烈火のごとき連続攻撃により
リナの命運は風前の灯とすら誰もが思うだろう、しかし〈カースドデビル〉は
何か異変に気が付く、自分がこれほどの凄まじい攻撃を加えているにも関わらず
リナはそこから一歩も動いていない、そして相手の表情を見ると
焦っている様子すら無く冷徹な表情を浮かべまるで自分を
観察でもしているかのようにジッと自分を見つめていたのだ。
「馬鹿な、そんな馬鹿な!?」
焦りを感じたカースドデビルは攻撃している腕に一層力が入り始める
その瞬間リナの目が光った、何か凄まじい殺気を感じた〈カースドデビル〉は
思わず後ずさりして間を取る。
「へえ~魔族の癖に殺気を感じることができるんだ、やるじゃない」
もはや〈カースドデビル〉に余裕はなかった、その巨体に似合わない大量の汗をかき
歯ぎしりしながらリナを睨みつける。
「何だ今のは、あれが人間の放つ殺気か!?」
追い込まれた〈カースドデビル〉はリナを睨み続けたまま攻撃に移れないでいた。
「どうしたの、もう終わりなの?しょうがないなぁ……」
ガッカリした表情で面倒くさそうに言い放つ、そして
「まあアンタは中々だったわ、ウチの道場なら目録ぐらいはあげてもいいわね
じゃあ最後にアンタには私のとっておきを見せてあげる」
リナはそう言うと半身に構え剣を顔の前に上げたかと思うと剣先を
カースドデビルに向けた、いわいる【霞の構え】を取った。
「龍眼上陰流奥義 覇の型 黒龍衝 」
黒龍丸の剣先をカースドデビルに向けた瞬間、自身も刀と一体化したかの様に
相手に突撃するリナ、その瞬間〈カースドデビル〉は圧倒的なまでの殺気と
禍々しい闘気に包まれ動けなくなっていた。
〈カースドデビル〉が最後に見たモノ、それは大きく口を開け
怒りの咆哮する暗黒龍の姿だった、蛇に睨まれたカエルの様に
身動き一つとれないまま暗黒龍の怒りをその全身で受け止めると
その体は跡形もなく消し飛んでしまった、遅ればせながらようやく到着した
空中の魔族達は司令官である〈カースドデビル〉の最後を
静かに見守る事しかできなかったのである。
”ふう”と一息ついて黒龍丸を鞘に納めソフィアの元へと戻るリナ
しばらくして相棒と合流すると再び魔獣族のいる前方へと向かう二人
アイゼナッハとサンドラも呆気にとられながらそれに追従する
先鋒部隊を蹴散らされた魔獣族は態勢を立て直し再び
攻勢をかけようとしているところであった
そこに残っていた他の冒険者達がアイゼナッハとサンドラの姿を見て
思わず安堵の表情を見せる。
「アイゼナッハさん、サンドラさんお待ちしていました、魔獣達が
いつ再び攻めて来るのかと不安で不安で……
でもお二人が来てくれて安心です、後方の魔族の方はどうですか?」
「ああ、魔族の司令官は死んだ……」
アイゼナッハが気もそぞろながら答える。
「そうですか、さすがアイゼナッハさんとサンドラさん!!」
無邪気に喜ぶ魔法使いの女性達に首を振るアイゼナッハ
「いや俺達じゃないんだ、あの子たちがやった、魔獣の先鋒も魔族の司令官も……」
「えっ!?」
信じられないとばかりに驚嘆の言葉を発し、皆が二人の背中を見つめる
二人は皆の視線を背中に受けながらも気にする様子もなく再び迫り来る魔獣達を見つめていた
「今度はどうするソフィア、また私がぶった斬ってくるから作戦とフォローよろしく‼︎」
「はぁ?何言ってるのよ、アンタ魔族の司令官やったじゃない、今度は私の番よ‼︎」
「え~早い者勝ちでいいじゃん」
「早い者勝ちじゃあアンタの勝ちになっちゃうじゃない、そんなの卑怯よ卑怯!!」
「じゃあ公平にジャンケンでいこうよ」
「いいわよそれで、受けて立つわ」
迫り来る魔獣を前に二人はジャンケンを始めたのである。
『また勝たせてもらうわよソフィア、ジャンケンなら私の方が勝ち越してる、必ず勝つ‼︎』
『甘いわねリナ、今までの統計でアンタの出すパターンは分析済みよ
リナはここぞというときはグーを出す確率が42%、パーを出す確率が34%
つまりパーを出しておけば76%の確率で負けはない
あいこの場合でもリナは同じモノを出す傾向が強いから
それに勝つモノで勝負よ、勝つべくして勝つ、それが戦略よリナ!!』
「ジャンケンポン、あいこでしょ!!」
魔族と魔獣と人間が入り乱れた凄惨な戦場に二人の女性の声が響き渡る
アイゼナッハとサンドラを含めた上位冒険者達は口を開けたまま呆気にとられ
その光景を黙って見つめていた、大量の魔獣が砂煙を上げて迫り来る中
ソフィアが嬉しそうに右手を高々と上げた。
「やった私の勝ち、これで文句は無いわよねリナ!?」
「わかったわよ、今度は私がフォローに入ればいいんでしょ」
渋々ながら腰の剣に手をかけながら周囲を警戒するリナ
そしてソフィアが目を閉じ両手を横に広げ魔法の準備に入る
「【連鎖爆裂】‼︎」
ソフィアがそう叫ぶと迫り来る魔獣の群れを真っ赤で巨大な爆炎があっという間に包み込んだ
しかもそれは次々と横に広がりまるでナパーム弾のごとく連なる様に
魔獣達を飲み込み爆発し始めたのだ、辺りは爆炎による煙と爆風による砂煙
そして凄まじい爆発音により視覚も聴覚もまるで役に立たなくなっていた
強烈な爆風の中で冒険者達は自分の装備や武器を飛ばされないよう
身をかがめながら必死で踏ん張っている、しばらくして爆風が弱まり皆が顔を上げて
ソフィア達の方向を見つめた、特に魔法士であるサンドラ達は
目を丸くし驚きを隠せなかった。
「【連鎖爆裂】……〈チェーンエクスプロード〉は
A級国家指定魔法の中でも特に習得が難しい魔法じゃない!?
私たちゴールドの魔法士でも使える者は5人に一人くらいしかいない
超高等魔法をなぜホワイトのあの子が使えるのよ!?」
つぶやくように疑問を口にするサンドラ、その言葉を受け、クスリと笑うソフィア。
「どうして私が使えるって?そんなの簡単よ、だってこれ私が作った魔法なんだもの」
小声でサンドラの疑問に答えた、ソフィアの声はもちろんサンドラ達には聞こえていない
その時、空中にいた魔族の残党たちがソフィアを目指して急降下を始めていた。
「馬鹿め、巨大魔法は放った直後に大きな隙ができる
あれほどの巨大魔法であれば今は隙だらけのはず、司令官の敵を取らせてもらうぞ‼︎」
爆炎による砂煙も収まり始め視界が段々と開けてくる中で
空中から物凄いスピードでと襲い掛かろうとしている魔族達
そしてようやくソフィアの姿を捕えたと思った瞬間、ソフィアの背中には
腰の剣に手をかけたまま待ち構えるリナがいた。
「は~い団体様いらっしゃ~い、そしてさようなら」
リナは腰の愛刀【黒龍丸】を素早く引き抜き横に一閃薙ぎ払った
すると次の瞬間、空中にいた魔族達の胴体が一瞬で真っ二つになり
空から魔族の死体と大量の血が土砂降りの様に降り注いだ。
「嫌だ、魔族の血で服が汚れちゃったじゃないの、どうしてくれんのよリナ‼︎」
「文句言わないでよ、空中の敵を斬ったんだから死体や血が落ちてくるのは
しょうがないじゃない、贅沢言いうな」
納得いかないソフィアはほほを膨らませ仏頂面をしている、すると空中にいた
魔族の残党が退避の為、再び空中高く舞い上がり二人を見下ろしながら歯ぎしりしていた。
「クソっ、なんて奴らだ……だったらこれでどうだ!?」
魔族達は一斉に口から黒い煙の様なモノを吐き出す、その黒い霧状のモノにより
辺りは黒い霧が立ち込めた様な状態になる、それによって先ほどの砂煙よりも
更に視界は悪くなってしまった。
「魔族特有の目くらましって訳か……面倒くさいわね、ソフィア魔力探査お願い!!」
「ちょっとリナ、そんなの自分でやんなさいよ
ったくしょうがないなあ……」
ソフィアは右手を上げて目を閉じる、すると右手の先から光が放射面上に広がり
空中に拡散していった、するとソフィアは軽く頷き両目を開けると即座にリナに伝える。
「距離約130m、2時半から3時の方向に敵魔族を20体ほどを確認」
リナはニヤリと笑いうなづくとそして再び腰の愛刀に手をかけた。
「龍眼上陰流 兵の型 蝉時雨 」
抜刀術の構えから目に見えない程の速度で剣を抜き放つ、すると
その剣閃により黒い霧が一瞬で切り裂かれ”ギャアァァァー”という断末魔と共に
空中にいた魔族達の胴体も両断されていた。
「馬鹿な……そんな馬鹿な、500体はいたはずの我が魔族軍が壊滅だと!?」
空中の一番端にいた魔族一体だけが運よく難を逃れていたのだが
味方の惨劇に思わず唖然としてしてしまっていた。
「あ~!?一体残ってるじゃない、ソフィアあんた2時半から
3時の方向って言ったよね?あいつだけ外れてたじゃないの!?」
「うるっさいなぁ、20体いたんだから大体の方向でいいでしょ
そもそも魔力探査ならアンタだってできるじゃない
そんなに文句があるなら自分でやんなさいよね‼︎」
「だって魔力探査はアンタの方が得意じゃない、私のはあくまで
気配を探るってだけだからアンタほど正確な位置や数まではわかんないしさ」
「だったら文句言うんじゃないわよ、大体アンタはね……」
再び些細なことで口論を始める二人、それを見ていた冒険者達は大きく口を開け呆然としていた。
「なによあの子達、さっきから文句言い合いながらも息ピッタリじゃない……」
実際二人共文句を言い合いながらそう感じていた、リナはソフィアの作戦指示と
魔法によるバックアップを受けたときの言いようのない無敵感
誰と戦っても負ける気がしない究極の力を手にしている様な錯覚すら覚えていた
そしてそれはソフィアも同じであった、どんな困難な作戦を考えても
リナであれば必ず応えてくれる信頼、そして巨大魔法を撃つ際の隙には
必ずリナが守ってくれるという安心感、敵がどれほどの質と数で来ようとも
必ず撃滅できるという絶対的な自信を持っていた、やもすれば世界中を敵に回したとしても
リナと一緒なら負けるはずが無いと思えるほどの無双感を持っていたのである。
そんな二人が不毛な口論をしていると魔獣の大群が再び体勢を立て直し
向かって来ようとしているのが二人の目に入る。
「どうやら口げんかしてる時間は無くなったみたいね、良かったわねソフィア」
「何よその言い方、じゃあ例のヤツやるからしっかり守って頂戴よ」
その言葉にリナは思わず顔をしかめる。
「またアレやるの……あんな長々とした魔法、本当に実戦で使えるの?」
「しょうがないじゃない、あの魔法はまだ未完成の調整段階だから
詠唱が必要な分だけどうしても長くなっちゃうのよ
だからアンタのフォローが必要不可欠なの、という訳で頼りにしてるわよ相棒」
にこやかに微笑みウインクするソフィア。
「ったくいつもいつも調子いいんだから……わかったわよ、守りは任せなさい
今度は山を吹き飛ばすようなヘマするんじゃないわよ」
「うるっさいわね、今度はちゃんとやるわよ見てなさいよ‼︎」
文句を言いながら魔法の準備に入るソフィア、少し腰を落とし警戒する様に周囲を見回すリナ
そんな二人の様子を見て他の冒険者達は思わず息を飲む、特にサンドラを含む魔法使い達は
ソフィアの一挙手一投足を見逃すまいと食い入るように見つめていた
「あの子、一体何をやるつもりなのよ?山を吹き飛ばしたって……」
ソフィアは両手を広げ魔法の為の呪文の詠唱に入った、本来魔法は魔法の基礎となる
術式をイメージしそれを頭の中で呪文として詠唱することによって魔法が発動する
しかし今回のソフィアは魔法の基礎である術式がまだ確立されていないため口で
呪文を詠唱しながらその都度調整しつつ魔法を発動させているのである
「暗き闇の王よ、汝が汚れを罪人に与えん、混沌の闇へと誘い絶望と執念の果てに
導かん、魂の断罪をもってかの者達を贄とし、のその欲を満たさん!!」
迫り来る魔獣族のいる地面に巨大な魔法陣が発生し眩しいくらいに光り輝いた
すると足元の大地がみるみる内に漆黒へと変わっていく、そんな事お構いなしとばかりに
魔獣達は進軍しようとしていたが急に動きが止まる、見ていた冒険者達は
〈何が起こったのか!?〉と目を凝らして見てみると、漆黒の大地から
黒い触手のような黒い影が何本も伸び魔獣達に絡みついていた
魔獣達は何とか振りほどこうと必死でもがき暴れるが一向に
束縛から逃れることはできない、それどころか次々と地面から発生する黒い触手により
どんどん拘束が強まっていきついには指一本動かすことすらできなくなっていたのだ。
「何よあれ……あんなの知らない、あんな魔法見たことも聞いたこともないわ……」
ゆっくりと首を振りながら信じられないといった表情で見つめるサンドラ。
「まだまだこれからよ……」
ソフィアがそうつぶやき再び呪文の詠唱に入った
「灼熱の意思をもって汝が怒りをここに示さん、天上の浄火、地獄の業火を
ここに飲み込み、この世の全てを燃やし尽くし灰塵と帰せ!!」
漆黒の触手に捕えられた魔獣達の頭上に青白く燃え盛る球体が発生した
それは炎の勢いと共に徐々に巨大化していき辺りに物凄い熱量と光を浴びせかける
「ギャアァァーーー!!」
あまりの熱さに魔獣族が悲鳴をあげた、魔獣は人間と比べて非常に頑丈な体を持っており
パワー、体力、耐久力、スタミナ、肉体強度どれを比べても人とは比較にならない程
強靭な肉体を持っている、そんな魔獣達が悲鳴をあげているのだ、しかしそれを
無視するかのように青白い火球はどんどん巨大化していく、メラメラと燃え盛り
表面にはフレアと言われる現象が現れそれがプラズマ状の電磁気学を発生させた
バチバチとプラズマをまといながら巨大化する灼熱の火球、それはまるで
小型の太陽の様でもあった、離れて見ている冒険者達ですら魔法で防御していないと
熱でやられてしまいそうな程の高熱が辺りを包み込む、周りの木々はあっという間に
燃え落ち草は蒸発し岩すら徐々に解け始めた、その時ソフィアがボソリとつぶやく
「そろそろね……じゃあ行くわよ、天に使えし御霊の意思よ、悪意の魂、善意の理
その全てを飲み込む絶対の決意をもってこれを成さん、我は望み訴える
悪魔の所業、神の加護、万物の原理を全て無に帰す冒涜と成らんことを‼︎」
巨大化する火球は輝きすらも増していった、その眩しさで周りを見る事すらできない
ほど真っ白な世界が広がる、そしてついに火球が限界を迎えたのか巨大な光と共に
爆発し全てを飲み込もうとした、これほどの物体が爆発すれば被害の規模たるや
想像を絶するモノとなるであろう、それは誰の目にも明らかだった
少なくともここにいる人間は全員死ぬ、というより影も形もなく消滅する事は
容易に想像できた、皆が絶望し諦めかけたその瞬間
火球の中心に黒い点が発生し爆発する小型の太陽を飲み込んでいった
それは光も熱も爆風もそこにある全てのモノを飲み込んでいったのである
皆が呆然と見守る中で徐々に収束していく火球の爆発
数秒後には何事もなかったかのように辺りには静寂が戻ってきた
そして魔獣達と火球があった場所には巨大なクレーター状の
くぼみができていただけで、そこには何も残っていなかったのである
まるで夢でも見ている様な気分で唖然としている冒険者達
そんな中で魔法を終えたソフィアにリナがゆっつくりと近づいて行き
普通の会話の様な口調で話しかけた。
「どう、今回は上手くいったの?」
「う~ん、前よりは上手くいったけど、威力、効果範囲、継続時間、魔力消費……
まだまだ問題が山積みよ、詠唱なしで発動させるにはまだ時間がかかりそうね」
ため息交じりに話すソフィアをジッと見つめるリナ。
「ねえソフィア、今の魔法ってどんな原理で構成されているの?」
その何気なく聞いたリナの言葉にソフィアの目が輝く。
「よくぞ聞いてくれました、今の魔法はね三つの術式を融合させたオリジナル魔法でね
簡単に言うとまず冥界バイゲルヘルムと空間をつないで冥界獣デボネリアスを召喚するの
あいつは生に対する執念の権化だから生きている者を冥界へと引きずり込もうとするのよ
魔獣は特に生命力が強いからデボネリアスの格好の的なの
そうやって拘束しておいて頭上に火球を発生させるんだけど
あれ実際は燃えているんじゃなくて〈核融合〉を起こしているの
まあいわば小型の疑似太陽ね、これをワザと暴走させて爆発させる
その瞬間温度たるや凄いのよ、例え魔獣といえども絶対に生きてはいないわ
小型とはいえ太陽を爆発させるみたいなモノだからね
だけどそれだと周りの被害も相当なものになっちゃうから爆発直後に
人工のブラックホールを生成して全てを収束させるの
どう?完璧だと思わない」
魔法の内容を嬉しそうに話すソフィア、それは買ったブランドバックを自慢げに
話すような口調であった、しかしその説明を聞いていたサンドラ含む魔法使いは
声を出すことも出来ない程驚いていた。
「冥界バイゲルヘルムからデボネリアスを召喚!?核融合を起こして暴走させる!?
人工のブラックホール!?……何を言っているのよ、この子は!?
そんなのどれか一つ間違えても簡単に街ごと吹き飛ぶレベルの
ヤバい魔法じゃない、何なのよこの子は!?」
その恐るべき内容に驚愕するサンドラ、しかしリナは説明を聞いてもいまいちピンとこない。
「ふ~ん結構凄そうだね」
何気なく軽く口にしたリナの言葉に心の中で激しくツッコむサンドラ
『結構じゃないわよ、物凄い魔法なのよ!!これが完成したらA級国家指定魔法
どころじゃない、間違いなくS級国家戦略魔法に認定されるわよ!!』
【S級国家戦略魔法】それはこの世界でもまだ5つしかない魔法であり
その内の二つは〈理論上可能である〉というだけでまだ実証はされていない
簡単に言うと威力がありすぎて町や村などに甚大な被害をもたらし
大量虐殺にすら繋がりか寝ないという危険な魔法の為
国の許可なくしては使用できないという驚異の巨大魔法
いわば魔法の核兵器のようなモノである
それでもソフィアは魔法の説明ができた事が嬉しかったようで満足げに微笑む。
「この前のゴブリン退治の時は少し失敗して山を吹き飛ばしちゃったからね
今回はまあまあだったわ、さあ褒めてくれていいわよリナ」
「そうかそうか、よしよし」
嬉しそうに笑うソフィアの頭を優しくなでるリナ、パッと見ではほほえましい光景だが
どうにも納得できないサンドラ、じゃれ合ってる二人を怒りの目で睨みつける。
『ゴブリン退治……ゴブリン退治ですって!?そんな相手に今の魔法使ったの!?
そんなのネズミ駆除に国軍を出撃させるみたいなものじゃない、馬鹿じゃないの!?
この子達、凄いのか馬鹿なのか一体どっちなのよ‼︎』
ぶつけようのない憤りを胸に秘め怒りの視線を二人にぶつけるサンドラ
その思いをぶつける様に歯軋りしながら二人を睨み見つける様に見つめていた
そんな刺す様な鋭い視線にリナが気付いた。
「何かこっちを睨んでる人がいるけど……ソフィアの知り合い?」
「知らないわよ、またアンタが何かしたんじゃないの?」
「何言ってるのよ、あの人魔法士でしょ、だったらアンタでしょ」
二人は顔を見合わせ首をかしげる、いくら考えてもわからない為、考える事を止めた。
「じゃあ後はさっさと残党を片付けて帰りますか」
「そうね、さっきアンタのせいで服が汚れちゃったから早く帰ってシャワー浴びたいし」
「じゃあ残りは早い者勝ちでいいわよね!?」
「しょうがないわね、もう統率すら取れていない烏合の衆だしいいんじゃない」
二人はニヤリと笑い敵の残党を探す、リナが再び剣を抜き構えた、その姿を見て
一人の剣士が”あっ!?”っと叫んだ
「あの黒い剣、そして相手を完膚なきまでに叩きのめし心身ともにボロボロにすると
言われている【龍眼上陰流】の使い手……聞いたことあるぞ
確か〈狂剣〉クレイジーソードと呼ばれるバーサーカーみたいな剣士がいると……」
その瞬間リナの動きがピタリと止まって耳だけが大きく動いた
そしてそれに続く様に次の瞬間、魔法使いの女性が叫んだ。
「そうよ、私も知ってるわ……どんな相手にも容赦なく巨大魔法を叩き込み
歯向かう者は仲間だろうが女子供だろうが皆殺しにする残虐無比な魔法士がいるって
そいつに絡まれたら最後、悪魔の所業と諦めるしかなく
その事から〈破壊の悪魔〉と呼ばれている頭のイカれた魔法士がいると……」
その時ソフィアの動きが停止した、そして同じく耳だけが大きく動く
それを聞いたアイゼナッハが何かに気がついたかの様に
ガタガタと震えだしゆっくり首を振りながら認めたくないと言わんばかりに後ずさりしていく。
「おい待てよ……〈狂剣〉と〈破壊の悪魔〉ってことは
巷で噂になっているあの……単なる都市伝説かと思っていたのに……」
今度は何かに気づいたサンドラがヘナヘナと尻もちをついてへたり込んだ。
「ちょっと待ってよ、あの噂本当だったの!?歯向かった者には命乞いなども無駄
殺戮のかぎりをつくし、そいつらが通った後は町や村もすべて破壊され
あまりの残虐さに魔族や魔獣すらも裸足で逃げ出すとかいう最凶最悪のコンビ
【狂える悪魔】って、まさか……」
その言葉を聞いた瞬間、リナとソフィアがグルリと振り向き大声で叫んだ
「その名で呼ぶなーーー!!」
どんな強敵や大軍を相手にしていてもどこか余裕のあったリナとソフィアが本気で叫んだ
それを聞いた瞬間、魔族と魔獣の残党が一斉に逃げ出した、更に味方であるはずの
冒険者達まで慌てて逃げ出し始めた、しかも魔族や魔獣と全く同じ方向に逃げ出したのだ。
「ちょっと何でアンタ達まで逃げるのよ、それとさっきの発言取り消せ‼︎」
「どうして敵と同じ方向に逃げるのよ、ちゃんと説明するから
ちょっと待ちなさいって言ってるでしょ‼︎」
必死の訴えにも関わらず二人の言葉に耳を貸す者はいなかった
なりふり構わず脱兎のごとく逃げ出す魔族と冒険者達
リーダー格のアイゼナッハとサンドラでさえ剣と杖を投げ捨てて逃げ出していたのである。
「コラ逃げるな、いい加減にしろ‼︎」
「ふざけないでよ、いくら私が温厚でも怒るわよ‼︎」
そう言いながらリナとソフィアは味方であるはずの冒険者達に剣と魔法を食らわせた……。
この戦いももようやく決着です、正確にはもう一話あるのですが戦闘はこの話までです、長々と
取り留めのない内容になってしまったかもしれませんがご容赦ください、では。