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夢の旅人  作者: トトコ
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5.夢の紳士“夢屋”


一晩経ち、気持ちに余裕が出来たところで、漸くこの世界に目を向けることが出来た。


エルメラの話を信じるなら、ここはラドゥーの好きな本の世界だ。そんな夢に、しかも主人公としてリアルに体験するというのに、興奮しないわけがない。

恐れることはない。この物語の展開は熟知しているのだから。


『ここが女神リュイゼの礼拝堂本部だよ』

ゼノムが残した配下の一人が、ラドゥーを先導しながら説明している。今、ガルドは暇つぶしも兼ねて彼らに街案内をしてもらっているところだ。

『本部にゃ原則貴族か、多額の寄付する豪商くらいしか入れねぇ。一生に一度は礼拝したいと信者の誰もが憧れてんだ。庶民に許可が下りるのはよっぽど国に貢献した時か、兵士になって手柄をあげた時ぐらいだ。たいてい国を挙げての授与はあそこでやるからな』

後ろを歩くもう一方のゼノムの配下が付け加える。

『へー、なら今回もしオレの情報が役立ったら、あそこで何かしら褒め称えられるのか?』

ガルドが対して興味なさそうに訊く。

『ははっ、かもね。でも、ほんとに滅多な事じゃあそこには入れないよ』

苦笑したのはリートという前の配下。

どうやら小説の登場人物の前の時だけ、ラドゥーはガルドとして振る舞うらしい。好きなだけ街を見物したいがガルドを演じる身体は言う事をきいてくれない。店の内装とか、路地裏の様子とか、凄く見たいのに。

それよりも、一つ、気になることがあるのだが…

『それより腹減ったな。近くに美味い店があるんだ。行かねぇか?』

リールという後ろの配下から切り出だれ、思考を中断する。

『「空々亭」か? …そうだな、この街に来たら一度は試さなきゃ』

リートが相棒の提案に乗った。余談だが、二人は双子だ。“あべこべツインズ”って仲間内で呼ばれてんだ、と今朝聞いた。あまり似ていない。顔も、性格も。息はぴったりだが。

『何、そこウマいの? じゃあ連れてってよ』

神殿が話題だった時と違い、キラキラと瞳を輝かせたガルドに、二人は満足そうに了承した。

その笑顔はだけは、やはり双子なだけ少し似ていた。




『空々亭』は小さい店だったが、昼飯時ということもあり、店内は人でごった返していた。

『儲かってんなぁ、大将』

人ゴミを掻き分けて奥のカウンターまで辿り着くと、リールが慣れたように、いかにも頑固オヤジなおっさんに話しかけた。おっさんは目だけずらし、リールを見た。

『なんだ、お前か。暫く顔を見せないと思ったら……おい、後ろのヤツぁ誰だ? 見かけねぇ顔だな』

手を休めず忙しそうに立ち働くわりに、目敏い。店主のおっさんはガルドに気づき、片眉をあげた。

『城の客人(予定)だよ』

リートが日替わり定食を三つ注文しながら答えた。

『へぇ、見たとこ旅のもんみてぇだが、珍しいもんを扱う商人か何かか?』

『まぁ、そんなもんだ』

一応ゼノムから、ガルドのことは伏せておくようにと言いつかってるので、リールは適当に誤魔化した。

『お偉いサンは何が面白いのか、とにかく珍品を欲しがるもんだからな』

貴族に命令されてガルドを連れていると、勝手に納得してくれた。三人はおっさんから離れ、適当な椅子に座った。

『ここは、知る人ぞ知る定食屋でね、あのオヤジは頑固で儲けは二の次ってんで、紹介されんのも嫌がるほどなんだ。おかげで、冷やかしの客はあまり来ない。飯も安いし、ウマい。地元民にゃありがたい限りなんだ』

リールが何故か誇らしげにこの店を自慢する。きっと余所者に存分に語ることが出来て嬉しいのだろう。それはリートの方も同じらしく、時々口を挿みながらリールの話に笑顔で頷いていた。

『あ、オレちょっと便所』

ガルドは一通り聴いたあと席を外す。状況は小説に忠実に進んでいく。ラドゥーは内側で感心した。



トイレは店の外脇にあり、用を済ませて戻ろうとすると、路地裏の向こうから女性の悲鳴が聞こえた。反射的に声のする方へ走っていくと、ゴロツキに若い女性が囲まれていた。ゴロツキは酒の酌をすればすぐ開放してやる、とか何とか言っているが、あの卑下た笑みからするとそれだけで済むとはとてもとても思えない。

『おいおい、お嬢さんに対するエスコートはもっと紳士的にするもんだぜ』

すっと女性の前に割り込みゴロツキ達から背中に庇う。

『なんだぁコイツぁ。邪魔すんな』

『坊やはとっとと帰ってクソして寝なぁ』

すでに酒が入っているらしいゴロツキ達の間にぎゃははと下品な笑いがおこる。内側から見ているラドゥーはなんだか既視感を感じた。

『自分たちがおねんねする側になりたくないならさっさと行け』

ちょっとムッとしたガルドは少し語を強めて言い放つ。

『なんだこいつぁ。生意気言ってんじゃねぇぞぅ?』

『ちぃと目上のもんに対する礼儀を教えてやんなきゃなぁ』

こんな大人に払う礼儀などない。気の早いゴロツキの一人が拳を出してきた。大ぶりで足ががら空きだったのでひょいと足払いをかけ、体勢を崩した隙に手刀を振り下ろして昏倒させた。

『なっ! こいつ舐めやがって!!』

『全員かかれ!』

おおう! と(とき)の声をあげて一斉に襲い掛かってきた。大したことないな、と呟きながら一人、また一人と地面に転がしてゆく。残り一人というところで、地面に転がした一人が復活し、刃物を持って襲いかかろうとしてきた。

『危ない!』

挟まれる形になったガルドに、女性は悲鳴を上げ、思わず顔を覆う。ガルドから血が噴き出すのを見るのに耐えられなかった。

しかし覚悟した青年の悲鳴はなかなか聞こえてこない。恐る恐る顔をあげると、二人を同時に昏倒させたガルドが一人悠々と立っていた。

『大丈夫か』

何事もなかったかのように話しかける青年に、女性は頬を染めながら懸命に頷いた。そして彼の腕に一筋の赤い線がある事に気づく。

『あ、ケガを…』

今気付いたように自身の傷を見るガルドの腕に、スカーフを巻きつけた。

『本当にありがとうございます。何とお礼を言ったらいいか…。ケガまでさせてしまって…』

俯いてしまった女性にガルドはあえて軽い調子で慰めた。

『それより、こんな所には長くいない方がいい。こいつらが目を覚ます前にあんたも早く家に帰るんだな』

背を向け、歩きだしたガルドに、女性は慌てて追いすがろうとした。

『あのっ! お礼にお茶でもっ』

『オレ、連れがいるから』

ガルドはひらひらと手を振って立ち去っていった。





「物語が本当にそのままに進行していますね…」

感心するほど、そっくり忠実に。いや当たり前だが。ゴロツキの卑下さ加減までちゃんと演出されていた。ラドゥーは楽しくて仕方なかった。たとえ例の少女に半強制的に連れてこられて、本当なら楽しんでいる場合ではないとしても。本好きなら一度は夢想するだろう、本の中の登場人物になりきって疑似体験するというのは。そしてラドゥーは貴重な経験を堪能中なのだ。少しくらい楽しんでも罰は当たらないだろう。

ラドゥーは『空々亭』に戻る途中、狭い路地裏を歩いていた。すぐそこの角を曲がれば店に着く…


「見ぃちゃった。颯爽と乙女を助けるなんてかっこいいね」


何の前触れも、気配もなく、唐突に、姿を現した人影。

今はガルドを演じる時ではない。この人物はこの物語の登場人物ではない。確認するまでもなく、トップハットにロングコートというい出立ちはこの物語に出てこない。愛読書の登場人物は全員把握しているから間違い無い。怪しさ満載である。

「どちら様です?」

トップハットを目深にかぶった紳士(?)は、警戒するラドゥーを気にしたふうもなく、ステッキをつきながらこちらに近づいてきた。反射的に後ずさろうとするのをどうにか堪えて、この不審人物の出方を窺う。

「僕は何者なのか、そんなことに意味は無い。僕はただ、僕の役目を果たしに来ただけなのだからね」

「…役目?」

「君はあの()に連れられて来たんだろう? 名前もつけてしまって。あの娘が何者なのか気にもせず」

名前つけたらいけなかったのか…?

「それでね…まあ詳しい事情は省くけど、僕には夢に迷い込んだ人間に助言を与える役目があるんだ」

省くなよ。一番重要そうな気がする、ソコ。

「余計なお世話かもしれないけどね。これも仕事だから」

コツ、コツと杖の音が近づいてくる。


「お気をつけ。夢は時に現を凌駕するよ」


口調は、そのままだった。だが、その身に纏う雰囲気ががらりと変わるのをラドゥーは肌で感じた。トップハットの紳士は、固まって動かないラドゥーの側を通り抜ける。

「…貴方は誰なんです」

唾を呑みこみ、それだけ絞り出すと、紳士は歩みを止めた。

「やれやれ、そんなに気になるのかい? 自分が何者かなんて、一生かかっても解けない謎だよ。ヒトに呼ばれて初めて認識出来る、極めて曖昧なものでしかないんだから」

ラドゥーは落ち着きを取り戻した。

「…では、質問を変えましょう。貴方はエルメラから、何と呼ばれているのですか」

紳士は少し考えるそぶりをした。

「………僕はあの娘を“木洩れ日の君”と呼ぶ。けれど、君はエメラルドに因む名を付けた。そんなものだろう。同じヒトを見ていても、ヒトによってその在り方が変わるのだよ。だから、木洩れ日の君が僕を僕と認識する名を知っても、それはあの娘にとっての在り方で、君のじゃない」

「…俺は俺の名をつけろと?」

「君が今後僕を認識するなら」

この紳士の言葉は抽象めいていて、掴みどころがないように思える。けれどこの紳士のセリフの中には大切なものがあるように思えた。


他人の言葉で判断せず、自分の目で納得しろ、と。


彼は教訓めいた言葉を伝達者なのだろうか。ラドゥーはゆっくりと深呼吸した。

「では……“夢屋”、と」

この紳士は掴められそうで掴めない。けれどただ掴みどころがないだけじゃない何かがある。夢のように掴めない。けれど、気まぐれに心に残る夢。それが己が感じたこの紳士への認識だ。

「そうかい。…君がこれからこの世界に何をもたらすのか楽しみしているよ。それじゃ、木洩れ日の君によろしく」


心なしか満足そうな声だった。思いきって振り返ったが、そこには既に誰もいなかった。



結局、あの紳士が何者なのかはっきりしないまま『空々亭』に戻り、ガルドを演じながら日替わり定食をいただいた。その後は何事もなく街の散策を終え、無事に宿に帰りついた。






宛がわれた部屋で、ラドゥーはあの紳士―夢屋―の助言を思い出した。

「夢は時に現を凌駕する…か」

夜もとっぷり暮れたころ、ラドゥーは寝台で寝そべっていた。

夢は所詮夢。目が覚めてしまえば、現実という強固な塊にぶつかれば霧散してしまうものだ。そう思うが、違うのだろうか。何かの謎かけなのか。夢が現実に浸食されるなんてありえない。


今頃、自分の家がどうなっているのか気になってしょうがない。俺がいないと知られたら、屋敷は大騒ぎがだ。日中、思いっきり楽しんでしまっただけに、少し罪悪感。

しかし、焦ったところで自分にはどうしようもないのだから仕様がない(なんせ強制連行された身だ)。帰ったら心配した分、反動となって押し寄せるだろう、両親や従者や使用人達の、涙交じりの恨みごとや説教を、半日享受する覚悟だけはしておく。

「どうしても貫徹深夜マラソンしたかったとか…無制限かくれんぼを突如開催したくなったとか…無茶な言い訳ですね」

そんな事を言い出した日には、からかっているのか、と火に油を注ぎ、説教はさらに一日延び、けれどその数日後、その企画が屋敷内で持ち上がるに決っている。有能な彼らは頼もしいが、主人の気まぐれを実現しようとするその忠実さには時々こちらが唖然とする。

「まぁ、それも楽しそうではありますが…」

楽しそうな催し物から離れ、ラドゥーは今後の物語の展開をおさらいした。


宿での夕食時に、近日中に城へ上がれと通達が来るとゼノムが遣わしてきた者に告げられた。

ラドゥーは当然のように受けた。そして王との謁見を堺に、物語は大きく動き出していくのだ。エルメラはきっとそのどこかで会えるのだろう。一人の登場人物として。ラドゥーは気分が高揚してきた。


彼女はどんな人物になりきって現れるのだろう。


少し楽しみに思いつつ、なかなか眠つけないことに悪態をついた。


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